第25話

「それでね、亜希ね、私の娘今日も早帰りでね! 楽しそうだったけど! 校外学習楽しそうだったけど、でもめっちゃ早く帰ってきたの」


「あ、そうなんだ。うちの佑司はまだ帰ってないよ」


「でしょ? だからやっぱり綾乃と佑司君は仲良くないのかなぁ? やっぱりあんまり話さないのかなぁ?」


「……その件なんだけど、綾乃には言ってなかったけど佑司の前の席に工藤光って子が居るんだけど……その子、多分佑司くの事好きな子だ。全然顔違ったし、印象も違ったから同姓同名の別人かな、なんて思ってたけど、あれ多分本人だ」


「え、何それ? 何それどう言う事?」


「話せば長くなるから省略するけど、昔色々あって……なんなら私も結構あおちゃってて……とにかく多分その子も佑司の事好きだから、そっちと佑司は仲良くしてる可能性が大なのよ。だから、その……そう言う事」


「な、なるほど……運命のラブラブ大作戦は税所から破綻していたというわけですか……ぴえぇぇ」

 電話口から綾子の苦しそうなため息が聞こえる。


 ……しかし光ちゃん、入学式の時にチラッと見たきりだけどめっちゃ可愛くなってたな。

 全然印象違ったし、髪も短くなってて、顔もすごくきれいに……あれ本人だよね? なんか自信ないけど、佑司と仲良くやってるのかな?


 綾子には悪いけど、私は別に光ちゃんと佑司君がくっついても良いと思うな。あの二人も結構お似合いだと思うし!

 私は光ちゃんも応援するよ、佑司何も言ってくれないから全然わかんないけど!




「えへへ、佑司君もっと顔寄せて! それじゃあ写らない、私と一緒に顔引っ付けって言われてるし……ほら、佑司君? チークチーク!」


「ちょ、ダメだって工藤さん……その、えっと、僕は……うえっ」

 グイっと身体を引き寄せられ、そのままほっぺ同士がぴとっとくっつく。

 甘い柔らかい感触に、温かい体温がまっすぐに伝わってきて……だ、ダメだって、僕じゃダメだよ!


「ダメじゃない、佑司君が良いの! ほら、こうやって……えへへ、はい、チーズ!  うふふっ、いい写真撮れたよ! 佑司君と私の、チークのステキな写真」


「う、うん、そうだね……うん、だね」


「ふふふっ、佑司君顔真っ赤! ふへへ、なに期待してたの、佑司君? 私に何してほしかったの、佑司君?」


「な、何でもない! もう早く出るよ、写真終わったし!」

 熱いほっぺを隠すようにそっぽを向きながら、つんつんとわき腹を突いてくる工藤さんから遠ざかる様にプリクラを出る。


 ああ、もうなんか今日は調子が狂う!

 何というか、その……絶対に僕じゃないよ、あんな理想の完璧超人じゃないよ、僕は! もっともっと違う人だよ、だから……僕じゃダメなんだって。



「えへへ、いい写真……えへへ、保存しなきゃ。佑司君との思い出フォルダに使いしとかなきゃ……もちろん名前は宝物」

 佑司君さっきも、今も、顔ずっと真っ赤だ。めっちゃ真っ赤で、燃えそうで、私と同じくらい。


 ドキドキも伝わってくるし、心臓の鼓動も共有出来て……私の事意識してくれてるんだよね? 私の事大好きになってくれてるんだよね? 斉川さんじゃなくて、私の事……私の方が良いよね? 私の方が先に好きになったんだよ? だから良いよね、私の方が……私の方が絶対好きだもん。私の方が佑司君の事大好きだよ、佑司君の事ずっと考えてるよ?

 だから好きになってよ、好きにしてよ……私の事、大好きにして?




 ☆


「えへへ、佑司君今日は楽しかったね! いろんなところで遊んで、ご飯も食べて……すごく楽しかったね!」


「うん、そうだね……楽しかったね!」

 すっかり暗くなって、人もまばらになってきた駅の中で幸せそうに笑う工藤さんに僕が送るのは多分複雑な笑顔。


 ゲーセンで遊んで、ご飯食べて、ぶらぶら街中を歩いて……その間中色々考えてみたけど、でもやっぱり僕が工藤さんにしたことなんて思いつかなくて。


 何もした覚えがないよ、やっぱり。

 そんな憧れられるようなこととか、工藤さんが僕の事を好きになってくれるような、そんな事……全然わかんない。


 第一こんな可愛い子にそういうことしたり、されたりしてたら絶対に覚えてるだろうし、だからその……人違いだよ、工藤さん。僕知らないもん、工藤さんが僕の事を好きになってくれる理由なんて一つもわかんないもん。


「……佑司君? 佑司君!」


「……ん? んっ!?」

 そうやって、本人が目の前にいるのにまた考え事をしちゃって。

 ふわふわ心ここにあらずで前後不注意になってるところに、工藤さんの身体がギュッと抱き着いてきて。


「んっ、んんっ……やっぱり佑司君温かい。佑司君のここ、好き。硬くなってて、大きくて……大好き。私、大好き」

 今日何度目かわからない抱擁の中、脚を絡めた工藤さんはくらくらするように僕に身体をぎゅっと押し付けて。


 相変わらずもちもちで柔らかい身体の感触とか、意外とずしっと来る脚の感覚とか、揺れて早くなる鼓動とかが一気に直接伝わって、共有して。

「佑司君、離れたくない……このまま佑司君と一緒に居たいよ、佑司君の事もっと感じたいよ。私もっと佑司君と……」


「だ、ダメだって! 工藤さん、ダメだよ、本当に! 僕じゃないって、僕じゃダメだよ、勘違いだよ……もっと工藤さんにはカッコよくてすごい人が……!」


「違う、違う! 何回でも言う、わかってくれるまで何度でも言う……佑司君が良いの、佑司君が私のヒーローなの……佑司君じゃないとダメなんだって」


「ハァ、ハァ、違う、違う……僕はそんな……だって、僕……違う、違う……」

 震える声はそのままお腹から共鳴して、ふわふわと全身に揺らめいて。

 工藤さんの声が、ふわふわで暖かい身体に僕の身体もクラクラして、呑み込まれそうになって。


「違うくないって。全部あってる、私の佑司君だもん、佑司君になら何されても良いもん。大好きにしていいだよ、私の事」


「ハァハァ、違うって、ダメだよ……僕じゃ、君には、絶対……」


「……ねえ佑司君? 今から私の家来てよ、二人でお泊りしようよ? お父さんもお母さんも歓迎してくれるし、それにいなくなるから……だから二人でもっと私たちの事いっぱい……佑司君、お泊りしよ? 私の家で二人……一緒にシよ?」


「……!?」

 近くで囁かれる甘い言葉に、ぐらぐらと共鳴する互いの鼓動に頭が真っ白になりそうで、そのまま快楽に導かれそうで。

 何も考えずにそのまま溺れて、工藤さんと二人で……で、でもダメ! 違う、ダメだって!


「ねえ、佑司君……私と、二人で……!」


「……工藤さん! 工藤さん!!!」

 わずかに残った理性と知性を懸命に振り絞り、抱き着いていた工藤さんを引き離す。


「……佑司君?」

 急に引き離された工藤さんは蕩けた表情で寂しそうに僕の方を見つめていて……ダメだって、そんな顔しないでよ!

 残った理性も何もかも全部なくなって、消えて、それで……ダメだって、ダメなんだよ!


「……ハァハァ……んっ、んあっ、ハァ……く、工藤さん……工藤さんにはもっと自分の事、大切に、して欲しい……だから、ダメ……今は、ダメ、だよ……!!!」

 消えそうな理性と本能のはざまで、何とか声を振り絞る。


 何言ってるか自分でもよくわかんない、声が出てるかもわかんない……でも、言わなきゃいけない。工藤さんにはもっと……ダメだよ、こんなんじゃダメだって! ダメだって……ダメなんだって!!! 



「……ふふっ、そっか。わかった、わかったよ、佑司君! そうだよね、まだ早いよね、だってまだ一月だし……じゃあね、佑司君! また月曜日に!」

 しばらくの沈黙の後、元気の良い朗らかな聞きなれた声が構内に響く。


 そしてそのまま走り去る様に工藤さんは改札の向こうに消えて行って。

「……え? あ、うん! バイバイ、工藤さん」

 少しあっけにとられながら、その背中に手を振った。



 ……

【も、もしもし? ど、どうしたの急に? な、何? どうしたの、樹神君?】


「ごめん、斉川さん、その……何でもない。なんか、あの……声、聴きたくなっちゃったのかもわかんないけど、斉川んの声聴きたくなったのかも」


【え、な、何!? ほ、本当に何!? どうしたの、大丈夫!? 大丈夫、樹神君? その、えっと、私がなんで……】

 電話越しに聞こえるのは焦った声。


「ごめん、本当に何でもないんだ……本当にわかんない。なんでかけたかわかんない……ごめん、ごめんね。ごめんね、斉川さん……バイバイ、またね」


【うえ、樹神君……ば、バイバイ……私もご飯中だから……バイバイ】


「うん、バイバイ……ごめんね、斉川さん。ありがと、出てくれて。なんか……良かった、ありがと。また学校で」


【う、うん……学校で】

 その声で電話が切れる。


 ……こうなるのわかってただろ、こうやって謝って、困らせて……わかってのに、でも……声が聴きたくなったんだろ、斉川さんの!

 何かわかんないけど、無意識に、その……ごめんなさい。本当にごめんなさい。


 その言葉しか、出てこない⋯⋯頭の中、全部が埋まってる。






 ―あれで正解だよね? 佑司君がああ言ってるんだもん、だから……あれで正解なはず。私的には遅すぎるくらいだけど、でも佑司君が……だからこれが正解。あれ以上一緒に居たら強引にでも襲っちゃいそうだし、外だけど我慢できそうになかったし、だから絶対正解。それに佑司君が私の事ちゃんと意識してくれてるのもわかったし。佑司君が私の事……えへへ、やっぱり大好き。大好き、佑司君。


 ―でも佑司君、全然気づいてくれない。やっぱり可愛くなり過ぎた……ううん、ダメ。私は可愛くなきゃダメなんだ。気づいてくれるまで、私はずっとかわいくなきゃいけないんだ。


 ―これくらい可愛くないと佑司君にふさわしくないし、それに……私は佑司君の言葉通りにしただけだもん。佑司君が言ってくれたから……だから私、可愛くなったんだよ? 佑司君の言葉通りに可愛くなったんだよ?


 ―気づいてよ、全部佑司君のためなんだから……全部全部佑司君のためだよ。佑司君が好きになってくれるように、佑司君が言った通りに、佑司君の好きなように……だから早すぎるなんてないよ。私は1年半、ずっと好きなんだから……だから佑司君も私の事、好きにしていいんだよ? どこでもいつでも、私の身体はOKだから。



 ★★★

 感想や☆やフォローなどしていただけると嬉しいです!!!

 明日過去編? 本編? 過去編の場合は視点が違います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る