第27話 グループ破壊の意思
「な、何ィ!? 体育祭本番、痴漢冤罪を吹っ掛けられた女に告白するつもりだとォ!?」
声がでかい。
俺は「いや……」と返しつつ、テーブルに身を乗り出して問い詰めてくる松本先輩に対して、そう思った。
「な、なぜだ!? なぜそんなことをしようとする!? ワタシにはまるでその意図がわからないぞ!」
「ま、まあまあ、落ち着けって松本」
松本先輩の傍に座っていた上利先輩が、なんとか彼の興奮を抑えようとするも、
「だからその考えを教えて欲しいと言っている! 修羅の道を歩もうとしている年下の同士を見過ごすことなんて、ワタシにはできん! 悪いことは言わん! そんなことはやめておけ、暗田君!」
俺、松本先輩と同士だったのか。
そう思ったものの、ぼっち者の俺としては、その心遣いが嬉しかったりもする。
咳払いし、心情を悟られないよう、俺は冷静に切り出した。
「松本先輩、あくまでもそれは、先輩が証拠映像をくれなかった世界線での話なので。別にもう真中里佳子へ告白しようとは思ってません。大丈夫です」
「あ……!? そ、そうなのか……?」
俺は頷く。
「ただ、代わりに脅しは掛けようと思ってます。証拠映像を使って」
「脅し……。あ、あぁ。それはそうなるな。ワタシもそのために君へこの映像を提供しようと思っていたのだから」
「はい。真中里佳子に、進藤歩へ告白するよう、脅しを」
「うむうむ。……ん?」
松本先輩は違和感を感じたのか、首を傾げた。
「進藤歩へ告白するよう……? そもそも、進藤歩というのは……?」
「真中の属する友人グループのリーダー格やってる男です。クラス内外から人気があって、勉強も運動もできるイケメン。真中が好いてる男子ですね」
「そうなの……か? なら、ワタシの勘違いでなければ、君は冤罪を吹っ掛けてきた真中里佳子の恋路を助けてるように思えるのだが……」
「表面上、そうなります」
「表面……上?」
「はい」
頷き、俺はドリンクを口にする。
松本先輩は、また首を傾げた。
そうもなるだろう。順を追って説明していく。
「正直、俺一人ならここまで手の込んだことをやろうとは思いませんでした。松本先輩の言う通り、証拠映像を使って、真中に俺の潔白を自ら言って回るよう促すだけだったと思います」
「うむ」
「けれど、事はそんな単純な話じゃなくなった。俺には、自分以外にもう一人助けたい人ができたんです」
「……ほう、それがここにいる……」
「亜月さんです」
松本先輩の視線が亜月さんの方へ行き、彼女はどこか気恥ずかしそうに「はは……」と照れ笑いを浮かべ、
「なんか、すいません。話ややこしくしちゃって」
と、頬を掻く仕草で申し訳なさそうにする。
「いやいや、ややこしくは……と言いたいが、実際はどうなのだ、やはりややこしく……?」
「……まあ、なってはいますね。それでも、彼女がいなかったら俺はここまで行動起こせてなかったですし、感謝してるんです。黙ったまま、貶され続けて泣き寝入りコースでしたから」
「ほう。そんなことが」
「ええ」
あと、もう一つは最初されたお願いがあまりにも衝撃的で、見放すに見放せなかったってのもあるんだけどな。
それはここでは黙っとこう。亜月さんの名誉のためにも。
「――で、暗田君、亜月さんの問題というのはどういったものなのだ? ここまで来れば、それも無視できないぞ」
「端的に言えば、人間関係のゴタゴタです。彼女、元々は……というか、今もなのか。真中たち友人グループの一員なんです」
「えっ、そうなのか?」
松本先輩が驚き、亜月さんは弱々しくも頷く。表情には苦笑の色を浮かべたまま。
「その中でも、さっき言った進藤歩は亜月さんのことが好きなんですよ。それを、恐らく真中は勘付いてるんでしょう。嫉妬から、グループ内の女子たちと掛け合って、亜月さんと仲のいい体で、ひそかに陰口を言ったりして攻撃してるんです」
「くっ……。げに恐ろしきは女の闇というやつか」
「そんな感じですね。最初、亜月さんが俺に近付いてきたのも、真中たちに色々言われてって感じでしたから」
「む……、色々言われて、というのは?」
「下ネタトークでのノリが悪いから、俺に変態トーク教えてもらってきなよ、みたいな」
「最低ではないか! なんて奴らだ!」
「ですね。まあ、そこから始まりました。俺と亜月さんの付き合いは」
一通り説明すると、松本先輩は「なるほど」と腕組みしながら、考える仕草。
そうだ。こうして俺たちは行動を共にするようになった。
まだそこまで時間も経過してないが、結構な時が経過してるようにも思える。不思議なもんだ。短期間で感情の振れ幅が大きすぎたせいか。
「……しかしだ、暗田君」
「はい、何ですか?」
「君の目標は、冤罪を吹っ掛けた真中里佳子に復讐することと見てまず間違いないが、その亜月さんの問題には……その、どう折り合いを付けるつもりなのだ?」
「折り合い、ですか?」
「うむ。イマイチ見えてこないというか、明確にこういったことを達成しようというものが浮かんでこない。その友人グループを崩壊させるわけにもいかないだろうし」
「いや、崩壊させます」
「だよな。うむ。それは知って――って、……え?」
松本先輩のメガネの奥の瞳が見開かれる。
俺はそんな彼をしっかりと見据え、言い切った。
「崩壊させます。奴らのグループ。いっそのこと、俺がもうめちゃくちゃにしてやろうと思ってます」
「は、はぁ!?」
相変わらず声が大きいな。
「ちょ、ちょっと待て! 冷静になれ! 奴らは言うまでもなく、ワタシたちの天敵、陽キャラというやつだろう!? しかも、それが束になった友人グループ!」
「ええ」
「暗田君、ワタシと同士の君なら知ってるはずだ! 奴らは一人だと基本的に何もできないが、束になるとかなり面倒くさい! そのグループ内に限らず、鬱陶しい植物のごとく、友人関係を外の方にも築きあげてることだってあるのだぞ!? そうなった場合、君はまたひどい誹謗中傷を受けるハメに――」
「慣れてるんですよ、そんなの」
「はっ!? え、え?」
「半端な陰口とか、貶し文句とか、俺には今さらどうってことないんです。しかも、守らないといけない人間関係とか、そういった面倒なものを一切持ってない」
「し、しかし……」
「しかしも何もありません。こんな特攻役は俺にしかできないことなんです。だからやる。それだけですよ」
「っ……」
まるで、化け物でも見るような目だった。
松本先輩の瞳に浮かぶのは、もはや心配の色ではなく、ドン引きとか、こいつ大丈夫かとか、そういった気狂いを疑ってるような目だ。
でも、それはどう思われようと、仕方ない。
俺は考えた作戦で真中たちのグループを解体させるつもりでいるし、解体とまではいかなくとも、進藤と真中の関係が壊れるくらいのことはやってやろうと思ってる。
というか、そうしないとフェアじゃないのだ。
勝手に踊り、勝手に喚き、そして俺を……いや、俺たちを陥れた。
なら、それ相応の対価を支払うのは当然。
身をもって知らしめてやる。お前たちがどれだけのことをしてくれたのか。
「……亜月さん」
「あ、は、はい。な、何ですか……?」
しんみりとしてしまった状況に飲まれてたのか、亜月さんは送れて松本先輩の呼びかけに応える。
「意地悪な問い方になるが、君はこれでいいのか……? その、暗田君のやり方は……すまない、かなり強引に聞こえるのだが……」
強引、か。
それもそうだ。確かに強引だとは思う。上手くいく保証だって何一つないし。
「……いい、とは思いません。なかなか、頑張って、とは言えないですし……」
それはもう聞いてる。でも――
「ただ、私は……自分のことを卑怯だな、とも思ってて」
「……? 卑怯……?」
亜月さんは頷いた。
「……その、口は悪いんですけど、もしグループが崩壊したら……それはそれで、どうなっちゃうんだろ、とか思ってるんです。ずっと苦しくて、そこに居なくてもよくなるかもしれないって考えたら、もうなんか……暗田君のことを否定できない……というか……」
「……そ、そうなのか……」
「あ、で、でも、だからって私だけ安全な場所で見とこうとか、そんな気持ちはないんです! 暗田君が動くなら私も動きますし、何なら、一緒に倒れてもいいって気持ちもあるくらいで!」
言い切り、次の言葉を紡ごうとしない亜月さん。
そこには、少しばかりの沈黙が訪れた。
みんながみんな、何を話していいのかわからないような重い雰囲気。
……が、
「……まあ、そういうことだ」
今まで黙って話を聞いていた上利先輩が、沈黙を破った。
「松本、当事者ではない僕らに何も言う権利はないよ。これはもう、黙って見ておくしかないと思う」
「あ、上利、貴様……!」
「けれど、暗田君、亜月さん。僕からは一つだけ言っておくよ」
「……はい」
「時には、自分の敵である大多数だけじゃなく、隅っこの方にいるかもしれない味方にも目を向けてやってくれ」
隅っこ……? 味方……?
「そしたら、案外攻撃しなくてもいい世界が広がってるかもしれないからね」
「……は、はい……」
上利先輩の言葉の意味が理解できず、俺はただ頷くだけだった。
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