第2話 後ろの席のちょっと怖い女の子

「ねえねえ、佑司君お話の続きしよ?」

 入学式、パイプ椅子が縦に敷き詰められた体育館の中で前に座る工藤さんがくいーっと椅子を僕の方に引いて、こしょこしょとくすぐったい声で話しかけてくる。


「ダメだよ、工藤さん。今校長先生話してる最中だよ?」


「でも先生の話面白くないし、絶対佑司君と話してる方が面白いし。周りの子もおしゃべりしてるし、だからお話しようよ~、佑司君……つんつーん」


「だからほっぺつんつんやめてよ、からかわないで……でもさぁ……」


「佑司、何を断ってるんだ。ここはお話ししようじゃないか、俺も含めて3人で」

 少し躊躇していると真後ろの予想より近い位置から竜馬の声が聞こえる。

 振り向くと後ろの席にデデンと大迫力で竜馬が座っていた。


「……なんで竜馬は僕の後ろ? もう一個裏じゃなかった?」


「いや、それがお前の後ろの子入学式に来てないみたいでさ。だから移動した、佑司と話したいし!」


「しー、声大きいよ、竜馬……ていうかまだ来てないんだ、後ろの子」

 てっきり入学式には来るもんだと思ってたけど。

 という事は病欠とかかな? なんかちょっと残念かも。


「そんな事より佑司君! 瀬川君もこう言ってるんだしおしゃべりしようよ、一緒に! 瀬川君は無視でもいいから、私とおしゃべりしよ? 私だけとおしゃべりしよ?」


「おー、それは酷いぜ光ちゃ~ん! 俺も一緒に話したい、ていうか俺とだけ話すか、佑司?」


「あはは、ケンカしないで二人とも。三人で話そうよ……怒られないようにコソコソだけど」


『了解!』


「……本当にわかってる?」

 僕の声に声を合わせて強く言う二人に少しため息をついた。



「佑司君……佑司君は……佑司君? 佑司君、私の方見てよ! 祐司君はと私と話すの!」


「佑司、佑司……佑司!」


「樹神君! 樹神君……こだまちゃーん! ねえねえ、ボクともおしゃべり……」


「……誰か一人が喋ってよ、僕は聖徳太子じゃないからさ……」

 入学式のおしゃべりタイムはいつの間にか隣の真島さんも含めてなかなかにカオスなことになったとさ……先生に怒られなかっただけが救いかな?



「むー、私が最初に話しかけたのに……佑司君は私の……」



 ☆


「よし、ざわざわも落ち着いて……一人以外は全員いるか! よし、それじゃあ自己紹介タイムだ! みんなで自己紹介して仲良くなろう! これから1年同じクラスなんだからな!」

 ざわざわおしゃべり入学式も終わって、親たちは控室、僕たちは教室で実質的に初顔合わせの時間。

 教壇に立つ妙に熱い先生がくるっと周りを見渡して、僕の後ろ以外全員が席についていることを確認して黒板にでかでかと村木孝明と名前を書く。


「まずは先生だ! さっきも自己紹介したけど先生は村木孝明むらきこうめいだ! 気軽に孝明先生、って呼んでくれ!」


『村木先生!』


「……クラス始まって1日目なのに団結力がすごい! このクラスは良いクラスになるぞ! それじゃあ、気を取り直して……お、斉川おはよう、入学式をサボるとはなかなか根性が……っておいおい」

 みんなで声を合わせて村木先生! と呼んで少し困らして、さあいざ自己紹介、って時に後ろの扉がガラガラと大きな音を立てて開いて一人の女の子が入ってくる。

 多分僕の席の後ろの席の人、休みじゃなかったんだ!


 長い黒い髪に顔を隠したその子は、先生の言葉を無視してそのまま僕の後ろの席に座る……ってあれ? なんか思ったより印象が……それによく見るとイヤホンしてる? それになんかこっち睨んでる?


「……なんかちょっと怖い感じ?」


「ダメだよ、工藤さんそんな事言ったら」

 おずおずと耳打ちしてくる工藤さんにはそう注意するけど、でも怖いってのもよくわかる。

 黒い長い髪で顔は隠れてるし、そのくせ目はこっち睨んでて、それに遅れてきたけど何も言わずに席に座って、顔を突っ伏して……人を拒絶してるというか、わざと話しにくい雰囲気を出してると言うか、そんな感じがある。確かに少し怖い


「……まあこれで全員揃ったわけだし! それじゃあ自己紹介始めようか! それじゃあ1番の浅井大翔君からよろしく! 出身校と名前と趣味かな! あとは言いたいこと!」

 少し面食らっていた先生だけど、すぐに切り替えて自己紹介の方に話を戻す。



 自己紹介はにこやかであたたかな雰囲気のもと、順調に進んで。


「はーい、6番、海原中学校出身の工藤光です! 趣味は音楽聞いたりお菓子作りとかで乃木坂46が好きです! それで後ろの席の佑司君も乃木坂が好きみたいだからすぐに仲良くなれました! 佑司君とはこの通りもう仲良しさんでーす!」

 そう言った工藤さんは僕の手を握ってくいっと天に向ける。


「ちょ、工藤さん?」


「えへへ、良いじゃん良いじゃん! 仲良し仲良し! えへへ、相変わらず温かい、佑司君……えへへ」

 ぶるんぶるんと僕の手を振って……別にいいけど恥ずかしいよ! 

 それに他の男子からの視線とかも結構痛いし! 女の子からも痛いし……こっちはそうでもないか。


「ハハハ、もうすでに仲良しとは凄いな! それじゃあその樹神! 自己紹介よろしく!」


「はい……って事で離して、工藤さん」


「えー、離したくないなー! もうちょっといいじゃん、仲良しなんだから佑司君も私と手つなぎながらの自己紹介でいいんじゃない?」


「ダメだよ、それは僕が恥ずか死んじゃう。だから離して工藤さん」


「うええ、死んじゃヤダよ佑司君……という事でわかった、離します!」

 さっきよりは聞き分けのいい工藤さんが手を離して僕の自己紹介タイム。

 ええっと、何話そうかな……そうだ!


「えっと、さきほど紹介預かったようにゼッケン7番、青い帽子の樹神佑司です。千川中学出身で乃木坂と野球が好きです……あと名字なんですけど、樹の神でこだまって呼びます! 工藤さんは『じゅしん』、前の席の瀬川竜馬は『きがみ』って間違えましたがどれでもなくてこだま、なので待ちがえないでください! よろしく!」

 鉄板の名字トークをすると、教室内がさらに良い感じに盛り上がる。


「こだまくん!」「新幹線!」「かたかた!」などと言う声がちらほら聞こえて……よし、第1印象は良い感じ! 名前も覚えて貰えてる!


「確かに樹神は読みにくいな。でもその紹介で先生も一発で覚えたぞ! こだまゆうじ、覚えました! それじゃあ次は斉川よろしく!」

 和やかな雰囲気の下、ニコニコ先生が次の人への自己紹介を促す。


「……斉川綾乃。南山中学出身……終わりです」


「……!」

 刹那、教室の空気が和やかな空気から凍り付いた冷たい空気に変わる。

 それくらいに冷たく、人を拒絶するような声と恐ろしいまでの冷徹な瞳で後ろの席の女の子―斉川綾乃さいかわあやのは自己紹介を行い、すぐにイヤホンを耳につけなおして、机に突っ伏して。

 まるで人に興味がない、感情の無いロボットのような冷たい、無機質な声と表情はさっきまでの明るい雰囲気を一気に凍らせて。


「……よし、ありがとう、斉川! じゃあ次の瀬川よろしく!」

 先生もこの空気に困って、強引に次の竜馬にバトンを渡す。


「……やっぱり怖い子、なのかな?」


「……うん」

 2回目の工藤さんの言葉には僕も頷くことしかできなかった。


 人が嫌いで、自分の世界に閉じこもる少し怖い女の子―それが僕、樹神佑司の斉川綾乃に対する第一印象だった。




「僕、樹神佑司! 斉川さん、よろしく……えっと……!」

 でもこの後、僕は斉川さんと無理やり交流することになり……そして本当の顔を知ることになる。



 ★★★

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