第28話 騎士の襲来


 がやがやと雑兵達で賑わう斡旋所の中で、俺と見知らぬ少女は向かい合う。

 


「どうか私の話を聞いてはもらえないでしょうか? 」



少女は改めて、俺に頼みこんできた。



「何故、俺になんだ? 」



その返しとしてはこれである。


髪は明るめの茶色で、後ろ髪は肩に届くくらいの長さ。


服装は、まず上衣は白い長袖にシャツで、その上から皮の胸当てをつけている。


腕にはシャツの袖を少し覆う大き目な皮手袋。


黒いズボンに、ひざ下まであるブーツを履いている。


腰には鞘に納められた剣をぶらさげている。


見た目からして、ジャンクフィールドでは珍しくない恰好だ。


つまり、この町の住人であり、今この場所にいるということは雑兵なのだろう。


ひょっとしたら、何回かすれ違ったかもしれない・・・と思ったが全く見覚えがないので、それは無いと断言してもいい。


この少女の見た目で、一番目につくのは顔だ。


非情に整った顔であり、誰に聞いても全員が美人と答えるだろう。


ただ美人な顔というわけでもなく、気品すらも感じる。


ジャンクフィールドに元々いた人間には感じられない気品さだ。


一度見たら忘れはしないくらいに印象に残る。


何が言いたいかといえば、恐らくこの少女は外から来たばかりの者。


元の家は貴族か、その部下の騎士か使用人か。


何はともあれ俺の感覚が正しければ、ワケありでこの町に来たのだろう。


そんな奴が俺になんの用だと少しは警戒するもの当然だろう。


困っているようで悪いが。



「その・・・この町で耳にしたのです。雑兵に黒髪の少年がいて、とてもお強いと人だと」



それは本当だろうか?


ここは喜ぶべきなのだろうが、素直に喜ぶことができない。


完全に自信なくしちゃったなー。



「あの、どうされました? 」



少女がきょとんとした顔で俺を見てくる。


しまった。


顔に出ていたか。


これは自分の問題なので、他人を関わらせることはナンセンスだ。


無理してでも明るく振舞わなければ。



「いや、なんでも。それで、強いと聞いて俺に何を頼みたいって? 」


「魔物の討伐依頼に同行してほしいのです」


「なるほど。今日が初めての依頼というわけか」


「そ、そうなのです! 」



俺の言葉に、大きく頷いて答えた。



「実は・・・詳しく言えないのですが、他のところからここへ来たばかりなんです。一応、剣の訓練も受けていたので戦うことはできるはずなのですが魔物相手は初めてで一人では自信がなく・・・」



それから彼女は、自分がこの町に来た経緯と同行を頼みたい理由を軽く話してくれた。


うーん、ほぼ俺の予想通りでしたねぇ。


どうやら、俺の感覚も捨てた者じゃあないらしい。


ちょっと自信というか本当に元気が出てきたぜ。


しかし、事情は分からないが苦労しているな。


見たところ、一人でこの町に来ることになったのだろう。


俺も似たような経緯だから、かなり同情する。


この町に来たばかりの時は、俺も右も左も分からず苦労したもんだ。



「分かった。同行しよう」



断る気満々だったが、この町のビギナーであるのなら話は別だ。


先輩として多少なり、この少女の力になるとしよう。


悪の組織の総帥らしからぬ行為だが、今は雑兵のサタトロンだ。


善良な行為も、一般をよそおうためのものってやつさ。



「あ、ありがとうございます! とても助かります! 」



少女はビシッと頭を下げて礼を言ってきた。


この町ではまずお目にかかれない綺麗な礼だった。


ビショップも優雅で綺麗な礼をするのだが、この少女は優雅というよりかは洗練されているように感じた。


何度も練習を重ねたもので、軍隊気質な雰囲気があった。


敬礼なんてものをさせたら、ビシッと格好よく決まったものを見せてくれそうだという勝手な想像もしてしまうほどだ。


元の家はどこかの貴族か騎士だろうとは思ったが、騎士で間違いないだろう。



「よし。じゃあ・・・ああ、名前を聞いていなかったな。俺はサタトロン。君は? 」


「あ、失礼しました。私はリオと申します」



この少女の名前はリオと言うらしい。


恐らくは家名も持っているはずだが、まあ言わないよな。


それでいい。


俺も言いたくないし。



「それじゃあ、リオ。今日はよろしくな」



俺はリオに手を差し出す。


軽い挨拶程度に握手を交わそうというのだ。


このリオという少女には、俺と似た境遇を持つことから親近感が湧く。


握手くらいはしておこうと気が乗ったのだ。


普段は、こんなことはしない。



「はい! よろしくお願いします! サタトロンさん! 」



まるで花が咲いたように満面の笑みで俺と握手を交わしてくれた。



「それで、受けたい依頼なのですがおススメとかあります? 」


「お、おう。初めてとなると、この辺りの魔物討伐の依頼が・・・」



それから俺達は受ける依頼についての相談を始めた。


その間、俺は気にしていた。


握手をする時に、リオが皮手袋を外さなかったのを。


マナーに詳しいわけではないのだが、握手をするときは手袋を外してやるものではないのか?


いや、礼儀正しい仕草をしていたものだから、余計に無造作に見えていただけなのかもしれない。


もしかしたら、女性が握手をするときは手袋をしたままでも良いというようなルールがあるのかもしれない。


こういうマナー的なものは、元貴族で俺より歴が長いであろうビショップが詳しいのだろうか?


ちょっと暇になったときに雑談程度に話を振ってみようかな。





 あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。


まだ昼にはなっていないので、少なくとも数十分程度の時間が経ったくらいだろう。


俺とリオは町の近辺にある林の中にいた。


グリーンモンキッキという魔物を倒すためである。


その魔物は、緑の肌を持つ猿のような姿で、一メートルあるかないかくらいの大きさ。


林の中を住処にしており、少々の知恵があるのか木の枝を武器にしている。


強さはデッカラビットよりちょっと強いくらいだ。


しかし、群れで行動すること多く、好戦的で人を見かければ攻撃してくるので脅威度は高い。


魔物と初めて戦う奴の相手としては、少々手ごわい相手だ。


それでも、この魔物を選んだ理由はリオ本人が選んだ魔物ということ。


それとリオには剣の訓練をした経験があるということだ。


何故、リオがこの魔物を選んだかは知らないが、剣の心得があるのなら問題はないと俺は判断したのだ。



「ギキー! 」



背の高い木々が周囲に立ち並ぶ薄暗い中、リオは三体のグリーンモンキッキに囲まれている。


それを俺は少し離れた場所から見ている。


極力自分の力で魔物倒すという制約を設けており、危なくなったら俺が加勢に入るという手はずである。



「ほう」



三体の魔物に囲まれるリオの姿に俺は関心していた。


思わず、上から目線な感じになってしまうくらいにだ。


リオは剣を両手で持ち、その刃を前方に向ける形で構えている。


剣道でよく見る構え・・・中断の構えというのだろうか?


それに似た姿勢であった。


その姿勢でいて、彼女の体に一切の震えはない。


ただ静かに魔物の動きに備えている。


初めての魔物との戦いは自信がない。


その言葉が嘘だったかのように、彼女は落ち着いている。


初めての魔物との戦闘でこの落ち着きは逸材なのでは?


この時点で、そう思ってしまっているのだが、まだ油断はできない。



「ギキー! 」



一体のグリーンモンキッキが動いた。


リオから見て正面にいたグリーンモンキッキだ。


そいつは、リオに目掛けてとびかか借り、右前足で持った木の枝を高々に振り上げている。


その木の枝で頭を叩こうとしているのだろうか。


たかが木の枝と侮るなかれ、奴らが武器として選んだそれは充分に攻撃力がある。


まともに受ければ、体勢を崩すか運が悪ければ、気絶してしまうだろう。


リオはどう動くか。



「[スラッシュ]」


「ギキャッ!? 」



リオに飛びかかっていたグリーンモンキッキは、そのまま空中で死んだ。


どう死んだかというと、体を真っ二つに切り裂かれたのである。


彼女が使ったスキル[スラッシュ]によるものだろう。


[スラッシュ]は剣を使う多くの者が使うスキルで、その効果は剣などによる斬る攻撃の威力を上げるというもの。


俺がいつか使った[大打撃]に近い効果のスキルだ。


それで威力の上がった剣による斬撃で、グリーンモンキッキを真っ二つにしてしまったのだ。



「[スラッシュ]」


「ギキャア! 」



それから、リオは振り返って後ろにいたグリーンモンキッキへ[スラッシュ]を使って攻撃。


今度は、剣が横へ薙ぎ払われ、グリーンモンキッキは胴から体を真っ二つに切り裂かれる。


リオは淡々と魔物を倒しにかかっている。


あと一体も時間の問題だろう。



「ギキャアアア!! 」



いや、そうもいかないか。


瞬く間に二体の仲間がやられたことに恐怖したのか、最後の一体は悲鳴を上げて逃げてしまった。


ぴょんぴょんと跳ね動きながら林の奥の方へ向かっていく。


今すぐ動いたとしても、追いつけはしないだろう。


一旦は戦闘終了か。


そう思っていたのは、俺だけでリオは違ったようだ。


彼女は、剣の刃についたグリーンモンキッキの血を振り払い、剣を高く振り上げた。



「[飛剣]」



それからリオは、剣を素早く縦に振り下ろした。


振り下ろされている最中、剣の刃は光を放っており、その光の一部が月のような形になって飛んでいく。


それは[飛剣]というスキルが発動した証。



「ギギャアアア! 」



効果は、剣の斬撃を飛ばすこと。


飛ばされた斬撃を食らい、グリーンモンキッキは他の二体と同じく体を真っ二つにされて絶命した。



「ふぅ、終わりました」



リオは剣を鞘に納めて、一息ついた。


苦戦はしていないし、見たところ汗一つかいていない。


一息つく必要もないくらいの圧勝だった。


強すぎ。


俺来る必要あった? ってレベルで、このリオという少女は強すぎた。



「お、驚いたよ。初めてでこれなら、ジャンクフィールドでも充分やっていけるさ」



俺はリオに駆け寄って、先ほどの戦闘の評価を伝える。


口にした通りに、このリオならやっているだろう。


そして、俺より強くて立派な雑兵になるに違いない。


なんなら、もう今でも俺より強いまである。



「そ、そうですか? 嬉しいです」



リオは、はにかんで俯いた。


こうして照れている様子を見ていると、年相応の女の子だな。


さっきまで淡々と魔物を殺戮していた人とは同一人物に思えない。



「でも、やはり人とは違いますね。魔物との戦いはやりにくいです」



顔を上げて、ニコニコと笑みを浮かべながらリオが言ってくる。


言い方が何か物騒だが、要は魔物との戦いはまだ慣れてないということだろう。



「初めはそんなもんさ。やっていくうちに慣れていく。じゃあ、依頼も達成したことだし帰るとするか」



何はともあれ、これで依頼は達成したし、リオが雑兵としてやっていけるかの確認もできた。


予想以上に強くてびっくりだが、早々に終わって好都合だ。


まだ日は浅いので、他の依頼を受けられるんだからな。


雑兵斡旋所に着いたら解散ってことで、この関係も終了だ。


まだ帰り道は一緒でまだ早いのだが、これからの健闘を祈る。



「帰る? サタトロンさんは気にならないのですか? 」


「え? 」



急にリオが何か言ってきたので、思わず足を止めてしまった。


気になるって何が?


そう思って振り返り、体の向きをジャンクヤードの方からリオの方へと向ける。


俺の視界にリオの姿が入る。


先ほどと変わらずニコニコと笑みを浮かべていた。



「私は魔物なんかよりも人との戦いに優れています。それがどれくらいか気になりませんか? 」



可愛らしいもんだ。


変なことを言わなければ。


さっきからリオの様子がおかしい。



「私と戦いませんか?って、聞こえるんだけど、気のせいだろうか? 」


「いえ、それで合っています。私は気になるのですよ。黒鉤爪などと称されるあなたの実力が」



だんだんと嫌な感じになってきたな。


ニコニコ笑みを浮かべる可愛らしい姿も不気味に思えてきた。


戦いたいと言っているがそれに応じないほうがいいだろう。



「いや、それほどでもない。俺より強い雑兵なんていくらでもいるさ」


「ご謙遜を。それに戦ってみなければ、実際のところは分かりませんよ」



やんわりと断っているのに、食い下がってきやがる。


しつけぇ!


そんなに戦いたいのか?


お前は戦闘狂なのか?



「結構だ。別に強いと思われたくはないんでね。悪いが今日は帰らせてもらおう。急用を思い出してね」



こんな場所で悪いがここで解散するとしよう。



俺はリオの返事を待たずに、クルッと体の向きをジャンクヤードの方へ向ける。


今度こそ帰る。


ここにこいつを置き去りにしてでも帰ってやる。


とにかく、一刻も早くこいつと離れたい。


親切なんて慣れないことはしないほうがいいな。


やべー奴に絡んじまったもんだ。


というか、俺に依頼の同行を頼んだのはこれが目的なのかもしれない。


いや、本当にそうか?


俺と戦ってなんになるっていうんだよ。


なんか怪しくなってきたな。


バンディッドが調査から帰ってきたら、こいつの調査も依頼するとしよう。



「残念です」



後ろからリオの残念そうな声が聞こえてくる。


本当に残念に思っているようだ。


勝手に残念がってろバーカ!


と心の中で思いながら、ズンズンと歩いていたのだがすぐにその足を止めることになった。



「本当に残念。私の手で完膚なきまでに叩き潰してから捕えようと思っていたのに」



後ろからパチンと軽い弾けたような音が聞こえた。


リオが指を鳴らしたのだろう。


何のために?


それはあらかじめ周囲に忍ばせていた仲間を呼び出すための合図だったようだ。



「げっ!? 」



俺の前にあった茂みから、一人の人物が現れた。


そいつは、フルフェイスの兜を被っており、サーコートを身に着けて腰に剣をぶら下げている。


この国の騎士の恰好だ。


どうやら、騎士が茂みの中に隠れて待ち伏せをしていたらしい。


しかも、俺の前方の一人だけでなく、ガサガサとあちこちから茂みの葉の揺れ動く音が聞こえる辺り、周囲を取り囲むように潜んでいたようだ。



「さあ、サタトロンさん。選ばせてあげます。大人しく我々に屈するか、それとも無様に足掻いた結果、みっともないボロ雑巾みたく連行されるか」



騎士を背にすることは忍びないが、俺は再び振り返る。


すると、リオが俺の視界に入る。


奴はニコニコと笑みを浮かべてはいなかった。


リオは道端に落ちているゴミを見ているかのように、冷たい目で俺を見ていた。


周囲に目を向けると、騎士達が剣を抜きじりじりとこちらに近寄ってきている。


素の状態では厳しいが[怪人化]か[怪物化]で突破することはできるだろう。


だが、ここにいる連中が見える範囲にいるとは限らない。


手の内を晒すような真似はまだしないほうが賢明か。



「抵抗はしない。しかし、騎士様に目を付けられるようなことをした覚えはないんだがな」



俺は両手を上げて、抵抗の意思がないこと示す。


しゃくだがここはこいつらの指示に従うことにしよう。



「またまた残念。下民の演技で溜まったストレスを解消できると思ったのに」



そう吐き捨てると、リオが俺の元へと近寄ってくる。


状況を見るにこの騎士達を仕切っているのはリオだ。


こいつもどうやら騎士のようだ。


しかも、この隊を率いる隊長格。


どうりで強いわけだよ。


っていうか、本当に俺を騙してやがったな?


許せねぇ。



「頭が高い。頭を下げろ、下民」



心の中で悪態をついていると、目の前まで来ていたリオにそう言われた。


相変わらず、気に食わない冷たい目つきだ。


しかも、口だした声も冷徹なもので、人に頼み事をするようなものではない。


だが、彼女の言う通り、お辞儀をする形で頭を下げる。


なんかこいつ適当な言い訳して、俺を痛めつけてきそうな雰囲気がある。


出来ることなら、理不尽に痛い目にあうことは避けたい。



「もっと」



もっとと言うのでより下に頭を下げる。



「足りない。もっと」



さらに、もっとと言ってくるが、頭はもう下がらない。


仕方がないので、腰を下ろして土下座する形で頭を下げる。


おでこに土がついて汚い。


こんな姿、ビショップやバンディッドには見せられない。


だが、これで下げようがないので流石もう言われはしないだろう。


どこかへ連れていくなら、早く連れて行ってくれ。



「あはははは!! 無様! まさしく下民の姿だわ! 」


「ふんっ!? 」



リオは満足したように笑い声を上げる。


それにも関わらず、俺の後頭部を踏みつけて、あろうことかグリグリとさらに顔を地面に押し付けてくる。


結局、痛い目にあった。


ひどい仕打ちだ。


俺が何をしたというのか。



「これはほんの序の口。素直に口を割らないと、もっと無様な姿にしてあげるから」


「ぷはっ! 俺なんかに何を・・・俺は何の罰で連れていかれるんだ? 」



なんとか顔を横に向けて、俺はリオに訊ねた。



「理解していない? まあ、下民だし仕方ないか」



上からリオの呆れたような声が聞こえてくる。


そして、奴は口にした。



「よく聞け、下民。お前にはアイブックス家の当主とその妻の殺害。それと娘の誘拐の容疑がかけられているんだよ」



リオの言葉を聞いて、俺は心の中で「なるほどね」と納得していた。


どうやら敵は先手を打ってきたらしい。


騎士が来たということは、どこかの貴族の差し金に違いないだろう。


さて、バンディッドの報告が楽しみになってきたな。


・・・いや、余裕ぶってみたものの、その報告聞けなくね?


連れていかれる俺の居場所をどうにか伝えられないものだろうか。


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