第13話 入部試験? 

 ―だ、大丈夫かな、樹神君。


 ―好美先生に聞いたら麗美さん結構厳しいって、そんな風には見えないだらしない人、だけど……


 ―もし追い返されたら、ヤダな……部活出来なくなっちゃう。せっかくここに入って、それで友達も……部活したいな。


 ―好美先生に茶道部復活させる、って約束したし、それに……が、頑張って樹神君!



 ☆


「ほい、やってみそ」

 奥の部屋から色々持ってきた古川さんがぽーんと床にそれを置いてゴロンと和室に寝転がってビールをぐびり。


 この人が一番作法とか……まあいいか、少しやってみるか。


「……?」

 いや、マジで分かんねえな、これ。取りあえず正座だけします。


 え、えっと、お茶って事だからまずは抹茶を……なんか濾した方が良いのかな? なんかそう言うの見た気がする、このパシファイアーみたいなやつでこしこしするんだよね?


 ワカンナイケド、やってみるか……おーおー、結構楽しいな、これ! ふわふわ抹茶が舞ってなんかキレイ! しかも使いどころわかんなかったから使ってみたこの耳かき、意外と使いどころあってるかも! もうちょっと入れた方が良いかな、耳かき5杯分くらい?


「……」

 えっと、この……なんだろう、シチュー入れるお皿のちっちゃい奴に入ってるのがお湯かな? なんか冷めてる感じはあるけど、でも温かいし、指入れたらやけどしそうだし、多分これだよね!


 これをえっと、さっきの抹茶の上に……なんか入れ方とかあるのかな?

 深皿から深皿への移動だからちょっと難しくてピチャりそうだけど……あ、耳かき使おう、耳かき! これを経由して使えば……おー、遅いけど正確、それになんかそれっぽい! この耳かき有能だな、なんでここにあるかわかんないけど!


「……」

 それでここからが本番だよね! 

 茶道と言えばこの頭わしゃわしゃしたら気持ちよさそうな古代の泡だて器みたいなのでこの抹茶をぐるぐるしなくちゃ。


 ……なんかここにもルールありそうだよね? 例えば右回りか左回りか……アメリカとドバイは左回りが主流だけど香港は結構右回りだよね? ヨーロッパとか日本は……どっちも多いか、それなら回す方向はどっちでもいいのかな、日本だし。


 僕は阪神が好きだから右回りで行こう、そうしよう。

 えっと、それでここからは……泡立てるんだっけ、抹茶を? なんか抹茶ふわふわしてるイメージあるし、泡立てないといけないよね? 


 てことは結構強い力でミキサーしないと、少し力を入れておりゃぁ! おりゃおりゃ……お、結構混ざってきたしかも楽しい! 

 深い緑になってきて、それでいてあわあわも……お、良い感じじゃない、これいいんじゃないの!?


 それじゃあもうちょっとくるくるして……よし、完成!

 これでよし、かな? よし、完成!


「……お茶菓子があった、食べてみろ。うまいぞ」


「あ、ありがとうございます……ん?」

 さっきまで黙っていた古川さんが、僕の満足げな表情を見てとことこお茶菓子を出してくれる。


 ピンク色のちっちゃなお菓子で……あ、あれ? これ度やって食べるんだろう、手は使っちゃいけないだろうし……あ、耳かき! この耳かきちょうどいい大きさ、これで食べればいいのかな? 


 それじゃあ掬って……うん、美味しい! それに耳かき便利!


「……」

 それじゃあ飲んでみようかな、お茶!

 えへへ、自分で淹れたお茶飲むの初めてだから少し楽しみだなぁ……うん、美味しい! なんか意外と上手く行けた気がする、美味しくできた気がする!


「んっ、んっ……ぷはぁぁ……どうですか、古川さん?」

 自分で淹れた美味しい抹茶を全部飲み切り、自信満々に古川さんの方を見る。

 いやー、自分でも結構上手く行けた気がするんですけどどうですかね!?


「……25点、全然だ。お前マジで初心者なんだな」


「……え?」

 でもそんな僕の予想を裏切る様に呆れた声の古川さんが言った点数はかなり辛辣で……え、25点!? な、何で?


 そんな僕の表情を見て、古川さんはさらに呆れた表情になる。

「何だその顔、これでも甘め採点だぜ? まずは茶杓を使いすぎ! お前どんだけ使うんだよ、それそんな便利グッズじゃないぞ! お菓子はあれで喰わないし、なんか水注ぐやつでもない!」


「ちゃ、茶杓? あ、そ、それは……あ、この耳かきの事ですか?」


「耳かきじゃねえ茶杓だ! 何と間違えてるんだお前は! あとは作法というか手順は意外と合ってたけどなんか気持ち悪い! お前の作法気持ち悪い、言葉に出来ないけど抹茶の点て方が気持ち悪い! あ、茶碗の持ち方は0点だ」


「なんすかそれ酷いですよ! めっちゃ酷いですよ、俺初心者なんすよ!」


「わかってるわ! わかったうえで気持ち悪いんだよ、なんか! ちょっと待ってろ、見本見せるから見てろ!」

 僕に対してかなりひどいことを言った古川さんがそのまま自分の準備をして見本モードに入る。


「全くそんな事言って自分だって……わお……」

 自分だって、雑なんでしょ……そんなことを言おうと考えてた僕の口が失礼な事言うなという風にくるっと丸くなる。


 古川さんの作法というかお茶の点てかたは完璧だった。

 僕とやってることはそこまで変わらないはずなのに、一つ一つの動作に気品があって、優雅でキレイで……和服を着ていなのに和服を着ているように見えるくらいに洗練されて美しい動きで。


 さっきまでだらだらTシャツにジーンズでタバコ吸ってビール飲んでグダグダしていた人とは思えない、美しく透明感のある一種の芸術のように洗練された茶道の作法の美学がそこからは見えて。


「……とまあこんな感じだ。どうだ、わかったか、自分の気持ち悪さ?」

 飲んだ茶碗をくるっと逆に回しておいた古川さんが急にガサツな声に戻ってそう聞いてくる……正直見惚れたけど、でも違いは分かった。


「は、はい……なんか見直しましたよ、古川さん。すごいだらしない人だと思ってましたけど茶道はガチなんですね!」


「おい、何だその言い方、怒るぞ……まあいいけど。これ以外にも色々作法はあるが、取りあえず今お前に聞きたいのはこれだ……どうだ、茶道楽しいか? 続けてみたいか? 本当は色々もっと聞きたいが、お前は特別だ、綾乃の紹介だから……で、どうなんだ? 楽しかったか、面白そうか?」

 ふえーっと脚をだらしなく広げてさっきまでの可憐さを失った古川さんがコテンと首を傾けてそう聞いてくる。


 茶道か……正直ここまで洗練できる気はしないけど、でもお茶美味しかったし、お菓子も美味しかったし。

 それに斉川さんも一緒だし……なんか楽しそうだし!



「ふーん、そっか……じゃあ部活、入るか? お前なら茶道部への入部、認めてやるけど、綾乃の頼みだし……どうする、新幹線君?」


「なんすか、そのあだ名急に……楽しそうですけど、でも……」

 部活に入る、か……終わった後に斉川さんと一緒に帰ったりご飯食べたり遊んだり……ふへへ……こほん。


 茶道は楽しそうだし斉川さんと一緒だし、人に迷惑かからない部活だし。

 だから別に入っても良いんだ、僕がいることで迷惑かかる人はいないから別にやっても良いんだけど。

 吹部とか野球部とかと違って個人種目だから、別に入るのは良いんだけど、お母さんも部活やって方が良いんちゃう? って言ってたし。


 でも工藤さんからの部活の誘いをずーっと断って帰宅部宣言しておいて、今日この部活に入りました! って言うのも何というか、ダメと言うか、ちょっとそれは嫌って言うか、道理に反してるというか……なんかやです、それ! 

 あれだけ誘ってくれたの断って急に入るってのもなんかヤダ……入りたいのはやまやまなんだけど、めっちゃ入りたいけど、なんかそのあたりがむずむずする。


「あー、ちなみに部活って言っても週1だぞ、活動は。私も本業があるからな、週1くらいでしかできない!」


「あ、週1なんですか、そ、それなら……まあいいかもですね! うん、部活感ないですし、いいかもです!」

 ……まあ、週1くらいなら部活って言うかなんか趣味とか習い事感あるし!

 茶道というかわびさびというか礼儀というか……そう言うのを習うのも良いと思うし! 週1ならいいか、別に! 礼儀作法とかは大事だしね!


「お、了承したか! OK,それじゃあよろしく新幹線君……という事で良かったな、綾乃。これで部活存続だぞ、部員2人集まったから晴れて部活だぞ。これで好美とも……ふふっ、私の禁煙も緩くなるかもな! お酒も!!!」


「ふえっ、見てたの気付かれてました……で、でも良かった、樹神君が、入ってくれて……色々嬉しいこと、いっぱい……えへへ、これからよろしくね、樹神君!」


「……うん、よろしく!」

 わびさびのかけらもないことを叫ぶ古川さんを後目に、笑顔で僕を見つめる斉川さんに僕も笑顔を返した。



「……やっぱりカップルじゃねえの、お前達?」


『だから違いますって!!!』



 ☆


「ご、ごめんね樹神君、急に部活入って、なんて言って、しかも結構厳しいとこに……で、でも入ってくれて嬉しかった」

 部活終わり、別棟から出てきた斉川さんがそう呟く。

 あの後歓迎会……なんてものがあるわけなく「筋が悪いぞ新幹線!」とめちゃくちゃに怒られながら作法の勉強を続けた……初心者なんやぞ、こっちは! なんか楽しかったけど!


「良いよ、僕も楽しかったし、お茶美味しかったし。茶道部、結構楽しいじゃん……古川さんは厳しいけど」


「そう言ってくれるなら良かったけど……でも樹神君には謝らないと。謝罪しないと、いけない」


「謝らないといけないこと? 何、そんな事ある?」

 別に斉川さんに謝罪してもらうような事ないと思うけど?

 なんかあったっけ、部活は楽しかったし。


「う、うん……そのね、あの……校内放送で呼びだした事。あれ謝らないといけなくて……校内放送自体は麗美先生が勝手にやった事なんだけど、でも発端はその、私が樹神君に話してなかったことだから、部活の事。だからごめんなさい、校内放送で呼びだしたりして。本当はもっとスマートに済ませたかった……樹神君に直接、部活の事、話したかった……麗美先生が空気ぶっ壊したから無理だったけど、直接、話したかった」

 そう言って申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。


 ああ、そのことね……確かにびっくりしたけど個人的に助け船にもなったし。

 だから別に謝るほどの事ではないよ……それに部活の話はあの空気じゃ絶対に話せなかっただろうし! あんなやばい先生が顧問だってしったらそれは委縮するだろうし!


「で、でも、その……ず、ずるいじゃん、こんなの……校内放送って絶対に来なくちゃいけないし、拒否権ないし、それで……やっぱりずっこいから、こんな方法、私が直接誘わないと、その、色々、工藤さんとかとも……やっぱずるいよ、こんな方法。なんか、その……ずるいよ、絶対」


「別にずるくないよ、斉川さんから『茶道部興味ある?』って聞かれてても僕多分着てたし、こっち……そうだ、改めて僕の事誘ってよ、斉川さん! 僕の事『茶道部に入らない?』って改めて誘って……これならずるくないでしょ?」


「え、そ、そうかもだけど……で、でもその最初に誘ったときはアレだし、それはそれとして……」


「いいよ、そんなのは。今納得できればいいの、それでいいでしょ? 僕は別に気にしてないし、自分の意志で茶道部選んだんだから!」


「……樹神君が、そう言うなら。そ、それじゃあ改めまして、その……こ、樹神君、私は茶道部、入ろうと思います! だから、その……樹神君も茶道部、興味ありませんか? 一緒に茶道部、しませんか……?」


「ふふっ、ありがと斉川さん。僕も茶道ちょっと興味あるよ、それに楽しそう! だからよろしく、斉川さん! 週1だけど、ちゃんと部活として頑張ろうね!」


「……うん、よろしく、樹神君……えへへ、改めてよろしくね!」

 さっきとは逆になった斉川さんの笑顔に、僕は同じように頷いた。



 ★★★

 昔これと同じような感じで華道部の副部長(ガチ幽霊)になってたことがありましたが、身に覚えのない校内放送はマジで怖いです。

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