工藤光の過去・嫌いだ、もう

《入学当初くらいの話》


「体験入部してくれてありがと、光ちゃん! どうですか、吹奏楽部は! 結構楽しいでしょ?」


「はい、楽しいです! やっぱりここ、入部したいです!」

 ニコニコ笑顔で聞いてくれた先輩に私も笑顔で返す。

 フルート吹くの久しぶりだけど、やっぱり楽しいな! 昔から練習しててよかった……これで色々ちゃんとできる。


「うーん、そっかそっか! ありがとね、そう言ってくれて! ところでところで! 光ちゃんは中学も吹奏楽部? 結構上手だけど、中学からやってた感じ?」


「いえ、私は中学校は野球部です。フルートは趣味というか、習い事というか、そう言う感じでやってました」


「へー、そうなんだ! ならなおさら来てくれてありがと! 歓迎しますよ、わが吹奏楽部は……あれ? じゃあなんで吹部入ってくれたの?」

 嬉しそうに顔を綻ばせた先輩が今度は不思議そうに首をコテンと横に倒す。

 確かに野球部と吹部って近いようで遠いですからね。でも理由はちゃんとあります。


「それは……ある人に憧れたからです。その人も野球部だったんですけど、その彼が私を変えてくれて、私の救世主で……それで今度は私が彼を応援したくて、みんなを応援したくて。それで吹部、入りたいと思いました」


「へー、なんかステキ! その彼もこの学校で野球部なの? その男の子は野球部入るったの?」


「いえ、佑司君は野球部じゃないです、学校は同じですけど。だから応援は出来ないです……でも私野球好きなんで野球部応援したいです! それに佑司君は……個人的に応援しようって決めましたから。佑司君の隣で私だけがずっとみっちり応援……そうしようって決めましたから。佑司君は私の運命ですから、ヒーローですから」


「な、何かべたぼれだねぇ、光ちゃん……も、もし良かったらだけど、その子の事教えてくれない? もしよければだけど、教えてよ、その佑司君? の事!」


「はい、良いですよ……あれは私が中2の時の事です。あの時の私は色々嫌になってて……好きだったはずの野球が嫌いになってました」

 先輩に聞かれたので、私は思考を巡らせる。

 そうあれは中2の秋……ちょうど新人戦が始まったころ。



 ☆


「おーい、工藤! 何しとんの、そんなとこで? 野球大好きなんだろ、頑張ってるんだろ? ほら、先生と、みんなともうちょっと頑張らんか? 頑張って練習しようよ、一緒にしないか?」


「……別に、もうないですよ。野球も好きじゃないです。吹部でフルート吹きたいです」


「……え?」

 放課後のグラウンド、一人ポツンと脇に座っていると顧問の先生に熱血な声をかけられたけど、それにボソッと小さく返す。

 もう野球なんて辞めたい、もう嫌だ……好きだったけど、嫌いになった。


「ちょ、工藤? 入学した時、大好き言ってたやろ? 練習も毎日来てるし、どうしたんだよ、急に?」


「好きでしたよ、確かに小学校の時は。あの時は女の子の仲間も他にたくさんいましたし、私もみんなについていけてましたし……でも今はもう無理です。野球やってる女の子は他にいないし、レベルももう男の子にはついていけないし……今の私はただの道化です。親の願いのために好きでもないことをするただの傀儡です、私が野球する意味はないんです、もう」

 小学校の時は男女関係なくみんなと楽しくやれて、レギュラー取れて、男の子とのレベルの差とかそう言うの全然感じなかったけど。


 でも中学になると、もうついていけなくて、私じゃ男の子の世界についていけなくて……私が他の人の邪魔してるように感じて。

 男の子と女の子の間の壁とか性差とか色々感じて、女子部員だから特別扱いされて、周りがちょっとよそよそしくて、それでチームの和が……なんか全然楽しく野球できなくて。


 もう何か嫌になった、野球するモチベーションが無くなっちゃった……でも男の子が欲しかって、それで野球続けて欲しいお父さんのためにも続けなくちゃいけなくて。

 お母さんはやめても良いって言ってるけど、でもお父さんは絶対続けろって言うだろうし、お父さんは私の事……だから私は傀儡。やめられない、でも頑張れない……頑張ってもどうにもならない世界、知っちゃったから。もう私が野球する意味なんてないんだ。


「……なるほどな。それはすまんかったな、こっちも。でもそう言う事言っても変わる世界じゃないだろうし……」


「良いですよ、先生。先生には感謝してますよ、唯一の女子部員の私にもちゃんと指導してくれて、特別扱いしてくれなくて……嬉しかったです、そう言うの。でももういいです。私じゃ野球は無理です、もうモチベーションが尽きちゃいました、野球する意味わかんなくなっちゃいました。レベルの差がありすぎますよ、扱いも、他の事も……もう無理です。女の子が野球できるのは小学校までなんです。マネージャーとかそう言うのも……なんか今はやる気起きないです。今はもうダメです」


「……ん~……ちょっと待ってろ! ちょっと待ってろ!」

 うーんと悩まし気に首をひねりながらそう言った先生が、スマホを持ってどこかへ電話をかける。


 しばらくするとにこやかな笑顔で私の方を見てきて。

「それじゃあ、工藤には特別任務を与える! 今度の日曜日、新人戦の地区大会があるだろ? それの偵察に行ってきてくれ、ちょっと見てきてくれ! 千川中学校対鳳鳴中学校の試合なんだが、それを見てきてくれ!」


「……え、何でその試合? 偵察はまあ、見るのは大丈夫なのでいいですけど、でも……その2校って全然地区違いますよ? どっちも隣の地区のチームですよ?」

 私たちは北だけど、その2チームは中央と南だし。

 そんな2チームとの試合見ても意味ないと思うんだけど。


「まあまあ、見てきてほしいんだよ、そのチーム! うちの学校も勝ち進めば当たるかもしれないし! だからお願い、リフレッシュも兼ねて! ちょっと見に行ってくれないか?」


「……まあ、良いですけど。それくらいならいいですけど」

 結構な熱量で私に訴えかけてくる先生に私は押され気味に頷く。

 さっきも言ったけど見るのは大丈夫だし。それならいいや、それなら。


「良かった、それじゃあ頼むぞ! 今日はもう帰っていいから日曜日! 日曜日に頼んだぞ、工藤!」


「わかりました、それではさよならです先生……日曜日、一応頑張ってみますね」


「おう、頑張れ工藤! 気をつけて帰るんだぞ!」

 そうふるふると手を振る先生にぺこりと頭を下げて、校門の方に向かう。


 偵察か……なんか理由があるんだろうけどその理由もよくわからない。

 まあいいけどさ……練習してまた色々嫌になるよりはそっちの方が良いかもしれない。


「おー、光! 今帰りか、珍しいな。早いじゃん、どしたの?」

 そんな事を考えながら歩いていると、カバンを持った下校前の真夏に声をかけられる。


「まあ、色々あってね……真夏はUFOの写真撮れた? つちのこ捕まえた?」


「うにゃ、撮れてない。そう簡単に出来たら苦労しないしな……それより帰りなら一緒に帰ろうぜ!」


「うん、良いよ」

 元気よく歩き出す真夏の後ろを私はトボトボついていく。


 真夏は凄いな、自分の好きなことやって楽しそうで……私とは大違いだ。

「いや、光も野球好きだったじゃん。嫌いになっちゃったの?」


「うん、ちょっとね……やっぱり女の子は野球やるべきじゃないよ。実力差があるし、追いつけないし、何より私がいるだけで空気が悪くなっちゃう。私のせいでチームの団結力とか和とか……そう言うのが悪くなってる。私という女がいるせいで……だから私はするべきじゃないし、もう嫌いになった」


「なんじゃそりゃ。そんな事気にしないでいいと思うけどな!」


「私が気にするの……ダメだもん、もう」


「本当に気にする必要ないけどなぁ」


「ダメだって、絶対……私じゃダメなんだよ」

 親友の言葉も届かないくらいに私は疲れていて、しんどくて。

 惰性で、父親に怒られたくないから続ける……そんなよくわからない生き方をしようとしていた。



「ただいま」


「あ、お帰り光! 野球どうだった?」


「……やっぱりしんどいよ、お母さん。やっぱりやめたい、もう無理。私がしちゃいけないよ、野球なんて」


「……そっか。でも私にはその……」


「大丈夫、わかってる……中学までは我慢するから。何とか我慢する」


「……ごめんね、光」



 ☆


「なるほど、そんなことがあったんだねぇ、光ちゃん……あれ、男の子は? その子まだ登場してないよ?」

 私の話を途中まで聞いて、先輩がまたまたうーんと首をひねる。

 せっかちですね、もう。


「今からですよ、今から話します。この時点の私は色々しんどくて、日常生活でも暗くて、真夏くらいしかまともに話す友達もいなくなっちゃってて……でも救われたんです。佑司君のおかげで、私は今の工藤光になれたんです」


「何その気になる話し方! 続き聞かせて、聞かせて! 続きが聞きたいです!」


「わかってますよ、話します。それでこの後私は言われた通り偵察に行ったんです……そこであったんですよ。私が憧れた野球選手としての佑司君に」




 ☆


「暑い、もう秋なのに暑い……防音室でフルートふいときゃ良かった、あそこなら涼しいし……素直に来なくてもよかったんじゃないの?」

 もう10月もなかばってのにむんむんと蒸し暑い外の気温に文句を言いながら、球場までの道を歩く。

 なんでこんなに暑いの、おかしいでしょ。日本は異常気象だよ、ダメダメ!


「ふいー、やっと着いた……もう一回表始まってる。鳳鳴が先行か……いきなりチャンスじゃん」

 ようやくついてスタンドの椅子に座るといきなり一死二三塁、先制の大チャンス、そしてグラウンドから聞こえる大きな声


 一回からこんな調子だもん、そりゃ興奮して応援するか……ってあれ?

「……千川じゃない、声聞こえるの? なんで?」

 調子づいてる鳳鳴の方から聞こえた声だと思ったけど、声が聞こえてきたのは一類ベンチと守備の千川からで。


 え、いきなりのピンチだよ、何をそんなに盛り上がってるの?

 なんでそんなにベンチからも守備からも声……あ、あの選手?


「OKOK、ナイスピッチナイスピッチ! ナイスボールだよ、球はしってる! ナイスピッチナイス守備! 良いカバーにナイスダッシュ、ナイスナイス!!!」


「まだ一回、打たれても大丈夫! バッター集中、ランナー気にしないで! 落ち着いて行こー、バッター集中、一人ずつ……ナイスピッチ!!! 良いよ良いよー!!!」

 異様に盛り上がる千川に少し戸惑っていると、その雰囲気を醸し出しているであろう中心人物―ベンチから飛び出すようにして声を張り上げる背番号13の選手が目に入る。


「OK、ナイスピッチナイセカン! 2アウト2アウト!!! あと1アウト落ち着いて行こー!!!」

 少し小柄で、お世辞にも野球がうまいとは言えない体型で……でも誰よりも大きく声を出して、チームを鼓舞していて。


「……なんかすごいな」

 一瞬でその選手に目を奪われてしまった。



 ★★★

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