工藤光の過去 私の憧れ

「うわっ、抑えた。あのピンチ。いい守備だ……それにめっちゃ声出てる」

 結局千川はあのピンチを0に抑えて。


「よっしゃナイスピッチ! 駿もナイスキャッチ、凌いだ凌いだ! 良いよ良いよ、流れこっち来てるよ! ナイスナイス! 全員良かったよ!」

 ベンチにチームメイトが戻ってくると、ヘルメットを被った13番の選手がパンパンと手を叩きながら皆を出迎える。


 ピンチを脱して笑顔で、かなり大盛り上がりの選手たちは自然にその13番を中心に円陣を組んで。


 円の中心のその選手は大きく鼓舞するように声を張り上げる。

「ナイス守備でした、ピンチ脱却流れはこっちにあり! 気持ち楽に気楽に行きましょー、いつも通り練習通り! それじゃあ……絶対点取るぞー!!!」


『おー!!!』

 そして全員で一致団結、声を合わせて大きな声。

 なんか鳳鳴の方が呑み込まれてる……さっきのチャンスの時もだけど声のせいでなんか雰囲気とかのせいで完全に流れが千川の方に来ている。


「よっしゃ、行くぞー!!! って、拓、身体硬いよ、もっとリラックスリラックス! 初めての1番だからって緊張するな、いつもと一緒。打順があがっだけ、自分のバッティングすればいい! 凡打でも気にするな、積極的に振ってけ!」


「はい!」

 そして13番の選手は1番を打つ選手を励ました後、ランナーコーチへ走って行く。


 ……やっぱり気になるな、あの選手。

 なんだか目で追っちゃうし、なんかすごく……偵察してこいって言われて、千川の中心選手だから、ってのもあるだろうけど、それ以上になんか……わからないけど、惹かれてる。


 どこかにあの人の事聞ける人は……あ、あそこのキレイなお姉さん千川の帽子被ってる。

 選手のお姉さんか何かかな……それなら知ってるだろうし、聞いてみよう!


「あ、あのすみません……」


「ん? おー、可愛いお客さんどうしたの? 彼氏の応援にでも来たのかい?」


「え、可愛い、それに彼氏……ち、違います、そんなんじゃないです! そ、その……あの選手、知ってますか? あの、今ランナーコーチしてる背番号13の、いっぱい声出してる選手の事知ってますか?」


「え、マジ? あの子が君の彼氏? マジで? こんな可愛い子が? いや、そんなそぶり見せなかったけど……マジ!?」


「ち、違います! 彼氏とかじゃないです、それに可愛くもないです! そんな話じゃないです、そう言うんじゃないです!」

 めっちゃ積極的でちょっと怖いお姉さんに、私は必死に抵抗する。

 彼氏なんていたことないし、それに地味三つ編みな私が可愛いわけないです! クラスでも地味で怖いって話なのに! こんな地味な私が可愛いわけない!


「いや、素材は良いし、めっちゃ可愛いと思うけどな~! だから残念! うちの息子に春が来たかと期待したけど、そう言う話じゃないのか残念、残念! こんな可愛い子なら嬉しかったけどな~……チラッ」


「ち、違います! そんなんじゃないです! 可愛くもないです!」

 その言葉にお姉さんは残念そうに、でもどこか楽しそうにうーん、と身体を伸ばして……って息子!?


「うん、息子。あれ、私の息子の樹神佑司!」

 驚愕する私にニヤッと口角を上げたお姉さんがそう笑った……え、息子!? 嘘でしょ!?



 ☆


「え、佑司君のお母さんってそんなに若いの? そんなに美人さんなの?」


「話はしょらないでくださいよ、先輩。まあ確かに若いです、年齢もですけど見た目が凄すぎます。どう見ても20代前半にしか見えなくて、本当にあれはびっくりしました……その一回しかあってませんけど」

 佑司君のお母さんは年齢も若くて当時で34歳とかその辺だったけど。

 でもそれ以上に見た目が若い、本当に美人さんで見た目が若々しくてお姉さんにしか見えなくて。その特徴、結構佑司君に引き継いでる気がする。佑司君もお肌キレイで少し童顔だし。


「へー、そうなんだ。あ、私佑司君の顔知らない! どんな顔なの?」


「こんな感じです……めっちゃカッコよくないですか?」


「おーおー……ま、まあまあ。うん、それなりかなぁ……アハハ、私はもっとワイルド系の顔の方が好きかも」


「先輩の好みは知らないですけど。とにかく佑司君はカッコいいんです、お母さんも凄い美人さんなんです! それじゃあ話の続きしますね……佑司君は見た目だけじゃなくて、中身もカッコいいですから」



 ☆


「あの子は私の息子の樹神佑司! そして私が母の樹神亜希!」

 デデーンとスレンダーな身体を自慢げに張りながらそう宣言するお姉さん……いや、お母さん? ワカンナイ、脳が混乱してる、めっちゃ若々しいキレイな人がお母さんという事実に脳が混乱している!


「え、えっと、その……本当にお母さんですか? お姉さんじゃなくて?」


「おー、そんなに若く見える私? 嬉しいねぇ、そんな事言ってもらえるのは! でも事実は小説より奇なり、私は佑司の母親なのです。ほれ、免許証」

 ぴらっと見せられた免許証には確かにさっき聞いた名前と34歳の生年月日。

 え、嘘、何それ……なんかすごい! この人すごい!


「うんうん、ありがとう! でも私の事じゃなくて、佑司の事聞きたいんじゃない? あなた、それ聞くために私のとこ来たんでしょ? あなた可愛いから何でも答えちゃうよ、佑司のためになるかもだし! もしかしたら将来……むふふ」


「あ、はい、そうでした! そ、その……佑司君は、あの……ずっとあんな感じなんですか? ずっと、その、ああやって声出して、チームを鼓舞して……あ、今もランコーのところからいっぱい声出して。ずっとこうやってチームの事を盛り上げてるんですか、佑司君は?」


「う~ん、そうだよ! 佑司はね、昔からああやってチームの声出しとか裏方とか、そう言うのに徹してる! というのもね、うちの佑司単に運動神経悪いのもあるけど、実はちょっと持病があってね」


「え、持病ですか?」

 あっけらかんとそう言うお母さんに少し聞く耳が止まる。

 持病って……それで野球とかできるんですか?


「いやー、そんな重たいものでは無いよ、あなたが想像してるようなものでは無いと思う。佑司はね、ちょっと重めの喘息なの。それで激しい運動ってのをお医者さんに止められてるって言うか、そのせいで練習も……まあ、簡単に言えばへたくそ、ってことだよ! 病気とか言い訳してるけど、単純に下手なんだよね、あいつ!」


「は、はぁ……そ、そのそれは、えっと、佑司君は……」


「あー、気を遣わなくていいよ周知の事実だから。病気で練習もままならない時もあるし、へたくそで試合にも出れない……でもね、佑司は野球が大好きなんだって。試合に出れなくても、練習に参加できなくても『自分には自分の役割がある!』って言って、サポートしたり声出ししたり、相手チームの偵察行ったり……ほら、今もうるさい声出してる。一塁ランコーがあんな声出す必要ないでしょってくらい」

 そう言って指さした先には、出塁した1塁ランナーに全力で声を送る佑司君の姿。

 チラリと見えた横顔はすごく楽しそうで、純粋に野球を楽しんでる感じがして。


「私はソフトやってたけどバリバリレギュラーだったからさ。やっぱり試合に出た方が楽しいと思うんだけど、本人は今でもかなり楽しいみたい。楽しそうに練習して、出れなくても腐らず周りを鼓舞して、自分の仕事全うして……こういう姿見てると、我が息子ながらなんだか応援したくなってくるんだよね」


「……それ、わかります。なんかすごく……カッコいいです、佑司君。すごくかっこよくてなんだか、その……ちょっと憧れちゃいます」


「おー、マジ? うちの息子憧れちゃった? ちなみに佑司は顔もカッコいいんだぜ、流石我が息子! って感じ! ほれ、これ写真!」


「……確かにお顔もカッコいいですね。イケメンさんです」

 ちょっと童顔で中性的な顔だけど、でも流石この人の息子、って感じですごくかっこよくて。

 今日初めて会ったばかりで、話してもないけど……なんか身体がポカポカしてきた。


「そうだろ、そうだろ! 自慢の息子だぜ、本当に、色々なところで……やっぱり野球しかり団体のスポーツってさ、全員でやるもの。役割の無い人なんて誰もいない、全員が何かしら役割を持ってると思うんだ」


「……はい」


「ふふっ、そうだよね。それで、持病もちでへたくそな佑司は声出しとか盛り上げ役というか……私だったら、試合に出れなかったら腐っちゃいそうだけど、佑司は息子ながら凄いと思う。ああやって周りを鼓舞して、全力で応援して、暗い場面でも意気消沈せず最後まで応援し続けて、副キャプテンとしてチームを裏方から引っ張ってチームを一つにまとめ上げる……そんな役割佑司にしかできないと思う」


「……ですね。そう、ですよね!」


「そう言う自分だけの役割を見つけてさ、それを全力でやりきる。たとえそれが裏方でも、地味な仕事でも、野球が大好きで、チームが大好きだから。そう言う事出来るのがうちの息子の自慢です……ってごめんね佑司の話めっちゃしちゃって。ごめん、ごめん面白くないよね」


「い、いえ私から聞いたことなので!」

 ぺこりと頭を下げるお母さんに手を振ってそれを止める。

 私から聞いたことだし、それに……


「……お、お母さん。その……私の話聞いてもらっても良いですか?」


「もうお義母さんって、ふへへ。うん、もちろんいいよ、聞かせて聞かせて!」


「はい、ありがとうございます……そ、その私も野球部なんです。でも試合出れなくて、チームの練習にもついていけなくて……佑司君と違ってそれで腐ってました。もう練習したくないって、こんなチームやだって……大好きだったはずの野球を嫌いになりかけてました」


「……うん」


「試合に行っても声も出さずいじけてて、何かされると性別のせいにして、チームから孤立して……でも私は悪くないって思ってました。私のせいじゃない、みんなが悪いんだって、私が女の子だからみんなが差別して……そんな風に思ってました」

 全部性別のせいにして、実力のせいにして応援せずにただ腐ってて……そんなことしてたらチームの和が乱れるのも当然だ。


 全部全部私の態度次第で変わったのに……私が何かすれば変わったのに。


「佑司君の事、私も凄いと思います、本当に憧れます……私と同じような立場なのに腐らずに頑張って自分の出来ることを全うして、チームを鼓舞して。腐って言い訳ばかりの私と違って、大好きな野球を一直線に楽しんでて、輝いてて……そう言う姿に憧れます。控えでも心の持ちよう次第で輝ける……そんな姿がすごくカッコよくて、チームを裏から支えて、引っ張るその姿に憧れちゃいます」


「ふふっ、そっかそっか。でもあなたにもできるよ、同じこと。だってあなたも野球大好きなんでしょ?」


「はい、大好きです! 大好きで……やっぱり私、野球の事大好きです!」

 佑司君の姿見て、プレーしてる姿みて私も再認識した。

 私もやっぱり野球が好きなんだって、本心では野球をしたいんだって。


「だから私も佑司君みたいに頑張ります! へたくそでも、女の子でも……どんな人でも応援はできますから! 声出したり、チームを鼓舞したり、ランコ―行ったり、今の佑司君みたいにチームの得点に全力で喜んだり。そう言う事、私もします! 私も佑司君みたいにチームの中の自分の役割頑張ってみます! 腐ってないで、頑張ります! 佑司君みたいになれるように!」

 応援とか声出しとかは意識次第で誰だってできることだから。


 佑司君みたいに凄い存在になれるかはわかんないけど、でも頑張る! 

 佑司君が私の目標だ、私の憧れだ! 佑司君みたいになるんだ!


「アハハ、なんだか照れますな。まあでもなれるよ、きっと君も……だって果実は腐りかけが一番美味しいからね!」


「何ですか、それ……でも、ありがとうございます! 頑張ります、その……憧れの佑司君に少しでも近づけるように。だから応援してくださいね、お母さん」


「うん、もちろん! 応援するよ、色々君の事……って、名前聞いてなかった。教えて、君の名前?」


「はい、工藤光です! 海原中学校野球部でポジションは……ランナーコーチです! ベンチですけど頑張ってチームを鼓舞します!」

 ランナーコーチとか最近はやってなかったけど、明日からまた練習しよう!

 試合に出れなくても、練習についていけなくても出来ることはある、私はそれを全力で頑張るんだ! 佑司君みたいに全力で頑張るんだ!


「……ふふっ、良い返事! 頑張れ、光ちゃん!」


「はい、頑張ります! ありがとうございます、お母さん!」

 嬉しそうな笑顔でそう言ってくれる憧れの人のお母さんに私も全力の返事をした。




「あ、代打だ。代打佑司だ」

 その後、お母さんと色々話しながら、佑司君のチームを鼓舞する声が響く試合を見ていると、代打樹神のコールがされる。


 ペコっと頭を下げてバッターボックスに向かう佑司君に、ベンチだけでなく観客席のお客さんからも歓声や応援の声が飛んで。

「すごい人気ですね、佑司君。愛されてるんですね……あれだけ頑張ってれば当たり前かもですけど」


「アハハ、ヒット打った事ないんだけどな。でもいつもいろんな人に期待されてる。今日は打つんじゃないかって、打てるんじゃないかって……ほら、光ちゃんも応援してよ! 佑司の事、応援してくれない?」


「え、私ですか? そ、その……私が応援して大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫! 佑司も喜ぶよ、光ちゃんみたいな可愛い子に応援されたら!」


「あうぅ、そ、それなら……んんっ」

 侵犯に頭を下げて、大きな声で気合を入れる佑司君を見ながら、私も喉を整える。

 大丈夫、私も出来るから! こう言う事、出来るから!


「が、頑張れー! 頑張れ、頑張れ! 頑張れー、佑司君!!!」

 バッターボックスの佑司君に届くように、大きな声で応援する。

 色々な歓声を背中に佑司君が降ったバットはボールの芯を捉えて、そのままセンタ0の前に鋭く抜けて行って……!


「やった、ヒットだ! 佑司君ヒット打ちましたよ!!! すごいです、本当にすごいです!!!」


「ホントだ、初ヒット! すごいぞ、佑司、やるじゃん佑司!!!」

 喜びを分かち合うようにお母さんと手を取りあって喜ぶ!

 すごいよ、ここで打つなんて……ホント凄いよ、佑司君凄いよ!


 大盛り上がりのベンチと観客の中、嬉しそうに佑司君は腕をあげていて……すごいな、ホント! カッコいいな、運命だ、私のヒーローだ!!!

「さっすが我が息子……って代走で帰るんかい。まあでも、よく頑張った、今日はごちそうだな……ふふっ、ありがと光ちゃん。光ちゃんの応援のおかげだよ、ありがとね光ちゃん!」


「えへへ、嬉しいです、本当に……いえ、私だけじゃないです、みんなの応援と雄二君の実力です。やっぱり応援の力ってあるんですね! やっぱり私……佑司君みたいになりたいです!」

 佑司君みたいに応援して、応援されるようなそんな選手になりたい!

 そんな決意を込めて、私はお母さんに宣言した。




「佑司ナイスバッティング!!! さっすが佑司、俺たちの佑司!!!」


「えへへ、ありがと! なんかさ、打てる気がしたんだよね、今日! あと、特別な応援、貰ったから」


「え、何それ何それ?」


「ふふっ、ヒミツ……でもね、嬉しい応援」



 ~~~


「工藤! 最近楽しそうだな!」


「はい、先生! 私自分の役割、見つけましたから! だから私、もういじけません! 自分ができること、するって決めましたから!!!」


「ふふっ、良い笑顔……そうかそうか! 良かった、工藤に偵察行ってもらって!」


「えへへ、ありがとうございます先生!!!」


 ☆


「なるほど、それは憧れるねカッコいいね! 自分の応援でヒット打って……めっちゃカッコいいじゃん、佑司君! なるほど、惚れた理由が分かったよ!」


「えへへ、わかってくれました、佑司君のかっこいいところ? ちなみにこれは序章です」


「え、序章? 序章って、続きあるの?」


「はい、まだあります。今度は精神的じゃなくて、肉体的に直接救ってくれた話が……って休憩時間終わりですね。この話はまた今度します」


「えー、いけず、気になる! でも練習大事だから戻る!」

 そう楽しそうに言う先輩の背中を眺めながら私もフルートを持つ。


 あの後、佑司君みたいになれるように頑張って、女の子だからって言い訳せずに自分の出来ること頑張って……野球を楽しめた。すごく野球を楽しめた!

 だからやっぱり佑司君は私のヒーロー、私を救ってくれたヒーロー……だから絶対、佑司君と一緒になりたい。


 憧れの……大好きな佑司君とずっと一緒に居たいから。



 ★★★

 感想や☆やフォローなどしていただけると嬉しいです!!!




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る