本当の理由とこれからと嫉妬と

「……ホントはね、もうちょっと樹神君に入ってほしかった理由があるんだ」

 2回目の入部宣言の後、斉川さんがそうポツリと呟く。


「あ、そうなんだ……ていうかそもそも一つ目の理由知らないんだけ」

 そう言えばなんで僕が誘われたんだ?

 すごく嬉しいし、ハッピーだけど、でも僕見るからに茶道向きではないと思うけど。


「あ、ごめん、言ってなかったね……そ、そのね、この学校って部活に認められるには、その2人以上の部員が必要、なんだ。部員が1人だと部活だと認められなくて、茶道部麗美先生があんなことしたから他に部員なんか来るわけなくて……だ、だから樹神君の力が必要だった。茶道部復活させる、って約束してたから、それで樹神君が必要だった。それじゃないと部活動にならないから……だから樹神君の力が必要だったの」


「ほえー、そんなルールあるんだ知らなかった。あれ、でも2人以上なら別に僕以外でもいいんじゃない?」


「いや、その、それは……この学校部活の掛け持ちも禁止、だから。それで私の仲のいい他の友達のつむちゃん料理部だし、晶ちゃんはマンガ部だし、真夏ちゃんは午前2時の交霊研究会だし……そ、それで樹神君以外に仲のいい帰宅部がいなかった。だから白羽の矢、立てた」


「へー、そんなルールもあるんだ、なかなか厳しいな……って立川さんなんて? 何の部活入ってるって?」


「午前2時の交霊研究会……なんか幽霊関係の同好会、らしいよ……私もよく知らないけど」


「なんじゃそりゃ……?」

 この前、同好会入るわ! 的な事言ってたけどそんな部活入ったんかい、あの人!

 凄い名前だな、都市伝説みたいな感じで……工藤さんが電波って言ってた意味がようやっと分かった気がする。


「と、取りあえずそう言うわけで樹神君をお誘いしたの……そう言う、ことです。その……ごめんね、ナイショにしてて、色々。あんなキレイな人が顧問なら樹神君も驚くかなー、って思ってあの時までナイショにしてたんだけど、まさかあんなことになるとは……好美先生はすごくのんびりしてて優しい人なのに」


「確かにすごくキレイな人だよね、見たくれと作法は。でもそのことはもういいよ、もう何度も聞いたし、わかったし。そんな理由があったんだね……これなら多少強引に校内放送使ってもしょうがないか?」


「あうぅ、や、やめてよ樹神君。あ、あれ本当に先生が強引にやったんだから、私は止めたんだからぁ……あ、後ねもう1個! もう1個だけ理由ある……樹神君をこの茶道部に誘った、理由、もう1個だけ」


「ふふっ、ごめんごめん。聞かせて、聞かせて」


「もう、樹神君……そ、そのね、もう一つの理由ってのはね、あ、あのね……ほ、放課後も樹神君と話したかったから、一緒に居たかったから……樹神君ともっともっと一緒に居たかったから……そ、その、こっちが本当の理由、かも……えへへ」

 あわあわと焦ったように、恥ずかしそうにふわふわしていた斉川さんが、その赤い顔をさらに真っ赤にして、俯き加減でそう呟いて、そのまま熱い息で続けて。


「……樹神君、放課後になると真島さんと一緒にお出かけしちゃって、それでお話しする時間なくて……そ、それで放課後、樹神君と一緒に居れる時間全然なくて、電話で切るけど、でも放課後もお話とかしたくて……一緒の部活入れば、その、週に1回は放課後樹神君と絶対一緒に居れるから。樹神君と放課後、二人で色々できちゃうから」


「……ふふっ、なんかごめんね」


「なんで謝るの、樹神君。謝らないで、謝るのは私の方……あのね、私したいの、樹神君と一緒に。放課後一緒にと部活して、終わった後は一緒におしゃべりして、その後お出かけしたり、ご飯食べたりして……そう言うの、憧れてたから。友達とそう言う事するの、憧れてて、それを一番の友達の樹神君と一緒に出来たらな、って思って……えへへ、そう思ったんだ。樹神君とそう言う事出来たらすごく楽しいだろうな、って。だから私、樹神君と一緒に、部活、したかったんだ……えへへ、一緒に放課後、色々したかったんだ」

 キラリと透明な汗が光る嬉し恥ずかしふにゃふにゃの真っ赤な顔で。


 ふにゃっとはにかんだぺろっと出る長い舌も、口元からチラッと見える八重歯もなんだか真っ赤に見えて、妙に色っぽくて……僕もそれ、ちょっと考えてた。


「ふふっ、僕もそう思ってたよ、斉川さん……僕だって斉川さんと一緒に放課後色々出来たらな、って思ってた。部活終わりにそう言う事、色々したいと思ってた」


「……え? そ、それホント? で、でもそのいつもすぐに……」


「それはだって帰宅部だったもん、今日までは。でも今は茶道部でしょ? だから今は一緒だよ、斉川さんと一緒……僕だって斉川さんと一緒にお出かけしたい。一緒に新作のマンガ買いに行ったり、斉川さんの好きなオムライス食べに行ったり、ゲームセンターで音ゲーしたり……そう言う事、僕もしたい。一緒にそう言う事したいな、って部活入った瞬間にそう思ったよ」


 実際に部活に入る理由の7割くらいがそこに起因することだし。

 だから僕も斉川さんとそう言う事したいと思ってた……部活に入る前からもちょっと思ってたし。


 僕の言葉を聞いてフリーズした様に固まっていた斉川さんは、一瞬ボンっとなった後、すぐに表情をとろとろに蕩けさせて。

「えへへ、樹神君と放課後一緒に遊んで、一緒に……えへへ、すごく、楽しみ! 私も同じような事、したいって思ってたから……だ、だから一緒なの、凄い嬉しい、放課後も樹神君と一緒で、それで……あ、もちろん部活は、ちゃんとするよ! 部活はちゃんとして、その後、一緒に……えへへ」


「わかってる、わかってる。もうそんな表情ダメだよ、他の人が見るの嫌になっちゃうから……そうだ斉川さん、この後は時間ある? この後さっそくどこか遊びに行かない、茶道部入部の記念に! どう、斉川さん?」


「えへへ、だってぇ……え、きょ、今日? え、えっと、その……ご、ごめん、今日は、ダメだ……あの、もう、お母さんに連絡、しちゃってるから……だからごめん、樹神君。で、でも、楽しみなのは本当、だよ! だから、その、えっと、あの……」


「ふふっ、わかってる、急に誘ってごめんね。それじゃあ、来週だね! 来週は放課後大丈夫?」


「う、うん、来週は大丈夫なはず……えへへ、それじゃあ来週、部活終わりに……えへへ、いっぱいしようね、樹神君……えへへ、いっぱいいっぱい、色々しようね!」

 キラキラの汗が照らす真っ赤な顔に満面のキレイな笑顔を浮かべて、弾けるような嬉しそうな声が放課後の学校に響いた。



「……なんかちょっとえっちかも」


「……え、何か言った、樹神君?」


「ううん、何も言ってないよ。来週楽しみだな、って思った。あ、別に部活が無くても良いんだよ? 何もない日でも遊びたかったら放課後、一緒に遊びたいかも」


「え、そ、それは……えへへ、嬉しいけど、それはダメ。そう言うのはやっぱりずるいし、それに……私も他の友達、出来たから。つむちゃんとか晶ちゃんとか真夏ちゃんとか……部活がない日が他の友達とも遊びたいから……えへへ」


「ふふっ、そっかそっか。良かったね、斉川さん、たくさん友達出来て!」


「うん! ……あ、でも一番は樹神君! 一番はずっと樹神君、だよ」




 ☆


 マンションの一室、有名なゴミ屋敷。

 もっともここに住んでいるのが近所でも有名な美人姉妹の片割れという事はあまり知られていない。


「あー、好美か? 好美だよな、好美に電話かけたんだもんな」


「それ毎回言ってるけど飽きないの、お姉ちゃん? どうしたの今日は? 綾乃ちゃんの話? それとも部屋の掃除?」

 荒っぽい麗美の声に反応するのは双子の妹、古川好美。

 姉とは違いおっとりとした性格で中学の教師をしている。


「掃除はもういい、綾乃の話だ……んっ、んっ……綾乃は無事茶道部入ったぞ、もう一人も入部させて茶道部は復活だ……ちなみにもう一人の部員は男だ、しかも多分彼氏……ぷはっ」


「おー、良かったね、それは……って男!? 綾乃ちゃんが男の子連れてきたの、部活に!? しかも彼氏、ほ、ホント……あ、あの綾乃ちゃんが!?」


「うん、ホント。お前が言ってた斉川綾乃とはずいぶん違うぜ、そいつ。髪も短いし、割と話せるし、それに男の子も……本当に同一人物か……ぷかぁ」


「あ、綾乃ちゃんがそんな……教え子のそう言う変化は嬉しいけどなんか以外だな、でも素直に祝福だ! 頑張ったね、綾乃ちゃん……ところでお姉ちゃん、またタバコ吸ってお酒飲んでるでしょ? しかも今日の夜、またカップ麺でしょ? あれだけダメ、って言ったのにまだ続けてるでしょ?」


「……べ、別にそんなんじゃねえし」


「双子の妹だから分かんだよね、そう言うの。という事で今日もお姉ちゃんのところ行きます、色々管理するために行きます! タバコ全然止めないお姉ちゃんを叱りに行きます!」


「や、やめろ! 来るんじゃねえ、私はそんな……ていうか母さんたちも自立をだな……」


「ダメ、お姉ちゃん! ちゃんとしないとダメだよ、お姉ちゃんは私がいないとダメなんだから! だから今日も行くよ、お姉ちゃん!!!」


「……はーい」

 とある双子の、とある夜の話。



 ☆


「あ、斉川さんだ……ふふっ」

 学校に向かうと下駄箱に見えるは斉川さんの後ろ姿。


 今日は部活あるって言ってたし、それに……へへっ、ちょっと驚かしてやろ!

「……ばぁっ!」


「ぴえっ……うえっ、な、ナニ……こ、樹神君!?」


「ふふっ、僕でーす……おはよ、斉川さん」

 注文通りの楽しい反応をしてくれた斉川さんにそう挨拶する。

 ふふっ、やっぱり反応楽しいな、斉川さんは。


「も、もうやめてよ、朝から、そう言うの……」


「えへへ、ごめんごめん。でも見えちゃったから、つい」


「普通に声かけてよ、びっくりしたじゃん……あ、そうだ樹神君。今日は部活だね、そ、それでその後は……えへへ」


「うん、そうだね! それじゃあその後……」


「何、部活? え、佑司君部活入ってるの?」

 ぷくーっと怒ったようにほっぺを膨らませながら、でもどこか楽しそうに今日の予定を話す斉川さんを遮るように、背中の方から聞こえるどすの利いた声。


 振り向くと少し怒ったような工藤さんが立っていて……アハハ、そうなんですよ、工藤さん!


「ちょっとね、斉川さんに頼まれて。週1で茶道部、行くことなったんだ。ね、斉川さん?」


「う、うん……そ、その樹神君がいないと部活、出来なかったから、助かった、嬉しかった」


「へ、そりゃご立派な事……そうなんだね、佑司君は。私があれだけ誘っても部活入ってくれなかったのに斉川さんの声はすぐに聴くんだ……へー、佑司君はそう言う人なんだ、私なんてどうでもいいんだ。私の事、そんな風に思ってたんだ」

 怒ったように真っ黒な目をギラギラと輝かせて、僕の方にじりじりと詰め寄ってくる工藤さん……ちょ、ちょっと怖いよ、工藤さん!


「べ、別にどうでもいいとか思ってないよ! そ、その工藤さんだって仲のいい友達だと思ってるよ! その、茶道部に入ったのは廃部の危機、ってのもあったし、僕でも誰にも迷惑かけないで済む、って言うのもあるから! だから、その……僕だって楽器弾けたら吹部、入ってたと思うよ、多分!」

 実際は斉川さんがいる、ってのが本音だけど。

 でも、楽器弾けたら多分最初から吹部の方入ってたと思う、腕にもよるけど!


「ふーん、そっかそっか……私の事は仲のいい友達か……それならさ、樹神君。今日の放課後、一緒に遊ぼ?」

 そんな僕の言葉を聞いて、ふーんとどこか寂しそうにうなった工藤さんは手をギュッと握って、そう言ってきて。


「……え?」


「だって私の事大切な友達だと思ってるんでしょ……それなら一緒に遊んでくれるでしょ、私と一緒に?」


「いや、それはその……」


「……やっぱり私はどうでもいいって事? どうでもいい人って事?」


「ち、違うよ、そう言う事じゃなくて……」

 そう言う事じゃなくて、その、今日は放課後部活あるし、それにその後も……色々、やりたいこと、あるから。


「……うん」

 チラッと斉川さんの方を見るとこっちも寂しそうな顔でコクコク頷いていて……え、えっと僕はどうするのが……


「……なーんてね。嘘だよ、嘘……ちょっとからかってみたの、佑司君の事を! 私は今日も部活あるから佑司君とは一緒に遊べません! ごめんね、変な事言っちゃって! それじゃあ先教室行ってるよ……佑司君も早く来て私といっぱい話そうね! 待ってるよ、佑司くん!」

 少しあたふたしていた僕をあざ笑うように、さっきまでの怖い顔をキラッと張り付いたような笑顔にしてそのまま階段を走り去っていく……少しだけ僕に見えない位置から斉川さんと目を合わせて。


「え、あ……う、うん」

 その表情とどこか不気味な感覚に僕は頷くことしかできなかった。



「……あ、あの樹神君、その……今日は、無しで。その、えっと……放課後遊ぶの、あの……きょ、今日はなしで」


「……え? ど、どうしたの斉川さん? その昨日まであんなに……」


「いや、その……あの弟の病院、忘れてた! そう言うのあったから……ご、ごめんね、樹神君……ごめんね、樹神君。ぶ、部活は参加、すると思うけど、でも、その後は……ごめんね」


「そ、そっか、それなら仕方ないね! あはは、楽しみだったけど、家族の事とは何も代えがたいし! だからしょうがないよ、斉川さん!」


「う、うん……ごめんね、樹神君」

 ―本当は怖かった。さっきの工藤さんの表情が怖くて、私をその……怖かった、本当に怖くて……ごめんなさい、私はやっぱり弱くてダメダメです。




 ―なんでなんでなんでなんで!!! おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい!!!


 ―私が最初に好きになったのに、絶対先に好きになったのに、私が仲良くしてたのに……なんでなんでなんで!!!


 ―なんであの子になびいてるの、なんでそっちにいってるの? 私がいっぱい積極的にしてるのに、私があれだけ、でも私の事よりあの子の事が、あの子と一緒に遊ぶ方が、あの子の誘いなら……いやだいやだいやだいやだ! そんなの嫌だ、絶対嫌だ!!! そんなのダメだ、絶対ダメだ!


 ―ハァハァ、ダメダメ、怖い顔してる……こんな顔しちゃダメだ、こんな顔じゃ嫌われちゃう、佑司君に……憧れの大好きな佑司君に嫌われちゃう。こんな顔じゃダメだ、笑顔でいないと……笑顔の大切さも佑司君が教えてくれたんだから。


「……よし、くよくよも怖い顔もダメ! 切り替えていくぞ!!!」

 ―そうだ、私は負けないから、頑張ってこんなに可愛くなったんだから、恥ずかしかったけどいつでも佑司君に積極的に行ったんだ!


 ―佑司君と一緒になるのは私だから、佑司君は私と……一緒に居るんだ!


 ―だから斉川さん、私……あなたには絶対、負けないから。絶対に、絶対に渡さないから!!!




「むにゅ……むにゅむにゅ……むにゅむにゅ⋯⋯にへへ」

 ⋯⋯怖い顔はダメだね! 流石にもうちょっと優しくしないと佑司君にも嫌われちゃうし!

 笑顔笑顔! 笑顔が大事!!!


 ★★★

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