第16話 銀蝙蝠の魔物


 廃坑の中、俺達が閉じ込められた場所は大型の魔物が縦横無尽に飛び回れるほど広い。


いっそのこと野球場にでもしたらどうだろうか?


ビショップが使っていた[汎用魔法 初級]ライトを使える人を数人雇えば照明の問題もクリアできるだろうに。


と、くだらないことを考えていないで銀蝙蝠の魔物を倒すことに集中しなければ。


今、奴は俺達の頭上を徘徊するかのように飛び回っているだけで攻撃はしてこない。


ビショップの[汎用魔法 初級]ライトは大きな光の球となって、この空間の中央に浮いており、周囲を照らし続けている。


銀蝙蝠の魔物は、その照らされた中を通ったかと思えば、光の届かない暗闇に入る。


その繰り返しをひたすらやっているのだ。


様子を見ているのだろうか。


もしくは、挑発でもしているのだろうか。


何はともあれ、このまま永遠に銀蝙蝠の蝙蝠を眺めているわけにはいかない。



「[怪人化]! 」



地龍怪人に変身し、走って目的の場所まで移動。


その目的の場所とは、銀蝙蝠の魔物が移動するであろう位置の真下。


そこから攻撃を当てようと俺は考えていた。


銀蝙蝠の魔物の移動に合わせて、俺は地面を強く蹴り高く跳躍。


地龍怪人となった今の俺は身体能力が高まっており、ジャンプで地面から屋根の上を超えることもできる。


飛んでいる魔物に届くことも造作でもない。


跳躍の力が弱まり、俺の体が空中にピタリと静止した瞬間、銀蝙蝠の魔物は目の前にいた。


奴の顔も手を伸ばせば届く距離。


それから俺は奴の顔に目掛けて、思いっきり拳を振りぬく。


タイミングは完璧で、俺は絶対に攻撃が当たると確信していた。


しかし、銀蝙蝠の魔物の身体能力はその完璧を覆すほどのものであった。


まるで宙に舞う紙切れのようにヒラリと俺の拳を躱して通り抜けていったのである。



「ちっ、あの図体であんなに身軽なのか」



確実に攻撃を当てる手段を考えなければいけないだろう。


注目するべき点は銀蝙蝠の魔物の機動力。


どうにかして、奴の動きを止める方法を第一に考えるべきか。


あれこれと考えているうちに、もうすぐ俺は地面に着地する。



「ギエエエエ!! 」



そんな俺目掛けて、銀蝙蝠の魔物が向かってくる。


そのスピードはさっき飛び回っていた時のものとは比較にならないほど速い。


恐らく奴の全速力だろう。


俺の着地を借りに来たか。


と、冷静に分析しているもののこれはマズイ。


今の俺は無防備で、迎撃する余裕もない。


やれることは突進された後に受け身を取るくらいだ。



「[火炎魔法 初級]ヒートカッター! 」



その時、ビショップは手にし剣を頭上にかざしていた。


彼女が魔法スキルを発したと同時に刃が炎に包まれる。


剣に炎の属性を付与したのか。


この状態なら斬ると同時に火炎の魔法スキルで攻撃したように炎の属性のダメージも与えることができるだろう。


良いスキルだとは思うが、何故このタイミングで?


そう思っていると、彼女は剣を振り下ろした。


すると、振った剣から弧の形になった炎が放たれた。


そういうことか。


俺はビショップの使った魔法スキルを理解した。


[火炎魔法 初級]のヒートカッターとは武器に炎を宿し、振ることで飛ぶ炎の斬撃を生み出すスキル。


そして、その炎の斬撃のスピードは速く、俺の少し前方目掛けて放たれていた。


つまり、銀蝙蝠の魔物が来るであろう位置。


奴は今、俺に目掛けて突進している最中で横からの攻撃には対応できないと考えたうえでの行動だろう。


よくやったビショップ。


突進は止められないだろうが、これで奴にダメージを与えることができるだろう。



「マジか!」


「そ、そんなっ!? 」



そのほんの一秒にも満たない僅かな時間が過ぎた後、俺とビショップは驚愕した。


銀蝙蝠の魔物はクルりと宙返りをしたのである。


それによってヒートカッターを躱したのだ。


想像以上に銀蝙蝠の魔物は身軽だったのだ。


いや、少し違うか。


自分に対する攻撃に敏感というか、反応速度が異様に速い。



「ギエイ! 」



そして、宙返りを終えた銀蝙蝠の魔物は突進を再開。



「もらった! 」と言っているのか定かではないが嬉々とした奴の鳴き声が耳に入ったのと同時に、


「ぐあっ・・・」



奴の全速力が俺の体に直撃した。


銀蝙蝠の魔物が宙返りをしたことで、僅かな時間ができしゃがんで防御することはできた。


だが、それでは突進によるノックバックを軽減するくらいで、ダメージはもろに食らった。


地龍怪人になっているに関わらず、体がバラバラになったと錯覚するくらいの激痛だ。


超痛い。


痛ってーマジしんどい。


だが、一旦はこれでいい。



「サタトロン様! 」



ビショップの悲鳴が聞こえる。


俺の身を案じて、ひどく心配しているのだろう。


有難いとは思うが、今心配するべきはビショップの方である。


防御力のある俺でこれなのだから、ビショップが銀蝙蝠の魔物の攻撃を受けきれるはずがない。


元の黒山羊の魔物の防御力はそこまで無いように思えたので、[怪人化]か[怪物化]したとしても怪しい。


一発でアウトだ。


だから、俺は奴の突進のダメージを受け流すことなく、ノックバックを抑えたのだ。



「そ、そこだな、ビショップ・・・そこを・・・動くなよ! 」



俺に攻撃をした後の銀蝙蝠の魔物の行動は予測できる。


ビショップへの攻撃だ。


魔法スキルという飛び道具を使えるビショップは奴にとって、俺よりも危険な存在だと認識したことだろう。



「うおおおおおお!! 」



まだ残っている激痛を雄たけびを上げて押し殺し、硬直した体を気合で無理やりにでも動かさせる。


突進の衝撃のせいか視界が明滅してよく見えない。


だが、さっきの悲鳴でだいたいの位置は分かっいる。


そこに目掛けて全力で走り、



「[怪物化]! 」



地龍に変身。


その巨体をもってして、ビショップがいるであろう場所を覆いかぶさり体を丸める。


完全防御状態で、この刹那、



「キエエエエエエ! 」



銀蝙蝠の魔物のけたたましい雄たけびと共に、俺の体のあちこちに爪で引っかかれたような痛みが発生する。


今の地龍の状態は怪人形態よりも防御力が高いので、それほどのダメージは受けていないだろう。


それで銀蝙蝠の魔物が何をしたかといえば高速で周囲を飛び回りつつ、俺の体を攻撃したようだ。


連続で攻撃をしたようだが、その攻撃と攻撃の間隔はかなり短いように思える。


躱すなんてのは、よほどのスピード自慢でもない限り不可能だろう。


程なくして、銀蝙蝠の魔物の攻撃が止む。


俺にダメージが全く通らないと分かったのか一旦は攻撃を止めたようだ。


まだ交戦の意思はあるんだろう。



「ビショップ、どこにいる? 」



肝心のビショップはどうなっているだろうか?


今、腹の下は見えない状態なので目視で確認することはできない。



「・・・こ、ここです」



俺の腹の下に出来た空間から彼女の声がした。


その声は痛みに苦しんでいなければ、我慢しているようにも聞こえない。


というか、いきなり[怪物化]して覆いかぶさってきた俺の行動に圧倒されている様子だ。


腰を抜かしてへたり込んでいるのだろう。


「うおおおおおお!! 」と雄たけびを上げながら自分に向かって走ってきたかと思えば、いきなりドでかい地龍に変身して、押しつぶすかのような勢いで覆いかぶさったのだから無理もない。


知り合いじゃなかったら卒倒ものだろう。


何はともあれ、ビショップが無事でよかった。


セーフ・・・





 「[氷結魔法 初級]アイスニードル! [雷撃魔法 初級]サンダーアロー! 」


ビショップが俺の体の隙間から出て、魔法スキルを使用する。


使用した後、すぐに俺の腹の下に戻る。



「どうでしょうか? 」


「ダメだ。当たらない」



ビショップが放った無数の氷の槍も雷の矢も銀蝙蝠には当たらなかった。


どの攻撃も紙一重で躱され、かすり傷すら負ってはいないだろう。



「ならば、私も[怪物化]か[怪人化]を・・・」


「いや、いい。ビショップの[怪物化][怪人化]も魔法スキルも温存しよう。しばらくは様子見だ」


「で、ですが・・・承知しました」



少し食い下がろうとしたものの、渋々ながら納得してもらえたようだ。


現状、いくら撃っても当たりはしないだろう。


ビショップが当てるのが下手というわけではなく、銀蝙蝠の魔物が攻撃を躱すのが上手いのだ。


さっきも思ったことだが、攻撃が来る方向やどこまでの範囲かを完全に把握しているように思える。


そうでなければ、当たる寸前で躱すなんて芸当は出来ないだろう。


動体視力が滅茶苦茶いいのか?


いや、蝙蝠なんだから目は退化しているか。


だとすると、



「・・・あだっ! 」



思考に耽っていると、急に頭に激痛が走った。


攻撃されたというか、何かが頭に落ちてきたという痛みの感覚である。


ブルブルと頭を振って、近場を見渡すと見慣れない岩が地面にあった。


痛みの感覚は正しかったようだ。


見上げてみると、銀蝙蝠の魔物の姿が見えない。


どうやら、[汎用魔法 初級]ライトの光が届かない場所にいるようだ。


なにをしているのだろうか?



「ゲッ! 」



見上げるのをやめ、俺は慌てて体を丸める。


天井の暗闇から大量の岩が降ってきたからだ。



「あだだだだだだだだ!! 」



振ってきた岩は漏れなく俺の体に落下する。


大小異なる岩が降ってくるのだから、どれもだいたい痛い。



「大丈夫ですか!? 」


「なな、なんとかかかかかか。だだじょうぶぶぶぶぶ」



振ってくる岩を受けながらなので、強めの設定のマッサージ機に座りながら話しているような感じになってしまった。



「ほ、本当に大丈夫ですか!? 」



声を張るほど、ビショップは俺の身を案じているようだ。


ここで笑わないのは彼女の忠誠心の賜物だろう。


そんなことより、あの野郎。


この振ってくる岩は銀蝙蝠の魔物の仕業だ。


天井の方へ耳をすませば、ガラガラと岩が崩れる音の中にガリガリと削るような音も微かに聞こえる。


銀蝙蝠の魔物は天井の岩壁を削って、俺に岩を落としてきているのだ。


だが、ずっとは続かず、ほどなく岩は振ってこなくなった。



「ええい! うっとおしい! 」



これ幸いと俺は背中の上と周囲に溜まってきた岩を勢いよく体を起こして払い除ける。


ドカドカと跳ね飛ばした岩が周囲に落下する。


これで身動きが取れやすくなったし、ちょっとだけ清々した気分になった。



「・・・! 」



その瞬間、ゾクりと凍るような寒気に当てられたような感覚を味わった。


思考を停止して、全神経を体を動かすことに集中し、咄嗟に元のビショップを覆いかぶさる姿勢に戻る。



「ぐうっ! 」



すると、横腹あたりに鋭い痛みが走りだした。



「ギィッ・・・」



銀蝙蝠の魔物の短い鳴き声がしたと思ったら、もうその方向には奴の姿はない。


俺の横腹を攻撃したのは、銀蝙蝠の魔物だ。


恐らく、飛行する速度のまま足の爪で引っ搔いたのだろう。


痛みと共にじんわりと生暖かい液体に濡れる感触がある。


これは出血したか?



「サ、サタトロン様! 血が・・・血があああ!! 」



ビショップが悲鳴を上げる。


どうやらマジに出血しているらしい。


というか、この悲鳴具合からするとビショップの奴、軽くパニック状態になっていないか?



「軽い傷だ! いちいち騒ぐな! 」



ちょっと、強めな口調で一喝しておく。


それで効果があったのかビショップは静かになってくれた。


くうっ、こんなパワハラめいたことはしたくなかったのに・・・


出血したことより、そっちの方がショックがでかい。


気にしちゃうかな?


気にしちゃうだろうなぁ。


どうフォローしたものか・・・



「いてて・・・」



それにしても、地龍の体で出血したのはこれで初めてか。


現状のところ一番の致命傷である。


とはいえ、大事になるようなものではないので、流石の防御力といったところか。


そして結果的には、俺への攻撃となったが真の奴の攻撃も目標はビショップだったのだろう。


俺が岩を払いの除けようと体を起こしたタイミングを見計らっての攻撃だった。


急に岩なんか落としてきてなんだコイツ?


と、よく分からなかったが、これで奴の一連の行動の意味が理解できた。


岩を落としているのは俺へのダメージを与えるのが目的ではなく、ビショップを攻撃する隙を作るための妨害行動のようだ。


さっきは、それにまんまと乗せられて、あと寸前のところでビショップを失うところだった。


良かったとホッとすると同時に怒りがこみ上げてくる。


というか、俺じゃなくて部下を狙うとかいい度胸だ。


それはお前アレだぞ? タブー中のタブーだぞ?


組織ってのは優秀なトップがいてじゃなくて、優秀な部下がいてこそだぞ?


一人いなくなるだけで、どれだけの損失になるのか分かってんのか? お?


まあ、まだ本格的に組織は立ち上げていないのだが。


うるせぇ!


立ち上げ前の今が一番部下を失うのが損失はでかいわ。


とにかくだ。


俺の可愛い可愛い部下に手にかけようととしたんだから、ボコボコのズタズタにされる覚悟は出来てんだろうなぁ!



「あだだだだだ・・・いてっ! 」



そんな俺の心境はなんのそのとばかり、銀蝙蝠の魔物の野郎は淡々と俺に岩を落とし続けていた。


なんなんだよお前はもおおおおおお!


さらに怒りのボルテージが上がるがちょっとマズイ状況になってきたので、なんとか冷静にならなければ。


・・・よし、冷静になった。


さて、状況確認だ。


俺はとうと、もう完全に岩に埋もれており、軽く生き埋めの状態である。


岩を取り除かないとそのうち身動きが取れなくなってしまうだろう。


だが、そうするとまたビショップが狙われてしまう。



「ハァ・・・ハァ・・・」



突進のダメージか岩のダメージかさっきの致命傷のせいだろうか。


息が上がってきた。


今の体勢も楽ではないからな。


岩が背中に乗っている分、下のビショップを押しつぶさないよう体勢の維持に力を入れなければならなくもなっているからだ。


この疲労感ではあの時のように岩を払い除けた後、咄嗟にビショップを守れる自信はあまりない。


完全に銀蝙蝠の魔物の有利な状況だ。


ちょっとどころではない。


これは非常にマズイことになってしまったぞ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る