第31話 真中里佳子への接近

 進藤と大平の二人に詰められ、殴られたりした翌日。イベント執行委員の会議にて。


 立てている作戦の決行において、最も重要なポジションである借り物リレーの進行係に、俺は任命された。


 こっちとしては、この役割に就くことができて一安心というレベルの話だ。


が、総合的に見てみれば、借り物リレーの進行係というのは、まるで魅力的に映らない役回りらしい。


 俺考案というのも影響してるのかもしれないけど、立候補者は最初、俺を除けば亜月さんだけで、他の競技進行係にほとんど集中していた。


 まあ、別に何なら俺と亜月さんのでもいいんだがな。


 そうは思ったものの、さすがにそれだと厳しいのも現実。


 最終的には、じゃんけんに負けてやってきた三人と手を組み、合計五人でやっていくこととなった。


 で、とりあえずその日は特に具体的なことも決めず、適当に競技の流れだけを確認し、お開き。


 解散となった後、亜月さんが俺のところにやって来て、「昨日はどうだった?」とか聞いて来たけど、適当にはぐらかし、今日もやることがあるからと、彼女を先に帰らせる。


 進藤に接近した次は、真中だ。真中里佳子。


 もちろん、俺が真中に近付いてることを周囲の誰かに知られると、途端に穏やかじゃない雰囲気を感じ取られるはず。


 だから、進藤の時同様、いや、進藤の時以上に神経を使って、真中の誘導を行った。


 奴を呼び出す方法。それは、名無しのラブレターもどきを送り付け、指定した場所に来させることだ。


 これくらいしないと奴は俺の考えたところに来ないだろうし、そもそも俺からの招集に見向きもしない。

 恋愛脳の奴には、恋愛的方法で接近するってところか。


 って言っても、奴は奴で、恋に恋してるってよりかは、本当に進藤のことを好いてるっぽいんだけどな。


 それを思うたび、進藤のあのセリフが俺の中でよみがえってくる。


 ――『里佳子は俺に絶対告白してこない』


 バカが。


 それを言うなら、『告白してこないよう、手を回した』って言うのが正解だろうが。


 奴が何かを真中に言ったのは明白だ。


 そうじゃなきゃ、今頃もう、俺が策を施さずとも、真中の奴は進藤に告白してるはず。


 本当、端から端までドス黒い連中だ。


 表向きの平和を保つためだったら、何でもやる感じ。心の底から気に食わない。


 そのせいで、俺もこんな立場にさせられたんだしな。


 同情は無い。あるのは、目的の遂行のみだ。




●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●




「よう。久しぶりだな。こうして二人きりになるのは、お前が俺に冤罪を吹っ掛けてきた時以来か?」


 目の前で俺を睨み付けている真中に向かって言う。


 場所は、こじんまりとした視聴覚室の物置。


 ここに真中を呼び寄せ、奴が入室した瞬間に俺も入り、速攻で鍵を閉めてやった。もう、出ることはできない。


「っ……! マジ、意味わかんない……! あんた、マジキモいんですけど……! 何考えてんの……!?」


 お前たちに一泡吹かせるための作戦だろうか。


 そう答えそうになるも、それを抑え、俺は「別に。特に何も考えては無い」としておく。


「余計な問答をするつもりはないよ。暴力的な危害を加えるつもりもない。お前も、言うまでも無く俺と一緒の空間にいるのは嫌だろ?」


「嫌に決まってんじゃん! キモッ! キモキモキモキモッ! あんな手紙送り付けてアタシをここに呼び寄せやがって! ほんっと死ね! また言いふらしてやるよ! お前の変態行動!」


「変態行動なんてなんもしてねーっつの。またお得意の冤罪工作か? お前も飽きねーな」


 ため息交じりに言ってやるのだが、真中は殺意のこもった瞳を緩めることはない。


 そんなに眉間にしわ寄せてると、そのうちそのしわが常態化して、目つきの悪い顔になってしまうぞ、と忠告しそうになる。


 ただまあ、無駄口はNGだ。


 本来なら、俺だってこいつと同じ空間にいるのは、一秒だって耐えられない。


 なるべく早めに、言いたいことだけ言ってから、返してやる。


「面倒だから、とりあえず俺の話聞け。そしたら、すぐにここから出してやるから」


「うっさい! 今出せ! 出さないとアンタ、完全に身の滅ぶようなこと、みんなに言いつけてやるんだから!」


「そういうの、もう止めといた方がいい。俺もバカじゃないからな。今回ばかりは、音声レコーダーを使わせてもらってる。さっきからお前の叫び声はバッチリ録音してあるから、もし何かをお前が言いふらしたとしても、俺は無実を証明できる。恥をかくだけだ」


「なっ……! っ~……!」


 悔しそうに歯ぎしりして、俺を睨む真中。


 だから、こういうやり取りこそ無駄なんだって。


 もう、強引に本題へ入ることにする。


「お前、同じ友人グループにいる進藤歩のことが好きなんだよな?」


「……!? は、はぁ……!?」


 打って変わって、動揺の色を顔に灯す真中。


 わかりやすい奴だ。


「いきなり何キモイこと言ってんの? そんな訳――」


「いや、いい。そういうのはいいから。知ってるんだ、俺。お前が進藤のこと好きだって」


「っ……!」


 諦めろ、とばかりに言ってやると、さすがに真中でも静かになった。


「……いきなり、本当に何のつもり? まさか、その事実とやらでアタシのことを脅そうとでも?」


「まあ、それもいいけどな。俺、お前のことさすがに許せないし」


 でも、そうじゃない。


 そんなことで、今の俺は前に進めない。


「とりあえず、話はお前らだ。告白とか、進藤にはしないのか? 付き合いたいなら、告白でもしないと前には進めないと思うが」


「そ、そんなの、アンタに言われなくたって考えてるし! 余計なお世話だっての!」


「けど、できないんだろお前?」


「――っ!」


 どうして知ってるのか、とでも言いたげ表情が一瞬出た。


 が、すぐにそれは消え、敵意満々な顔つきに戻ったのだが、俺はそれを見逃さない。


「進藤に何か言われたからってのも当たりだろ? お前は、進藤に告白するのをけん制されてる。……そうだな。それはさしずめ、グループ内の平和を保つためだとか」


「て、適当言ってんじゃないよ! わかったような口ぶり、ウザ過ぎでしょ! アンタ、今自分の顔鏡で見てみたら、超勝ち誇ったような顔しててほんとキモイから!」


「はいはい。で、どうなんだよ? 告白できてないのは、進藤にけん制されてるからなんだろ?」


「……答える義理なんてないし」


「何やられても、か?」


 言うと、真中は自分の体を守るように体をすくめ、俺への敵意の視線を強める。


「冗談だ。言っただろ? そういうことはしないって。何もしない」


「指一本でも触れてみろ。またみんなに言いふらすからな……!」


 こいつはレコーダーあるってこと、もう忘れたのか? まあ別に何でもいいけど。


「なら、わかった。お前は俺になんと言われようが、その質問に答える気はないんだな?」


「そんなの、言うまでもないし!」


「オーケー。じゃあ、俺から送る言葉はこれだけだ」


「……は?」


「体育祭本番、進藤に告白させてやる」


「………………え?」


「何を言われてようが関係ない。お前はとにかく借り物リレーに参加しろ。それだけでいい。そうすれば、あとは俺が色々手回しして、お前が遠慮せずに進藤へ告白できる環境を整えといてやる」


「……な、何を……」


「いいな? 借り物リレーだ。これに参加しろ。絶対にな」


 言うと、真中は目を丸くさせ、驚いた表情を作っていた。


 裏で俺が何かを目論んでいるのではないか、そんな考えを一切持たず、ただただ純粋に、俺を信じ切ったような目で。

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