第6話 二人でカフェデート?

「それにしてもさ、今学校の皆から嫌われてる暗田くんが学校の中にいる誰かの力になろうだなんて、よく思えたね」


「言っただろ。亜月さんの話聞いて、ムカッときた。怒りの矛先は俺を陥れてくれた真中だし、ちょうど都合がよかったんだ」


「……本当にそれだけ?」


「………………」


「自分のためならわかるけど、私みたいな他人のために、それまで怖がってた女子へ攻撃を仕掛けようとする? 絶対何か裏があるよね?」


「…………いや? ないけど?」


「嘘。明らかに間があった。何か隠してるでしょ? 言ってよ」


「……何もないって」


「ほら、目も逸らした。何? 何なの? もう私たち、同じ使命の元に行動を共にする同士なんだよ? その辺ハッキリさせとこーよ。言って言って」


「ほんとに何もないから。てか、そんなことより今は尾行中なんだし、関係のない話とかやめようよ。緊張感持って行くよって、最初に俺言ったよね?」


「うん、言ったね。覚えてるよ。緊張感持ってる。人生で初めて男の子と二人きりでカフェのボックス席に向かい合って座って、ジッとお互いの顔を眺め合いながらだから、すごい今緊張してる。緊張しながらも、真実に迫ろうとしてるの。重要なことだから」


「っ……。い、色々緊張感の方向性間違ってるから……! 今、俺たちが緊張感を向けなきゃいけないのは、三つ斜め前に座ってる男女グループの奴らに対してだろ……!? なんで俺たち同士で緊張しなきゃいけないんだよ……! おかしいだろ……!」


「俺たち同士、ってことは、暗田くんも緊張してるってことかぁ……。なんか、一安心。私だけかなって思ってたから、緊張してるの」


「ぐっ……! ま、まあ、そうだけど、とりあえずお願いだから意識の方向を俺から向こうにいる真中たちへ変えて。亜月さん、自分のことでもあるんだから……!」


「わかってるよ。てわけで、話を戻そう。どうして暗田くんは私のために行動してくれてるの? 教えて。教えてくれるまで、今日は帰らない。ううん、帰れない」


「……………………………………」


 いっそのこと、『近くで見た君が想像以上に可愛くて、そんな君が俺を陥れた真中から同じように嫌われてると聞いて、居ても立っても居られなくなったから。君だけは俺をゴミを見るような目で見てくれなかったから』なんていう本音をぶちまけてやろうかとも一瞬思った。


 けれど、そんなことができるはずもなく、俺は呆れてものも言えないといった様子で、頼んでいた特製カフェオレを一口。うーむ、いつも以上に苦く感じられる。なぜだ。


 俺と亜月さんだが、今は二人して、通ってる学校から三駅ほど離れた町のオシャレなカフェにいる。


 無論、目的は仲良くなったしるしとしてデートを……なんてことではなく、真中里佳子たちトップカーストグループに対する尾行が主なものだ。


 敵を知るには、まず情報収集からというのが基本。


 敢えて普段いるはずの亜月さんをグループから外し、奴らが彼女の陰口をどれだけ叩いているか、どんな風に叩いているかなど、事細かく知ろうと思った。


 そこから、具体的に作戦を考えていく。


 目指すゴールは彼女が快適な学校生活を送れるようになること。


 嫌われてるんじゃないかとか、気を遣って会話しないといけないとか、そう言うの抜きにして過ごせるような関係を作り上げることだ。


 ――あのグループに属した状態のまま。


「……ほとんど無理難題な気もするけどな……」


「へ? 何が?」


「……いや、人間関係って本当に難しいなって」


「あはは。それはそうだよ」


 笑いながら、続けて亜月さんは真中たちの方を指さした。


「ほら、ちょっとさ、里佳子見て」


「うん。まあ、さっきからずっと見てるけど」


「ならばよろしい。ね、今、髪の毛の触角指でクルクルさせてるでしょ? あれした時、高確率で私の悪口言ってる時なんだ」


「え……」


 思わず言葉を失ってしまった。


 亜月さんはそこから何も言わず、少しだけ視線をテーブルの方へと落とす。三つ斜め前のテーブルで繰り広げられてる会話を聞き取るために集中してるのか、それとも単純に落ち込んでるのか、すぐに察知することは不可能だった。


 俺も、それ以上彼女の心境を詮索することを止め、どんな会話を真中たちがしてるのか耳を澄ます。


「てか、今日アイツいないの珍しくない?」

「誰のことだよw」

「アイツって言ったら一人しかいないじゃん。高嶺の花様だよ、高嶺の花様」

「ちょ、やめてその呼び方。マジ無理だから。普通に亜月でいいじゃん。亜月で」

「うわー、こわw 女子こえーw 普段だったら陽菜ちゃんとかちゃん付けしてるのに、こういう時だけ亜月とか呼び捨てってw」

「だって、シンプルにウザイじゃん。いっつも金魚のフンみたいについてくるし」

「ああ見えて友達とかアタシら以外いないもんねー、あの子」

「ま、うちら以外の女子からも嫌われてるっぽいし、妥当じゃん? あの子のとこ行く人間って言ったら、告白目当ての男子しかいないし」

「それ、大河のことじゃね?」

「ちょ、やめてやーw 女子ホント怖いわーw ここで刺さないでくれませんー?ww」

「それ言ったら歩もじゃねーの? 歩、今日亜月さん来ないって言ったら、普通に『じゃあ、俺も行かん』って言ったし」

「はっ」

「里佳子、鼻で笑ってんじゃん」

「まあ、そうもなるっしょ。里佳子だって歩を――」

「大河、あんたほんと黙って。うざいし」

「は、はい……」

「「「ハハハハ!」」」


 なるほど、といった感じだ。


 以降も会話は続いていたようだが、俺はそこから先、亜月さんの方が心配でシャットアウト。


 彼女はただ苦笑していた。


 しかし、そんな苦笑からは悲しそうな雰囲気しか伝わってこない。


 気丈にふるまおうとしてるのが、かえって逆効果になってる気がした。こっちも辛くなってくる。


「……もう、ここ出ようか?」


「え、どうして?」


「……あんまり長居しすぎてバレても大変だし。簡単なサングラスしかかけてないんだからさ、俺たち」


「……あはは……そうだね。そうしよっか」


 言って、「さてさてー、私が頼んだものの値段はー……おー、全部で888円。ぞろ目だー」なんて、あくまでも元気な風に続けてる亜月さん。


 俺はそんな彼女から伝票を渡してくれるようお願い。で、先に店を出て行くよう促した。


「え、なになに? もしかして払ってくれるの?」


「うん。だから、先に出てていいよ」


「本当ですか。でも、暗田くん、知ってる? 最近の女子のトレンドは、割り勘なんだよ? デートで奢られるのは申し訳ないってことで、じゃんけんでどっちが多めに払うか決めてるカップルもいるの。だから、じゃんけんでも私は全然いいんだけど?」


 威勢よくグーを出そうとしてる亜月さん相手に、俺はついつい小さく笑みを浮かべ、


「別にこれ、デートじゃないし、そもそも俺たちカップルでも何でもないじゃん。てことで、それは無効です。俺が払うから、先に出てていいよ」


「えー、ほんとにいいのー……?」


「いいって。ほら、行った行った」


「むー……」


 不服そうにぷくっと頬を膨らませ、亜月さんはあくまでも真中たちにバレないようなコース取りをして、店の扉を開けて出て行った。


 俺はそんな彼女を見送りつつ、会計を済ませる。


 会計の最中、ちょうど外へ出て俺を待ってくれてる亜月さんの姿がガラス張り越しに見えてた。


 彼女は、静かに一人で泣いていたのだ。


 俺に見えないと思い込んでる場所で。


「………………」


 内心、俺は次の行動をどうするべきか悩んだ。


 作戦は考えてはいるけど……。


 前途多難であることは間違いない。


 どうして亜月さんはあのグループにこだわるのか、それを明日ちゃんと聞いてみようと思った。

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