第34話 最後のピース②

「――それで、ちゃんと一人で来てやったけど、どゆことよ?」


 昼休み。


 約束していた通り、佐藤は俺の指定した場所、視聴覚教室へと一人でやって来た。


「マジ、歩くんたちに何も言わずに来てんだからさー。話なら早く終わらせてくれよ。痴漢くんと二人で仲良くしてたー、とか知られたら、何言われるかわかんねーし」


「……ああ、わかってる。わかってるんだけど――」


 狙いすましたかのようなタイミングで、開けられている窓からビュウと風が入り込む。青春アニメのワンシーンみたいだ。


「佐藤、お前って実は割といい奴だよな」


「は?」


 俺の言葉を受けて、佐藤の目が丸くなる。


 いや、俺自身も自分で何言ってるんだって思ってるし、そこは許して欲しい。恥ずかしさが込み上げてくるけども、我慢だ、我慢。


「え、いや、何言っちゃってんの、痴漢くん? いきなり過ぎん? 何を根拠にした感じーよ?」


「根拠って言ったら簡単だよ。何も小細工してないのに、ちゃんと俺のところへ来てくれたからな。お前が一番簡単だった。呼ぶのは」


「お前が一番……簡単だった?」


 オウム返しのように呟く佐藤に、俺は頷く。


「ああ。お前らグループの奴、進藤と真中には一対一で会話させてもらった」


「そ、そうなん!?」


「そうだよ。一応、大平とは進藤を交えて会話したな。あいつは一方的に進藤に付いて来た、というか、進藤が呼んだのかわからんけども、とにかく話したんだ」


「はー!? なんで!? てかてか、よー話せたね!? 歩くんとか、里佳子と!」


「まあな。それなりの用事があったもんで」


「用事……?」


 傍に置いてあった椅子に座りながら、俺は「ああ」と返す。


 佐藤は興味ありげに俺の座ってる近くの椅子へ座り、


「何それ、用事って何なん? 教えーや」


 と、俺にあまり敵意を向けることなく聞いてきた。


 やっぱりこいつは……なんというか、一番やりやすい。


 俺はゴホン、と咳払いし、


「教える。教えるんだが、初めに一つだけ質問に答えてくれないか?」


 佐藤は頷く。


「佐藤から見て、俺はやっぱり痴漢犯罪者なのか? 真中里佳子に痴漢して、それで周りの皆から嫌われてる、最低最悪人間なのか?」


「いや、そりゃまあ、そうなんやないん?」


 けろっとした様子で、そう答える佐藤。


 ちょっとだけ期待した俺がバカだったか。


 俺への当たり方から見て、真実を知ってる者なのかと思ってたんだけど、どうやらそうでもないらしい。


「でもよ、なんつーか……」


「……?」


「いやぁ……」


 なんだ?


 いきなりキョロキョロと周りを見渡し始める佐藤。


 で、「ここだけの話」と、俺に顔を近付けてきながら、こそっと語り始める。


「俺さ、実を言うと、痴漢くんのこと、別にそこまでディスる気になれねーのよ」


「え……?」


「こう言っちゃせこいんだけどー……うーん。なんか、痴漢くらい俺もしそうになったことあるってゆーかさ(笑)」


「は……?」


「気持ちわかるんよ。里佳子、ああ見えていい尻してるし! 性格はきついけど……(笑)」


「……」


 なんだ、そういうことかよ。


 こいつ、完全に自分と同族だと思って接してきてやがる。


 俺はため息をつき、自分のスマホの電源を入れる。


「とりあえず、何でもいい。今から映像を見せるから、それよく見てもらっていいか?」


「映像……? 何だよ、もしかしてエロいやつか? 痴漢くん、味占めちゃったり?(笑) 俺と仲良くできると思って味占めちゃった感じ?(笑)」


「ちげーよ。いいから、見ろ。割とお前からしたら衝撃映像だろうから」


「……? 衝撃映像か?」


 疑問符を浮かべる佐藤に、俺は自分のスマホの画面を見せてやる。


 そこに映し出されたのは、松本先輩からもらった、俺の潔白証明をする冤罪証拠映像だ。


「……え? これ、映ってるのは……」


「俺と真中。つまり、痴漢事件が起こった時の映像だよ」


「だよな……。って、あ、あれ……? 今、里佳子の奴……」


「ああ。なんか、不自然な動きしたよな。まるで俺の体に、自分の体を摺り寄せるような」


 俺はすべてを見せてやった。


 痴漢野郎、痴漢野郎と呼ばれてる俺が、あの時実際にどういう行動をとっていたのか。真中が何をしていたか、すべて。


 そして、見せた結果、佐藤の反応は、俺が想定していた通りのものになった。


「これ……冤罪じゃん」


「……だな。冤罪だ」


「痴漢くん……いやいや、暗田くん、何も悪くなくね……?」


 俺は静かに頷いた。

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