第13話 ファミレスでの攻防①

「じゃあ、お姉さん。とりま、フライドポテトを二つと、チキンドリアが三つ、あと、ペッパーハンバーグが二つに、熱々チーズピザが二つね。お願いしまーす!」


「はい。かしこまりました。では、注文のご確認を致します。フライドポテトが二つ、チキンドリアが三つ、ペッパーハンバーグが二つ、熱々チーズピザが二つでございますね。お間違えはないでしょうか?」


「はいっ。あ、でももう一つだけ」


「?」


「お姉さんの連絡先も注文内容に加えていいですか? よければ俺と、今度水族館デートにでも――」


「お前はバカか。すみません。こいつ、見ての通りヤバい奴なんで、無視していただいて大丈夫です。注文は合ってますんで、お願いします」


「は、ははは……。か、かしこまりました。で、では失礼しますね」


 営業スマイルを苦笑いに変えながら、ピューっと逃げるように去っていく女性店員さん。


 注文内容を言ったついでにナンパした佐藤(チャラ男)は、すぐ横にいた大平(常識のある陽キャ)にスパンと頭を叩かれ、わざとらしく痛がっていた。


 本当に……こいつらと一緒にファミレスに来てしまったんだなぁ……。


 俺はそのワンシーンだけでつくづくそれを思い知らされるのだった。


 だって、普通勢いで店員さんをナンパしたりとかしないだろ。これからその店に入れなくなるかもだし、次また注文する時に気まずいだろうし、そもそもあの女性店員さんが来なくなっちゃったら、あからさまに避けられてるのがわかってちょっと傷付くだろ。


 俺なら、天地がひっくり返ってもできない芸当だった。勢いだけで生きてるというのがわかる。思ったら即行動がこいつら……いや、佐藤の主義らしい。根本的に俺(生粋の陰キャラ)と性質が違う。もはや怖かった。同じ人間だよね……?


「まあまあ、俊二のおふざけはいつものことだけどさ、みんな、今日はわざわざごめんな。暑い中応援来てくれて」


 俺が内心ビビりながら疑問符を浮かべていると、本日の主役である男・進藤歩が日に焼けた顔でニカッと笑いながら場を仕切り始めた。


「全然いいし。謝らないでよー、歩―。アタシ、歩の応援ならマジ、どこでも行くから」


 真中は真中でメスの顔だった。


 ちっ。普段は鬼畜な女王様で、俺に冤罪を吹っ掛けてきたクソ女だけど、こういう好きな男の前だけでは露骨になるらしい。


 悔しいことに、亜月さんまでとはいかなくても、こいつも顔だけは割といい方だからな。顔だけは。


「それなそれなー。歩くんの応援ならうちら全然行くよ」


「い、いや、違くない……? 歩くんの応援に行く里佳子を応援? しに行く? みたいなやつでしょ……w 茜、それ間違ってるし……w」


「あっ……! そ、それもそうだった……w ご、ごめーん……、うち、ちょっと勘違いしてた。マジごめん」


 で、この光田茜と崎岡美鈴に至っては、常に真中の表情を伺ってるご様子。


 光田の奴がうかつに同調すると、真中はギロッと恐ろしく冷たい目で彼女の方を見やった。


 怖すぎである。ほんと、あんたら友達で仲良しグループなんじゃないのかよ……。


 関係の危うさはこういうところからも見て取れた。周りの奴らはそれに気付いてるのかわからないが、軽い感じで流して次の話題に行こうとする中で、亜月さんだけは何か思うところがありそうな表情で軽くうつむいている。


 これをどうにか……か。


 確かに亜月さん一人の力じゃ無理なはずだ。


 関係性に変革をもたらすには、何かぶっ飛んだ力がいる。


 そう、それこそ失うものが何もない奴や、連中に強烈な恨みつらみを抱いてる奴。


 俺みたいな人間……とかな。


「とにかく、何でもいいけどみんなありがとう。この後時間あるし、おもっきしあそぼーよ」


「え、歩、勉強とかはいいの?」


「いい、いい。そんなことよりも、今日はいつもと違うメンバーが一人いるじゃん?」


「……!」


 進藤の視線が俺の方に向いた途端、他の奴らの視線も俺へと集まった。


 くそっ、見るな。見てくるんじゃねーよ、と瞬間的に言いたくなったが、残念ながらそれは無理。


 情けなく「ははは……」と愛想笑いし、俺は後頭部を軽く掻く仕草。最高に冴えない感じである。


「ごめん、さっきサラッと名前聞いたけど、うろ覚えだった。何君って言うんだっけ?」


「あ、明木……です。あ、明るいの『明』って字に、『木』。それで『明木』って読んで、下の名前は……そ、送助って言います」


「へぇ、明木送助くんかぁ! いい名前って言われない?」


 は? いい名前?


 爽やかな笑顔で問うてくる進藤に対し、「なんだその優男ぶった当たり障りのない褒めたような質問は」と毒づきたくなったが、そこは俺がひねくれすぎてるだけだろう。


 愛想笑いを続けたまま、慌てて首を横に振った。


「い、いえいえ! そんな名前で褒められるようなことは今までなかったです。……むしろ、送って助けて、誰かにこき使われるために生まれてきたような名前してるな、とかしか言われてこなくて! あ、あはは……!」


「ぷっ! はははっ! 何それ。自虐的過ぎじゃん明木くん(笑) でも、冗談でも今のは笑った! 面白いね、君!」


「は、はは……、そ、そうすかね……」


「そうそう! ははははっ! 送って助けてって! ふふふっ!」


 ちくしょう……。何がそんなに面白いんだ……。


 そんなことを思うものの、進藤が笑ってくれて助かった部分もあった。


 それ以外の真中とか、光田に崎岡、あの佐藤や大平は「こいつ、いきなりネガティブなことブッ込んでくるな……」みたいな、ちょっと引いてる顔で俺を見てたし、亜月さんも小さく「はぁ……」とため息をついてた。


 大勢を相手にして、空気を壊さずに話し続けることほど難しいことはない。


 それは、普段一人でいるような俺からすれば、さらに難易度があることであって、本音を言えば勘弁してくれよ、とまで思うことなのだ。ほんと、コミュ力がないってことを突き付けられて、泣きそうになる。サングラス付けててよかったよ……。


「そのサングラスもさ、ファミレスの中で外さないの? もう、外じゃないし、外してもいいんじゃない?」


「あ、あっ、こ、これはっ!」


 いや、そりゃそうだよな。そこツッコまれますよね。むしろ、今までかけ続けてたのに外さないのかって聞かれなかったのが凄いっていうか、そうなりますよね。


 高速で頭の中でそんな言葉が流れ、もう外すしかないのか、という気になったが、そんな時にポンと隣から肩に手を置かれた。


 手を置いてきたのは言うまでもない。亜月さんだった。


「ごめん、歩くん。送助くん、サングラスは外せないの。昔、ちょっと人間関係でトラブルに遭って、相手に見られながら話すことができないんだ」


「へぇ、トラウマってやつ?」


「……うん。ね、そうだよね?」


 頷いた後に、俺の方を見てそう助け舟を出してくる亜月さん。


 俺は即座に頭を縦に振った。


「すみません。そ、そういうことなんです……」


「……なるほどね。……お、ポテト来たぞ俊二」


 俺をジッと見つめ、理解を示したような言葉を吐いた後、すぐさま横を向き、店員さんからポテトを受け取るよう佐藤に指示する進藤。


 その対応の早さから、一発で真剣に俺の境遇を親身になって聞くつもりが無いことが察せたが、それはそれで構わない。


 こいつからしてみれば、俺は亜月さんのただの親戚であり、おまけみたいなもんだ。


 内心、「なんでこんなのが混じってるんだ?」と思われてても不思議じゃない。俺からしてみればやりづらい立ち位置だ。ほんと、なんで俺こんなところにいるんだろうね。リアルタイム世界七不思議に入ってもおかしくないレベル。


「でもさ、そういうことなら、ぶっちゃけ今日俺たちに誘われて迷惑じゃなかった? 大丈夫?」


 ポテトを一つつまみ、口に運びながら大平が問うてくる。


 迷惑だ。


 ……なんてことは言えない。


亜月さんと一緒にいたし、俺の意向なんかよりも、こいつらに亜月さんを誘いたい意思があり、そのついでで誘うしかなかったという節もあったはずだ。


 俺は「いえいえ」と手を横に振って否定の意思を示した。


「……わりーね。さっきも見たと思うけど、誘い主であるこいつは誰にでもナンパするし、誘っちゃう人間だから。ホント許して」


「マジキモいよね……」

「ねー」

「ほんとないわ」


「お、おいぃぃ! 俺だけかよ! みんなだって誘った時に同意しただろ! 明木くんも誘えばいいじゃんって!」


「それはそれ」


「なんでだよぉ!」


 真中にトドメをさされ、佐藤は一人叫ぶ。


 ご愁傷さまだ。


 話はどんどんとこんな感じで次へ次へ、と進んでいった。


 まさかの敵グループと一緒にファミレスへ行ってしまった俺だが、身バレせず、何もなく終わってくれればそれでいい。


 そう思っていた。


 ……が、現実はそう甘くなかったのだ。


 この後に待ち受けてる出来事を、俺は知る由もなかった。

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