第32話 君のためなら死ねるし、嫌われてもいい

 ここのところ、日々俺は魂をすり減らしながら生きてる気がする。


 進藤や真中と一対一で話したり、大平に殴られながら詰められたり……。


 人生の内、五年分くらいの行動力を一気に使った感じだ。ドッと体に疲れが残ってる。


 ただまあ、言ってもまだ俺としてはやることが結構残ってたりするので、ここでギブアップするわけにもいかないのだが……。


 癒しが欲しい。癒しが。


「――というわけで、癒してくれ、亜月さん。電話越しでいいから、一瞬、俺の専属メイドさんになって欲しいんだ。『今日もお疲れ~。ご主人様っ♪』って言って。フランクな感じで」


『暗田君、頭おかしくなっちゃったのかな? 嫌に決まってるよね、そんなの』


 まるで現実を突き付けるかのように、電話の向こうから冷たく言いあしらってくる亜月さん。


 そうかぁ……。ダメかぁ……。


 そうだよな。現実っていうのは辛く厳しくて、たとえ膝をつきそうな状況であっても、平気で次から次へと試練がやって来るもんなぁ……。


 しみじみと世知辛さを感じながら、「はぁ」とため息。


『も~、なに? どうしたの、暗田君? いきなり電話してきたと思ったら、訳わかんないこと言い出して~』


 いきなり、ね。確かにまあ、いきなりではあるか。何のアポも無しに電話したし。


「どうしたもこうしたも無いよ。癒して欲しいんだよ。恐ろしい人間社会の闇に飲まれそうになってるから、俺」


『え~? もう飲まれちゃってるんじゃないの? 飲まれながらも、もうどうだっていい、他人に何思われても関係ない精神で生活してたんじゃ?』


「いや、そんなことはない。俺にだって心はある」


『え、嘘!?』


「『え、嘘!?』じゃない。驚かれても困る。普通、人って心あるでしょ。亜月さんは俺のこと、何だと思ってるんだ」


『……ゴーレム?』


「ごっ……えぇ? 斜め上過ぎでしょ。さすがにそれは予想超えて来てた。まさか鉱物系モンスターだと思われてるとは」


『ちなみに、ゴーレムだと思った理由は、心も特になく、ただただ任された仕事を粛々とこなす姿が似てたから。プライベートのLIMEも、私が何気ないこと送っても、基本的には「うん」、「すごい」、「りょ」のトライアングル返信貫き通してくるし』


「だ、だってそれは……」


『せっかく映え写真送ってるのになぁ~。もっと私がニヤニヤできる返信して欲しいぞよ~、暗田く~ん』


「そのセリフがもう陽キャ臭すごすぎて……。あと、写真の感想って言われてもわからんし、どうせなら俺は生で見たいタイプ」


『それじゃあ、今度一緒に行こ? 映えスポット。そんなに言うなら、感動してるゴーレム君の姿、私も見たいし』


「は……!? え、でも、ちょっ、それは……」


『どこに行こっかなー。えっへへ~』


 流れでデートの約束をされる始末。


 いや、まあ、言いたいこともわかるよ?


 進藤のテニスの試合だって二人で見に行ったし、何なら最近はもうほとんど俺たち放課後一緒に行動してるから、今さら何意識してんだって。


 けども……映えスポットに男女で行くのは……もうなんかアレじゃないですか? 思い切りデート的なやつじゃないですか?


 うーむ、どうしたものか……。


 額を拭う仕草をしつつ、俺は心を落ち着かせるために息を吐いた。


『ねね。でも真面目な話、今日はどうしたの、暗田君? いつもなら、電話掛けるって言ったら私の方からなのに』


 だから、癒して欲しいから電話したんだよ。


 ……とは、もう言えない流れだ。


 なんとなく、亜月さんの声のトーンが真面目な時っぽくなって、心配してくれてるような感じ。


 俺はゴホン、と咳払いし、


「……まあ、あの、実を言うと、とある奴の元へ一対一で話をしに行ってさ」


『うん。知ってる。歩君だよね?』


「や、違う」


『え、違うの? 誰のところ?』


「真中。真中里佳子」


『へ!? う、嘘!?』


「ほんと。嘘なんてつかない」


『な、なんで!? どうして!? そのこと、事前に私には言ってくれてなかったよね!?』


「言うわけないよ。変に心配とか掛けたくなかったし」


『え……えぇぇ……』


 言って、黙り込む亜月さん。


 二、三秒ほど互いに沈黙を作って、「でも」と彼女の方からまた切り出してきた。


『もちろん、暗田君には目的があったんだよね? どうしても、里佳子に近付かないといけない目的が……』


「まあ」


『なに? どんなものなの? 教えてよ?』


 言われ、俺は「そうだな……」と宙を見て考えて、


「ざっくり言えば、確認のため、みたいなもんかな」


『確認のため?』


「借り物リレーの件だよ」


『……うん』


「あれ、奴らのグループ分解、あるいはそこまでいかなくても、不和を生むための起爆剤になればと思って、俺たち動いてるよね?」


『うん』


「進藤はグループの仲をいつまでもいいものに保たせておきたい。ただ、奴は奴で、亜月さんに好意を抱いてて、その思いを叶うならば成就させたいと思ってる」


『……うぅぅ。なんか、恥ずかしいけど……』


「けれど、あいつはそれらと同時に、真中の思いについても気付いてるんだ」


『里佳子の……?』


 ああ、と頷く。亜月さんには見えてないが。


「進藤から見て、真中が自分に好意を抱いてることは知ってる。そんで、自分が亜月さんのことを好いてるってことも、真中に知られてるって、奴は気付いてるんだよ」


『う、うぅん……。ごめん、こんなこと言うのもどうかな、だけど……複雑、だよね?』


「すごい複雑。めちゃくちゃ複雑。面倒過ぎるくらいに複雑」


 でも、と俺は続ける。


「間抜けなことに、真中が俺を痴漢犯罪者に仕立て上げたってことについては、何も気付いてないんだよな」


『……最悪、だよね……』


「こっちからすれば、本当にね。状況が複雑なら、その勢いで俺のことに関しても知って欲しいくらいだ。そしたら、まだあいつは俺に優しくしてくれるかもしれない。なにも気付いてないあいつにとって、暗田送助は、大切な友人に痴漢したクソ野郎だってことで片付いてるからね」


『はは……』


「話してみて、わかったよ。なんだかんだ、結局必死なんだよな、進藤は」


『……必死、ね……』


「俺からすれば、一番ムカつくのは真中だよ。っとに、なんで関係のない俺を……くそ」


『……そうだよ……ね。暗田君は……本当に飛び火を食らっただけ……』


「ため息もんだ。……だから、もう、亜月さん! 俺を癒して! 体育祭も近付いて来たし!」


『いきなり元に話戻すじゃん! 確認のためって言ったのも具体的にまだ聞いてないのに!』


「確認については簡単! 作戦を決行するにあたって、本当に真中が進藤のこと好きなのか、聞きに行っただけだから!」


『そ、それだけで自分を陥れた人のところに行くのぉ!?』


「そーそ! だから、癒してください! お願いします! ほんともう、明日、五千七百三十一円払うので!」


『めちゃめちゃリアルな数字キタ! 絶対全財産だ!』


「お願いします~! 言うだけなので~!」


『えぇぇ~!?』


 ――俺は一つだけ、亜月さんに嘘をついた。


 確認。


 それは、真中が進藤のことを本当に好きかとか、そんなものを聞くためのものじゃない。


 真中里佳子が、徹底的に陥れてもいいような奴なのかを、観察しに行っただけだ。


 結果、俺は決意した。


 借り物リレーを使った作戦の結末で、たとえ周囲がやり過ぎだと思おうが、亜月さんに嫌われてしまおうが――


 すべてをやり切ってやる、と。

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