第5話 二人で抜け出して、好きなマンガのために

「……佑司君が良かったな。それに佑司君……やっぱり佑司君が良かったな」


「あのー、工藤さん? 今の相手は僕ですよ?」


「わかってる。でも佑司君と一緒が良かった」


「……なんでそんなに佑司の事気に入ってるの、工藤さんは? 確かに良い奴だし、カッコいいけどでもそんなに……」


「佑司君はすごいんだよ。表も中身も全部全部……だって私は佑司君に救われたんだもん」

 そう、佑司君は私の事を救ってくれた……身体も心もどっちも。


 だから私は佑司君と一緒に居たい、佑司君が良い……佑司君が大好き。

 だから絶対佑司君は渡したくない、佑司君には私だけを見てて欲しい。


「何でそんなに……てか佑司のやつさっきから一人で喋ってね?」

 えへへ、佑司君浮気はダメだよ? 

 私だけをずっと見ててね? その無口で怖い子に……傾いちゃダメだよ。


 そんな……昔の私みたいな子に。



 ☆


「……ほ、本当によろしくしていい? 本当に私、大丈夫ですか? 怒ってない、嫌いじゃない?」

 真っ赤な潤んだ瞳で「よろしくお願いします!」と言った斉川さんが、僕の答えを聞いて心配そうに顔をあげて聞いてくる。


 大丈夫だよ、僕もよろしくしたかったし!


「ほ、ホント……よ、良かったぁ……その、返事しなかったし、普段も無視してたから……樹神君には嫌われてるかと思ったからその……良かった。よろしくしてくれてよかった……えへへ、嬉しいな。すごく、嬉しい」


「あはは、ありがと。でもそれはこっちのセリフだよ、斉川さん。僕だって斉川さんに嫌われてると思ってた。話しかけても答えてくれないし、ずっと無視されたし。あと目つき怖かったし」


「そ、それは、その……ごめんなさい。で、でもその、それには……ちょっと怖かったのはある。ちょっとだけ、樹神君の事、怖かったのはある」


「え? 怖い? なんで? 僕が?」

 確かにあれだけしゃべりかけられたら怖いかもだけど。

 でも嬉しいって言ってくれてたし普段はそんなに怖いことしてない気がするし。


「えっと、だって樹神君は、あの……陽キャさんでリア充さんだから。工藤さんといちゃいちゃしてて、いろんな人と仲良くて、おしゃべりが上手で……だから怖かった。めっちゃ怖かった、私にとってはすごく怖かった……話して変な空気にして迷惑かけたりするのが怖くて、場をしらけさせるのが怖くて……だから無視してた、ごめんなさい。人と話すのとか、関わるの、苦手、だから。さっきも樹神君を困らせるの嫌だから、変な空気なったら嫌だから無視してた……ご、ごめんなさい」


「そんな事で迷惑とか思わないよ、謝らないで大丈夫! ていうかいちゃいちゃはしてない!」


「してるよ、樹神君。それで怖かったんだもん。今日もその……最初は怖かった。そのイヤホンつけてるのに話しかけてくる人あんまりいないから、すぐに大抵の人は諦めるから……で、でも樹神君はいっぱい私に話しかけてくれて……だから最初は怖かった。その私の事褒めてくれるし、いっぱい聞いてくるから……私の事、めちゃくちゃにしたいのかと思った。その、えっと色々……色々えっちな事とか、されるのかと思った。都合のいい人にされるかと思った」


「……しないよ、そんな事? なんだと思ってたの、僕の事?」

 そんなことしないよ、僕はそんな人間じゃないよ!

 そんな風に思われてたんだ、僕。なんかショック。


「え、あ、ご、ごめんなさい! 私その、陽キャさんとかリア充さんが苦手だから、怖くて変な事考えちゃった……で、でも今はそんな事思ってない! その樹神君は陽キャさんだけど、でもいい人だし、それに本当は嬉しかったから! いっぱい話しかけてくれて本当は嬉しかったから……だ、だからその……ご、ごめんなさい! これまでの事、全部謝る、ごめんなさい、ごめんなさい!!! その、だから、私の事を嫌いでも、その、えっと……」


「大丈夫、大丈夫、そんな謝らないで! 別に怒っては無いよ、嫌いとかそんな事ないから大丈夫だよ! あと僕は別に陽キャじゃないよ、怖くない!」


「よ、良かった。樹神君と仲良く……で、でもやっぱり樹神君は工藤さんといちゃいちゃしてるし、友達いっぱいだし、だから陽キャリア充さんで……樹神君は大丈夫だけど、でもやっぱり周りの人たちは怖い……」


「別にそんなじゃないよ、僕は。さっき話した通り、僕はアニメとかマンガとか競馬とか……その辺が大好きで、どっちか言うとオタク気質! だから怖がらないでよ、全然陽キャとかそんなんじゃないから、怖くないから! 他の友達も全然怖くないよ、みんないい友達だよ!」

 誰も怖くないよ、みんな優しくていい人だよ!

 竜馬もでかいけど良い奴、だから斉川さんもそんなに怖がらなくて大丈夫!


「で、でも……と、取りあえず樹神君はリア充さんだけど、でも良い人ってのはわかったから。だからその……」


「おーい、ドッジボール始めるぞ~! する人は集まって~!」

 少しもじもじと震えながら何かを話そうと口を開いた斉川さんの声を遮るように委員長の大きな声が聞こえる。

 あ、もう始まるのか……でも。


「あ、ドッジボール大会始まるね……そっち行くよね、樹神君は。工藤さんとか瀬川君とかと一緒、だよね……私はその……」


「待って待って、行かないで斉川さん。あのさ、斉川さんはこの後どうしたいの? ペアなんだし斉川さんのしたいことに付き合うよ、僕は」

 斉川さんとももっと仲良くなりたいし。

 それに結構好きなものとか似てたから……ね?


「え!? 良いの、それで? その、えっとお友達の……」


「大丈夫、大丈夫! 今はペアの斉川さん優先だよ!」


「わ、私が優先……そ、それなら、その⋯⋯わ、私もっと樹神君とお話、したい! もっと樹神君と色々話したい、です⋯⋯いいですか?」

 僕の言葉にキョトンと一瞬目を丸くした斉川さんだけど、でもすぐにううん、と喉を鳴らして少し恥ずかしそうな、心配そうな上目遣いでそう言って⋯⋯もちろんOKです!


「ありがと、斉川さん! 実は僕もそう思ってた! 僕も斉川さんとお話したい、って思ってた!」


「え、ホ、ホント? そ、それは……えへへ、嬉しいな。そ、それじゃあとっておきの場所あるから……そこ行かない?」


「とっておきの場所?」


「うん、とっておきの……ナイショの場所」


「……魅惑の響きだね、それ」


「そう、かな? と、取りあえず、その、ついて来てくれたら、嬉しいな」


「OK」

 唇にしーっと手をやってパチッとウインクをする斉川さんに少しドキッとしながら、案内してくれる背中を追うことにした。




「佑司君? あれ? 佑司君……ねえねえ、瀬川君。佑司君知らない?」


「え、佑司? 知らない、ていうか佑司のペアの子もいないじゃん……はは~ん、あいつ今頃お楽しみか? 全然話さないペアの子を懐柔して、それでそのまましっぽり……あいたっ!?」


「佑司君はそんなことしない! そんなことするわけない、私の約束破るわけもない! 佑司君はそんな人じゃない!!!」


「ご、ごめんなさい……」


「……佑司君は救世主だもん! 私の救世主だもん! そんな事絶対しないもん、私の救世主だもん!」


「……何それ?」



 ☆


「⋯⋯この学校、こんなスペースあったんだ」

 てちてち小さく歩く斉川さんの後ろについていくと、小さなスペースに案内された。

 小さな石のベンチに、イチョウの木、それに緑の楽園……ここは確かにヒミツの場所だ、ナイショの場所だ。


「う、うん、その……入学式の時たまたま見つけて。座って、欲しい、ここ。汚くないから、大丈夫、だとおもう!!」


「それじゃあ失礼して……おー、ひんやり!」

 ぺちっと慣れた足つきでベンチに座った斉川さんがぺちぺち叩いた隣に座ると石らしくひんやりとした感覚。

 これはなかなかいい感じ。


 僕が隣に座ったのを見て満足そうにうん、と頷いた斉川さんはその表情を少し曇らせておずおずと僕に向かって口を開く。

「でしょ、ここ、凄く良い……そ、それで話したいことなんだけど……あ、あの樹神君はウイッチウォッチ好き、何だよね? オタク気質で、あのマンガ、好きなんだ、よね?」


「うん、好きだよ。めっちゃ面白いよね」

 あのマンガ……と言うか篠原先生の世界観とかが僕は大好き。

 あの人の書く話は大体面白い!


「うん、めっちゃ面白いよね……そ、それでSKET DANCEも好きなんだよね……そ、それじゃあ斉木楠雄とか好き? 私、大好き、何だけど、どうかな?」


「うん、僕も大好き! それならこっちから質問だけど……斉川さん、野崎君とか好きじゃない? 僕は笑いが止まらなくて妹に怒られるくらいに大好きなんだけど」

 あのマンガ、ちょっと面白過ぎてずるいと思うんだ。

 野崎君は本当にずっと笑ってられるマンガ、2期が見たい!


「え、樹神君も……う、うん、大好き! 野崎君大好きだよ、わ、私も! 面白いよね、あれ。あのシュールなギャグが溜まんないよね……都さんの狸が一番好きだけど、でも恋愛の話も結構面白くて……ちょ、ちょっとだけ憧れちゃう」


「ん?」


「ううん、な、何でもない! そ、それなら今度はこっちが質問していい? そ、その樹神君は、野崎君が好きなら、その、えっと……坂本ですが? とかは? 樹神君あれ、好き?」


「絶妙なところだね、それ……ちなみに大好き! あれも面白いよね、一巻初めて読んだ時笑いすぎてしばらく立ち上がれなかった記憶がある」

 あのマンガも面白いよね、初期は特に!

 ちょっと後半は間延びしてた気もするけど初期の爆発力が大好き!


「ほ、ホント! よ、良かった、樹神君とはやっぱり……そ、それならさ、ヒナまつりは? 新田のやつはどうかな?」


「おー、ヒナまつり! 大好き大好き、あれも好き! めっちゃおもろいし、最後はヒナとか他の友達の成長も楽しめる凄くいいマンガだった! 僕はテレビの回が好き!」


「そうだよね、そうだよね、あのマンガも最高だよね! 私は組長が好き! じゃ、じゃあ樹神君ちょっと汚くなるけど、アザゼルさんは? あのマンガ全然読んでる人見ないけど、私結構好きなんだ……知ってる、樹神君?」


「アザゼルさん、って……知ってるし、好きなマンガだけど! でも確かに読んでる人あんまり見ないよね、下品なネタ多いからかな? コナンの話とか最高に面白かったんだけど」


「おー、アザゼルさんも! 私もコナンの回好き! す、すごい、樹神君凄い、嬉しい……そ、それならハコヅメは? ハコヅメは読んでる!? あれ私大好きなんだけど、凄い好きなんだけど! 牧高さんが大好きなんだけど!」

 目をキラキラしいたけみたいに輝かせながら、わくわく興奮したような声でそう聞いてくる斉川さん。

 その表情も声も普段とは全然違って、怖い印象なんてないただの可愛い女の子で……ふふっ、なんか僕も嬉しいな! 


 斉川さんが嬉しそうだし、それになんかめっちゃマンガの趣味会うし!


「司馬先生の艶めかしい文体が脳内を駆け巡って頭ばかになっちゃう……って、急にメジャーな作品来たね! もちろん読んでるよ、ハコヅメも面白いよね! あれはギャグも最高だけどシリアスの長編も面白いよね! アンボックスは読んだ? かなちゃんの、悲しいやつ」


「私もそのシーン好き! あとは急所のとことかも好き……うん、もちろんアンボックスも読んでる! ホントギャグとシリアスの使い分けが上手だよね、あのマンガ! シリアスの中のギャグもすごく笑えるし、あれはすごいマンガだよ!」


「わかる、すっごいわかる! それに実写化もキャストばっちりで面白かったし! やっぱりハコヅメはすごく面白かったよね、最高だよね……それじゃあ、今度は僕から! この流れだと、斉川さん……あそびあそばせ好きでしょ! 僕も大好きだけど斉川さんも絶対好きでしょ!」


「めっっっっちゃ好き! 大好き、あそびあそばせ大好き!!! あれめっちゃ面白いよね、無理って言う人もいるけどめっちゃ面白いよね!!!」

 僕の予想に呼応するように、大興奮の斉川さんの声が校舎に反射して大きく響く。


 もう斉川さん授業中ですよ、キャラが違いますよ……でも良かった斉川さんも大好きで! ここまで来てそれは無理とか言われたらどうしようかと思った!


「そんな事言わないよ、だってあそびあそばせ大好きだもん! 顔芸も好きだし、アニメの詐欺OPも好きだった! でも一番好きなのは前多! 前多の回とお兄ちゃんの回は外れないから大好き!!!」


「わかる、僕も前多大好き! あそびあそばせは意味わかんないことも多いけど、でもそれが面白いよね! 僕はあの話が好き、腋臭の菌の話とすごろくの話!」


「ああ、それ大好き、その話大好き!!! あの先生も良いキャラしてるよね、めっちゃ良いよね! めっちゃ好きだ、やっぱり……今私すごく嬉しいよ、すごく幸せだよ、樹神君! その、こんなに私の好きなマンガの事言えることなかったからすごく嬉しい!!!」


「あはは、興奮しすぎだよ斉川さん。嬉しいならいいけどちょっと落ち着いた方が良いかも」


「えへへ、ごめん。でも、だってこんなに人と好きな話できるの初めてだから、弟も全然聞いてくれなかったし……だからすごく嬉しい! めっちゃ嬉しいの、樹神君とこんな話が出来て! そ、そうだ樹神君! 樹神君は+チック姉さんは好き? 私あのマンガ大好きなんだけど……樹神君も好き?」

 相変わらずキラキラと目を輝かせた斉川さんがぐっと身を僕の方に乗り出しながら楽しそうに、でもどこか心配そうにそう聞いてくる。


「+チック姉さんか……結構マイナーなとこ来たね」


「う、うんマイナー……あ、もしかして樹神君……」


「ふふっ、僕も大好きだよ! 無茶の人とヨシ君が特に好き! あとマキマキの過去の話とか!」


「……樹神君! 樹神君その……樹神君! ホント嬉しい、誰もこんな……ねえ樹神君語ろうよ、+チック姉さんの事語ろうよ! 私もっともっと樹神君と話したい、樹神君と共有したい!」


「うん、もちろん! 僕も話したりないし、+チック姉さん以外も!」


「だよねだよね! それじゃあ話そ、いっぱい話そう!!! えっとね、私の好きなシーンはね……!」

 一段と目を輝かせて、今日一番のテンションになった斉川さんがぶるんぶるんと大きく身体を揺らしながら、興奮して荒くなった息で話し始める。


 もう最初の怖い印象なんて本当にどっかに消えたな、今の斉川さんは好きなことに夢中なただの女の子だ。

 真っ白な肌を楽しそうに紅潮させて、キラキラと瞳を輝かせながら興奮して上ずった声で好きなことを話す……顔も声も全然怖くない、ただの可愛い女の子だ。


「それでね、私あそこ大好きなの! どう、樹神君!」


「わかる、めっちゃ分かる! 僕も大好き!!!」

 そしてめっちゃ趣味が合うな、斉川さんとは!

 僕もこんなに話したの初めてだからすごく嬉しい、+チック姉さんの話とか他の人としたことなかったもん! だから趣味があってすごく嬉しい!!!


「えへへ、樹神君! 樹神君!」


「うん、斉川さん! 他にもね……!」


「ああ、好き! 大好き、好き!!!」

 楽しい! この時間すごく楽しい!




「……佑司君、どこ行ったの? 本当にあの子に……私がいるのに……」



 ★★★

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