第7話 嫌われ者コンビ
翌日、俺は帰りのホームルームを終わらせた後、すぐに文化部棟の二階、最奥から三番目にある空き教室を足早に目指した。
目的は単純だ。
前と同じく、亜月さんと二人で密会するため。
昨日、あの後、別れ際に約束しておいたのだ。「明日、放課後はまた文化部棟の空き教室に来てくれるか」と。
彼女は拒否することなく、疑問も抱くことなく、俺の提案に了承してくれた。
もうこれからは、この空き教室が俺たちの作戦会議場所になるかもしれない。
ほかに誰も利用することはないだろうし、完全に二人だけの世界だ。やましいことを考えてられるような状況ではないにしろ、少しばかりそういう想像をしてしまうのが男子高校生の性。ただ、だからといって彼女が傷付くような行動や発言はするつもりなんてない。
俺たちは手を組んでる仕事仲間みたいなものだし、それを彼女だって理解してて、これから先だって俺に恋愛感情なんてものを抱くつもりもないだろう。誤解は解けたものの、根暗で後ろ向きな性格の俺だしな。
「……ま、俺みたいなもんにはそれくらいの方が気楽でいいだろ……」
歩きながら、つい独り言ちてしまう。
その通りなのだ。あんな絶世の美少女に甘々な感情なんて向けられたら、それこそ頭の中の何かが壊れてしまう気がしてならない。
それに、世間体ってやつもある。こうして密会してるところですら見られたらマズい。遂には味を占めて学校一の美少女にも手を出すつもりか、と全校生徒から嫌われるどころか、本気の殺意を抱かせてしまう可能性すらある。だから、俺と亜月さんの関係は今のままで一定期間だけ続けばいいのだ。それでいい。
「さて、と」
そんなことをつらつら考えてるうちに到着。
一応扉が開いてることを確認し、周囲に誰もいないことも厳重に確認。……よし、オーケー。
大丈夫そうだと判断し、俺は扉を開けて中へ入った。
すると――
「お、ようやく来たね。にひひ、今日は私のが先でした」
「え、は、早……」
目の前には高嶺の花さんの姿。
いたずらに笑い、左右に軽く揺れながら前のめりの体勢でお出迎えである。
「えへへ、びっくりした? まさか先を越されてるなんて、って顔してるね」
「そりゃびっくりするし、そう思うよ。俺が教室から出るとき、亜月さんまだ真中たちと会話してたじゃん」
「ふふん、そうだけどねー。残念。嫌われ者はああいう時でもすぐに解放されるものなのです。私が『ちょっと今日は用事があって』って言うと、表面上は『えー、もうちょい話そうよ』とか言いつつ、なんだかんだすぐに解放してくれるんだよー。役得役得」
「そうなんだ……。なら、俺も教えとくけど、さらにもう一段階上の嫌われ者になると、そもそも誰とも絡むことが無くなるし、周りから人が逃げていくので、そういう複雑な構造が理解できないってのもあるな。放課後になると、速攻で自分の時間が確保できるから最高だ。役得役得」
「なるほど。じゃあ、二人揃って役得コンビってことだね?」
「そうなるな。幸せ者かもしれない」
「あ、あははー! なら、よかったよかったー! あはは……はは……」
「「………………」」
ずん、と途端に空気が重くなるのを感じた。
どんだけ悲しいやり取りだよ。
思わず心の中でツッコんでしまわずにはいられない。
「ま、まあ、その話はいったん置いとくとしてさ、とりあえず早めに時間取ってくれてありがとう。今日は俺も色々話聞きたかったから助かったよ」
「う、うん。ありがとうはこっちこそ、だよ。ご、ごめんね? 色々気を遣わせちゃって」
「それこそこっちのセリフだよ。俺と一緒にいるところがバレたらマズいのに、こうして来てくれるんだから」
「別にマズいとか、私は思ってないよ? むしろ暗田くんといるところが誰かに知られて、それで何か悪いように噂されたとしても、私は噂する人たちにあなたの本当のことを伝えに行くつもりだし」
「それはやめてくれ。そんなことしたら、今度は亜月さんが悪いように言われだすし、下手したら俺に弱み握られてるとか、また変な噂が独り歩きする可能性もあるから」
「そ、そんなもの……?」
「そんなものだよ。連中の誤解なんて、俺が決定的に無実である証明行動とかを起こさない限り、絶対に解けやしない。だから、口先だけでの行動なんて無意味なんだ」
「……じゃあ、今こうして暗田くんが私に協力してくれてるように、私も何か暗田くんが無実だって証明するための行動に付き合いたいよ……。何かお礼はしたいと思ってるし……」
「いいよ。俺のことは大丈夫。亜月さんは今、自分のことだけを考えてくれてればいいから。話はまずそこからにしよう」
「なんか……それっていいのかな? 昨日もおごってもらったし、何でもかんでもしてもらいすぎな気がする……」
「大丈夫だって。一応言うけど、亜月さんに協力することは俺にとって何の利にならないことでもないから」
「え? そうなの?」
「そうだよ。真中たちの情報を収集するってのは、それすなわち、俺が無実であると証明するための何かに繋がることもあるし、無駄じゃないんだ。利用してるみたいだけど、一応利害関係は一致してる。だから、気にしないで」
「……それなら、いいんだけど……」
釈然としないのか、亜月さんはちょっとだけ腕組みして考えた後、
「でも、本当に何か協力して欲しいことがあったら、私にも言って。全然、何でもするし」
「…………わかった。了解」
「何、その微妙な間は?」
「いや、何でもないっす」
「……。なんか、やらしいこと考えてたでしょ?」
「そ、そんなことはないけど! さてさて、今日も今日とて作戦を考えていこうかな!」
「………………むぅ」
ジトっとした目で何か言いたげに見つめてくる亜月さんだったが、俺は強引に話題を次の方へ持っていく。
そんなバカなことを言ってる場合じゃない。俺は今日、彼女に聞きたいことがあったんだ。
「ごめん。じゃあ、ここからは真剣な質問。答えてくれるとすごくうれしい」
「……いいけど? 元々、私の方から『変態にしてください』みたいなこと言ったんだもん。そういうことは覚悟してましたし? 全然構わないし?」
「それはもう冗談だから。いい? 俺のする質問、答えてくれる?」
「いいよ。答える。類は友を呼ぶっていうもんね。答えますよ」
バカなことを言うんじゃなかった。
亜月さんは少しだけ頬を赤らめて、わざとらしくツーンとしながら返答してくれる。
まあ、こう言ってくれてるし、俺も質問をしてもいいだろう。
「じゃあ、聞くけど、亜月さんはさ、なんで真中たちとの関係にこだわるんだ?」
「……え?」
「嫌われてるってわかってるのに、なんでそこからさらに関係を修復しようとしてるのか、そこが俺にはわからない。確か、中学も違ったよね? 昔からの馴染みってわけじゃないし」
「………………」
彼女はわかりやすく黙り込んでしまった。
そして、表情が冗談っぽいものだったところから、真剣なものへと変わっていった。
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