第46話 冤罪告白

「え……? 歩くんの好きな人って亜月さんだったん……?」

「ウソー……。うち、てっきり真中さんだとばかり思ってたー……」

「ねー……。なんかいっつも仲良かったし、真中さん本人も歩くんと付き合うものみたいな体で話してたのにねー……」

「なんかちょっとざまあみろって感じかも(笑)」

「ぷっ(笑) ちょっとアンタやめなよー(笑)」

「そっちだって笑ってんじゃーん(笑)」


 俺の暴露放送を受け、各テントはざわめきにざわめいていた。


「ちょっと!? アンタなに急に訳わかんないこと放送し始めてんのよ!? ここはプログラムを読み上げたりする公的なところであって、決してふざけていい場所なんかじゃ――」


「別に何もふざけてませんが? 俺はあくまでも競技を円滑に進めるために放送してるだけです。イベント執行委員としてね」


「屁理屈言わなくてもいいから! それに、何が『円滑に~』よ! アンタの放送のせいで、明らかに場が変な空気になっちゃってるじゃない! どうするのよ!?」


 どうするのよ、と言われても困る。


 言った通り、俺はイベント執行委員として、競技がスムーズに進行するよう促す役割を果たしてるだけに過ぎない。


 俺に何かと突っかかって来る中央委員の女先輩も、それは本心では理解してるはずだ。


 なのに、なおもこちらへ攻撃してくるということは、単に嫌がらせか、体育祭を明るく楽しく終わらせたいという健全な願いを持ってるからっていう考えのどちらかが当てはまりそうだが……どっちなんだろうな。


 個人的には、前者だと言い切ることができない。


 さっきまでこの人の仕事っぷりやらを見るに、今日の体育祭本番をえらく楽しみにしてたようだったし、可能性としては明らかに上そうだ。


 けれども、あくまでも他人だからな。考えてることなんて全部が全部わからないし、周囲に見せてた対応は演技だったってことも考えられる。


 どちらにせよ、彼女は彼女なりのポリシーを持って、今ここに立ってるらしい。


 俺はそんな健全な目標とか思いとか、実害を及ぼしてきていない他人に攻撃したいという欲求に駆られたことが無いからよくわからんが、ともかく、この人はもうスルーしておいた方がいいだろう。お互いのためにもな。


「ちょ、聞いてるの!? 無視するんじゃないわよ!」


「無視なんてしてませんよ。先輩の言い分を聞いて、自分の中だけで納得してるんで。先輩の声はしっかり俺に届いてるんで、ご心配なく」


「心配とか一切してないから! そういう訳のわからない放送はやめなさいって言ってるの! ほんと、あなたってどこに行ってもトラブルしか起こさないわね!」


 いわば、トラブルメーカーってやつか。


 間違いなくて、思わず軽く吹き出してしまった。


 黒歴史の製造についても任せて欲しい。黒歴史製造機のアンちゃんとは、まさに俺のことだ。


「おいコラ! 暗田! 何適当なこと抜かしてんだ!」

「そうだよ! 里佳子が歩くんに振られるとか、マジありえねーし!」

「暴露系夢見ちゃってんじゃねーぞ、変態のくせによぉ!」


 中央委員の先輩に意識を傾けてると、向こうのテントの方から男子何人かがでかい声で俺への批判を行ってくる。


『適当でも無ければ、暴露系を夢見てるわけじゃない。あくまでも事実だ』


「嘘つけ! 黙れ変態!」

「そうだそうだ! 変態に発言権なんてあると思うなよ!?」


 くだらない男子生徒の野次だ。


 俺はマイク越しに「はぁ」とでかいため息。


 事実しか喋ってないが、明らかな俺の暴走と受け取ったのか、うしろから遂に教師数人がやって来始める。チンタラはできない。


『じゃあ、問う。お前ら、俺が痴漢をしたわけじゃないって事実を知ったら、どういう反応をするんだ?』


「は……はぁ?」


『ずっと俺のことを変態と言って貶し、ゴミ同然に扱ってきてくれてたけど、どうするんだって聞いてるんだよ。どうするつもりだ?』


「そんなのあり得ねーから考える必要もねーっつの!」

「マジそれな! しかも、何いきなりタメ語になってんの? キモいんですけど。馴れ馴れしすぎじゃない?」

「ねー。何言ってんのって感じ」


 やはり、まだこれじゃ無実を証明できない。当然と言えば当然だ。


 俺は「仕方ない」とばかりに鼻で笑い、ポケットに入れてた録音機のスイッチを入れた。


 ジジッというノイズ音もマイクは拾い、いよいよお披露目の時間だ。


『よく聞け、お前ら。今から流す音声は事実だ。全員俺に謝罪する準備をしとけ』


 言って、松本先輩からもらってた音声データを流す。


 俺に濡れ衣を着させようとしてる時の真中の声が爆音でグラウンド中を駆け巡った。


「や、や、や、止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 すごい勢いで、進藤の傍で突っ立っていた真中がダッシュしてくる。


 そして、俺の前へ辿り着くや否や、猛烈に懇願し始めた。


「ち、違う! アタシ、こんなこと言ってない! 何流してんの!? 合成音声をアタシの声だって言い張るの、やめてくんない!?」


『合成音声じゃない。これは紛れもなくお前――真中里佳子のものだ』


 俺の言葉が響き、チラホラと、弱々しくだが、傍の奴らと目を合わせ合って頷く生徒たち。


 いい流れだった。


 周りを確認し、真中も頷き合う奴らを見て、さらにパニック状態になってた。俺の肩をギュウギュウ手で掴み上げ、息を荒くさせ、目を血走らせてる。


 ――許さない。これ以上何か吐くんだったら、この場で殺す。


 そう言ってるような顔だ。


 けど、そんなことで俺の怒りは静まらないし、そもそもやりたいことはこれだけじゃないのだ。


 マイクを口元に持って行き、さらに続けた。


『まあ、それはどうでもいい。また後でゆっくり説明する。とにかく、今は競技中だ。進藤くん、真中さんへ返事をしてください。でないと、一生ゴールまで辿り着けませんよ? 俺のおかげで競技自体が止まってるんだ。早いところ答えて、いい順位を確保し、分団へ高得点を持ち帰りましょうよ(笑) ほら、答えて』


「こ、こらっ、暗田! お前はさっきから何をしてるんだ!」


 くそ。来たか。


 振り返れば、すぐそこに生活指導の先生が凄い形相で俺のことを睨んでる。


 いい。やれるところまでだ。やれるところまで、俺は亜月さんのために頑張ろう。


 自分の無実も、あと一押しで晴れそうなのだから。


「順位とかよりも……暗田のことじゃね? 冤罪吹っ掛けたってマジ……?」

「嘘じゃん……。さっきまでアタシら、あいつのこと責めてたのに……」

「でも、あれって間違いなく真中さんの声だったし……」

「えぇ……?」


 困惑に困惑を重ね、各テントの中に居る生徒たちは完全に話し合い状態だ。もはや体育祭のことなどどうもでよくなってる。得点のことだって、何も関係ないとばかりの対応。辺り一帯から、ひそひそ話が聴こえてきてた。


「歩くんも里佳子のこと好きみたいな感じだったのに、亜月さん好きらしいし、なんか嘘ばっかりじゃない?」

「でも、そのことについては歩くん、言葉にしてたんだっけ……?」

「わかんないよー。けどさ、なんか色々あの二人周りってヤバいだなって再確認ー、みたいなとこない? うち、もう怖いんですけど……」

「アタシもー……。まさかこんな裏の顔があったとか想像せんじゃん?」

「ねー……」


 冤罪吹っ掛けの女と、好きな女を偽装してた疑惑をかけられたモテ男。


 正直言って、真中はまだしも、進藤がここまで責め立てられるとは想像してなかった。


 精々、適当に「そうだったんだー」くらいで済まされるものかとばかり考えてた。


 現実は手厳しいというところなんだろうか。


 けど、そういうのも諸々今はどうでもいい。


『お二人さん、結果どうするんですか? ゴールしたければ、進藤くんは真中さんの要求を飲めばゴールできますからね』


「っ……」


『――……?』


 形勢逆転。


 そう思いながら、前方を見やってると、テントを出てこちらへ向かってくる男子生徒が一人。


 それは進藤だった。


 堂々と、競技中なのにグラウンドの中心を突っ切って、俺の方へやって来る。


 その姿を見た全校生徒は、


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 と、声を上げるのだった。


 何を言いに来るつもりだ、進藤歩。

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