第12話 一難去ってまた一難

「あ、あはは……。り、里佳子たちも来てたんだー。ぐ、ぐうぜーん」


 隣に座る亜月さんは引きつった笑みを浮かべ、けれどもいつもと同じ元気そうな雰囲気を装ってみせていた。


「偶然って、歩の応援に行くんなら行くって言ってくれればいいじゃん。そしたら一緒に行けたのに」

「それそれ。なんで言わないしー?」


 真中里佳子と、その横にいた光田茜(ひかりたあかね)が面白おかしく言うが、その心内まではよくわからない。


 亜月さんに真中里佳子や光田茜たちの思ってるであろうことを教えてもらった以上、バカ正直に連中のセリフや表情を信じ込むことはできなかった。


 で、俺はというと――


「まあ、あれじゃね? 陽菜ちゃんもたまには違う人と出かけたかった口ってゆーかさw ね、明木くん……だっけ?」


「あ、そ、そうなんですかね……? ぼ、僕は……ひ、陽菜さん……本当は学校のご友人さんたちと一緒にここへ来たかったんじゃないかなー、とか思ってるんですけど……」


 思い切りサングラスをかけて変装してるのをいいことに、偽名を使って連中と接していた。


 苦笑しつつ、遠慮がちにグループの男子、大平大河(おおひらたいが)へ返す。


 設定は亜月さんの従兄弟という風にして。


「だってさ、まさか従兄弟だとは思わないじゃん。アタシはてっきり陽菜が彼氏候補の男と歩の試合見に来てるのかと思ったくらいだし」


 どこか毒気のあるような感じで真中は言う。


「そ、そんなわけないじゃん。そ、送助くん、たまたま休みの日を利用してうちに遊びに来てただけだし。ハイレベルなテニスの試合が見たいって言うから歩くんの試合を見せてあげようかなーと思って一緒に来ただけだよ。彼氏候補とかあり得ないって」


「ほんとかにゃー? その割には仲良さげに二人そろってカップルみたいにベンチに座ってたけど?」


「冷やかしはやめてって~。お願いですから勘弁してよ~」


 崎岡美鈴(さきおかみれい)に茶化され、亜月さんは困ったように、けれども雰囲気を神妙なものへ変えないよう冗談っぽく言ってみせてた。


 口には出さないが、かなり面倒な状況だ。


 俺も俺で、よく正体がバレないものだと思った。まさか従兄弟だという嘘が通用してしまうとは……。


 どうにかバレないようにしないと。バレた時はどうなることか……。想像もしたくない。


「ねね、じゃあさ、じゃあさ、今から俺ら、歩誘って駅前のファミレス行こうと思ってたんだけど、二人も来ねえ?」


「へ……?」「え……!?」


 思わず声をそろえてしまう俺と亜月さん。


 グループの中のもう一人の男子、佐藤俊二(さとうしゅんじ)はいつもテンション高めの奴だが、ここぞとばかりに「その方が楽しいっしょ」と余計なことをさらに続けて言っていた。嘘だろ、おい。


「あー、それよくね? 俺も賛成。里佳子たちはどーよ?」


「アタシは別にいいけど。二人もいいっしょ?」


 真中が問うと、横にいた二人、光田と崎岡もうんうんと頷いた。


 ちょ、本当に待て。勝手に話を進めるな。


「オッケー。なら俺、歩くんに言ってくるわ。昼頃に解散だって言ってたし、そろぼちソロになってると思うからよ。ソロだけに!」


「寒いこと言ってないで早く行ってこい。そしてついでに逝ってこい」


「ひどっ! 大河ひどっ! んで、美鈴と里佳子もゴミを見るような目で俺を見るなよー! 傷付くなぁ、もう!」


「いいから、早く行けし。ちょーめんどいから」


「は、はい……。行ってきます……」


 真中に静かな圧を掛けられ、佐藤はそそくさと小物っぽく向こうへ駆けていった。ご苦労様だ。なんとなく、こいつは嫌いになれなかった。うざくはあるが。


「……はぁ……」


 俺は一人、誰にも聞こえないボリュームでため息をつく。


 すぐ傍にいる亜月さんもどこか落ち着かない感じでソワソワし、表情が優れない。


 それもそうだ。断る隙も無いままに、これから真中たちとファミレスに行くことになったのだから。


 まさに、一難去ってまた一難というところだ。


 これ、本当に俺たち、無事に帰れるのか……?


 何度も言うけど、バレたらヤバいんだぞ? 学内最底辺の俺が、休日に亜月さんとデートまがいのことしてるとかこいつらに知られたら、それこそ何がどうなるかわからない。


 俺としては、せっかくひょんなことから亜月さんと仲良くなれて、彼女の悩み解決にも協力しようとしたんだ。


 それを簡単に失敗させ、手放したくない。そして、彼女を悲しませたくない。その思いでいっぱいだった。


 だからこそ、バレるわけにはいかない。絶対に。絶対に。

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