第39話 絶望の中、現れたのは
ゆっくりと赤い龍が動き出す。
ズシン、ズシンと地面を揺れ動かしながら二本の後ろ足で歩いていく。
赤い龍が歩くたびに、血溜まりが広がり、騎士の死体が増えていく。
その歩みの先にはバハ。
騎士はバハを守るために赤い龍へと向かっていき、赤い龍の前足に切り裂かれ、後ろ足で踏みつけられ、大きな顎で噛み潰されて命を落としていったのである。
さらに、赤い龍の鱗は硬く、修練により磨き上げられた騎士達の剣や槍の技でも傷一つ付けられてはいなかった。
この陣地には多くの騎士がいたのだが、今は死体の数の方が多くなっている。
残る騎士の数は二人。
迫りくる赤い龍に対して、じっと剣を構えて立っていた。
その後ろにはバハ。
彼は以前として地面にへたり込んだまま。
普段の貴族足り得る美しい姿は見る影もなく、恐怖に歪み切った顔で赤い龍を見上げるばかり。
逃げるようにと騎士達の声を何度か耳にしているにも関わらず、その場を動こうとはしない。
腰を抜かして足を動かせないのか、その場で体を震わせて怯えることしかできなかったのだ。
万事休す。
二人の騎士は覚悟を決め、せめて傷の一つでもと握る剣に力を込める。
「「うおおおおおおお!! 」」
そして、二人の騎士は雄叫びを上げながら赤い龍へと向かい出す。
「とおおおおおお!! 」
その時、奇妙な掛け声と共に二人の騎士の前に何者かが現れた。
突如として思いがけない出来事に遭遇し、二人の騎士はピタリと動きを止める。
「・・・お、お前はリオ! 」
驚いた様子でバハが声を上げる。
この場にいた何者かとは金色の髪を持ち、背に大剣を担ぐ少女の騎士。
リオであった。
どこから来たのか騎士とバハには分からない。
だが、確かにリオがこの場に現れ、赤い龍に立ちはだかるようにバハ達を背にして立っているのだ。
「バハ・・・様。ご無事ですか? 」
背を向けたまま、後方のバハに語り掛けるリオ。
「無事だ・・・が、何故お前がここにいる!? 」
戸惑いながらもバハはリオに訊ねる。
リオは、ジャンクフィールドへの焼き討ちおよび住民の殺害を行う隊に所属していた。
その任務は継続しており、町には二体の巨大な魔物がいる。
任務か魔物のどちらかの対応に追われているはずで、ここに来られる余裕のある騎士はいない。
「そ、そうだ。なぜ、貴様が・・・いや、貴様だけが? 」
騎士もリオに問いかける。
バハのみならず、騎士達もそのように考えた。
故に、ここにリオが来たことは疑問であった。
「え? それは、えーと・・・」
どう言えば伝わりやすいのか。
そのように考えているのかリオは言い淀んでいた。
少なくともバハ達にはそう見えていた。
「ワタシの隊は全滅させた・・・いえ、間違えました! まだ全滅はしてなくて! そう! た、隊長が丘の上に巨大な魔物がいるのを見つけまして! ワタシに・・・そう! ワタシに様子を見るよう命令されたのです! 」
わたわたと激しい身振り手振りで、落ち着きなく説明するリオ。
彼女の口から出た説明は上手くまとまっておらず、要領を得ないものであった。
それでも、最低限に分かる説明であったようで、
「そ、そうか・・・」
「なるほど・・・」
無事、バハ達には伝わったようであった。
「な、なんとかごまかせましたわ・・・」
リオはバハ達に聞こえない声で呟きつつ、ホッと息をついた。
「グウゥ・・・」
赤い龍はじっとリオを見つめていた。
どこか呆れた目で彼女を見ているようであった。
「それで、えーと次は・・・そうだ! バハ様、ここはワタシにお任せを! 」
「お任せ!? 何を言っている!? 」
リオの発言はバハ達にとって唐突であった。
それゆえに、彼女がやらんとしていることが理解できなかった。
「あの美しくも気高き赤い龍をワタシが倒すのです」
「た、倒すだと!? バカ言うな! あそこに転がっている騎士達はお前よりも・・・」
「まあ、そこで見ていてください! 」
「あっ待て! おい! 」
バハの静止も虚しく、リオは赤い龍へと向かっていく。
真っすぐに、一切の迷いの無い走りだ。
多くの騎士達を葬った赤い龍に対して、彼女は
「俺を守るためか? 奴め、功に焦ったか。命知らずが・・・」
今のリオの姿はバハ達にとっては、まさに無鉄砲。
他の騎士と同様に無残にも赤い龍に殺されてしまうだろう。
バハ達には、無駄死にで終わる未来しか見えなかった。
リオが赤い龍を倒す光景などは、一ミリも想像できなかったのだ。
そんな彼らの気も知らず、リオは赤い龍の数歩手前で高く跳躍。
背に担いだ大剣を振りぬいては、大きく振りかぶり、
「どっせえええええええい! 」
横に大剣を一線。
すると、大剣を薙ぎ払った余波で周囲に強風が吹き荒れる。
「ぐう・・・」
バハと騎士達は腕で顔を覆い、強風から身を守る。
強風は離れた位置にいるバハ達をも巻き込むほどであった。
「な、なんだと!? 」
その間、覆った腕の隙間から見えた光景に、バハは驚愕の声を上げる。
彼の目に、リオの振るった大剣によってグラりとよろめく赤い龍の姿が映ったのだ。
「ウオ!? オモッタヨリイッデ・・・グオオオオオオオ!! 」
ドシンと大きな地響きと共に赤い龍は倒れる。
大剣が命中したのは頭部。
リオの渾身の一撃にも関わらず傷は入らなかったようだが、ダメージは与えられているようであった。
悲鳴を上げて倒れたのだから、それは確かなことであろう。
その悲鳴は、僅かに人語を喋っていたようであったが、
「や、やった・・・のか? あの化け物をやってっていうのか? 」
「まさか、信じられん」
「これがナイトブレイド家の力・・・ということか」
バハ達には聞こえていなかったようであった。
赤い龍を一撃で倒した。
その衝撃的な事実に驚愕し、気づかなかったようであった。
「・・・」
赤い龍を倒したリオ。
彼女は何も発することなく静かに地面に着地。
多くの騎士達を葬った赤い龍の討伐。
その大業を成したにも関わらず、青ざめた表情をしていた。
やば、やりすぎましたわ。
そのようなことを思っていそうな気分の悪そうな顔である。
リオはハッとしたかと思えば。フルフルと顔を振り、青ざめた表情から元の表情へと戻す。
それから、バハ達の元へと駆け寄っていった。
「リオ・・・あの赤い龍は倒した・・・のか? 」
駆け寄ってきたリオに対して、恐る恐るバハが訊ねる。
「ええ、ワタシが倒しました」
リオは一切の迷いないく言い切った。
その言葉を聞き、バハは傍に立つ騎士の顔を見る。
二人の騎士はバハから赤い龍へと視線を映す。
外傷は見れられない。
だが、赤い龍はピクリとも動く気配はなかった。
騎士の二人は、バハに視線を戻すとゆっくりと頷いた。
「そ、そうか・・・ふぅ」
バハは力が抜けたように、そのばにへたり込んだ。
赤い龍は倒れたのだ。
これで絶望的な脅威は去ったのだ。
そのことに当然ながらバハ歓喜している。
だが、それよりも安堵の方が勝り、張り詰めていた気が一気に解放され、力が抜けてしまったのである。
二人の騎士もバハのように地面に座ることはなかったが、先ほどよりは柔らかい表情をしていた。
「リオのおかげで目下の危機はなんとかなりました。これからどうしますか? 」
騎士がバハに問いかけける。
赤い龍は倒したものの、まだ問題は残っている。
町には、まだ二体の巨大な魔物が暴れているのだ。
そのせいで、町の住民の殺害は滞っているはず。
それらのことについてどうするかを騎士は問いかけたのだ。
「そうだな・・・」
バハは目を閉じて考え込む仕草をしたが、
「すぐに王都へ帰還する」
すぐに彼は答えを出した。
王都への帰還。
それは彼の中では考えるまでもないことのようであった。
そして、その決意は固いようで、彼はこの時すでに立ち上がっていた。
「残っている騎士には悪いが、この場にいる者だけで王都に帰還しよう。計画についてだが、魔物の出現というイレギュラーが発生したのだ。何とでも言い訳がつく」
このバハの説明に二人の騎士は頷く。
順番に二人の騎士の顔を見てバハも頷いた。
しかし、リオだけは頷くことなく、じっとしているだけであった。
もう赤い龍は倒したにも関わらず、大剣を片手に持ったまま。
「リオ、何か思うことがあるのか? 」
そんな彼女の様子を不思議に思ったのか騎士の一人が問いかける。
「バハ様、ひとまずはこれでよろしいのでしょうか? 」
騎士への問いかけに応えることなく、リオはバハに訊ねた。
問いかけに応えなかったことに対して、騎士はムッと不機嫌な顔をする。
「よろしい? それはよろしくはないが仕方ないだろう」
「では、もう終わったと? 」
「ああ、もう終わり。終わりだ。後のことは帰って考えることにする。納得したか? 」
煩わしそうにバハはリオに言った。
これからのことは伝えたはず。
にも関わらず、それを理解していなかったリオを煩わしく思ったのだ。
二人の騎士も同じ気持ちであるのか、リオを険しい目で見ていた。
この場の彼女以外がリオの態度が場違いであると感じていた。
「はい。では、もうよろしいということで」
そんな周囲の目を気にすることなく、なおもリオは場違いな行いを続ける。
両手で大剣を持ち、大きく振りかぶる。
赤い龍に一撃を与えたときと同じ構えだ。
ここで、その体勢をするのは何故か。
それを誰かが問いかける間もなく、リオは大剣を横なぎに振るう。
二人の騎士は胴体から真っ二つに切断。
下半身から上半身がズレ落ち、噴水のように赤い血が勢いよく噴き出す。
「・・・は? 」
赤い血の噴水を浴びながら、バハは間の抜けた声を漏らす。
悲鳴を上げることもく、二人の騎士は死んだ。
リオの手によって。
バハは、理解が追いつかなかった。
結果、彼は思考停止し、立ち尽くす。
彼の瞳に映るのは、大剣を振りかぶった体勢のリオの姿。
その時の彼女はニヤリと笑みを浮かべていたのであった。
人を上手く騙せた時のような邪悪な笑みであった。
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