第23話 優しさの意味
「いいよ、気にしなくても。何でも好きなものを買えばいい。これは僕のおごりだから」
「は、はぁ……」
体育館近くにある自動販売機前にて。
どういうわけか、大事な話があるということで上利先輩に呼び止められたのだが、気付けばこんな所へ一緒に来ていた。
彼自身は先に百二十円の缶コーヒーを購入し、ちびちびとそれを飲み始めている。
俺は別に喉が渇いてるというわけではないのだが、もらった百五十円を使って、仕方なく百十円のミネラルウォーターを購入。ジュースとか、コーヒーとか、緑茶だって今は飲む気が起こらない。水でいい、水で。
そもそも、なんでここへ俺を連れて来たのか、その意図が聞きたかった。話とはいったい何なんだ。俺は俺で、この後は亜月さんとこれからのことについて改めて話しながら、一緒に帰ろうと思ってたのに。
「驚いてるかい? いきなり僕に誘われて」
自動販売機の飲み物取り出し口から、購入したミネラルウォーターをかがんで取り出そうとしてる最中にそう問われ、俺は思わず「え?」と聞き返してしまった。
「だって、僕たちは初めて会話をする者同士だろう? 特にこれまで親しくしていたというわけではないし、君からすれば警戒心を抱いても仕方のないことなんじゃないのか? 僕は一応上級生でもあるし」
「……まあ、そう言われれば……そうですけど……」
「この学校で誰かに誘われるということも、さっきのあの会議の様子を見れば少ないんだろうってわかるしね」
「……」
「勘違いはしないでくれよ? これは煽りじゃない」
「……わかってますよ」
曖昧な返答しながら、俺は取り出したミネラルウォーターの蓋を開け、それを飲む。
煽りじゃないのはわかる。
先輩が会議の中で俺の現状を認識したってんなら、こっちだって先輩の周りの空気に流されない優しさみたいなものを認識できた。あの会議での俺の嫌われ具合、ヤバかったのにな。あそこで俺の味方をしてくれたのはこの人だけだった。本当に救われた気持ちになったよ。
上利先輩は次々に会話を展開したさそうにしてるけど、俺がペットボトルから口を離すのを待ち、それから続けた。
「まあいい。長い前置きは無しにしよう。君を呼び止めた理由、単刀直入に言うよ」
「はい」
「率直に言ってね、僕は君のしでかしたとされてることがどうも本当だとは思えないんだ」
「……それは……」
「痴漢の件だ。学内では大悪人かのように君は扱われてるけどね、僕は君がそんなことをしたと思っていない少数派なんだよ」
言って、上利先輩はちびりと缶コーヒーを一口。
そして、グイっと顔をこちらに近付け、耳打ちするように小声で喋る。
「とは言ったものの、こんなことを口にしてるなんて誰かに知られたら、それこそマズいからね。自己紹介の時、いや、君が会議室に入室してきたのを見た時から、僕は君が無罪であることを確かめたかったんだ」
「そ、そうだったん……ですか……?」
「ああ、そうとも。本人の口から教えてくれ。君は本当は痴漢なんてしていないんだろう?」
問うてくる上利先輩。
別に俺は当事者だし、誰かにこのことを聞かれてマズいなんてことも思っちゃいない。だが、いきなりの核心に迫った質問だ。俺はおもむろに右、左と誰かが聞いていないか確認する仕草を取り、首を縦にゆっくりと振った。
「……ええ。俺は痴漢なんてしてません。今この学校で流れてる噂はデマです」
言うと、上利先輩は眉間にしわを寄せ、「やはり……!」と一言。それから、顔を俺から離し、顎元に手をやって考え込みだす。
「しかし、だとすれば本当にひどい話だ。被害者とされてるのは確か……」
「俺と同じ学年、クラスの真中里佳子です」
「そう、その子だ。真中さん。というか、彼女は君と同じクラスなのかい?」
「ええ」
「同じクラスの真中さんが……痴漢冤罪を吹っ掛けてき、君はその被害に遭って現在に至る、と……」
「ですね」
「何か彼女の恨みでも買ったとか?」
問われ、俺は首を横に振った。
「恨みではないです。人間関係のごたつきに巻き込まれた、というのが正しいですね」
「人間関係の……ごたつき?」
「はい。俺もその原因には迫ってる段階だから、まだ確定的なことや動機などについてはハッキリとわかってないんですけど、どうも真中の属してる友人グループで、俺を最大悪に仕立て上げる必要がどうもあったみたいで」
「え、えぇ……?」
ドン引きといった様子の上利先輩。
わかりやすく腕を組み、俺から上半身だけを離すような仕草を取る。
「では、君は何も悪いことをしていないのに、彼女らの気まぐれでこんな目に?」
「現状、わかってることを総合すれば、ですけど」
「はぁぁぁ……」
こんなことがあるのか、とでも言いたげに先輩はため息を吐いた。
「なるほど、ありがとう。話が聞けて良かったよ」
「いえ。こちらこそ、俺の無罪を認めてくれてありがとうと言いたいです。学内でそんな人、一人を除いていないと思ってましたから」
「ん……? 一人を除いて……? どういうことだい? それは、僕の他にも君の無罪を知ってる者がいるということなのかい?」
「ええ」
頷きながら、俺はうしろを振り返った。
放課後で徐々に暗くなり始めてるが、それでも彼女が体育館渡り廊下の柱に隠れていることはわかってた。
さっき、チラッとこちらを覗いてるところを見たんだ。
「亜月さん、隠れてないでこっちに来なよ」
名前を呼ぶと、亜月さんは体をビクッとさせ、「えへへ」と誤魔化すように笑ってから、こちらへひょこひょこ歩み寄って来た。
「あ、亜月さん……、もしかして、先ほどの僕たちの会話を聞いて……!?」
「あ、いえ、そこは気にしないでください。彼女なんです。俺が痴漢なんてしていないってこと知ってるの」
「そ、そうなのかい!?」
驚きながら上利先輩は声を上げた。
無理もない。学園一の高嶺の花であり、人気者で、俺と絡みなんてまずなさそうな子だから。
「そ、そうなんです。私なんです。暗田くんのこと知ってるの」
「え……だ、だが、君たちはいったいどういうところから繋がって――」
「上利先輩」
先輩が疑問符を浮かべたところで、俺はさっそく提案することにした。
亜月さんもちょうど居合わせてたし、ここしかない。
「今から少しだけお時間もらってもいいですか?」
「時間、かい……? それは構わないが……」
「近くのファミレスとかでも、どこでもいいです。とにかく会話ができるところに移動して、色々と話がしたくて」
俺の願いに、上利先輩はぎこちなく頷くことによって応えてくれた。
聞き出そうと思う。なぜ彼が俺の無実を一人で推測していたのか。
そして、語ろうと思う。これから考えている亜月さんのための、いや、俺たちのための計画について。
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