第29話 カラオケ
案内された5番の部屋に入ると、そこは真っ赤にデザインされた空間、少し不安になる空間。
「おーおー、カラオケの中、こんな部屋……なんか真っ赤でちょっと……えへへ、なんか、変な気分になりそう、だね」
カラオケ初体験の斉川さんも少し不安そうな声を出すけど、僕だってこんな部屋初めてで少し怖い。なんだよ、なんでこんな真っ赤なんだよこの部屋! 赤ひげのサンタクロースかよ、10年契約かよ!
「えへへ、アレだね、あの像の首回したら地下室出てくる奴だね……あとはよく覚えてないけど」
「ふふっ、なんでそこだけ覚えてるの?」
もっとあるでしょ、佐木兄が殺されたり、不破鳴美がやばかったり、ドラマがめっちゃグロかったり……色々あるけど、そのチョイスは謎い。言われるまで忘れてたし。
「えへへ、金田一好きだもん、結構……私は最初のシリーズだとね、仏蘭西銀貨が好き、烏丸さんのやつ」
「僕は、そうだな……金田一少年の殺人か墓場島かな? でも一番は狐火流しのボーイスカウトのやつ」
「あ、あれ私も好き。そのシリーズだと、蟻地獄とか、桜のやつも……ってカラオケ来てた、忘れてた。これじゃ、いつもの電話……えへへ。とにかく何か歌うよ、私から先歌って良いかな? これで入れるんだよね?」
「うん、あってるよ。それであってる、先どうぞ」
はしゃいだ感じで入力する機会をピタピタ押す斉川さんに、僕はお先にどうぞとパスを出す。
斉川さんって普段何歌うんだろう……って始めてか、カラオケ来るの。
「よいしょ、うんしょ……よし! そ、それじゃ、1曲目、歌わせていただきます……こほん。1曲目はQ&Aリサイタル、です」
ポチポチとボタンをゆっくり押していた斉川さんの手が止まり、マイクを持つ。
それと同時に曲が流れ始めて……あれ、これなんの曲だっけ? 聞いたことあるけど、何だっけ?
「えへへ、となりの怪物君だよ、少女漫画だけど、男の子が呼んでも面白い、と思う。だから、もし読んでなかったら……ってうわっ、始まる始まる……きょ、今日もこの胸は張りつめたまま~♪」
色々僕に説明してくれていた斉川さんが慌てて歌い始める。
なるほどとなりの怪物くんか、友達にも面白いって言われたな、昔。
もし貸してくれるんだったら読んでみようかな……で、そんな事より斉川さんめっちゃ歌上手いな。
声はいつものおっとりとろとろボイスの延長だけど、それが歌声になるとすごく透き通ってて、めっちゃのびやかでキレイで……とにかく、すごく上手。
「飽きるくらい全部、君が、す、好きだよ、ハートは涙でいっぱい♪」
「取り扱ってないのです、ね、これが……あ、あいらびゅー……さ、さむでー♪」
あと、チラチラ僕の方を少し赤い顔でこっちを見ながら、でもすぐに目線をそらすところもなんか、その……すごく、可愛い。
キレイな歌声の中に少し孕んだ羞恥心とか、でもどうだ! という風に自慢したくて僕の方を見てるとことか……とにかく、凄く良い。すごくよくて……と、とにかくすごい、めっちゃいい。なんか心が元気になってくる感じがする、ちょっと。
「いつかその日が来たら大切な声を聞いて~恋の予約録画は受けつけてないから……から、うゆっ、うっ……の、逃さないで☆」
「……!? ……!!!」
え、何それ可愛い、めっちゃ可愛い!
恥ずかしそうに、でも覚悟を決めたように笑顔で僕の方にポーズ決めて指を……え
、可愛い、めっちゃ可愛い!!!
「あゆっ、出来心、だから、あの……うゆゆっ」
「ああ、ごめんごめん! すごくその……良かったよ、すごく良かったよ斉川さん!」
「あうっ、嬉しいけど、恥ずかしい……き、君が好きだよ、ハートは笑顔で……ぷしゅー」
「大丈夫、大丈夫! すごく上手だよ、恥ずかしくなんてない! めっちゃうまいよ、すごく、その……すごい良いよ、斉川さん!」
「あうっ、そう言う事じゃなくて、でもそんな褒めれられたら、また……あぅぅ、ね、これが、あの……あいらびゅー、です……あうっ、あゆゆ……さむでーありありあてんみにっ……あわわわぁ……」
真っ赤になって恥ずかしそうに身体を揺らして、顔を隠しながら、それでもマイクを離さず歌い続ける斉川さんを見守る。
可愛いな、なんかすごく可愛いな、今日の斉川さん!
いつもだけど、でも今日は特別って言うか、なんかいつもよりすごく凄いって言うか……とにかく元気出てきた!
悩んでたことがなくなったわけではないけど、でもあんまり感じなくなったって言うか……とにかく元気でたよ、ありがとう斉川さん!
デフォルトで付いてる採点も91点だし本当にすごい、本当に上手!
マジでカラオケ初心者? 何ども行ってる僕でも87点とかが最高で90点超えたことないんだけど! すごいよ斉川さん本当にすごい! めっちゃ上手、めっちゃ可愛い! 本当にすごい!!!
「うえっ、だ、だから、そんなに、褒めないれ……らめらよ、そんなほめちゃらめれす、恥ずか死ぬ……うえっ、本当に可愛いとかもやめれ……ぷしゅー」
「いや、でも本当に凄いし、あのポーズも可愛かった! なんか、その……色々凄いよ、ありがと! ありがと、斉川さん!」
「ら、らからぁ……も、もう、しんどい、でふ、こ、樹神君、私、もう、らめ、れふ……あうぅぅ……」
マイクをぎゅっと胸に抱きしめながら、泣きそうなくらい真っ赤な顔で湯気を出しながらソファの上で小さくなる斉川さんを何度も褒め続ける。
ありがと、斉川さん!
なんか元気出てきた、楽しい気分がぶちあがってきた! よーし、このまま僕も歌うぞ、テンションぶち上げで歌うぞ!!!
「あぅぅ、こ、樹神君……あ、あいらぶゆー」
☆
「確かにそこに、君の中に……お、86点。それなりだね、なかなかいい点数じゃない?」
斉川さんに続いて歌った僕の点数は大体いつもよりちょっと高いくらいで。
なんかいい感じ、凄く良い感じに声も出てた! テンションぶち上げ、今楽しい!
「……樹神君も歌、上手じゃん。女の人の曲なのに、ちゃんと声出てて、すごく上手で、声もなんか引き込まれて、ずんって……えへへ、すごいのだ」
顔を真っ赤に小さくなっていた斉川さんも徐々に復活してきて、スプライトを飲みながら機械をポチポチ操作しながら僕の事を褒めてくれて。
ふへへ、そうですか、そうですか! そんなに褒められると照れますな!
「うん、上手、だったもん。樹神君凄い上手で、めっちゃすごい。それに、あの……か、カッコよかった! その、すごく歌声良いし、カッコよくて……あぅぅ、本当に、すごく……うゆっ」
「え、ホント? 本当にカッコよかった、そんなに良かった?」
「あ、あ、そ、その……ち、違う。その、えっと、さっきの仕返し、でさっき私に色々言ってくれたから、その、仕返しで、だから、あの……か、カッコよかった、でふ……ど、どうだ、恥ずかしい、だろ……ぷえっ」
「あはは、恥ずかしくない、すごく嬉しい! 斉川さんの方が恥ずかしがってるじゃん、仕返しでそうなるとはざまぁないねぇ」
嘘でも仕返しでもカッコいいとか言ってくれるの嬉しいな、斉川さんにそんな事言われるのすごく嬉しいな! 良かった、学校サボって……あれれ? なんかおかしいか……いや、こんな真っ赤で色々最高に可愛い斉川さんを見れたんだ、良かったに決まってる!
「あうぅ、自爆……で、でも本当に……そ、そうだ。樹神君お昼、もう食べた? 私食べてなくて、だからピザ頼んじゃったけど……一緒に食べる?」
「あ、食べてないよ! 一緒に食べよ、僕もお腹ペコペコのぺコリーヌ!」
「そ、そっか。それなら一緒に食べようね……うふふふっ」
ピザを注文したと画面を見せてくれた斉川さんにそう答えると、斉川さんがどこか嬉しそうに笑い始めて……お、斉川さんもプリコネユーザーですか? 僕はサイゲ信者ですけど、斉川さんもですか?
「私はサイゲ好きだけど、でもブルアカ派……お前ら笑うな、私はユウカちゃんとミユちゃんとヒビキちゃんが好きだ……そうじゃなくて、樹神君が楽しそうだから。樹神君が楽しそうで、私も嬉しいから……だから、えへへ」
「……僕? 確かに楽しいけど、それはいつもだよ。斉川さんといるといつも楽しいよ」
「うゆっ、またそんな事……そ、そうじゃなくて、あの……最近の樹神君、元気なさそうだったから。元気なくて、悲しそうで、どこか壊れてしまいそうな感じがしてて……だから良かった。樹神君が元気出たみたいで、良かった……えへへ、良かった!」
そう言ってニコッと可愛く笑って。
その声には本心からの安堵とか嬉しい気持ちがいっぱい溢れてて、漏れ出しそうで……ありがと、斉川さん。
「斉川さんのおかげだよ。本当に色々……全部斉川さんのおかげ。ありがと、斉川さん……すごく元気出た!」
「えへへ、お返しだよ……私も、樹神君のおかげで、今の私があるから……樹神君が話しかけてくれたおかげで、今の私がある。今の楽しくて幸せな私……だからね、お返し。これまでの、お返しだよ……だから、良かった。元気出て、良かった」
「いやいや、そんな事気にしないでよ。僕はその普通に……ん? 斉川さん?」
「……えへへ、樹神君」
にへへと嬉しそうに笑った斉川さんがちょこちょこと僕の隣に座ってくる。
そしてとろんとした、でもどこかしっかりした表情で僕の方を見上げてきて。
「だからもっともーっと楽しんでね……私は樹神君と一緒に居たいから、樹神君が楽しんでくれるの嬉しいから……だから楽しんで、悩み事、忘れて欲しい。何があったかわかんないし、私にどうにかできるかわかんないけど……でも、だから楽しんで欲しい。楽しいことして、それを忘れた……それでまた一緒に学校で話したいから。私、また樹神君と一緒に居たい」
★★★
音痴の僕のカラオケ最高点はマワレ雪月花の91点です……誰も信じてくれませんが。
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