第30話 好き

「何があったかわかんないし、私にどうにかできるかわかんないけど……でも、だから楽しんで欲しい。楽しいことして、それを忘れた……それでまた一緒に学校で話したいから。私、また樹神君と一緒に居たい」

 隣に座る斉川さんが甘い息を吐きながら。

 真っ赤な部屋に似合う、そんな声でそう言って。


「……私のわがままで、私の願いだけど。で、でも他のみんなもそう言ってたし、だ、だから、その……学校来て欲しい、です。また、来て欲しいです」

 いつもは背ける真っ赤な顔をまっすぐ僕の方に向ける。

 少し恥ずかしそうな真剣な表情で僕を見つめて……色々な感情が渦巻いて、それで忘れかけていた悩みが復活して。


 楽しくて、嬉しくて、可愛くて……斉川さんパワー忘れていた悩みをまた思い出して、それがまた頭をぐるぐる回る。

 隣の斉川さんが見えなくなるくらい頭の中を支配して、怖いくらいに回って。


「ど、どうしたの樹神君? きゅ、急に……大丈夫!?」


「う、うん、その……アハハ。ごめんね、斉川さん、その……ごめんね、本当にごめんね」

 ……僕も行きたいよ、学校。

 竜馬とか日向とかと遊んで、あおちゃんとかつむちゃんとかと……もちろん、斉川さんとも。


 でも怖いんだ、色々……自分がどうにかなりそうで、自分が壊れちゃいそうで……色々壊しちゃいそうで。

 何をするかわかんない、何が起こるかわかんない……怖いんだ、変な考えがずっと頭を回るんだ。怖くて、呑み込まれそうで……だから逃げちゃったんだ。


 弱いから、怖いから……だから逃げたんだ。

「……工藤さん? もしかして工藤さんとなにかあった?」


「……うん。詳しくは言えないけど、でも向き合わない問題なんだ。それなのに、僕逃げて……ダメだね、僕、ほん……って斉川さん!?」


「……樹神君、その……樹神君!」

 また暗い雰囲気で、色々吐き出そうとする僕の手を隣の斉川さんがギュッと握って……え、ど、どうしたの!? どうしたの斉川さん!?


 急な行動にあたふたする僕を斉川さんは手を握ったままぎゅっと見つめて。

「ダメなんかじゃない、ダメじゃないよ! だって、その……全然ダメじゃない! だって樹神君は、その……わ、私に話しかけてくれた人だもん!」


「……どう言う事?」


「え、えっと、その……あの、だから、その……樹神君はダメじゃないし、頑張ってる! 樹神君はすごく、頑張ってるし、その……樹神君はすごいんだよ、弱くなんかないよ、ダメなんかじゃない。だから、自分を簡単にダメとか言っちゃダメだよ、そんな事言っちゃダメ……ダメだよ、そんなの!」


「……斉川さん」


「……だ、だから、その……大丈夫だよ。何があったかわかんないし、私が首突っ込む問題じゃないけど、でも絶対、大丈夫。だって樹神君は……すごいもん。だからそんなに自分悪く言っちゃダメ、もっと自信、持たなきゃダメだよ……だって樹神君は私の……私の一番なんだから……んっ」

 ギュッと握っていた手を離してそのまま僕の胸にぴとっと手のひらを重ねる。

 ドクドク揺れる心臓の音が斉川さんの手を通してしっかり伝わってくる。


「……だから大丈夫。樹神君なら何があっても大丈夫だよ。私が保証する、樹神君は強いから、凄いから……私の一番だから」


「……うん」


「だから、その……あれ、なんか私変な……あ、えっと、が、頑張れ、頑張れ! 頑張れー、頑張れ! 頑張れ、樹神君!!! え、えっと、その……が、頑張れ!!! ふれーふれー、樹神君!」


「……ふふっ、急にどうしたの? 何それ、斉川さん」


「え、だ、だって、その……と、とにかく! 二人の問題に私が口出しすべきでないのはわかるけど、でも応援する! って事! 樹神君ならできるって、樹神君なら大丈夫って……お、応援なら私にもできるから! だから、あの、えっと……応援します! 私は樹神君の事、応援します! ふれー、ふれー!」

 バサバサと恥ずかしがるように腕を振りながら、ぐるぐる目を振り回してそう言って。全身使って可愛くバサバサ身体を動かして。


 もう何それ、本当に。

 さっきまでシリアスで真剣で……そんな雰囲気だったのに、急にどうしちゃったんだよ、斉川さん……おかげですごく、元気出たけど。もう一回斉川さんに元気もらえたよ、ありがとう!


「……え、あ、そ、それなら良かった! それなら良かったよ、樹神君! ゲ、元気でたなら、あの……良かった!」


「うん、元気でた! もう一回ちゃんと元気出た、仮初じゃなくて本当の!」

 工藤さんの事押し殺して、忘れて、それで元気出してたけど。

 でも今はちゃんと元気、心の底から元気が出たって言える! 元気とか自信とか結城とか……そう言うの貰って、すごく元気出た! 


 今は本当に元気、最高に元気……そして、もう逃げない自信もついた。

 工藤さんと向き合う自信もついた、もう一度ちゃんと逃げずに工藤さんと話す気持ちがちゃんと湧いてきた、ありがとう斉川さん!

 僕もう逃げないよ、逃げずに向き合って……そしてまたみんなと一緒に学校生活楽しめるようにするんだ!


「えへへ、良かった。本当に良かった……また樹神君と一緒に学校で話せるの嬉しい。また学校で部活で……一緒なの、嬉しい。私、すごく嬉しい!」


「ふふっ、ありがと。僕も嬉しいよ、そんな事言ってもらえて! それに僕は斉川さんの一番野友達だからね! だから当然だよ!」


「あうっ、そ、それは……そ、そうだけど! 他の友達も大好きだけど、やっぱり樹神君は特別って言うか、初めてで、その……やっぱり一番です! 樹神君はやっぱり私の一番で、だから……ってこの話、無し! ストップ、とにかく一番の友達! 友達だから! も、もう、カラオケするよ、続き歌うよ!」


「そこまで聞いてないけど……そうだね、カラオケだし歌おう!」


「う、うん、歌うよ……あ、そうだ、樹神君。その……デュエットしない? そのえっと、私樹神君と二人で、一緒に、歌うたいたいから……だから、えへへ。樹神君とデュエットしたい……良いですか?」


「うん、もちろん! 一番の友達の誘いだもん、もちろん聞きますよ!」


「あぅぅ、だからそれは……はい、よろしくお願いします」

 ぷくーっととほっぺを膨らませて、でも嬉しそうに隣で笑う斉川さんを見ながら。


 今は一番の友達だけど、でも……いずれ他のところでも斉川さんの一番になりたいなって思った。

 斉川さんのもっと深いところで、もっと大事なところで……そんな一番になれたらいいなって。



「……一番だよ、全部……どんなところでも樹神君は私の一番、だから……」


「ん、何か言った?」


「え!? あ、な、何も言ってない! 何も言ってないよ、何でもないです! ほ、ほら歌入れたから一緒に歌おう! 二人でデュエット、しよ!」


「うん、もちろん! 僕で良ければお供しますぜ!」


「えへへ、ありがと……ありがと、樹神君!」

 ―僕で良いじゃない。


 ―樹神君じゃないと、ダメだよ。私は樹神君じゃないとダメ、私はやっぱり樹神君が一番で、だから……樹神君の一番、私もなれたらいいな……工藤さんがいるから難しいかも、だけど。


 ―でも、私も、えっと……やっぱり樹神君とずっと一緒に居たいもん、一番が良いもん。だから、その……私ももっと、頑張ります! 一番になれるように、頑張りたいです!



「……なんか青春の匂いがする。入りたくねぇ……」




 ~~~

「ねえ、樹神君楽しかった? 今日、楽しかった?」


「うん、すごく楽しかった! 本当にありがとね、勇気も出たし、元気も出た! 自信もついた! 本当にありがとう……そして妹からの電話がやばいのでそろそろ帰ります! めっちゃ怒ってたので、帰ります!」


「ふふっ、お兄ちゃんが急にいなくなったら心配するよ、妹さんも。それじゃあバイバイ、またGW明けの金曜日に……あ、そうだ!」


「バイバイ、斉川さん……ってどうかした?」


「あ、あの……寂しくなったら電話していい? もし、その……樹神君の声、聴きたくなっちゃったら電話していいですか? 声聞くために、寂しくないように……樹神君に電話していいですか?」


「……ふふっ、もちろん! 僕は斉川さんの一番の友達だからね!」


「ううっ、それ恥ずかしい……て、ていうか声聞きたいって電話してきたの、樹神君だよ! 樹神君の方から電話してきたんだよ、初めは……だ、だからこれも仕返し! 樹神君への仕返しだから……だから私も声聞きたくなったら電話するんだから!」


「アハハ、そっかそっか。もちろん、電話しよ、これまで通りに毎日……寂しくなくてもいつも通り! 一応用事はあるけど、GWだからって遠慮しないでいいよ、いつも通り、電話しよ!」


「……うん! わかった、いつも通り……えへへ、いつも通り電話するね! 樹神君と電話して、楽しくて……えへへ、楽しみ。すっごく楽しみ!」

 会えなくなるの寂しいけど……でもGW悪くない! こうなるんだったら悪くない……えへへ、昼から電話しちゃうもんね! GWは寂しいし、学校でも会えなかったからお昼から電話、しちゃうもんね……えへへ、迷惑じゃなかったら嬉しいな。




 ☆


 GW2日目、12時過ぎ。

 入っていた用事をキャンセルして、向かった先は学校、自分の教室。


「あ、佑司君! 佑司君何だか久しぶりだね、あえて嬉しい! 部活中だけど、抜けてきたよ、佑司君の頼みだからね!」


「ありがと、工藤さん。来てくれてありがと」

 目の前でふわっと笑う工藤さんにそう言って頭を下げる。

 呼びだしたのは昨日、部活しかないこのタイミング……このタイミングしかないと思って。


「うん、もちろん来るよ! 私も佑司君に会いたかったし! 一週間も佑司君に会えてなくてロスだったんだよ、寂しかったよ……えへへ、だから嬉しい! 佑司君から私に会いたいって言ってくれて……ふへへ、本当に嬉しい! うーん、佑司君!」


「……工藤さん! ストップ、工藤さん!」

 いつものようにギューッと抱き着いて来ようとする工藤さんを手で諫める。


「……佑司君? 佑司君?」

 キョトンとした目で、庇護欲が掻き立てられるような目でこっちを見る工藤さん……いやいや、ダメ! ダメ! 覚悟決めたんだ、ちゃんと決めたんだ!


「あ、そっか! わかった、今日は趣向を変えて佑司君から来てくれるんだよね! 私を呼びだしてくれたし、つまり……そう言う事だね! もー、そう言う事なら恥ずかしがらずに早く行ってよ佑司君! ほら、おいで! 私はいつでも待ってます! だからおいで、佑司君! 私も佑司君の事……えへへ」


「ごめん、そんなんじゃない。そんなんじゃないんだ、工藤さん」

 ワーッと嬉しそうに手を広げる工藤さん。

 でも、違うんだ……僕が来た理由は違うんだ。


「もー、そんなんじゃないんだったら何? 私と佑司君の関係でしょ、そう言う事でしょ? 私も、佑司君も互いに大好きでしょ? だから大丈夫だよ、恥ずかしがらないで! おいで、おいでおいで! 私も大好きだから、大丈夫! 恥ずかしくない、拒否もしない! 大好きだから、大丈夫!」


「……そう言う行動が好きじゃない! そう言う事する工藤さんは好きじゃない!」


「……え? 佑司君? 佑司君?」


「だから、その、工藤さん自体は友達で、アレだけど……そう言う言動とか行動は好きじゃない。工藤さんのすぐに抱き着くところとか、距離が近すぎるところとか、周り見ずに突っ込んできて、それで……僕に直接理由のわからない好意をぶつけてくれるところとか。そういう所、好きじゃない。工藤さんのそういう所……僕はあんまり好きじゃない、んだ……嫌なんだ!」


「……は?」



 ★★★

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