間接キス

「ふーふー……なあ、真夏ちゃん。全然つかないんだど! 火が全然つかないんだけどこれどうすればいいの?」


「はーん、だらしないなぁ瀬川は! こう言うのはコツがあってね、ちょいと貸してみ?」


「う、うん……っておいおい!」


「ふーっ……ほら着火成功! どうよ、凄いだろ……って何? その表情? もっと喜びなさいよ、褒めたたえなさいよ!」


「いや、そのすごいけど、あの……真夏ちゃん、間接キスとか、そう言うの全然気にしないんだな。いや、それ俺が使ったやつだし、その……そう言うの、気にしないんだな、って」


「え? ん……は、はぁ!? そ、そんな事気にしませんけどぉ! そんな事! 全然! 気にしませんけど! ばかじゃないの、瀬川! ばーかばーか! ばか!!! こ、この、えっと……す、スケベで、ど、どう、どうて……ば、ばか!!!」


「ごめんごめん俺が悪かった! 俺が悪かったから! と、取りあえず火ついたし、米炊くか、米! それに大なべの準備も!」


「うゆゆ、うゆ……そ、そうだね! 取りあえず準備!!!」


『……』




「……ふー」



 ☆


「佑司君! これ! これ食べてみて、ジャガイモだよ! さっき私と佑司君の二人で一緒に仲良く切ったじゃがいもさんだよ! 食べてみて、佑司君! ほら、あーん! あーん、して佑司君!」


「ちょ、工藤さん熱い熱い! それ本当にじゃがいも? さっき切ったじゃがいも? なんかぶよぶよしてない!?」

 大なべの前、菜箸を持った工藤さんが嬉々とした表情で「味見!」と言いながら僕の鼻先にすんすん白い物体を押し当ててくる。


 それ本当にじゃがいもかな、それに斉川さんが切ったやつかもしれないよ?

「いや、これは私たちが切ったやつだよ! 理由は何となくだけど、でもわかるの、だって私と佑司君の共同作業だもん……だから食べて、私のじゃがいも食べて!」


「ちょっと熱い、熱いマジで熱いから!!! そのもっと優しく入れてよ、もっと優しくしてください」


「あ、ごめんね。それじゃあもっと優しく佑司君に入れてあげる……ほら、あーん」


「あーん……もぐもぐ」

 あーん、と口を開けて工藤さんの菜箸からそのじゃがいもを食べる。

 ふにゅっと柔らかい食感と、ぶよぶよした弾力、それに味のしないガムを噛んでるような気持ち悪い感覚……え、なにこれ?


「どう、佑司君? 私たちのあかし、美味しい? 共同作業のあかし、美味しいかな?」


「いや、これ何? なんか全然味しないし、それに気持ち悪い……な、なにこれ?」


「嘘、そんなわけないじゃん? ちゃんとじゃがいもだよ、私たちのじゃがいも!」


「いや、そんなわけないよ、じゃがいもならこれ腐って……あ、わかった。牛脂だ、これ。この味牛脂だ」

 どうりで味もしないし、なんか気持ち悪いわけだ。

 そりゃこうなるわ、牛脂噛んだらこうなるわ。


 僕のその言葉を聞いた工藤さんの顔が一気にさーッと青くなる。

「え、牛脂? そ、それは、その……ご、ごめん! 私のせいで、そんな不快な、で、でも私わざとじゃ……」


「ううん、そんな気にしなくて大丈夫だよ。味見させてくれてありがと、それに牛脂は白いしじゃがいもと間違えやすいからしょうがないよ。それより僕は口直しが欲しいかな、口の中が気持ち悪いや」


「ゆ、佑司君……わかった、すぐとってくる! 佑司君のためにすぐにお口直し取ってくる!!!」

 感激した様にそう言った工藤さんは猛スピードで人波をかき分けてどこかへ走って行く。まあ牛脂食べたくらいは問題ないし、口直しあれば良いかな。


「つんつん……つんつん」

 そんな事を考えながらカレー粉部隊が帰ってくるまでの火の見張り役をしているとつんつん背中をこずく感覚。


「あ、斉川さん。どうしたの?」


「え、えっと、その……お、お水、ある。そ、その……こ、樹神君さえよければ、だけど、えっと……お水、飲む? お口直し、多分、なるし」

 振り返ると、オドオド遠慮しながらスッとペットボトルを差し出してくれる斉川さんの姿。


「あ、ありがと、斉川さん……ん? でもこれって……!?」

 このペットボトル、さっきバスの中で飲んでたやつじゃない?

 すると、もし僕がこれを飲んだら斉川さんと間接キ……いやいやそう言う事考えちゃダメ!


「……!? あ、違う、違う、そう言う意味じゃなくて! え、えっと、その、あの、えっと……ち、違うの! その、私はあの……」


「わかってる分かってる! わかってるよ、斉川さん! 口付けないから大丈夫! だからそんな赤い顔してあたふたしないで、こっちまで飲みにくくなるから!」


「え、あ、で、でも……そ、その召し上がれ、樹神君……お、美味しく飲んでね」


「!? ……こほん。う、うん、そ、それじゃあ……」

 召し上がれ、と可愛く、少しえっちに言われたそのペットボトルを。


 真っ赤な顔で羞恥に悶えながらスッと差し出されたペットボトルのキャップを外して、そのまま……

「ごめん、佑司君遅くなった! でもサボってトランプしてた茜先生とさくらちゃんからマンゴーラッシーを……って斉川さん? 佑司君に何してるの? その佑司君が持ってるペットボトル何、私知らないんだけど? そんな真っ赤な顔で佑司君に何しようとしたの?」

 斉川さんの水を飲もうと思っていると、帰ってきた工藤さんとの間にどこか重苦しい空気が漂う。


「え、あ、いや、その……な、何でもない……ご、ごめん、返して佑司君……ご、ごめんなさい!」

 その空気の中、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした斉川さんはそのまま僕のペットボトルを奪ってどこかへ走って行って……少し安心した感はあるけどちょっと残念! マンゴーラッシーならいいけど、飲みたかったのも本心、斉川さんの水!


「ふー……ねえねえ、佑司君、なにしてたの? 斉川さんと何してたの? 顔赤いけど、斉川さんに何されたの?」

 僕にマンゴーラッシーを手渡した工藤さんは少し怖い目で僕を見つめる。


「何って、お口直しに水くれようとしたの、マンゴーラッシーって聞いて逃げちゃったけど……うん、ラッシー美味しい、ありがとう!」


「ふふっ、どういたしまして……でもそれだけでそんなに顔赤くなるかな? そんなに真っ赤な顔になることあるかな?」


「そりゃ火の前だからね。熱けりゃそうなりますよ!」


「ふーん、そっか……まあ一回、信じてあげる。信じてあげるよ、佑司君の言葉……そのマンゴーラッシーも素直に飲んでくれたし」


「? どういう事? ありがたいし、お口に直しに最高だけど?」


「ふふっ、ナイショだよ。えへへ、ナイショ! だから美味しく飲んでね、私のマンゴーラッシーと牛脂!」


 ―私一口飲んでるんだよ、佑司君に渡したマンゴーラッシー。間接キスの完成だよ、佑司君。


 ―さっきの菜箸も私が最初に口付けて……だから全部、私の味。私の味だよ、マンゴーラッシーも牛脂も。


 ―佑司君の口に入って佑司君と混ざって……佑司君と一つになってる。口の中で一つなって、それで……えへへ、佑司君と一緒になってる、私と佑司君の味になってる。


 ―だからね、佑司君……味わって飲んでね、私のマンゴーラッシー。






「ふぇぇ、やっぱり、怖い……ふえ」

 ―どうしよう、もう遠慮せずに樹神君と話すつもりだったのに。あの日、一緒に帰ってもう一度そう決めたのに、でも……やっぱり怖いよ、今日の工藤さん、特に怖い。


「ういー、熱すぎ、鮫島も……って綾乃ちゃん!? い、今の聞いてた?」


「ふえっ? あ、亜理紗ちゃん、今のって?」


「いや、聞いてないんだったら別にいいけど! それよりどしたん、綾乃ちゃん? 樹神君のとこ、行かなくていいの? 樹神君と一緒に居るんじゃないの? これからは遠慮しない、って私に言ってくれたのに」


「……そのつもりだったんだけど、でも……」

 そのまま亜理紗ちゃんにさっきの事をぼかしぼかし、すごくマイルドにして話す。

 怖いとか、そう言うのはダメだと思うから、だから、ぼかします。


「ふーん、つまり工藤さんと樹神君が仲良しすぎて困った、ってわけか。あの二人がイチャイチャするから上手く一緒に居れないんだね」


「そ、そう言う事」

 少し違うけど。でも大まかにはそんな感じだから、亜理紗ちゃんにも嘘はついてない、はず。


「なるほどなるほど……それならいい考えがあるよ、綾乃ちゃん! この亜理紗にいい考えがある! 樹神君と一緒に居られるいい考えが!」


「え、良い考え? な、なにそれ?」


「ふふ~ん、私も使おうと思ってたんだけどね。ちょっと耳貸して、綾乃ちゃん」


「う、うん」


「よし、それじゃあこっそり……ごにょごにょ、ごにょごにょ……」


「え、そ、そんな……で、でもそれは……」


「大丈夫、大丈夫! 頑張れ、綾乃ちゃん、私も頑張るからさ!」


「う、亜理紗ちゃん……わ、わかった。頑張ってみる」

 私の言葉にグッと親指を突き出してくれる。


 こ、この作戦なら確かに樹神君と……で、でも……いや、その……ううん、ダメダメ、これでいいの! もう遠慮しないんだから!!!




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