第28話 作戦第一段階突破

 松本先輩からの情報提供があった日の翌日。


 この日も、扇咲高校の生徒たちは、昼からの授業時間と放課後の時間を使い、それぞれ体育大会の準備を進めていた。


 それは、俺たちイベント執行委員の人間にも言えることで――


「はい。それでは、今年新たに行う競技として、【真・騎馬戦】、【フォークダンス】、【クラス対抗型借り物リレー】の三つを中央委員の方へ提出してこようと思います。何か意見などある方はいますか?」


「「「「「……………………」」」」」


「意見のある方はいませんね。では、これで提出します。皆さん、イベント企画の方、本当にありがとうございました」


 教壇で頭を下げる上利先輩に、イベント執行委員のメンバーたちが拍手を送る。


 なんかすべてが終わったみたいな雰囲気だ。まだ全然そういうわけじゃないのに。


「これからは、毎年恒例の競技と、今言った新競技諸々の進行補助係を決め、各班に分かれての活動になると思います。ですので、こうして全員が私の話を聞いて、というのも残りわずかになりますが、最後までぜひともよろしくお願いします。早い話ですが、残りの準備期間、体育祭が少しでも良いものになるよう、全力を尽くしましょう」


 また、ぺこりと頭を下げる上利先輩と、巻き起こる拍手。


 とりあえず、ここの活動としてはひと段落付いたってところだろうか。


 俺も満足だ。何も言うことが無い。


 イベント委員に入ったのも、すべて借り物リレーを開催競技として突っ込みたいがためだったから、それが達成されたわけだ。


 第一段階はクリア。


 ここからまた、事を起こすために動いていかないといけない。


 じっくりと、油断せず、進めていこう。


「では、今日の委員会は終了。各自、それぞれ分団の応援練習や、競技の練習などに参加してください。ありがとうございました」


 上利先輩の言葉を受け、それぞれ散り散りになっていくイベント執行委員メンバーたち。


 さて。じゃあ、俺は――


「お疲れ様、暗田君」


 動こうとしてたところ、真っ先に上利先輩から声を掛けられた。


「お疲れ様です」


 俺も会釈しながら挨拶。


「君の提案通り、やることになったね。借り物リレー」


「あ、はい。そうですね」


 返したところで、先輩は傍にあった椅子に腰掛ける。


 俺も腰掛けるよう促され、さっきまで座っていたところへもう一度座った。


「奇跡です、ほんと。俺、言うまでも無く嫌われてますし、意見して受け入れられるか不安だったんですけど……先輩のおかげでしかないですよ。本当にありがとうございました」


 感謝の言葉を口にすると、先輩は「はは」と苦笑し、


「君の場合だと、いい意見を言ってくれたとしても、それが評価される前に、『暗田送助が言ったから』ということで誰も賛同してくれないからな。理不尽な話さ。それは、事実を知ってる身からすれば、助け舟を出して当然だよ。感謝なんてしてくれなくていい。当然のことをしたまでだから」


 相変わらずの聖人具合。


 本当に、この人がこの委員会にいてくれてどれだけ助かったか。


 ツイてたとしか言いようがない。


 すべてが終わったら、俺は上利先輩に何か上等なものを捧げなきゃいけないレベルだ。何献上しよう。欲しいものとか、今度サラッと聞いとくか。


「けど、ここにいる誰もが、この借り物リレーに秘められた君の思いを知ることは無いんだろうな」


 遠い目をしながら言う先輩。


「知られたら、逆に俺としては困りますけどね。別に学校を揺るがす革命を起こそうとしてるわけじゃないですし。個人的に、ちょっと反逆するだけで」


「でも、その反逆行為をした行く末には、学校中の皆が驚くわけだけど、その辺りやっぱ君としてはちょっとワクワクしてたりするんじゃないか?」


 ニヤッと笑みを浮かべながら言われ、俺は頭を掻いて、


「あんまりからかわないでくださいよ。別にワクワクとかはしてませんって。それを言うなら、今はドキドキっていうか、とにかく緊張してます」


「ふふっ、緊張か。それもそうだね」


「ええ。仕掛けようとしてる罠のすべてが綱渡りみたいな感じなんで。上手くいく保証もない」


「けれど、上手くいかなかったとしても、君としては特段問題が無い、と」


「まあ、強がるなら。ただ、俺も人間なんで、色々行動して失敗して、さらに強烈なバッシングを受けることになったら、そりゃちょっとは落ち込みますよ」


「落ち込むけど、亜月さんがいれば関係ないのでは?」


「だから、からかわないでくださいって」


 俺の言葉に、上利先輩は「はははっ」とさっきより大きめの声で笑う。


「それじゃ、僕もそろそろ中央委員の方へ行くよ。亜月さんがさっきからこっちの方ばかり見てきてるからね」


 言われ、見てみると、向こうの席の方にいた亜月さんが、確かに俺たちの方をチラチラ見ていた。


 どうやら俺が一人になるのを待ってるっぽい。


「お邪魔虫は消えるべきだ。ではね」


「そんな、別に――」


 言い終える前に、先輩はひらひらと手を振って、教室から出て行った。


 真面目な人だったが、打ち解けると結構軽口を言ってくる人でもあるらしい。


 同い年だったら、今後も仲良くしてくれ、と友達申請してたと思う。


 話しやすい人だ。


「……さて、と」


 俺は立ち上がり、自分の荷物をまとめて、教室から出る。


 そして、あからさまに誰も居なさそうな廊下を歩く。


「あっ、ちょっと待って、暗田君!」


 そうすることで、こうやって亜月さんと合流することができるのだ。


 彼女が俺と絡んでるなんてこと、公に知られたらマズいのは変わってないからな。


 一部ではちょっとだけ俺といること噂されてるみたいだけど、あくまでも都市伝説レベルの話だ。基本的には天と地ほど離れたところにいる人種ということで間違いなく通ってる。


「今日もお疲れ様」


 うしろから走って追いついてきた亜月さんに言う。


 彼女は「ふぅ」と呼吸を落ち着かせ、


「うん。お疲れ様。予定通りいったね、借り物リレー」


「だね。とりあえず第一段階突破」


「これで、あとは暗田君が借り物リレーの進行係を任されたらいいんだっけ?」


 亜月さんの問いかけに、俺は「いや」と首を横に振った。


「欲を言えば、亜月さんも居て欲しい。俺がいたら、周りの連中はまず借り物リレーの進行係に入ることを避けるだろうから、亜月さん自身入りづらいところは出てくるだろうけどさ」


「あー、大丈夫だよ。そういうの私気にしないし。じゃあ、そこへ入ったらいいんだね?」


「……まあ。でも、無理はしないで。亜月さんはあくまでも、今の立ち位置を保っててくれればいいからさ。動くのは全部俺で構わない」


 言うと、肩をパシンと叩かれる。


「そういうわけにはいかないよ。私と暗田君は今、協力関係にあるんだもん。何でもやれることはやるし、自分の立ち位置守るために暗田君を犠牲にしてー、とか耐えられないし」


「いやいや、ならこう言おう。お願いします。今の立ち位置守り続けてください」


「えっ、何そのお願い……?」


 ジト目で軽く引いてます、みたいな表情の亜月さん。


 いやいや、引かんでもいいじゃないですか。


「だって、ある種これは亜月さんの平和を取り戻すための策なんだし、俺も亜月さんが幸せで居てくれてた方が助かるんだよ」


「すごいイケメン発言じゃん」


「発言どころか、行動もイケメンなんじゃないかって思ってる。今俺、最高に体張ってる」


「体張り過ぎな気もするけどね。大丈夫なの? 今から歩君のところ行くとか」


「……大丈夫」


「ちょっと言い淀んだね」


「大丈夫。やめてくれ、そういう不安を煽るような言い方するの」


「やっぱ不安なんじゃん」


「不安だよ。不安に決まってる」


 そりゃ、相手のボスに直接アポも無しで会いに行くんだからな。


 前、ファミレスで一対一で話した時以来な気がする。


 やれるのか、という不安を、俺ならやれる! という自己暗示で必死にかき消しながらいるのだ。お願いだから、不安を煽らないで欲しい。情緒不安定になりそう。


「でも、これは真剣に言っとくけど、本当に無理だけはしないでね、暗田君」


「ん……。う、うん」


「私にとっても、暗田君が不幸なの、ちょっと刺さるから……」


 ちょっと、ならば今行動しておくべきなんだろう。


 そう思う俺は、ただの勘違いバカなのか、それとも人の思いを無下にする冷酷人間なのかわからない。


 でも、一つ言えるのは、今俺がやるべきことは、とにかく行動すること。


 そうしないと、先が開けてこない。


 待ってろ、進藤。今行くぞ。


 そんな思いを胸に、俺は廊下を歩くのだった。

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