第20話 廃墟の怪物
「さ、まずはお前のバックにいるやつについて教えてもらおうか」
斡旋所の男に問いかける。
「うぐぐっ! 」
しかし、奴は呻き声を上げるのみで答えなかった。
おっと、力が強すぎたか。
今、どういう状況かといえば、斡旋所の男の胸ぐらを掴んだまま木の幹に押さえつけている最中である。
まだ[怪人化]は解除しておらず、銀蝙蝠怪人のままだったせいか押さえつける力が強かったらしい。
少し緩めてやるとする。
「オ、オレは言われた通りやっただけだ! 」
「だから、それを言えと言っている」
「言ったら助けてくれるんだろうな? 」
「内容次第だ」
この男を押さえつけているのは左腕。
手持ちぶさただった右腕を奴の顔から少し横に外れたところへ突き出す。
バキッと音と立てて、木の幹の一部が砕けた。
「今なら手だけでお前の体を貫くことだってできるんだぞ? 」
「ひ、ひいいい! 言う! 言うううううう! 」
斡旋所の男は悲鳴を上げながらも、答えることを了承してくれた。
これで交渉成立というわけだ。
「お前を護衛依頼に勧めたのも、他のグウルになった雑兵共を護衛に参加させたのも。お前をここに誘い出して殺そうとしたのも。全てあいつの命令なん
だ! 」
「ほう、あいつとは? 」
「・・・ヘ、ヘッドスキンだ」
なるほど、奴が裏で手を引いていたというわけか。
ヘッドスキンとは、俺と同じく雑兵でなかなかの実力を持ちながら、悪い噂の絶えない男である。
もし実際に悪事を働いていたとしても、チンピラ程度だと思っていた。
それがここで名前が出てきたのだから、正直驚いた。
「少し信じられないな。あのカマソッソとかいう魔物とグウルとなった雑兵達を従えたのは、奴に力を与えられたとういうことなのか? 」
「そ、そうだ。魔物を使役するアイテムもグウルを従わせるアイテムも奴からもらったものだ」
アイテム。
使用することで、様々な効果を発動する代物だ。
奴が言うように、魔物やグルウを従わせるアイテムが存在し、ヘッドスキンから譲り受けたとのこと。
ちなみに、治療薬もアイテムであり、それに似た効果のものは総じて回復アイテムなんて呼ばれることもある。
なんにせよ、ヘッドスキン程度の男がそんな大層なアイテムを持っているのは納得がいかない。
恐らくは、ヘッドスキンもどこぞの誰かから譲り受けたに違いない。
その誰かは、この斡旋所の男は知らないことだろう。
だから、他のことを聞く。
「貴族を殺す理由はなんだ? 」
「し、知らない。あの護衛に関しては、グウル達を参加させることと、お前を参加させることしか聞いていない」
「俺を護衛依頼に参加させた理由・・・いや、俺を殺そうとした理由はなんだ? 」
「あ、ああ、そのことか。お前はまだガキのくせに腕が立つからな。気に入らねぇみたいだぜ? ここで自分より目立つ奴のことが」
「ヘッドスキンの命令を聞いていた理由は? 」
「か、金だ! じゃなきゃあんな奴には従わない! あいつ、羽振りが良かったぜ? 護衛依頼の件も前金をたんまりもらえて、今回はその倍貰えるはずだった! 」
「そうか」
二つほど聞いてみたが、有益な情報は得られなかった。
というか、自分より目立つから殺そうとするとか逆恨みがすぎる。
だいたい、目立つつもりもなかったし、いい迷惑である。
まあ、こんなものか。
俺は掴んでいた胸ぐらを離し、一歩後ろに下がる。
楽になった斡旋所の男は地面につき、ゴホゴホとせき込んでいる。
さて、始末するか。
少しでも同情する余地があれば、見逃してやるか。
なんて、ほんの一瞬だけ思っていたが、そんなものはこれっぽちも同情するところはなかった。
さっさと始末して帰るとするか。
俺は斡旋所の頭に目掛けて、拳を突き出す。
と、その前に最後に聞きたいことができた。
「護衛依頼の時に使役した魔物の名前はなんだ? 」
拳を引き絞った状態で、斡旋所の男に問いかける。
こいつがあの山羊の魔物を従えていたのなら、名前くらいは知っていると思ったのだ。
カマソッソみたいな面白い名前を期待
「ハァハァ・・・あ? なんのことだよ。言ったろ? グウル達を参加させることと、お前を参加させることしか聞いて・・・おい、何を! まっ――」
斡旋所の男の言葉は途切れた。
俺が奴の顔を拳で貫いたからだ。
突き出した俺の右腕は奴の頭を通り、手首のあたりまで先の木の幹に突き刺さっていた。
こいつの頭に出来た穴からドバドバと血が溢れ出し、地面の血だまりが徐々に広がっていく。
斡旋所の男はピクリとも動かない。
即死であった。
自分が助かるとでも勘違いしていたのか死ぬ寸前の態度は大きなものであった。
まあ、それが殺した理由ではなく、聞きたいことは効けたし、元々殺すつもりだったので殺しただけである。
それから、奴の体を足で押さえつつ右腕を引っこ抜いた後、奴の所持品を漁りだす。
目当ては、魔物とグウル使役するアイテム。
自分達にプラスになるようなものは得られないかと、そのアイテムを回収して調べるつもりであった。
しかし、色々とそれらしきものを探るが目当てのものは見つからない。
というか、どういうものがそれなのか分からない。
殺す前に聞いておくんだった。
斡旋所の男を殺したことを早々に後悔する。
しかし、もう過ぎたことだ。
テキトーにそれっぽいものをいくつかいただいていこう。
あとで分かれば儲けものである。
その後、俺は動けなくなったビショップ背負いジャンクフィールドへの帰路についた。
ビショップのやつ、俺に背負われてることをかなり拒否して、最後の最後で苦労することになったが。
結局、問答無用で無理やり背負い、こうして[怪人化]のまま走っている。
ジャンクフィールドに向かう最中も「自分で歩けます。サタトロン様のお手を煩わせるわけには! 」などいろいろと言っていた。
え、そんなに嫌?
ちょっとショックである。
だが、その喧騒は徐々に小さくなっていき、最終的には静かになった。
背中越しにすうすうと彼女の寝息が聞こえてくるので、疲労がピークに達して眠ってしまったようだ。
なにはともあれ、無事でなによりだ。
・
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・
廃墟区画の廃教会。
ここは廃墟区画の中で一番大きな建物である。
壁面や屋根などは風化してところどころが崩れてたり、窓ガラスの多くは割れているがこれでも状態の良い方だ。
そこを縄張りとしているのはヘッドスキン。
かつては、別の人物だったのだがいつの間にか奴になり、今では大勢の部下とともにそこをアジトとしているらしい。
うそだろ?
と少し前の俺なら思うに違いない。
何故なら、そこそこ強いというだけあって、かなり強いというわけではなかったのだ。
奴よりも強い雑兵はいるし、ここを廃墟区画を縄張りにするようなゴロツキやチンピラもいた。
奴の実力なら、せいぜいここよりもグレードが三つくらい下の一戸建てをアジトにして、部下は十人くらいが妥当だろう。
故に俺には信じられない話だ。
しかし、それは少し前までの話。
今では大いに納得ができる。
グウルの力を使って、奴はのし上がっていたのだろう。
さぞ、気持ちよかっただろうな。
力を手に入れて、自分よりも強かった連中を倒していく感覚は。
そして、この廃墟区画・・・いや、このジャンクフィールドを支配できうるまでに自分の勢力が一気に成長していく様を見るのは。
奴の人生の中で、今が一番のピークに違いない。
だから、俺はここに来た。
今日は、あの斡旋所の男を殺した日の次の日である。
ジャンクヤードに戻った後、早々に眠り、こうして早起きしてやって来たのだ。
奴を殺したことを知られ、何か妙な動きをされるのは厄介だからな。
ちなみに、ビショップは宿屋に置いてきた。
今頃は、ベッドの上でスヤスヤであろう。
さて、ここの来た目的は、貴族殺害について知っていること、グウルについてのことなどを聞くため。
そして、奴を人生の絶頂からどん底に叩き落としに来たのである。
俺は悪の組織の創立を目指す者。
こうして「俺、この町で一番の勢力を率いるワルなんだぜ? フィーッ! 」という感じでイキっている奴が目障りでしょうがないのだ。
要するに、なんかムカつくので潰します。
それが一番の目的なのかもしれない。
「やあ、サタトロンだ。ヘッドスキンに会いに来た」
俺は少し大きな声で言った。
相手は俺の前方に立つヘッドスキンの部下達。
みんな服装から見るに雑兵かチンピラかゴロツキのどれかで、数は数十。
いや、百人くらいの数がいる。
そいつらが廃屋敷の前にうじゃうじゃと突っ立っていて、邪魔だからこうして要件を言ったというわけだ。
まあ、当然ながら道を開けるつもりはないようだ。
「うっ・・・ギギギ、キシャア! 」
そして、前列の部下の方々がグウルの姿に変身する。
もう隠すつもりはないらしい。
さらに、完全に俺を殺すつもりのようだ。
次々と変身し、全員がグウルに変身していた。
奴らは変身を終えると、耳障りの悪い奇声を上げながら一斉に俺に向かってくる。
「ほほう、準備運動にこれだけの人数が付き合ってくれるのか。贅沢だ」
俺は[怪人化]を使い、地龍怪人に変身する。
そして、向かってくるグウルの大群に突っ込んでいった。
勝手な予想だがこれはほんの前哨戦だ。
奥の廃教会の中にいるであろうヘッドスキンは、強力な魔物かより強いグウルか何かの隠し玉を持っているに違いない。
今、出てこないということは、そういうことだろう。
それはその時の楽しみにしておくとして、今は思う存分に準備運動をさせていただこう。
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・
準備運動が終わり、俺は廃教会の中に入った。
中は殺風景なものだ。
神父か牧師か何かの話を聞くために置かれた長椅子はなく、木やガラスの破片があたりに散らばっている。
見上げれば割れたステンドグラスがあり、そこから差し込む光はいびつな形になっている。
そのステンドグラスの下に目を向ければ、机・・・講壇っていうのか?
それが置かれており、
「はっ! グウルじゃ相手にならねぇってわけか」
その上にヘッドスキンがいた。
その禿頭の身長二メートルを超える巨漢は、教壇に腰を下ろし、頬杖を突きながら俺を見ている。
グウル達百人ほどを倒したこと、今の地龍怪人の姿に驚いた様子はない。
グウル共はどうでもいいとして、俺の地龍怪人の姿についてはなんか言えよ。
三十文字くらいでいいので感想を述べろよ。
「ああ。あそこは庭になるのかな? あまりにも殺風景だから綺麗な赤色に染めてやったよ。うーん、ここもまたずいぶんと殺風景だな」
「へっ! 奇遇だな! だが、今度はてめぇの血で模様替えをすることになるぜ」
ヘッドスキンは、教壇から飛び降りる。
「その姿・・・何をやったかは知らねぇが、カマソッソやグウルじゃ相手にならねぇほど強ぇみたいだな」
「ああ。偉そうに言っているが、お前も相手にならないぞ? 」
「ヒャッヒャッヒャッ! バカ言え! オレもなぁ、てめぇみてぇにバケモンに変身できんだよ! 」
ヘッドスキンはニヤニヤと笑みを浮かべながら、腕を交差させる。
「はああああああ!! 」
それから叫び声を上げ、交差した腕を振りほどくと、奴の全身が赤黒いオーラに包まれた。
大変だな。
どうせお前もグウルに変身するんだろ?
そこまで気合入れないと変身できないのか。
今、攻撃をすれば楽に倒せそうだがやめておく。
変身させたうえで圧勝して自分の立場を分からせなければ、真に絶望させることは出来ないからな。
「はああああああ・・・あ、ああっ! 」
気合が充分溜まったのか奴の体がピカッと光出す。
うわっ、眩しい!
ぼうっと見ていたら不意打ちを食らってしまった。
腕で目を覆い、ヘッドスキンから放たれるうっとしい光から守る。
「ビャッビャッビャッ! 」
光が止み、ヘッドスキンらしき汚らしい声を聞こえたので、腕を戻して奴を見る。
奴は異形の姿に変身していた。
グウルと似た姿だが、どうやら少し違うタイプのものらしい。
頭はグウルと同じく目と鼻がなく、ギザギザの歯を生やした口があるだけ。
腕は両方ともに人間のように五本指で爪は長くはない。
だが、柱のように太く、かなりのパワーがありそうだ。
腹は足があるのかどうか判別がつかないほど膨れ上がっており、ブヨブヨと震えている。
全身は薄暗い赤色で、体の大きさは三メートルくらいはあるだろうか?
地龍の立った状態やビショップの[怪物化]した姿である山羊の魔物と同じくらいはあるだろうか?
廃教会は高く広さもなかなかだったのだが、ヘッドスキンがこの姿になってからは狭く感じる。
横も広くてでかい。
こいつの後ろへは周り込めなさそうだ。
というかこいつ何?
グウルっぽいからグウルのバリエーションの一つなんだろうけど・・・グウル・ザ・グレード的な名前だったり?
「これが最強の俺の姿! グウル・ジャイアントだ! 叩きつぶしてひき肉にしてやるよ! ビャッビャッビャッ! 」
なんか自己紹介してくれた。
どうやら、この姿はグウル・ジャイアントと呼ばれる姿らしい。
昨日、色んなバリエーションがあるんだろうなと思ったが、さっそく出てくるとはな。
「[不壊の赤壁]! 」
ヘッドスキンもといグウル・ジャイアントがバッと腕を広げると、奴を中心にして床や壁、天井が赤色に染まっていく。
ほぼ一瞬で、廃教会の中は赤一色となってしまった。
え、それだけ?
スキルを使ってまでやること?
そんなに模様替えしたかったの?
「ビャッビャッビャッ! これでオレを倒すまで出られなくなっちまったなぁ! ま、オレを倒すなんて到底出来っこないぜ? 一生ここから出られなくなっちまったわけだ 」
どうやら、模様替えをするのではなく、中にいる奴を閉じ込める結界を張るスキルだったらしい。
よく見れば、廃教会を染め上げた赤は光沢があり、壁のような強度があるように感じる。
どれほどのものかと試しに床を殴ってみれば、ビクともしない。
赤色の結界から透けて見える先の床にも傷は入っていない。
実際にもかなりの強度があるらく、結界を壊すことよりもグウル・ジャイアントを倒すことに専念したほうがいいようだ。
わざわざ自分を倒せば壊れると教えてくれたしな。
しかし、これでアウトレンジ戦法が出来なくなってしまった。
動きが鈍そうだったので、遠くから攻撃すれば良くね?
と思っていたが、そう簡単にはいかないようだ。
ちゃんと対策しているようで、ちょっぴり関心する。
「・・・最後のチャンスだ 」
早速攻撃だ、と動こうとしたのだが、なんか話があるらしい。
なんだよ、今更。
「オレの部下にならねぇか? 」
部下になると言えば、ここからすんなりと出してもらえるようだ。
「てめぇは、前々から強ぇとは思っていた。その姿は何かしらんがさらに強くなったらしい。まあ、まだまだオレには及ばないが」
「俺を挑発しているのか? それに、俺の血でここを赤色に染め上げるんじゃなかったのか? 」
「まあ聞け。オレはお前の実力を認めているんだ。オレはお前の力を存分に引き出すことが出来る。その力を授かったんだからな」
「それは大したものだ。で? お前の部下になったら、何かいいことでもあるのか? 」
「良いこと? そうだな・・・」
グウル・ジャイアントは、ポリポリと巨大な手でポリポリと頭をかきつつ考えていたが、やがてニタァと口を吊り上げた。
「そりゃあ、ジャンクフィールドを統べるこのオレの一番の部下になれるってことだな! オレのために働いてもらうが、その見返りとしてだいたいのことはやりたい放題になるぜ? 」
「・・・ククク、ディエーハッハッハー!」
奴が語る良いことを聞いて、俺は笑ってしまった。
嬉しかったり、面白かったわけではない。
「バカか? その程度で俺が喜んでお前の部下になるとでも思っていたのか。このマヌケ」
俺は呆れていたいたのだ。
ジャンクフィールドを統べる奴の一番の部下になれることがいいことだって?
小さい、小さすぎる。
この俺を部下にする見返りとして、あまりにも小さすぎて呆れてしまったのだ。
というか、本当に今更な話だな。
もっと早く言っておけよ。
ここで仮にも俺が「はい」って、答えたら結界解いて元の姿に戻って握手でも交わすのか?
それじゃあ、なんか締まりがないだろうに。
「はあ? ならなんなら満足するってんだ? 」
グウル・ジャイアントが不満げな口調で言ってきた。
いや、不満なのはこっちのほうなのだが、まあいいだろう。
俺がどうすれば満足するか聞かせてやるとしよう。
あまりのスケールの違いに、格の違いに震えるがいい。
「世界征服だ」
「・・・は? 」
「俺は世界征服するつもりだ。こんなゴミみたいな町のボスザルの部下程度で満足できるわけがないだろう」
俺が丁寧に教えてあげたら、グウル・ジャイアントは口を閉ざして黙ってしまった。
どうした?
格の違いに気づいて、自分が言っていたことのあまりの小ささに絶句したんだろうか?
気づいてしまったかー。
可哀想に。
悪いことをしてしまったな。
「ビャッビャッビャッ! 世界征服? 夢見すぎだろ、おめぇ! ビャッビャッビャッ! 」
違った。
こいつ俺のこと滅茶苦茶バカにしてきよる。
「ガキかよ・・・ああ、まだガキだったなぁ。じゃあ、ここでお兄さんが現実の厳しさを分からせないとだなぁ! ビャッビャッビャッ!」
なおも俺のことをバカにしてきやがる。
ひどくない?
こいつ、言って良いことと悪いことの判別がつかないのか?
というか俺の言っていることを理解できなかったのかもしれない。
やはりバカ。
バカは言っても分からない!
口で言っても伝わらなければ、やることは一つだ。
「分からせるだと? 分からせられるのはそっちの方だ! 」
実力行使ただ一つ。
こいつは徹底的に叩きのめしてやらねばなるまい。
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