第8話 グループの悩み?

「これはね、もしかしたら私の勘違いかもしれないの」


 真剣な表情で、けれども俺と目を合わせずに亜月さんは言う。


「勘違い?」


 俺は疑問符を浮かべた。


 そこで彼女と目が合う。彼女は「……うん」と頷いた。


 どういうことなんだ。勘違いって。


「……歩(あゆむ)くん、知ってるよね? 進藤歩くん」


「そりゃもちろん。俺たちと同じクラスの秀才じゃん。勉強もできて、スポーツもできて、友人関係も良好の人気者。人生送りバント主義な俺と違って、まさに人生本塁打王みたいな奴」


「その表現はちょっとよくわからないけど……」


 そこはわかって欲しい。凄いいい表現の仕方だと思ったのに。


「とにかくね、その、歩くんに……私……す、好かれてるみたい……なんだ。理由はよくわからないんだけど……」


「……本当に? 一ミリも?」


「うん。一ミリも。そりゃ、仲はいいよ? 同じ里佳子たちのグループでいつも行動してるし、遊ぶ時とかも一緒だから」


「うん」


「けど、それは……なんていうか、友達としての『好き』であって、そこから先の関係になるだなんて私は考えられないの。そもそも歩くんは人気者で、里佳子の好きな人でもあるから」


「なるほど。それを聞いて全部察した。要するに、亜月さんは真中の機嫌を損ねたくないって意味でも進藤の気持ちに答えられないって思ってるわけだ」


「……ま、まあ……そこまで言っちゃえば否定はできませんよね……」


「もっと大きく言えば、グループ内の不和を招きたくない。そうとも言える」


「ごもっともでございます。暗田くん、推理の素質あるんじゃない?」


「いや、このくらい普通に話聞いてたら誰でもわかるよ」


 むしろ関係性をわかりやすく説明してくれた亜月さんの方が凄いと言える。起こってる人間関係を言語化するってのは案外難しいことなんだ。まあ、この場合は簡単だったのかもしれないけど。少なくとも、俺が凄いってことはない。


「そうかな? でも、なんか不思議と暗田くんにこういうこと話したら、なんとかしてくれるんじゃないかって気持ちになる。普段、すごく後ろ向きなのに。不思議だね」


「カッコつけてそれっぽく言うからじゃ? 実際は自分の悪い状況を変えることもできない小心者だし」


「小心者……でもなくない? 人って、どうしても動けないときは動けないものだと思うし」


「……まあ、俺を褒めてくれるのは嬉しいけど、今は亜月さんのことが詳しく聞きたい。なんでそこまで真中……ひいてはあのグループにこだわるんだ?」


「それこそ簡単な話だよ。後に引けなくなってるだけ。里佳子たちのグループを抜けて、他のグループに入ろうだなんてこと、絶対にできないもん」


「グループじゃなくても、誰か特定の人一人と仲良くなって……とかじゃダメなのか? 集団にこだわらなくてもいい気がするが」


 俺が言うと、亜月さんは黙り込み、ジッと三秒ほど意味ありげに見つめてきた。


「な、なに?」と、そう聞かざるを得ない。亜月さんは俺が聞くと、クスクス笑った。


なんだってんだ。


美少女がいたいけなチェリー男子を数秒間も見つめるなど、罪に値することだぞ。恥ずかしくなっちゃうでしょうが。


「ううん、何でもない。何でもないけど、それってつまり、暗田くん『俺と仲良くすればいいじゃん』って言ってるのかなーと思いまして」


「――! ん、い、いやっ、別にそういうわけでもないけど!? 特定の誰かってのは俺を指してるわけじゃないからね!? 本当に顔も名前も適当な、特定の誰かだよ!」


「本当にー?」


「本当だって! 確かに俺としては仲良くしていただけるなら嬉しいけれども……現実はそうもいかないというか、なんというか……」


「なになにー? 聞こえないよー?」


「っ……。そういう意味じゃないって言ってるんだよ! 別に特定の誰かってのは、俺を指してるわけじゃないから! オーケー!?」


「ふふふっ。はいはい、わかりましたよーっと」


 左右に揺れながら、無邪気に、いたずらに笑みつつ返してくる亜月さん。


 本当に調子が狂う。いきなり関係ないことでいじってくるのはやめて欲しい。


「ま、まあ、とりあえずわかったよ。恋愛的なごたつきがあるから、真中たちは陰で亜月さんの悪口を言ってるわけだ」


「たぶんね。それで、私はけれども関係を崩したくない。私は自分の悪口を言われてるだなんて思ってないって表面では取り繕ってるから」


「面倒なもんだな……」


「面倒だね(笑) でも、そのぶん一年の時みたいに仲のいい状態に戻れたら、すっごく楽しいんだ。あの時に戻れないかなーとか、考えたりするね。どうしても」


「……そっか……」


 正直、俺が亜月さんの立場なら、それでも自分に一度でも陰湿なやり方で敵意を向けてきた奴らと仲良くやりたいとは思ったりしない。


 いい人、だなんて表現はあまりしたくないが、それでも亜月さんは他人を許せるいい人で間違いない気がした。


 真中の奴、マジでこんないい子と友達になれてることに感謝しやがれよ。くそっ。


 心の中で毒づきつつ、俺は目標を次の人物へ向けることにする。


 ――進藤歩。


 奴だ。奴が亜月さんの困った状況を招いた張本人と言っていい。


 ただ、進藤と直接コミュニケーションを俺が取ることは、現状まず無理だろう。


 どうしたものか……。うーむ……。


「とりあえずは、また尾行からかなぁ……?」


「え、尾行? また?」


「うん。進藤のこと、やっぱり俺何も知らないし」


「次は進藤くんの尾行するんだ。ほんと、観察が好きだね」


「なんかちょっと変態っぽいなぁ、とか思ってそうに言うのやめてもらっていいですかね。俺はちゃんとした理由で尾行しようとしてるだけだから。犯罪案件じゃないから」


「……なら、もしかして暗田くん、尾行と称して私と放課後デートしようと企んでる? だとしたら、策士だなぁって思う」


「違うから! それも違う! 純粋に情報収集! 変な勘違いはやめて!」


「さすがは変態さん。頭もキレますなぁ」


「だからやめてってば! 変態じゃないって!」


 ニヤニヤしながらいじってくる亜月さんへツッコみつつ、俺はため息をついた。


 デートじゃないって言ってるのに。ったく。

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