第43話 side 真中里佳子

 そもそもこの体育祭を迎えるにあたって、アタシはずっと警戒してた。


 誰をって? そんなの決まってる。あの冴えない陰キャラ男だ。


 正直なところ、電車内でアイツに痴漢冤罪を吹っ掛けるまでは、名前すらちゃんと知らなかった。


 名字はアイダかと思ってたら違って、クラス名簿を見てからアンダって知ったし、漢字にしてみると、暗いって字に田んぼの田って書くらしいから、爆笑&納得だった。まさにあの男に相応しい名前って感じ。


 根暗で何考えてるのかわかんないし、目つきとかもキモイし。


 でも、こっちからしてみれば、そういうところは好都合だったんだ。


 何か理不尽なことをしても、絶対アタシに逆らえないだろうなって思った。


 だから、亜月陽菜への適当な当て馬として利用したんだ。


 歩から亜月陽菜を遠ざけるための、ただの当て馬。


 結果的に、予想通りアンダはアタシへ対して反抗して来なかった。


 いつも通り教室の隅っこで寝たふりとか読書とかをするばかりだった。


 ただ、それでも、もちろんこっちだって人の子だ。


 陰キャラでキモいけど、アンダに罪はなかったから、皆に痴漢犯罪者って言われてて可哀想だな、とは思った。


 生徒だけじゃなくて、先生たちにも責め立てられてて、高校生にして社会的にほぼ死んじゃったんだ。


 大学入試とかも、推薦はまず無理だと思う。


 そこんところ、アタシも悪いことしたとは思ってるよ。


 だけど、こっちだって色々事情がある。


 利用しないといけないものは利用しないといけないし、仕方ないんだ。


 ほら、えらい国の大統領さんとかが、仕方ないからあの国を攻撃しちゃいましたとか、歴史の勉強で習ったりするけどさ、あんな感じ。


 いつだって下の人たちは、上の人たちのさじ加減で運命が変わっちゃったりするもんなんだ。


 そういうわけで、仕方ない。


 アンダは、スクールカーストがアタシよりも低かったから、たまたま流れ弾を受けるみたいにして利用された。ほんと、それに尽きるの。


 悔しかったら、アタシよりも陽キャっぽく振る舞ってればよかったのにね(笑)


 今言っても仕方ないんだけどさ。


 あ、それともう一つ。


 アンダのことで言うと、亜月陽菜についても変化があった。


 それまでアイツは、ずっと可愛いだのなんだのちやほやされて、アタシよりも目立ってた。


 もち、目立つだけなら全然いい。それで嫉妬して攻撃とか、アタシもそこまでガキじゃない。


 そうじゃなくて、アイツの許せなかったところは、歩が良くしてやってるのに、それをひょうひょうと躱すような対応をして、あたかも自分が歩に好きだと思われちゃってるんです、みたいな勘違いをしてるところだった。


 そうじゃないし! ってすっごく言いたかった。


 何勘違いしてんの、バカじゃん? って。


 歩は誰にでも基本優しい。優しくて、皆に人気がある。


 だから、アタシは歩のことが好き。そういうところ、ホント惚れてる。


 なのに、それを知らないのか、勘違いばっかして……!


 まあ、そのことについてはもういいんだけどね。


 変わったってのも、なんか亜月にアンダを当ててから、うちらに絡んでくることが体感減ってった。


 たまにアンダと一緒に居るところとか見たし、アンダの傍に居て、アイツは楽しそうだった。


 アタシは正直お似合いだと思ったよね(笑)


 変態陰キャと勘違いぶりっ子のカップルとか爆笑だし。


 優しい歩はそれを察知したのか、色々裏で動いてるみたいだった。


 亜月に対する違和感とか、気が利くから、そういうのも心配してたんだと思う。


 その点だけは、ちょっと失敗かなって思った。


 歩には……アタシだけを見て欲しかったから。






 ――で、そんなこんなで時間は過ぎて行って、体育祭の練習期間を迎えたんだけど、なぜかそれまで反抗の『は』の字も無かったアンダの動きが怪しくなった。


 大河に聞いた話によると、アンダが歩にえらく接近してるって聞いたんだ。


 なんで? とは思った。何が目的? って。


 最初はドキッとしたよ。もしかしたら、アタシが痴漢冤罪吹っ掛けたことを歩に言って、同情してもらおうとか考えてんのかなって思ったりもしたけど、話を聞くにそんな感じでもない。


 そうじゃなくて、恋愛関係のゴタゴタだーって言ってた。


 恋愛関係のゴタゴタ? 何? もしかしてアンタたち、アンダの恋愛相談に乗ってあげてんの? って思ったよね。


 だとしたら、アタシ的にはあんまし気分のいい話じゃない。


 罪悪感って言うの? 痴漢冤罪吹っ掛けた奴と歩たちが仲良くしてるとか、モヤモヤするしさ。


 とにかく、歩にはそういうこと言えないから言わなかったけど、大河には言った。


 アンダと仲良くするのだけはやめなって。


 そしたら、大河は「仲良くなんてしてない。気持ち悪い性犯罪者」って言うだけだし、訳が分かんない。


 ほんと、最後の最後までアンダがわかんなかった。


 何を考えてるのか、こっちから近付いて問いただすのも違うしさ。


 本番の朝にだけ、ちょうどよかったからチラッとアタシから出向いてやったけど、そこでもはっきりしたことはわからず終い。


 わからないまま、とりあえず応援合戦も終えて、どうでもいい競技の一つだった借り物リレーが始まった。


 放送席にいるのはあのアンダだ。


 アタシの方を見て、ニヤッと笑てたような気がする。


 気持ち悪い。ほんと何考えてんの? 寒気がする。


 もう、適当に走って自分の役目を終えよう。


 そう思ってたんだけど――


 アタシはレースの最終、ゴールへ持って行くものを指定する札で、あまりにも想定外のものを引き当ててしまった。



『好きな人』



 あり得ない。


 どうすんのこれ? どうすればいいの?


 もちろん、いないわけはない。


 アタシは歩のことが好き。


 今はまだ正式に付き合えてないけど、いつか歩と付き合いたいとずっと願ってるし、必ずそうなるって信じてた。


 でも、今じゃない。今じゃないのに……これ。


 頭の中が真っ白になった。


 どうするのが一番の正解?


 応援テントの中に居る歩を誘ったら、たぶんアタシは歩を怒らせることになる。そんな気がする。


 だけど、だからって他の適当な奴を選んだら、それこそ歩に興味が無いって思われて、積み上げた好意とかが全部無駄になっちゃうかもしんない。


 悩んだ。レース中だったけど、順位とか一切気にせずに、思い切りその場で立ち止まっちゃった。


 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう――


「……っ」


 悩んだ結果、アタシは動いた。


 一歩踏み出した。


 その選択がどういう結末を迎えようと、今のアタシにはこれしかできない。


 応援テントに向かって走り出した。

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