第26話 密室での暴露

 件のカラオケ屋には、おおよそ十分ほどで到着した。


 駅前の南口で、割と人通りの多い場所にあることから、扇咲の生徒もよく利用している。


 正直、不安ではあった。


 亜月さんと上利先輩に表立って聞いたわけじゃないが、二人は俺と一緒にいるところを誰かに見られてもいいのだろうか。


 体育祭の企画会議や練習で、扇咲の奴らは忙しいのだが、だからってカラオケ屋を利用してないとは限らない。


 ただ、もしもそれを二人に聞いたとしても、「今さらだろう」と返される気もする。


 なら、これはこれで、俺が不安に思うだけでいいのかもしれない。


 亜月さんには同じようなことを何度も聞くことになるし、いい加減しつこいと思われても不思議じゃない。


 俺は内心ソワソワしながら、誰かいないか、という思いを頭の中いっぱいにし、上利先輩に付いて行く形で店内へ入って行く。


 受付を済ませ、先輩の友人が待っている部屋へと歩を進めた。八番の部屋らしい。


「なんか俺、久しぶりです。学校の誰かとカラオケ屋に行くとか」


「はは、そうかい? でも、悪い。今日は歌って踊ってとか、そういう雰囲気じゃないかもな」


 上利先輩は苦笑しながら言う。まあ、そりゃそうか。


「じゃあ、今度私と一緒にカラオケ行く?」


 隣から俺を肘で軽く小突いてきながら、亜月さんが続けてきた。


「え? いや、そりゃちょっとさ……」


「なに? その微妙な反応。私と歌って踊っては嫌だってことー?」


「嫌だっていうか……。世の中にはどうしたって難しいことがあるっていうか……」


「難しいって、私と一緒にカラオケ行くだけなんだけど?」


 だからそれが難しいんだ。


 カラオケとか、歌って踊って以前に密室なんだぞ亜月さん。二人きりになってしまうんだぞ。


 高校生の男女が密室で二人きりって、どう考えてもマズいでしょうに。


「亜月さん、僕からもお願いしておこう。暗田君をわかってあげてくれ」


「えぇ……。上利先輩までですか」


 むぅっと頬を膨らませ、不服そうな亜月さん。


 それから、当てつけみたいに俺の腕へ軽く何度かパンチしてくる。やめておくれ。


「よし、なら八番部屋はここだね。入ろうか」


「はい。……と言いたいんですけど、なんか部屋の中、結構盛り上がってませんか?」


「あぁ。まあ、いつものことだし、アレ歌ってんだろうね」


 アレ……? アレとはなんだ……?


 疑問符を浮かべる俺だったが、上利先輩は構わずに部屋の扉を開けた。


「やぁ、松本。待たせて悪か――」



「ピュアッ! ピュアッ! キュアッ! キュアッ! 世界一のアイラブユゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ! フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ! ホナミたんサイコォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」



「     」

「     」


 絶句。というほかない。


 部屋の中で凄まじくエネルギッシュに踊り、歌う小太りな男を前にし、俺と亜月さんは呆気にとられるしかなかった。


 これは……キュアピュアの曲か。女の子たちが魔法少女チックに変身し、悪と戦うというアレ。


「……む? おぉ、これはこれは誰かと思えば。上利ではないか。ちょうど曲が終わったが……えらく遅かったな。もう一人でアガっていたぞ」


 小太りの男は「ふぅ、ふぅ」と息を切らしながら、かけていたメガネを中指でクイッと上げる。


 無駄に(失礼)キリッとして、凛々しい瞳が、俺たちへと向けられた。


「あ、ああ。松本のことだからそうだろうとは思ってたけど」


「うむ。ここに来てしまえば、歌うことを我慢せずにいられるはずがない。ワタシの中の熱がたぎってきて仕方ないからな」


 フフッと笑い、小太りの男……いや、松本……先輩はドカッと椅子へ腰を下ろした。


 うん。なんというか、色々と大丈夫だろうか。


 本当にこの人が俺たちの協力者なのか……?


「それで、その後ろにいる少年少女。彼らが件の子たちなのか?」


「うん。そうそう」


 松本先輩に返答しながら、上利先輩は部屋の中へと進んでいく。


 俺たちも上利先輩に付いて行き、椅子の空いていた部分へと座った。ちょうど松本先輩と三人で対面する形だ。


「ふむ。男子の方が暗田君だな。女子の方は……」


「亜月陽菜です。二年生です」


「ほう。亜月さんとな。……むむ。非常に可愛らしい容姿をしておられる。どうだろう、今度良かったらワタシと一緒にキュアピュア鑑賞会へ――」


「今ナンパはしないでくれ、松本。二人共真面目な理由で来てるんだから」


 上利先輩に止められ、松本先輩は「む、そうか。そうだったな」と少々残念そう。


 この人すごいな。大抵の男子は亜月さんを前にしたら、まず緊張するか挙動不審になるってのに。


「では、真面目に話すとしよう。なぁ、暗田君」


「あ、は、はい」


 鋭い眼光で俺が射抜かれる。


 キリッとしてて細いのに、異様な目力を感じさせるこの人の瞳は何だ。


「ワタシの名は松本条星まつもとじょうすたーという。変わった名だと思うだろうが、両親がかなりのアニメオタクでね。とあるアニメから取って、ワタシにこの名を付けたらしい。何のアニメかは言わないでおくがね。大人の事情さ」


「は、はぁ」


「学年は三年。大学受験を控えた身ではあるのだが、学校には最近あまり行っていない。故に、もうすぐ行われる体育祭にも参加する予定はないんだ。思っただろう、『なぜこのクソ忙しい時期にカラオケなんて行けるのだろうか』と。答えは簡単。ワタシが不登校だからさ」


 清々しいまでのドヤ顔だった。


 別にここ、ドヤ顔するタイミングではないと思うんだけど……まあ、突っ込まないでおこう。


 面倒なやり取りを回避するため、俺は淡々と頷くだけにしておく。


 隣に座る亜月さんは口を開けてポカンとしていた。新人類を見てる人みたいな顔になってるぞ。


「つまり、不登校のワタシは体育祭に参加する必要が無い。参加する必要が無ければ、それはもうソシャゲの外れイベントと同じだ。無視するに限る。ただ一つ、興味深いことを除けば、ね」


「興味深いこと、ですか?」


「そうさ。君がワタシの数少ない友人である、上利の率いているイベント執行委員へ入ってきた。そうなれば、ワタシとしても重い腰を上げざるを得ないのだ」


 言って、コップへ入れていたコーラをズズッと飲む松本先輩。


 いい飲みっぷりだ。


「でも、なんで先輩が重い腰を上げざるを得ない、なんて考えになるんですか? 失礼ですけど、学校に行ってないのなら、学校に関わることすら嫌だと普通思う気がするんですが」


「ザッツライト。正解。その通り。けれども暗田君、例えば自分と境遇の似ている存在が困っていたとすれば、君はどうするだろう?」


「え?」


「虐げられ、周囲の人間に本当の自分をわかってもらえない。あるいは、わかってもらえているうえで、『こいつは虐げるのに充分な対象だ』とみなされ、不当な扱いを受ける。そんなことが起こっている他者が他にいたならば、君はどうする? 答えてくれ」


 そんなの、答えは簡単だ。


「状況にもよりますけど、行動に移すかどうかは別として、助けてあげたいという気持ちになります、かね……?」


「だろう? そう。そうなのだよ。ワタシも高校一年の時に理不尽ないじめに遭ってね。それで現在不登校なのだ」


「え、そうだったんですか?」


「うむ。そうだ」


 くそ。だったらなんか普通に失礼なこと考えてたぞ俺。


 この人にそんな過去があるなんて知らなかった。


「しかしながら、ワタシは自分が不幸だとは思わない。少ないながら、上利のように未だに関係を保ってくれている者もいる。まったく、感謝してもしきれない。なあ、友よ」


「ん、まあ、そんなの別に感謝されるほどでもないって。一年からの付き合いだったんだし」


 本当に聖人か、上利先輩この人は。


「だから、暗田君。そういった意味から、ワタシは君の助けになりたいと考えていた」


「……すいません、ありがとうございます」


「そして、その助けになりうる情報も持ち合わせている」


 言いながら、松本先輩はポケットからスマホを取り出し、画面をスワイプしてから俺たちに見せてくれ始めた。


「今から映像を流す。これを見て欲しい」


「動画……ですか?」


「うむ。まあ、見てくれ」


 松本先輩が動画を再生させる。


「……!」


 すると、俺はすぐその動画の内容に気付いた。


 これは――


「俺が……痴漢冤罪を受けたところ……!?」


「へ!? そ、そうなの!?」


 亜月さんが驚きの表情で俺を見つめてきて、


「ザッツライト。その通り。ワタシは偶然この場にいたのだよ」


 松本先輩は静かに頷いた。


 にしても、まさか動画を撮ってくれてる人がいたなんて。


「満員電車だったがね。ちょうど近くに居て、違和感を感じたのだ。『この女、どこかヤバい』と。そうしたら、案の定だ。君が簡単に被害者になり、悪役となった」


 その通りだ。でも、なんでそれをもっと早くこの証拠動画を俺に提供してくれなかったんだ。


「君は『もっと早くこれを提供してくれればよかったのに』と、そう思うだろう。しかし、それは簡単ではなかったのだ。ワタシとしても未だに人間不審なところはある。近頃は何がフェイクで何が真実なのかわからないからな。これでさえも、その時はネットに面白ネタとして投稿する何かなのかもしれないと考えていたし、そもそも君が虐げられているということを知ったのも、本当に最近のことなのだ。色々なことが複雑に絡み合い、近付くのが遅くなった。神のいたずらか何か知らないが、こうして上利を通して相まみえることができたのも運命だな」


「なる……ほど」


「ああ。幸運だった」


 なら、これがあれば……。


「暗田君」


「あ、はい」


 思考を巡らせていたところ、松本先輩が呼びかけてくる。


「この動画を君にやる。これで、すべての潔白を証明してくるといい」


「潔白を……」


「うむ。これさえあれば、君に降りかかる不幸はすべて無くなる。なに、礼はいらないさ。その代わり、これからワタシと――」


「いや、そんなことはありません」


「んん……?」


 言葉を遮られたことに、松本先輩は少し目を丸くさせる。


 そんなことない。そんなこと、ないのだ。


 これで終わりだなんて、あり得ない。


「松本先輩」


「ど、どうした?」


「俺の……いや、俺たちの考えてる計画について、少し話してもいいですか?」

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