第5話 山羊の魔物

 

 護衛依頼が開始されて二日目。


ここまで襲いかかってきた魔物はおらず順調であった。


雇われた多く傭兵や雑兵達に体調が悪い者はいない。


むしろ開始の日より元気に見える。


あと一日でこの退屈な依頼から解放されるからだろうか。


気持ちは分からんでもないが、まだ依頼の途中だ。


終わるその時まで気を引き締めなければ。


と、他のやつとは違うぞと意気込んだもののこの日も特に何が起こるわけでもなく日が暮れる頃合いだ。


周囲いは夕日の明かりに照らされ、見渡せば赤みがかった風景を一望できる。


そろそろ野営の準備の合図が来るだろう。



「・・・いや、来やがった」



少し気が緩んでいたのかもしれない。


この時になって、この馬車の列に接近する魔物が現れた。


まだ距離は遠く、黒い影にしか見えないが確実にこちらに近づいている。


遠目ではあるが確実に人よりもでかい。


周囲を見渡せば、接近する魔物に気づいている者は俺以外にいないようだ。



「って、あれ? 」



周囲の様子に違和感があった。


いや、確実におかしいことがある。



「え?ちょ・・・人数少減ってね? 」



俺が担当する馬車の護衛の数が少なくなっていた。


配置を変える話は聞いていない。



「お、おい! 人数が・・・」



どういうことかと近くの傭兵に話しかけた途端――凄まじい爆発音と共に周囲がまぶしい閃光に包まれた。


何が起きたのかを把握する余裕すらなく、ただ衝撃波に耐え、目を瞑ることしかできない。


くそ、やられた!


ただ確実に言えることは、襲撃を許してしまったことだ。



「お、おい! 前の馬車が! 」


「馬車が燃えてるぞ! 敵襲だ! 」



傭兵達の焦った叫びが耳に入る。


前方の馬車の列へ目を向けると、列の真ん中に位置した馬車が燃えていた。


馬車本体は粉々で、中に家具が入っていたのかその残骸も辺りに散らばっている。


それが一台だけではなく三台ほどがそのような状態なので、先ほどの攻撃の破壊力は凄まじい。


遠くに見えていた魔物の陰に目を向ければ、一瞬奴の周りに炎のような橙色の揺らめきが見えた。


攻撃は奴の仕業で、恐らくは魔法を使ったのだろう。


あの魔物は魔法を扱うことのできるスキルを持っているに違いない。


しかも徐々に影が大きくなっている。


こちらに接近しているようだ。



「魔法のスキルを持つ魔物は初めてだ」



俺は鉤爪を両手に装着し、戦闘態勢に入る。


危機的な状況ではあるが、まだ見ぬ因子を手に入れるチャンスである。


正直に言えば、心が躍っていた。



「落ち着け! そして聞け! 」



馬に乗った騎士が声を張り上げる。


茫然と燃える馬車の残骸に目を向けていた傭兵達は、彼の声に耳を傾け始める。


何やら命令したいことがあるらしい。


騎士の無駄にでかい声をせいで少しやる気が下がったが、今は命令を聞く立場にあるので大人しく耳を傾けることにする。



「幸いにもシルヴェスター様方の乗る馬車に損害はない」



シルヴェスターとは、恐らくこの護衛依頼の主の貴族の名前だろう。


どの馬車に乗っているかは把握していなかったが、被害が出ていない辺り恐らくは先頭だろう。


依頼主が無事というのは吉報だ。


やられてしまえば報酬は払われないからな。



「たった今、シルヴェスター様の乗る馬車は速力を上げて離脱中だ。お前達は時間稼ぎをしろ! 」



そう言って、騎士は走り去っていってしまった。


シルヴェスターとやらの馬車に追いつきにいったのだろう。


そして、残された俺達は時間稼ぎもとい殿をやれというわけだ。


つまり、ここで死ねということである。


馬車の単位で言えば、三台が残された。


先頭から優先順位が高く、俺が護衛していた付近の馬車は優先度の低い何かを積んでいたのだろう。


「ふ、ふざけんなー! 」


「聞いていないぞ!? あんな化け物が出てくるなんて! 」


「野郎! 俺達は捨て駒ってことかよ! ふざけんな! 」



次々と残された傭兵達が走り去っていく騎士に対して罵詈雑言を浴びせ始める。


気持ちは分かるが黙って武器を取って構えてほしい。


残された者はせいぜい二十名ほど。


戦える者に限定すれば馬車の御者を外して、十七名くらい。


その数で魔物と戦わなければいけないのだから。



「わ、わたしは戦えないんだぞ! 」


「ひー、こんなのごめんだ! 」



馬車の御者達は、一斉に逃げ出した。


別に馬車の御者はいてもいなくても、いや、いたほうが面倒なので構うことはない。


ただし、傭兵が逃げるのは困る。


御者達が逃げるのに呼応するかのように、数人の傭兵達も逃げ出していたのが見えていた。


プライドとかないのかな?


魔物も魔物で、逃げる馬車か逃げる傭兵共の方へ行けばいいものを律儀に殿を強制されたこちらへやってくる。


そして、やつはここへやってきた途端、残された先頭の馬車に突進した。


ついでにそこを護衛していた傭兵達数人も吹き飛んでいく。


あーあ、さらに減っちゃったよ。


そう嘆いたところで、現実は変わらない。


改めて、目の前にいる魔物に目を向ける。


その魔物は山羊型の魔物だ。


頭から銅、足が山羊のもの。


体毛は黒く、見上げるほどに体はでかい。


頭に生えている角は二本一対で、後ろへと反り返った形状をしている。


そして、この魔物には特異な部分があった。


まず、前足がなく二本の後ろ脚で立っていた。


前足の支えが無いせいか前傾姿勢である。


次に背中に一対の鳥が持つ翼が生えていた。


その翼は体の大きさにしては小さく飛ぶことはできないようだ。



「悪魔か? 」



山羊の頭の悪魔をゲームかアニメかで見たことがあるような気がする。


まさしくこの魔物はそのイメージと近い。



「ブエエエエエ!! 」



山羊の魔物が吠える。


山羊の鳴き声を野太くしたような感じで不気味だ。



「いいぞ。なかなか強そうじゃないか」



山羊の魔物を目の前にして、俺は笑う。


他の傭兵連中は絶望した顔で山羊の魔物を見上げており、笑っているのは俺しかいないだろう。


俺はこの魔物を倒す。


騎士に言われた通り、時間稼ぎと全うしきるわけではない。


ただこいつが持つ因子が欲しいからだ。


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