第24話 工藤さんとお出かけ
ふんわりと温かいゆるゆるの世界の中で。
気持ちよく寝転がる私のほっぺを、頭を誰かがぎゅっと優しく包んでくれる。
「……僕、やっぱり斉川さんの事……」
そして耳元でそんなことを囁いてくれて……ってあれ!? 樹神君が私の事……え? え? え!?
「えへへ、斉川さん……ふふふっ、斉川さん」
―夢、だよね。だって私も樹神君の事……で、でも多分夢。これは楽しい夢。だって、まだ私と樹神君はだって……
―でも嬉しいな。夢の中でも樹神君と一緒に居れて、それであんなこと……えへへ、嬉しいな。夢だとしても樹神君が私の事……えへへ、すごく幸せ。
「えへへ、樹神君……私も樹神君の事……えへへ」
「ふふっ、斉川さん……僕もだよ」
☆
「佑司君、今から二人でお出かけしよ? 二人でさ、この後デートしようよ……誰も誘わず、二人で行こ?」
僕の耳元に息をヒューっと近づけた工藤さんが、くすぐったい声でそう呟く。
「え、お出かけ? お出かけって……お出かけ?」
「うん、デート。二人でさ、一緒にどっか行こうよ、私この後部活なくて暇だから。だから私とどっか行かない? これから部活とかテストとかで忙しくなるし。その前にちょっと私と遊び収めしようよ。ね、佑司君?」
こしょこしょと耳元で甘く囁きながら、そう言ってとーんと右足を絡めるように僕の方に伸ばしてくる。
「ちょ、ちょっと工藤さん脚やめて、転びそう。遊びに行くのは良いけど、それなら他にも人誘わない? なんか校外学習の打ち上げ的な感じで!」
「もう、佑司君の……見てみて。みんな用事あるみたいだから……だから私たち二人じゃないとダメ。私と佑司君しか、暇な人いないよ?」
そう言ってキューっと周りを指さす。
「瀬川! 部活か? この後部活なのか?」
「おうよ、真夏ちゃん! 大事な時期だからな、休んでられねえぜ! 真夏ちゃんは?」
「私も部活! 今日は何か幽霊が見えそうな気がするんだ!!!」
校外学習の後にも関わらず元気に部活に行くもの。
「ねえ葵、この後付き合ってくれない? 僕、田沼先生に用事があるんだけど、一人じゃ怖いから。だから一緒に来てくれない?」
「ふふっ、OK。ボクで良ければ付き合うよ」
学校に用事があって、そこに向かうもの。
「ね、ねえ……今日親、いないんだ。だから、その、今日も……にゃー」
「ふふっ、そんな畏まるなよ、柊木。いつものだろ、俺もOKだよ。直接来る? それとも一回家帰る?」
「ううん、直接……一緒に行きたい。着替えは……いつもので大丈夫だし」
僕たちと同じようにお出かけの約束をするもの……確かに全員千差万別十人十色、色々な考えの下散らばる様に帰っていく。
確かにこれだとしょうがないね。
これだと二人でお出かけに……あ、待って。斉川さんは?
「え、わ、私? そ、その私はえっと……も、もうお母さん呼んじゃったから。だ、だからその……二人で楽しんできて! 私は、あの帰るから! もう帰るから!」
目の前にいた斉川さんを誘ってはみたけれど、そう言ってぴゅーっと逃げるように帰ってしまう。あら残念、お出かけのいい機会かと思ったのに。
その様子を見ていた工藤さんが、ニヤニヤしながらさらに僕の方に身体を近づけてきて。
「ふふっ、斉川さんは来ないよ、佑司君! それじゃあ私と二人でデートだよ! 今日はね、私行きたいところあったんだ! 佑司君と一緒に、ずーっと行きたかった場所が……だからそこに行こう! 佑司君、一緒に行こう!」
「行きたい場所? どこそれ?」
「うふふっ、それはついてからのお楽しみ! ネタバレするのはフェアじゃないからね、だからレッツゴーだよ、佑司君! えへへ、佑司君と久しぶりのお出かけ楽しみだな……ふへへ」
シーっと細い指を口元に当てながら、キリッと笑う。
「言わない方がフェアじゃないと思うけど……でも分かったよ、キリシマドンキ。それじゃあ行こうか、早いうちの方が楽しいと思うし。今日は歩き? 僕は歩きだけど?」
「ううん、自転車! あ、それならゆっくり行くよ、佑司君に合わせて、隣でのんびり自転車転がすから! それじゃあ二人だけの時間にゴーゴーだ!!!」
「アハハ、ありがと。それじゃあ僕ものんびり向かおうかな」
そう言ってウキウキした足取りで歩き出す工藤さんの後ろを、僕ものんびり追いかけた。
―お母さん、呼んじゃったの間違えだったかな?
―で、でも今日は早く帰るって行ってたし……私も樹神君と一緒に行きたかったな。樹神君と一緒で夢の続き……えへへ、ちょっと残念かも。
☆
「佑司君ここ! 私ここ行きたかったんだ!!! 佑司君と二人でここに行きたかった!!!」
コロコロとのんびり自転車を転がしながら、ゆっくり歩いてついた先は駅前近くのバッティングセンター。
あれ、もっとなんか違う感じと思ってたけど、バッティングセンターなんだ。
「うん、だって二人とも中学の時野球部だし! だから行きたかったんだ、佑司君の野球の実力とかそう言うの見たかったし! 野球以外の佑司君は知ってるから、やっぱりまた野球してる佑司君が見たかったの!」
「なるほど、そういうことね。でも僕、そんなに野球上手くないよ?」
「良いの良いの、そう言うのは! 私だって上手じゃないもん、野球全然上手くないもん! だから相性抜群、佑司君と私はやっぱり一緒! という事で先私が打つね、佑司君ちゃんと見ててよね、私の雄姿! ヘタとは言え、カッコいいとこ見せるからね!」
大きな胸をドーンと張りながら、カードを買った工藤さんは自信満々に右打席の90キロのところに入っていく。
「にへー、佑司君! 見ててよ、私の野球センス見せるからね!」
「ふふっ、そんなに言うなら期待しとく。それじゃあとくと見せてもらおうかな!」
長めの金属バットを握った工藤さんがニヤッとこちらに微笑んでくるので、僕も一緒にニヤッと笑顔。
そんなに言うならどんなに打てるか見ましょうじゃないか、工藤さんの実力見させてください!
「おやっ……あれ?」
「とりゃあ……あえ?」
「うわっ、おやっ……え~?」
「……工藤さん?」
……なんて思ってたけど、工藤さんのバットにボールは全然当たらなくて、当たったとしてもその打球はコロコロと地面に叩きつけられ転がるだけで。
というかスイングもめちゃくちゃだし、本当に野球やってたの? ってレベルな気がするぞ? 工藤さん本当に野球部?
「ふへ~、全然打てなかったな、久しぶりにやるとやっぱりダメだね……って佑司君? どうしたの、そんな目で私を見つめて? あ、もしかして佑司君、私に……えへへ、ダメだよこんなところで! ダメダメ、佑司君!」
「いや、違うよ。なんか工藤さん思ったより……だな、って思って。本当に野球やってたの?」
「な、失礼な! 本当にやってたよ、今日はたまたま調子悪かっただけ! 調子悪かっただけだもん、たまたまだもん! あとブランクもあったし!」
「え~、本当? そんな風には見えないスイングだったけど?」
「本当にやってたもん! やってたし、それに……ああ、もう! そんなに言うなら佑司君の番だよ、次は佑司君だよ! 佑司君のかっこいいとこ見せてよ、野球やってる佑司君のかっこいいとこ見せてよ! 私はカッコ悪くても佑司君がカッコよければいいの!」
むーっとほっぺを膨らませた工藤さんがそう言ってぐいぐいと背中を押しながら僕をバッターボックスの方に押し込もうとしてくる。
ふふっ、カッコいいかはわかんないけど見せてあげますよ、僕のバッティング……まあ僕イチロー大好きで左打ちだからこのボックスでは打てないんだけど。
隣の左打席がある100キロのところで打つしかないんだけど。
「バット持ってる佑司君、やっぱりカッコいい……頑張れ~佑司君! 佑司君頑張れ!!! 頑張れ頑張れ!!!」
「ふふっ、ありがと工藤さん! それじゃあ……よいしょ! お、意外と打てる、まだいけるね!」
工藤さんの応援にも背中を押されて一球目、少し高めに浮いた球にバットを合わせると快音を残して打球は飛んでいく。
おお、野球部引退してからたまの素振りくらいしかやってなかったけど意外と打てるね、このくらいならまだ打てる!
「お―佑司君流石! 流石だよ、良い打球だよ佑司君!」
「ありがと、工藤さん! よーし、次も……おー、おー!!!」
全力フルスイングの二球目も快音を残して飛んで行って……あれ、今日調子いいぞ! なんか調子いいぞ、結構打てるよ!!!
「……やっぱり佑司君まだ野球……もし、でも……やっぱり佑司君は、佑司君は……佑司君! ナイスバッティング!!!」
☆
「さっすが佑司君! ナイスバッティング、やるじゃん佑司君! めっちゃかっこっ良かった、めっちゃ良かった!!!」
20球ほとんどを良い打球で打ち返してボックスを出ると、キラキラ笑顔の工藤さんが興奮した様に身体を上下に振りながら、そう褒めてくれる。
まあ100キロだし、これくらいは打てるよ、一応野球部ですから!
「ふふっ、私は打てないけどね! やっぱり佑司君はすごいよ、ちゃんと野球やってたんだね。フォームもきれいだし、スイングも早くて……佑司君は野球、大好きなんだね」
「そりゃ一応副キャプテンだったし。レギュラーじゃなかったけど、でも真面目に練習しないと遠のくし、大好きだし! そう言う工藤さんはまじめじゃなかったの?」
「ううん、私も真面目にしてた。でも佑司君みたいにそんな……ねえ、佑司君ちょっとここ座って……んっ」
「うん、ちょっと休憩したかったし……って工藤さん!? つ、疲れちゃった?」
ベンチに座ってトントンと隣を叩いた工藤さんの言うとおりに隣に座ると、身体を密着させた工藤さんは僕に甘えるようにギュッと絡みついてきて。
顔をお腹に埋めるようにキュッと僕にもたれかかってきて……ど、どうしたの、急に? そんなえっと……ちょっと恥ずかしいかも!!!
「ううん、疲れてない、大丈夫……あのね、佑司君。なんで佑司君は野球やめちゃったの? なんで高校では野球やらなかったの? さっきもすごく上手だったし、それに……佑司君、なんでやめちゃったの? 私佑司君の応援したかったのに」
「ちょ、工藤さん……え、野球? だって、それは……僕じゃ高校野球じゃ通用しないもん。硬式ではしたことなかったし、それに打てたって言っても100キロだし。高校野球はもっと球速いし、僕じゃ無理だよ。守備も下手だったし、他にも取りえなかったし!」
「……嘘つき。佑司君の嘘つき……佑司君は下手でも価値ある選手だったじゃん。下手でもランコーとか、声出しとか、伝令とか……試合出れなくてもベンチから盛り上げてたじゃん。試合出れなくても頑張ってチームを鼓舞して、全力で声出して試合に出たら全員が盛り上がって……私憧れてたんだよ。佑司君のそう言うプレイスタイルがかっこよくて、憧れてたんだよ……私を変えてくれたんだよ?」
「……く、工藤さん!? な、なんでそれを……?」
工藤さんのチームと試合したことないはずだけど?
な、何でそんな僕の事……な、何で!?
「私ね、試合中の佑司君見て、もう一度野球頑張ろうって思って……やっぱりうまくはなれなかったけど、でもなんだかすごく晴れやかだった。だから高校では応援したくて、佑司君の事、みんなの事……ねえ、佑司君、もう一回野球やろうよ? ヘタでもいいじゃん、もう一回見せてよ……輝く佑司君の姿。私を救ってくれた佑司君の姿、見たいよ、私……それで今度は応援したい。私を変えてくれた佑司君を今度は私が応援したい」
「……工藤さん……く、工藤さん?」
「……私ずーっと憧れてた、ずっと佑司君に……佑司君のおかげだもん。佑司君が私に色々……だから、今度は、私が……んっ」
「く、工藤さん……!」
ピタッとくっついた工藤さんの身体の熱も、ドクドク揺れる心臓の鼓動もまっすぐに伝わってきて、逃げ場なく僕の身体に、鼓動に重なって。
憧れてた? 僕に? なんで? そんな、僕の事……な、なんで?
「なんでとかじゃない、私は……本当に、佑司君が……」
「工藤さん……工藤さん!」
「え、佑司君……んっ……」
抱き着いていた工藤さんの身体をゆっくりと引きはがす。
少し驚いた顔をした工藤さんは、そのままんっ、と目を閉じて……ち、違うそう言う事じゃない! 全然違う、だって、そんな……全部違うもん!
「あ、あのさ、工藤さん! 多分それ、勘違いだよ、僕なんかじゃないよ! だって、僕そんな憧れるような選手じゃないし、凄い選手じゃないし、それに……ああ、そうだ! ジュース飲む、飲むよね工藤さん! ちょっと、買ってくるね、行ってくるね!」
絡んだ工藤さんの身体を優しくベンチに置いて、そのまま外にある自販機に一直線。
自販機の目の前でパンパンと少し熱くなったほっぺを叩く。
「……な、何? 僕に憧れて、それで……え、何? ワカンナイヨ、何の話?」
そんなこと知らないし、一つも聞いたことないし!
だって僕ずっとベンチだよ、たまに代打で出るくらいで……そんな選手に憧れるわけないじゃん、同世代だし! 何かわかんないどういう事!?
「……ダメだよ、佑司君。自分否定しちゃダメだよ、佑司君はすごいよ、本当にすごいんだよ……だって私の事変えてくれたもん。救ってくれたもん……やっぱり大好き。やっぱり佑司君と一緒に居たい……絶対に一緒に居るんだ」
★★★
明日は過去編かもしれないし、普通の話かもしれないです。
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