第15話 北の廃坑


 情報屋から斡旋所の男の情報を聞いた日の次の日の早朝。


日が出たばかりでまだ薄暗い野原を俺とビショップは進んでいた。


は北の廃坑に向かっている最中である。


起きてすぐ出発したので眠い。



「ふわぁ・・・あ、失礼しました」



ビショップも眠かったようであくびをしていた。


それが恥ずかしかったのか今は赤面している。


彼女は昨日、魔法を使いすぎてヘトヘトの状態だったので俺よりも眠いはずだ。


もしかしたら、その時の疲れも充分には取れていないのかもしれない。


無理をさせて申し訳ないが彼女も来るべきだと思って連れてきた。


この一件には彼女にも関係があるからな。


そういえば、廃坑に行く途中ではないがここから少し歩けば貴族が殺害された場所がある。


王都の騎士団や傭兵達が処理してくれるようなので、そのうち彼女の両親の墓も建てられるのだろうか。



「もう少し落ちついたら、お前の両親の墓参りにでも行くか」



ふと、そんなことを言ってみる。



「え・・・サタトロン様がそうおっしゃるのなら」



あれ?


別に感謝されようと思って言ったわけではないが、感謝の言葉はなかった。


むしろ、俺が行きたいなら従います的な感じでどこか興味がないというか無関心だ。


親子仲が悪かったのか?


いや、あの時、母の方はビショップを守るように抱いていた。


仲が悪かったように思えない。



「その・・・親とはうまくいっていなかったのか? 」


「いえ、そんなことはなかったです」


「そうか。好きでも嫌いでもないという感じか? 」


「・・・尊敬していました。愛してもいました。恐らく、二人も私のことを愛していたと思います」



本当にそう思っているのか。


彼女はそう言ってから表情に変化はない。


愛していたと言うのなら、ここで両親を失った悲しみや殺害した者への憎悪で表情が変わるものだろう。


だが、全く変化は見られなかった。



「今はどう思っている? 」



なので、もう直接聞いてみることにする。



「どう・・・今はサタトロン様が私の全てです。他は特にはどうとでも思っていません」



真っすぐ俺の目を見て言っていた。


嘘偽りはないのだろう。


そう思わせるほど、彼女の瞳も声も揺らぎは感じなかった。


だからか、俺は何も言い返せなかった。


「そうか」といった相槌すら口に出来なかった。


絶句していたのだと思う。


そうか、これが今のビショップの価値観か。


恐らく以前の彼女が持っていた価値観とは別のものに変わってしまっているに違いない。


命を救った俺への恩返しをするために、価値観を変えたというか前の自分を捨てたというのか。


いや、違う。


たったの一日や二日くらいで、両親がどうでもよくなるほど自分を変えられるとは思えない。


何かもっと強いきっかけがあるはず。


というかそれらしき原因に心当たりがある。


恐らく[因子付与]によるものだろう。


ひょっとしたら[因子付与]によって、その人の人格が少し変わってしまうのかもしれない。


今のビショップを見るに、[因子付与]をした相手の中で俺という存在が絶対的なものになってしまうらしい。


まだ、ビショップしか成功していないので断定はできないが。


俺にとっては都合の良いことでデメリットらしきものはまだ見当たらないが注意するとしよう。


というか[因子付与]をいい感じに制御できないだろうか。


死んだ親に対して悲しむことすらもできないのは残酷だ。


悪の組織の総帥として人道を守るつもりはないが、部下に対しては非情になるつもりはない。



「あの・・・何かお気に召さないことでも・・・」



ビショップが心配そうな顔で俺を見てくる。


顔に出ていたのだろうか。



「いや、何でもない。お前の強い忠誠、ありがたく思うぞ」


「・・・! 勿体なきお言葉でございます」



俺の言葉に対して、軽く礼をするかたちでビショップは答えた。


優雅な佇まいだが、一瞬見えた彼女の顔は嬉しそうだった。


対してさっきの俺はどんな顔をしていたのだろうか。


悲しんでいただろうか。


それとも、怒っていただろうか。


いや、どちらの顔もしていたんだと思う。


親の死を悲しまないビショップを悲しいと思ったし、それを強制させたてしまった自分に怒りを感じていた。


それはきっと、本来ビショップが持つべきだった感情なのかもしれない。


だとしたら、この感情はこの一件が解決するまでは忘れないようにするとしよう。


彼女の失ったものを背負えるのは俺にしか出来ないことなのだろうから。





 あれから一時間ほどで目的の廃坑に辿り着いた。


今、俺達はその入り口付近にある茂みに身を隠し、斡旋所の男が来るの待っている。


貴族殺害の依頼主の関係者とやらと落ち合う場所は分からないが入り口で待っていれば、とりあえずはいいだろう。


そして、そいつらが来たところで茂みから飛び出して身柄を拘束。


その後、ゆっくり話を聞かせてもらうという計画だ。


特別難しいことはなく、いたって簡単なことだ。


それから一時間ほど経った後、ようやく廃坑の入り口に一人の人物が現れた。


男性のようで、少し綺麗な身なりをしていた。


斡旋所の男ではない。


どうやら先に来たのは、貴族殺害の依頼主の関係者だったようだ。


長いので関係者と呼ぶことにしよう。


それにしても、関係者ということから貴族に近しいものだと思っていたが、そうでもないのだろうか。


その男性の身なりは、ジャンクフィールドでも揃えれられそうな程度の身なりである。


というか、普通にジャンクフィールドの町を歩いていそうな風貌だ。


どこかよそ者感がなく少し違和感があった。


いや、俺が気にしすぎで実際にはこんなものなのだろうか?


貴族の関係者というか使いという者は。



「む・・・」



その男性の様子を伺っていると、彼が予想外の行動に出たので思わず声が出てしまった。


予想外の行動とは、彼が廃坑の中へ入っていたことである。


てっきり、彼らは入り口付近で待ち合わせをするものだと思い込んでいた。


しかし、実際には廃坑の中に待ち合わせの場所があるようだ。


どうする?


まだ斡旋所の男が来ていない可能性もあるが、その逆ですでに廃坑の中にいる可能性もある。


いや、どちらにせよ関係者の後を追ったほうがいいのかもしれない。


ここはジャンクフィールドの周囲のどの廃坑よりも大きな廃坑になる。


ゆえに、その入り口となる横穴の先は広い。


もし、すでに斡旋所の男が先にいるのなら、ここで関係者の姿を見失えば、もう彼等と会う機会はなくなってしまうだろう。



「行くぞ、ビショップ。奴の後を追うぞ」


「はっ! 」



ビショップと共に茂みから飛び出すと、俺達も廃坑の中へと向かった。





 関係者の姿を視界の先に留めておきながら、廃坑の中の道を進む。


道には松明などの明かりは無く、頼りになるのは関係者が持つ松明のみ。


俺達は後をつけているのをバレないよう明かりを持っていない。


足元に注意しつつ、足音にも気を使わなければいけないので、かなり神経を使う。


ただ進んでいるだけで、走るよりも心身ともに疲労が溜まっているに違いない。


早く目的の場所についてほしいものだ。


そう思っていると、長く続いていた一本道が終わり、広い場所に辿り着いたようだ。


周囲は相変わらず暗くて分からないが、さきほどまで薄っすらと見えていた天井が全く見えなくなったので確かだろう。


関係者はというと歩みを止めることはなかった。


どうやら、目的地はまだ先のようだ。


もうひと踏ん張りか。


まだ気を抜けないが一息つく。



「・・・!? 」



それがいけなかったのか、俺は関係者の姿を見失った。


いや、油断していたことで見失ってしまった原因ではないのかもしれない。


なぜなら、関係者が持っていた松明がフッといきなり消えたのだ。


何が起きたのか。


どうするべきか。


そう考えているうちに、またも予期せぬことが発生する。



「うおお・・・」



地面が揺れだしたのだ。


けっこう大きな揺れ具合で、立っていられるのもやっとだ。


そして、ガラガラと何かが崩れ落ちた音が聞こえる。


反響してあらゆる方向から音が聞こえたが恐らく俺達の後ろの方からだ。


とても嫌な予感がする。



「止まった・・・か」



ほどなくして揺れはおさまった。


まるで、さきほどまで揺れがなかったかのように静かになった。



「サタトロン様、お怪我はありませんか? 」



小声でビショップが声をかけてくる。


まだ関係者に気づかれないように努めているようだ。



「問題ない。それよりもビショップ。お前の魔法スキルで後ろを照らしてくれ 」



そんな彼女にいつもと変わらない声の大きさで指示を出す。



「で、ですが、それでは気づかれて・・・」


「尾行は終わりだ。というかやっている場合ではないのかもしれない。もう気づかれることを気にする必要はない 」



もう気づかれるのを気にしている場合ではないだろう。



「は、はっ! [汎用魔法 初級]ライト! 」



ビショップの頭上に大きな光の球が発生する。


それが周囲を大きく照らし、俺が確認したかったことも見ることができた。


というか、[火炎魔法 初級]を使わせるつもりだったのだが、[汎用魔法 初級]に照らす用の魔法があるとは。


やっぱ、魔法スキルって便利だなぁ。


俺も何か欲しい。



「これはやられたな」



俺達がさっき通ってきた道はなくなっていた。


いや、岩の山で塞がれていたというのが正しいだろう。


さきほどの大きな揺れで天井か壁が崩れてしまったらしい。



「そんな・・・これでは出口に戻ることができない・・・」


「見ろ。これだけじゃあないようだ」



反対の方向に俺は指を差した。


その方向にも崩れた岩の山が出来上がっていた。


恐らく、その先にも道はあったのだろう。


周囲を見渡すが他に道らしき横穴は見つからない。



「閉じ込められたか」



どうやら俺達はこの場所に閉じ込められたようだ。


こんな偶然があるだろうか?


いや、これは仕組まれたものだろう。


廃坑に入ったら地震が起きて閉じ込められたなど、よほど運が悪いか誰かの仕業のどちらかだ。


地震が起きる前に、関係者が急に姿を消したことから後者に違いない。



「サタトロン様、これは恐らく・・・」


「ああ、まんまと罠にハメられたようだ」



俺達はハメられたらしい。


途中で気づかれたかあるいは、どこかで俺達のことを斡旋所の男に知られたのだろうか。


なんにせよ今はそんなことを考えているわけではないようだ。



「鳥・・・いや、魔物か」



バサッバサッ鳥の羽ばたきのような音が俺の耳に入った。


何かしらの生物、いや羽ばたきの音からして、その主の大きさは[怪物化]した地龍といい勝負になるだろう。


次から次へと厄介がすぎる。



「ビショップ、戦闘の準備だ。大物が来たぞ」


「・・・! そこ! 」



ビショップも周囲に潜む大型の魔物の存在に気づいたのだろう。


羽ばたきの音が聞こえる方向に、ライトの光を向ける。


すると、大型の魔物の全貌を目に焼き付けることができた。


その魔物は一言で表すのなら巨大な蝙蝠。


銀色に輝く体毛を持ち、悪魔のような大きな翼をバサバサとはためかせて飛んでいる。


横長の大きな口からは二本の巨大な牙を覗かせ、足の爪は猛禽類のように鋭い。


初めて見る魔物だ。



「ほう、なかなかに攻撃力がありそうだ」



そう余裕ぶってみたが、実際に牙か爪の攻撃を受ければひとたまりもないだろう。


[怪物化]か[怪人化]で戦う必要がありそうだ。



「ギェェ・・・」



銀蝙蝠の魔物は光を向けられたことをうっとしく思っているのか飛翔しながらもこちらに顔を向ける。



「ギエエエエエエ!! 」



そして、思わず耳を塞ぎたくなるほどの甲高い咆哮を上げるのだった。


こんな大型の魔物まで用意しているとはな。


どうやって都合よくおびき寄せたかは知らないが、何が何でも俺達を殺したいらしい。


そこまで高く評価してもらえるとは。


光栄すぎて涙が出そうだ。



「サタトロン様、いかがいたしましょう? 」



ビショップが剣を構えつつ、俺にどうするか問いかけてくる。


彼女は神妙な顔つきで銀蝙蝠の魔物に視線を向けていた。


俺に顔を向ける余裕は無いらしい。


それは正しいことだろう。


銀蝙蝠の魔物は俺も初めて見る魔物で、何をしてくるかは分からない。


油断は禁物だ。


だが、彼女の体はよく見れば若干震えていた。


恐れているのだろうか。


それとも緊張しているのだろうか。


どちらにせよ、それは今は余計なものだ。



「罠にハマったのだ。やることは一つしかないだろう」


「・・・と言いますと? 」


「食い破ってぶち壊す。それが唯一で最善手だ」



彼女の気持ちを和らげるつもりで、少しおどけた物言いをしてみた。


これで多少は気が楽になるといいのだがな。


さて、恰好をつけたもののどうしたものか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る