第30話 予想通りのリンチイベント
進藤と一対一で会話した日の翌日。朝。
俺は普段通りの時間帯に登校し、普段通り教室に入り、普段通りひそひそと陰口を叩かれる。
もはやこの流れも定番過ぎて慣れてしまったわけだが、まあ、それも今はどうでもいいか。
大事なのは向こう。
窓際のワンエリアを陣取り、今日も楽しそうに会話してる奴らの中心。
進藤歩だ。
奴がすぐさま俺の元へ来るんじゃないか。
そう思ってた。が、
「はははっ。それでさ――」
予想外だった。無駄に労力を割かなくて済んだ。
俺には目もくれず、仲間たちとの会話に勤しんでる。
真中里佳子の方も表情を特に違和感あるものにはしておらず、いつも通りな感じだ。特段、進藤との間に何かがあったという風にも見られない。
……となると、進藤の奴、俺の言った通り真中のことについては、仲間内の誰にも話してないのか……?
いや、まだそう断定づけるのは尚早だな。
グループ内で、真中以外の奴には相談してる可能性だってある。
『俺、もしかしたら里佳子に告白されるかもしれないんだ』とか言ってさ。他にもセリフは色々考えられるけど。
どっちにせよ、真中本人に話は伝わってないみたいだ。
いい感じだと言える。
一つ、目に余るものといえば、相変わらず居心地悪そうにご機嫌取りに徹してる亜月さんの姿だ。
いつか、彼女が本心から笑えるような日が来ればいい。そう思う。
気分は勘違い気味の救世主みたいだ。自分でも、なんか空回りしてるんだろうけどな、と自虐的な意味で笑えてくる。
……まあ、空回って失敗したなら、それでいいだろう。どうせ被害を被るのは俺だし、俺が被害被ったところで、ゼロがゼロになるだけ。つまり、何も変わらないんだから。
――と、そんなことをつらつら考えるだけで、朝の時間は過ぎ去っていった。
ホームルーム、一限、二限、と終わって行っても、進藤は俺のところに来ることはなかった。
●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●
「昨日あんなことがあったのに、すぐ俺のところへ来ないから不自然だと思ってたけど、まあ、やっぱそういうことだわな」
昼休み。
予想通りというか、予感していたというか、俺は進藤と、奴のグループメンバーである大平に呼び出され、体育館裏で詰められていた。
「暗田。お前、昨日歩に里佳子が告白して来るぞって言ったらしいな? それ、いったいどこからの情報だよ?」
普段から目つきは悪いが、それよりも増して鋭い瞳で俺を射抜いてくる大平。
俺はハッと鼻で笑い、
「さあ。お前らより先に、俺が真中の情報ゲットすることもあるんだな。びっくり」
茶化すように言うのだが、すぐに大平はこちらへ詰め寄って来て、胸ぐらを掴んでくる。
「おい。ふざけた物言いも大概にしとけ。俺は今、真剣に話してる。質問にちゃんと答えろ。どこからその情報を手に入れた?」
「ごほっ。だから、知らないって。離せよ」
「いいや離さない。知らないわけが無いからな。本当のことを言うまで、首は締まり続ける」
「殺す気かよ?」
これまた茶化したかのように、半笑いで言う俺。
大平は、容赦なく俺の首を絞めてくるが、傍に居た進藤が「それ以上は止めといた方がいい」と進言。
憎々し気に「ちっ」と舌打ちし、俺を突き飛ばすみたいにして解放する大平。
こいつら、一々やることが怖いな。
完全にヤクザとか、そっち系じゃないかよ。割とまじめな奴しかいない学校の生徒のくせしてさ。
「暗田君」
進藤が俺の名前を呼ぶ。
ここに来て君付けか。
「昨日、俺に里佳子のことを言ってくれたけど、あの後帰って色々考えたんだ、俺」
「へぇ。何を考えたってんだ? 鬱陶しい奴の消し方か?」
「はははっ。まさか。そうじゃない」
笑いながら言うものの、目はまるで笑ってなかった。それに、光も消え失せている。
「何か勘違いしてるんじゃないかなぁってことだよ。君が」
「……は? 俺が、勘違い?」
オウム返しのように言うと、頷く進藤。
「君は里佳子に痴漢をし、それで今、学校中の生徒たちから非難を浴び続けている。それはそうだよね。許されないことをしたんだから」
「……へっ。完全に私刑じゃん」
「何でもいいさ。とにかく君は世間一般的に考えて、許されないことをした。俺の友人である里佳子にね」
「えらく友人ってところを強調するんだな」
言った刹那、横からグーで肩を殴られる。
大平だった。
こいつ、マジだ。よろける俺に対し、「黙れ。無駄口叩くな」の一言。
進藤は笑いながら、
「別に強調したつもりはないさ。ただ、里佳子は俺に絶対告白してこようとこないから」
「……?」
「君が昨日言ったこと、アレ嘘だろ? 君の作り話とかなんじゃないか?」
一瞬、心の内で動揺してしまった。
どうしてそれがわかったのか。
表情には出さないものの、俺は切り出す。
「何を根拠にそう言ってるのかはよくわからん。これは俺も噂から聞いた話だし、第一発信者が嘘を流した可能性だってある」
「ああ。だからね、その噂の第一発信者の名前を教えてくれって言ってるんだ」
「知らねえって。俺もそれ、知らねえの。風邪の噂ってやつだ。ほら、よくあるだろ? 一人で食堂とかに入って飯食ってると、近くにいた名前も知らない奴らの喋り声が聞こえてきて、情報キャッチするやつ。アレだよ」
「よくわからない。そもそも一人で食堂に行く機会が無いから」
ちっ。あーあー、そうかよ。
ぼっちで飯食いがちな人間の話は、お前らにはわかりませんか。へーへー。てか、別にぼっちで行かなくても、飯食ってたら人の話し声くらい聞こえることあるだろうが。どう考えても悪意のある返しじゃんよ。
心の中で毒づきつつ、俺は「ああ、そう」と吐き捨ててやった。
進藤は「はぁ」と一つ息を吐いた。わざとらしい感じだ。
「一応忠告しておくが、本当のことを言っとくのが身のためだよ? 嘘つきは必ず身を亡ぼす」
「俺が嘘を付いてると思うなら、なんで昨日あんなに動揺してたんだよ?」
「……?」
疑問符を浮かべる進藤の表情に、わずかながら動揺の色が伺えた。
こいつ、やはり……?
「お前もそれ、嘘なんじゃないか? 何強引に俺が嘘ついたことにしようとしてる? 真中が告白しようとしてることは、紛れもない事実なのに」
「俺は嘘を付こうとなんてしていない。言い掛かりはよしてくれ。それに、里佳子が告白してくることはあり得ない。君に里佳子の何がわかるのかと言っている」
「あり得ないなら、なんで昨日あんなに動揺したのかって聞いてるんだよ」
「おい、暗田! お前、ほんといい加減にしとけよ!?」
傍から大平が怒りの限り目を見開いて、俺に対して激昂する。
ふざけるな。
「何がいい加減にしとけ、だ。お前らこそいい加減にしろ。ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ、自分の友人グループのことで、他人を巻き込むんじゃねえよ。間違い過ぎだろ」
「あぁ!? 何がだよ!?」
「わからないのか? やっぱ重症だな。お前ら一部の害悪陽キャラは」
「気持ち悪いことばっか言いやがって! やっぱお前、絶対――」
「やめろ、大河!」
まただった。
暴力に打って出ようとしてくる大平を、進藤が止める。
それだけはやめておけ、という感じだ。
「まあいい。暗田、今日はここらでやめておこう。やはり君は何も話すつもりが無いみたいだ?」
「お互いな」
「……ふふっ。お互い、か」
笑って、進藤は俺に背を向ける。
「大河、教室へ帰ろう。このことは、俺とお前だけで留めておくんだ」
「クソッ……! 絶対にあいつ、許さねぇ……!」
「ああ。だな。性犯罪者のうえに、嘘つきとくるからね」
言い残して、二人は俺の前から去って行った。
緊張状態から解き放たれ、俺は壁に背中からもたれこむ。
「はぁ……」
そして、息を吐いた。
殴られた方の肩が痛い。
ほんと、なんで俺、普通に過ごしてただけなのにこんな面倒なことになったんだろうな。
久しぶりに根源的な思いに駆られ、頭をガシガシと掻くのだった。
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