第14話 こぶた?

「はい、それじゃあ再来週にある合宿の事だが! それの班を発表するぞ、みんな楽しみの合宿の班を発表するぞ!」

 朝のHR、今日も妙にギラギラした先生がバン、と机を叩きながらそう叫ぶ。


 合宿―と言っても実態は校外学習で、山にある施設に行ってカレー作ってみんなで遊んで帰るだけの行事。

 去年まではお泊りとか肝試しとかいろんなイベントがあったらしいんだけど、先輩がキャンプファイヤーでふざけて火事を起こしてしまったらしく、今年からは日帰りとなってしまった……みんなが先輩に恨みの視線を向けていたのは言うまでもない。


「で、班なんだが……ここはズバッと出席番号で決める! 1班5人、最後だけ6人! これで行くぞ、班はこれで行くぞ! それじゃあ朝のHR終わり、解散!」

 一人で言いたいことだけ言ってずかずかとそのまま教室から出て行く先生。

 本当に熱いのか冷たいのかよくわかんない先生だ……と言うかその班分けだともしかして。


「おー、佑司君と同じ班だ! えへへ、佑司君と一緒! よろしくね、佑司君……ぬへへ、初めての共同作業だね!!!」

 教室から先生が出て行った瞬間、くるっと僕の方を振り向いた工藤さんが手を取ってブルンブルンと楽しそうに大きく振る。


「アハハ、そうだね。よろしく、工藤さん」


「うん、頑張ろうね、佑司君! いっぱい頑張ろう、二人でいっぱい頑張ろう!」


「こ、樹神君、わ、私も一緒に……ぴえっ!?」


「……斉川さんはどうかしたの? 最近変だよ、大丈夫? 班一緒だよね、頑張ろうね、楽しもうね!」


「……え、いや、私は、その……」


「佑司君、こっち! 私とがんばろ、私と一緒!」

 そう言って相変わらず楽しそうに手を振る工藤さんと、電話かけるとそれなりだけど最近めっきり学校では元気がなくなって何かにひたすら怖がっている斉川さんと。


「おー、瀬川と一緒か! 寝技かけていいか?」


「おー、真夏ちゃんなら大歓迎! いっぱい寝技して欲しい!!!」


「はぁ、何そのいやらしい目! そう言う事ちゃうぞ、寝技は免罪符ちゃうぞ!」


「あーん、ご褒美!!!」

 前の席で楽しそうにいちゃいちゃ遊んでいる竜馬と立川さんと。


 この5人が同じ班か……なんか楽しいけど、ちょっと一波乱ある気がするな……でも楽しみましょう!



「えへへ、佑司君、一緒に……ぎろっ」


「え、あ、あ、あうぅぅ……」


「ね、佑司君! 佑司君!」

 ―この校外学習で佑司君にいっぱいアピールして、いっぱい私の事好きになってもらえるように頑張って、それでそれで……


 ―斉川さんになんて渡さない。佑司君の一番は絶対の絶対に私なんだから……絶対に、私なんだから!!!



「……斉川さんどうしたの、最近?」


「な、何でもないよ……大丈夫だよ、樹神君……ひえっ……」



 ☆


「こぶた」


「……?」


「こぶた?」


「……な、何工藤さん?」

 授業と授業の休み時間、いつものように僕の方をくるっと振り向いた工藤さんがはむっと可愛い笑顔を浮かべてリズミカルに歌いながらコテンと首を傾げる。

 こぶた? え、何なに、急にどうしたの?


「何って、もう佑司君! こぶた、って言ったらこぶた、でしょ、同じリズム感で! しらない、こぶたぬきつねこ?」


「……ああ、知ってる知ってる。知ってるけど、急に言われてもわかんないよ、罵倒されたのかと思った。どうして急に?」

 あれね、幼児向け番組でやってる奴ね、あのしりとりかつ語尾もあいうえお順で美しいてきなやつね。

 急にそんな事言われてもわかんないよ、どうしたの工藤さん?


「いや~、昨日吹部でちょっとやってね……ってもしかして佑司君は罵倒されるの好きなの? 『この豚さんが!』とかそう言うの言われるの好きなの? もし、好きなら、協力はするけど……」


「いやいや、好きじゃないよ、僕別にMじゃないし。そんな風に思っただけ、それで僕に何してほしいの工藤さん?」


「……私的には佑司君にめちゃくちゃにされたいって言うか、その佑司君からせめて欲しいって言うか……え、ああ、それは一緒に歌いたいな、って! 吹部でやったし、佑司君と一緒に歌いたいな、って……どうかな、佑司君? 一緒に歌わない?」

 何かブツブツ呟いていた工藤さんがパンと赤いほっぺを叩いて闘魂注入、僕に向かってShall we sing?


「うん、良いよ。別にこれくらいなら。後半パートするの、僕は?」


「ありがと、佑司君! 後半だよ、後半よろしくね! それじゃあ……こぶた」


「こぶた」


「たぬき」


「たぬき」


「きつね」


「きつね」


「ねこ」


「にゃーにゃー」


「……」


「……?」

 もう一周くらいするのかな、そんな風に思っていたけど、でも目の前で楽しそうに歌っていた工藤さんの動きがピタッと何かを考えるように止まる。


 あれ、なんか変な事した?

 あれ、あれれ……あれれ!?


「ちょ、待って工藤さんその、あれはえっと……」


「……にゃーにゃー!? にゃーにゃー、にゃーにゃー! 佑司君もう一回、もう一回! もう一回しよ、もう一回にゃーにゃーしよ!!!」

 僕の釈明を思いっきり遮る大きな声で工藤さんが目をキラキラ輝かせて僕の手をギュッと握る。


「違うの、工藤さん。さっきのは、あのですね、その……」


「違くない違くない! すごい可愛かった、表情も声も招き猫のポーズも……ああ、佑司君はやっぱり可愛い!!! アザと可愛い佑司君! 佑司君可愛いから、だからもう一回! 私ににゃーにゃーして!!!」


「違うの、可愛いやめて……そ、そのアレは違うんです、失敗です……」

 いや、違うんです、あれは中学の時に保育園に実習で動物の鳴き声とポーズであの歌を歌う事がありましてね、それの癖なんです、最後だけポロっと出てしまったんです、だからそう言うのではくて……だから竜馬も武史も立川さんもニヤニヤするのやめて! ドン引きされるよりなんかヤダ!!! 斉川さんいなくて良かった、見られたらめっちゃ恥ずかしかった!!!


「失敗じゃないよ、成功だよ! ねえ、良かったよね!」


「うん、私も良かったと思う! 佑君なかなか良かったと思うよ、さっきのはアピールとして!」


「そうそう、ボクも良いと思うよ、さっきの! なかなか可愛かったし、やっぱり佑ちゃんは可愛い系だよ!」


「も、もうつむちゃんもあおちゃんもやめて……僕をあんまり辱めないで、やめてください……」

 幼稚園児の前だと割り切って出来たけど、こういう所でポロって出るのは地獄過ぎる! だってこんな歌そこ以外で歌う機会ないじゃん、だから癖って残るじゃん! それに僕は最後のパートの猫がメインだったわけでだからその……ああ、もう失敗失敗失敗! なんでニャーニャーしちゃったんだよ、僕は!


「もう、大丈夫だって佑司君! 私は本当に可愛かったと思うし、すごく良かったよ! だからもう一回しよ、もう一回にゃーにゃーしよ……もし恥ずかしかったら、私もにゃーにゃーしてあげる。私も一緒に佑司君とにゃーにゃーするから……佑司君、一緒ににゃんにゃんしよ……えへへ、佑司君、私と二人でにゃんにゃんしない?」


「なんか言い方変だよ、工藤さん……ヤです、したくないです!」


「ダメダメ、私はもう一回聞きたいの、可愛い佑司君のにゃーにゃ―聞きたいから! ほら、オーディエンスのみんなも聞きたいよね?」


『聞きたい!!!」


「そう言うの聞かないでよ……みんなばかにする気満々じゃん……」

 辛うじてつむちゃんとあおちゃんくらいはマジで聞きたそうだけど。

 でも立川さんとか竜馬とか日向とか健太も宗ちゃんも……みんなニヤニヤしてるじゃん、みんなばかにする気じゃん! 嫌だよ、したくないよ、にゃーにゃーなんて!


 でも、そんな僕の意見は通るはずもなく、世間はみんな民主主義、多数決の原理が適用されて。

「よーし、賛成多数という事で! それでは佑司君! こぶた?」


「……こぶた」


「んふふっ、いやいや言ってもそうやってのってくれるところ、私……好き! 佑司君のそういう所、あの……大好き……たぬき!!!」


「急に投げやりだな……たぬき」


「……きつね……だってぇ……」


「僕の方がだってだよ……きつね」


「……ねこ!」


「……にゃーにゃー!!!」


『可愛い!!! 可愛いぞ、佑司!!!』

 少し投げやり気味になっていた工藤さんの歌に合わせて僕も投げやり気味にやけくそにゃーにゃーすると、周りで聞いていた友達からバカにしたの9割、本気でやってる1割の可愛いの歓声が飛んでくる……ああもうヤダヤダ、めっちゃバカにされてる!

 めっちゃバカにされてるよ、これしばらくいじられる奴じゃん!!!


「……佑司君、にゃーにゃー! 私もにゃーにゃーしたい! にゃにゃ、にゃんにゃん! 佑司君と一緒ににゃーにゃーしたい、二人でにゃにんにゃんしたい! にゃーにゃー! にゃんにゃん!」


「……にゃーにゃー」

 ……そして工藤さんのにゃーにゃーは可愛いなぁ、破壊力が違うにゃー、ホント!

 猫の工藤さんとか最高かよ、ダメだよこんなの可愛すぎだよ、猫耳あったら最高かよ!!!


「にゃんにゃん! にゃんにゃん!」


「にゃーにゃー」


「にゃ! にゃにゃにゃ! にゃにゃにゃにゃー!」


「にゃーにゃー!」

 ……やばい変になっちゃうよ! なんか可愛い子のする猫語っていいな……いや、良くはないんだけどさ、今もめっちゃニヤニヤみられてるし!!!



「……にゃーにゃー、樹神君……えへへ、可愛い」



 ☆


「あ、樹神君……えへへ、今日もお電話、かけた……だ、大丈夫?」


「うん、大丈夫。お話しできるよ」

 にゃーにゃー事件も何とかおさまって(工藤さんは可愛くいじってきたけど)、家に帰ってのんびりしていると斉川さんから電話がかかってくる。


 今日のにゃーにゃーは斉川さんに見られなかったことだけが救いかな……どっかで聞いてるだろけど、あの現場は見られなくて良かった!

「えへへ、今日も一緒、嬉しい……そ、それじゃあ……にゃぁ、にゃあ」

 電話越しでも伝わるくらいに嬉しそうに笑った斉川さんが、にゃーにゃー呟いて……


「……!?」


「えへへ、樹神君、今日、してたから……だ、だから私も、真似、した……えへへ、にゃぁ、にゃぁ……えへへ」


「……あ、あんまりいじらないで欲しいな、斉川さん!!!」

 ……可愛すぎかよ、蕩けるかと思ったわ、びっくりしたわ!!!


 工藤さんみたいな視覚的なにゃーにゃーも可愛いけど、今の斉川さんみたいに電話越しにふんわり耳元に囁かれるというか、見えないところから耳元に向かって甘くふわふわでとろとろなにゃぁにゃぁというか……取りあえず最高! めっちゃ可愛いし、こっちも破壊力やばい、こっちの方がやばい!!!


「えへへ、ごめんね……で、でもなんか可愛かった、から。樹神君可愛かったから、にゃーにゃーしてて……だから真似した。えへへ、どうだった? そ、その……私も可愛く言えましたか? 私もにゃぁにゃぁ可愛く、言えた?」


「……うん、可愛かった!!!」

 可愛すぎです、正直一番可愛かったです!!!

 めっちゃ可愛いです、最高です……好き、斉川さん!!!


「えへへ、ありがと、樹神君……にゃぁにゃぁ……にゃんにゃん」


「……にゃー」

 ……ダメだ、今日は僕の身体が持ちそうにない!

 こんなふわとろ甘々ボイスで耳元でにゃんにゃん言われたら身体が溶けちゃうよ、とろとろになっちゃう!!!




「……お母さん、最近お兄ちゃんが話してる相手誰だと思う? 女の子っぽくない?」


「……誰だろうね? プロジェクトA、進行してればいいけど……」


「……何の話?」


「希美にはヒミツの話よ」


「……ケチ!」



 ★★★

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