ダメだよ、違うよ

「……お、お待たせ! ピルクルで良かったよね、工藤さん好きだよね? はい、どうぞ! どうぞどうぞ!」

 少し荒れてしまった息と心臓の鼓動を整えて、ジュース両手に工藤さんのところに戻る。


 僕からジュースを受け取った工藤さんはニコッと優しく微笑んで。

「んっ、ありがと。やっぱり佑司君は優しいね、どんな人にも優しくて、困ってる人は見捨てられなくて……そういう所もやっぱりいいよね。そういう所も憧れ、私を救ってくれたところ。私……ピルクル大好き」


「ど、どういたしまして! 良かった、好きなもの昔聞いておいて! 飲めなかったら大変だからね!」


「ふふっ、そうだね。でもその時は佑司君が飲めばいいよ! 私が飲めなくても佑司君がいる……ステキな事だね、佑司君!」


「……そ、それもそうだね! よし、それじゃあ僕はカルピス飲もう、身体にピース!」

 ……さっき色々言われたばかりだし、今も……ああ、また心臓がまた身体がちょっと熱くなってきた!


 工藤さんが引っ付いて来たり、こう言う事言うのはいつもの事だし、それに僕は斉川さんが……ああ、でも今日の工藤さんなんか変! 

 いつもより可愛いというか、ちょっと色っぽいというか……と言うか憧れって何!? 何の話!? 


 僕本当に身に覚えがないよ、確かに中学の時は声出し要員ムードメーカーだったけど! なんかよく声出しで褒められてたけど……でも憧れるようなプレーは何度思い返してもしてない! ずっとベンチだったもん、それに……絶対人違いだよ!


「……そんな事ない。佑司君だもん、私が憧れた人。絶対に佑司君、間違いなく佑司君……間違えるわけないもん。入試の時、一緒ってわかってそれで……私すごく嬉しかったんだから」


「にゅ、入試? 僕全く記憶ないけど?」


「声かけてないもん、私から……でも佑司君は助けてくれたあの時も。野球でも入試でも、それ以外でも……やっぱり佑司君は私の救世主なんだ」

 ギュッと僕の手を握りしめながら。

 ふわりと柔らかい声で僕の耳元で呟いて……知らない知らないダメダメダメ!


「く、工藤さん! 本当に勘違いだよ、僕そんなことした記憶ないよ! だからその……救世主なんて本当に知らない! 僕何も知らないよ、そんな人間じゃないし!」


「……佑司君は覚えてなくてもいいよ、そう考えててもいいよ。佑司君が覚えてなくても、身に覚えがなくても私の中ではそうなんだから……私の中で佑司君はずっとヒーローなんだから」


「あうぅぅ……く、工藤さん……」

 絡みついた左腕は柔らかい感触と蕩けるような熱を帯びる。

 お腹に感じるいつもより甘い感覚に、耳元で囁かれる熱い声に身体がふわふわして、考えるのをやめそうになってしまう。


「ねえ、佑司君……今日、家来てよ。お母さんも佑司君に会いたいって言ってるし、それに……私もずっと佑司君と一緒が良い。お泊りしてよ、一緒に居てよ、佑司君」


「だ、ダメだって工藤さん、そう言うのダメ! お泊りとかもなし、だって、その……勘違いだよ、ずっと勘違い! その、工藤さんは僕じゃなくて、もっと違う凄い人が……僕なんかじゃなくて、その人はもっとすごい人で、だから……」


「……佑司君が一番だよ。他にいない、佑司君が一番すごいの、私の一番なの……佑司君じゃないとダメなの。佑司君なの、絶対に佑司君」


「うゆっ……絶対僕じゃないって、僕以外にきっと……僕そんな人間じゃないもん。工藤さんにそんな……僕じゃダメだって!」


「ダメじゃない、佑司君じゃないとダメなの……私、ダメなんだから」


「く、工藤さん……違うって、僕じゃないって……あうぅ」

 ギュッと僕に抱き着く工藤さんにドギマギしながら、しばらくベンチと工藤さんに身体を預ける。

 心臓の鼓動が早くなって、身体もふわふわして……でもそれ以外の方法が思いつかなくて。


 ……わかんない、わかんないよ……やっぱりワカンナイ。

 ……僕じゃない、絶対に僕じゃないよ……そう言い聞かせないとダメになりそうで、呑み込まれそうで。


 本当か嘘かわからないまま、工藤さんの世界に吸い込まれて、ハマって、ズルズル沈んで抜け出せなくなりそうで……ダメ! そんな間違いで、勘違いで……勘違いなの? 嘘なの? 本当なの? 


「んっ、佑司君……佑司君は私の憧れだよ、救世主だよ……だから私、佑司君の事……」


「ううっ……ダメだって、違うって……工藤さん、ダメだよ、本当に……」

 わかんないまま脳は混濁して、淡い赤色に染まっていく。

 段々緩くなったように、思考が停止し始めて、ゆっくりと工藤さんの世界の中にミキサーされていくみたいにドロドロに混ぜって、グチャグチャに染まっていって。


「違うくない……佑司君はすごい人……佑司君の私のヒーローだから」

 でも、でも、でも……僕は、僕は、僕は……やっぱりそんな人間じゃない。


 工藤さんに憧れられるような……好意を持たれるようなそんな人間じゃないんだ、そんな素晴らしい人間じゃないんだ。


 君が好きになるのは僕じゃない、僕じゃないんだ……僕は工藤さんに好きになってもらえるような立派で出来た人間じゃない。


 自己中で、人の好意に気づいてるのに、それを無視して他の人を好きになって、好きな子といるために画策して、都合の悪いことはスルーして……でもそれが申し訳なくなって埋め合わせして。


 そんな自己中で弱くて臆病で、最低な人間なんだよ、僕は。

 表向きは取り繕ってるけど、本音はずっとそんな事考えてるんだよ、君の事を邪魔とか思ったこともあるんだよ?


 ずっと好意に気づいてたけど、でも都合が悪くて面倒だからって無視してたんだよ?

 そのくせ、友達としての君は好きとか言う都合のいい考えで、遊びには一緒にいって、友達としてはいて欲しいから変に取り繕って……僕は全然立派じゃない、憧れられるようなことは何もない。


 自分の事しか考えてなくて、他人の気持ちに気づいてても無視して……だから君が好きになるのは僕じゃない、憧れてるのも僕なわけがない。

 人を救う勇気とか、希望を与える力とか⋯⋯そんなもの持ち合わせてないただの弱い人間だよ?


 だからダメだよ工藤さん。


「えへへ、佑司君……ぬへへ」


「……工藤さん」

 でも僕はダメだから、弱いから。

 ギュッと抱き着いてくる工藤さんを払いのける勇気が出なくて、その心地いい感覚に溺れていたくて……やっぱりダメだよ、違うよ。


 君が好きになるのは僕じゃない。

 もっともっと素敵な誰かだよ……君の好きに僕じゃ力不足だ。





「ふふふっ、佑司君、佑司君……佑司君だよ。私の運命は佑司君なんだから」



 ★★★

 明日過去編。

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