第41話 彼が想う悪のかたち
今宵は月が大きく欠けた暗い夜。
にも関わらず、今の俺には暗くは感じない。
この丘から見下ろすジャンクフィールドの町が赤く燃えているからだろう。
町中に火を付け、住民を一人残らず殺害するという非情な計画。
その首謀者のバハが倒れたというのに、町はまだ燃えているのだ。
バハから離れ、この場所に来てからずっと俺は燃えてゆくジャンクフィールドを見下ろし続けていた。
そんな俺の後ろにはビショップ、バンディッド、デストロイヤーの三人がいる。
「生き残りはいないか? 」
俺は振り返って、そう問いかけた。
「いないよ。あの町には誰一人生きている人間はナシ! だから、ビショップとここに来たってワケ! 」
俺の問いかけに、バンディッドが答えてくれた。
あそこにいた騎士達は、バンディッドとビショップが倒してくれたということだな。
「そうか。本当に終わったな。皆、ご苦労だった」
俺が労いの言葉を言うと、三人ともその場に跪いた。
総帥の御意思に従ったまで。
それを体現するかのような仕草だ。
普段フランクなバンディッドもしているだけあって、並々ならぬ忠誠心の高さを感じさせてくれる。
「改めて言うが、我らの組織名は怪人結社サタトロン」
色々と考えたが組織の名前は怪人結社サタトロンとした。
怪人。
すなわち、[因子付与]によって異形の姿となる者達で結成された組織ということで怪人結社。
サタトロンという俺の名がついているのは、組織の象徴たる存在が俺だから。
自分でも
「怪人結社サタトロンが総帥、サタトロン」みたいに、その組織のボス感が出ていい感じじゃあないか。
在り来たりとも思うが、結局はこういうシンプルなものが一番良いっていうものだろう。
「怪人結社サタトロン・・・素敵です」
「総帥の名前入ってるとか上がる~」
「素晴らしい。俄然、キングとしてより尽くさせていただきますわ! 」
三人全員組織名に不満はないようだ。
創立メンバーになるわけだし、文句の一つや二つ言っても良いものだけどな。
まあ、良しとするのなら構うことはないか。
「異論はないな。では、怪人結社サタトロンとしての最初の仕事に取り掛かるとしよう」
最初の仕事。
それは、以前話したとおり、五年の間潜伏し王都にて終結すること。
組織の名前が決まった途端に、ここで全員バラバラに動くのだ。
つまりは、一度解散するということだ。
「「「・・・」」」
「・・・なんだ? もう行ってもいいのだぞ? 」
誰も動くことはなかった。
なんでと聞いてみたが、理由はおおよそ想像することが出来る。
「その・・・総帥がまだ残っておられるのに、先に自分達は立ち去るわけには参りません」
ビショップが答えた。
バンディッドもデストロイヤーもウンウンと頷く。
やっぱりな、そうだと思ったよ。
三人共、俺が立ち去るのを待っているのだ。
実際に、そうすれば三人はすぐにここから離れることだろう。
「そうか・・・だが、最後に残るのは俺だ」
だが、そうするつもりはない。
「な、何故ですか!? 」
「本当それ! 何故に!? 」
「何故ですわ!? 」
三人共、口々に理由を問いただしてくる。
こういう時は、こいつらは言うことを聞かない。
俺に意見を言ってくる。
「ハハハ! 」
それがどこか面白く思えて、笑ってしまった。
笑うつもりなんてなかったものだから、自分も驚きだ。
自分でも驚いたのだから、三人はなおさらである。
何故笑ったのか。
それが分からず、皆キョトンとした顔をしていた。
「悪い。笑うつもりはなかった。失礼だったな。謝る」
本当に失礼だったはずだ。
例え自分の敬う相手だったとしてもいい気はしないだろう。
俺が部下の立場であった場合に、そう思うからこそ謝った。
「いえ、全然、むしろ・・・」
「総帥の笑顔サイコー! 」
「なんと眩い! 目が眩んでしまいそうですわ! 」
だが、皆悪い気はしなかったようだ。
むしろのその逆で、なんか嬉しそうであった。
な、なんで?
「総帥が笑うお姿、初めて見れました」
え? 普段から俺笑ってなかったっけ?
「年相応の男の子! そんな感じでマジ可愛いかったねぇ」
か、可愛いだと!?
「庇護欲に駆り立てられましたわ! ワタシが守らねば・・・」
お、おう・・・お前だけは何を言っているのか分からない。
三人の話をまとめると、本当に俺の笑う姿を見て嬉しく思ったらしい。
思えば、普段は威厳を保つために尊厳な態度を心掛けているからか素で笑うのは、あまりないか・・・
そう思うと、恥ずかしくなってきた。
「くっ・・・! 」
俺は恥ずかしさに耐え切れなくなり、三人に背を向ける。
恥ずかしがる俺の顔を見れなくなかったのが口惜しいのか。
後ろから落胆する三人のそれぞれの声が聞けこえるが、絶対に振り返らない。
くっそ~顔が熱いぞ。
顔はおろか耳まで真っ赤になっているに違いない。
とてもじゃないがこんな顔、部下に見せられるものか。
「い、一時とはいえ解散するのだ! 最後まで残るのが総帥としての責務というものよ! ほら、さっさと行けぇ! 」
どうにも締まらんが強引に行くまでよ。
俺は未だに恥ずかしいという気持ちのまま、出来るだけ強い口調で言い放った。
「ふふっ、総帥様の笑顔を見ることが出来ました。これを糧に精進いたしますわ」
「ふん! それは良かったな。またな、デストロイヤー」
「はい。どうかお元気で」
一人遠ざかってゆく足音が聞こえる。
最初に立ち去ったのはデストロイヤー。
まだ俺の部下になって日が浅いが頼りになる存在だ。
存分に力を発揮する姿を見る日が待ち遠しいよ。
「えーん! 総帥と離れるの寂しいよーっ! うわーん! 」
「嘘くさい・・・全然寂しいとは思えないぞ」
「アハッ! バレちった! さっきまでは寂しかったんだけどねぇ、総帥の笑顔見たら吹き飛んじゃった! 」
「ふ、ふん! またな、バンディッド」
「またねぇ、総帥」
もう一人遠ざかってゆく足音が聞こえる。
次に立ち去っていったのは、バンディッド。
その諜報力で、戦闘以外の面でも活躍してくれた貴重な存在だ。
情報はあらゆる物事において重要なものだ。
これから本格的に組織として動く上で、彼女の力は必要不可欠なものになるだろう。
「総帥、バハの件。ありがとうございました」
「・・・俺がトドメを刺してしまって悪かった」
「いえ、大丈夫です。これで父と母も浮かばれることでしょう」
最後に残ったのはビショップ。
「改めて、私を救ってくださりありがとうございました」
「・・・またな、ビショップ」
「ええ、また。五年後、必ずやお会いしましょう」
その最後の一人の遠さかってゆく足元が聞こえる。
俺の最初の部下となり、長く頑張ってくれた感謝すべき存在。
口では言わないが、部下となって俺に付いて来るのは大変だったことだろう。
それでも弱音を吐かずに、ここまでよく付いてきてくれたものだ。
五年後に再開した時、組織の中で重要な役割を担ってくれることだろう。
立ち去っていった三人の部下。
頼り、貴重、感謝とそれぞれに強く思うことは異なる。
だが、全員に対してその三つの思いを持っているのは確かなことだ。
だからこそ、五年後に再開する日が今から待ち遠しくて仕方がない。
・
・
・
夜が明け、朝日の光が地表を照らし始める。
あれから何時間経っただろうか。
俺は三人の部下が去ってもなお、丘の上にいた。
そこで何をしているのかといば、何もしていない。
ただ腰を下ろして、ジャンクフィールドの町を見下ろしているだけだ。
町は所々が炭と化した場所があるものの、まだ炎に焼かれている場所がある。
町はまだ燃えている。
山となった灰の中には住民のものが含まれているのだろうか。
瓦礫に見える黒い影は、実は住民の死体なのだろうか。
皆、助けを求めながら死んでいったのか。
最期は己の不幸の呪い、苦しみながら死んでいったのだろうか。
そんなことをずっと考えていた。
結果として全員助からなかった。
あのバンディッドが言ったのだから間違いないだろう。
誰一人生きている人間はいないのだと。
そして、必死に助けを求める声を上げたとしても、誰も助けに来なかったのだ。
ここは異世界。
俺が前にいや世界とは違って、スキルという個人だけの力であっても世界と渡りえうる力がある。
だから、ほんの少し期待していた。
アニメや漫画に出てくる世界を救うような勇者と呼ばれる存在。
すなわち、正義の味方となる存在を。
その存在を確かめたくて、ずっと一人ここで待っていた。
だが、一向に現れやしない。
町が燃え、住民が悲鳴を上げる最中でさえ。
すべてが終わり、手遅れになった今でさえ。
正義の味方は姿を現すことはなかった。
「結局、そういうものさ。正義の味方なんてのは、この世界にもいやしない」
誰に言うまでもなく、そう呟いた。
これが初めてではなく、三人が立ち去ってから何度も呟いた言葉だ。
この町の住民は必ずしも悪ではない。
望んで貧しくなり、この町にやってきたのではない。
ただ貧しいだけ。
それだけで殺されるのは、理不尽にもほどがある。
黙認した俺が言えることではないのは、重々承知だ。
だが、嘆かずにはいられないだろう。
こうも簡単に、こんな悪逆非道が許されるのは。
許しはしないと声を上げ、立ち向かう者がいないというのは。
「正義の味方なんてのは、どこにもいやしない」
だから、俺はこの言葉を繰り返す。
言葉を繰り返すたびに決意が固まってゆく。
世界に悪が
「世界征服は必ず成し遂げる。今度こそ・・・」
俺は立ち上がると、ジャンクフィールドの町に背を向ける。
ようやく立ち上がる時だ。
俺は今度こそ成し遂げる。
前の世界では出来なかったこと。
俺が、俺達の組織だけしか悪が存在しない世界の実現を。
怪人結社サタトロン マガタマキング @magataman
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