第40話 亜月さんの思い

 佐藤と密会(?)した後、俺は普通に自分団のテントの中へ戻った。


 昼食後にある応援合戦へ向けての集会があるのだ。


 ただ、集会と言っても、本番直前。


 何か具体的な作戦とか出し物とか、今さら大きなことを話すわけでもなく、単純に『今までやってきたことを思い出そう!』みたいなメンタル会議だ。


 一致団結してきた青春謳歌組と違って、俺は完全に団でも除け者扱いされてたからな。しょうもないと言えばしょうもない。


 俺の青春はそんなところじゃなく、もっと別のところにある。


 それは確実に大衆からしてみれば受け入れられないものだろうけど、こっちからしてみればどうだっていい話だ。


 おい、聞いてるか。眩しさに溢れた青春謳歌組よ。


 俺を除け者扱いしてくれて、好き勝手してくれるなら、こっちもこっちで好き勝手してもいい話になるのは当然だよな。


 残念だけど、この体育祭を、俺は俺のために利用する。


 それで空気がシラケた、みたいなことになろうが、知らない。


 青春ってのは、平等に与えられたものだ。


 誰にも奪われない、公平なものなんだ。




 ――なんてことを考えながら、俺は向こうの方を見やる。


隣のテント内にて、何か思案してるのか、表情の優れない佐藤の姿。


 奴は友達を大事にする人間だ。ちゃらんぽらんな風だが、曲がったことは基本的に許せない。


 だったら――なぁ、佐藤。


 俺の頼んだことも、きっちりと実行できるよな。


 お前の言う友情とか、人間性とか、その辺のところ、俺は信用したからな。


 頼んだぞ。




●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●




 そんでもって、気の休まるはずがない中迎えた昼食休憩。


 俺は当然のように目立たない校舎裏(体育館裏は今日使えない)へ行き、そこで安定のぼっち飯。


 ただ、いつもと違うのは、午後にある大本命イベント・借り物リレーにて、自分が動く手順を頭の中でシミュレーションしてたってことくらいだ。


 失敗は許されない。


 日頃、誹謗中傷されようが、怪我を負わされようが、ずっと黙って来たんだ。


 しっかりと動いて、俺の無実と、亜月さんを苦しみから解放してあげる。


 すべてを上手くやるんだ。


「――あ、ここに居ましたかー」


「――!」


 突如背から声を掛けられ、体をビクつかせてしまう。


 完全に自分の世界の中へ入り込んでたってことも影響してるんだろう。


 普通に驚きのあまり、座り込んだまま跳ねてしまった。


「だ、誰かと思った……。亜月さんかよ……」


「ぶっふふ……! すごい跳ねようだったね。そんなびっくりした?」


「そりゃそうじゃん。こんな日だし、外に人間も大勢いるから、誰かしらにバレてもおかしくないなって思ってんだから」


「あっはは。そかそか。確かにねー。今日はみんな外にいるもんね。バレてもおかしくないやー」


 楽しそうにニヤニヤしながら、俺の横で座り込む彼女。


 なんかもう、遠慮が無いよな。


 距離感も近いし……。改めて近くで見ると、やっぱりすごく可愛いし……。


「それで、何考えてたの? やっぱり、借り物リレーのこと?」


「……ま、まあ」


 ブスっとしながら返し、俺は卵焼きを口へ放り込む。


「なら、私と同じ。私もね、今日の朝からずーっと借り物リレーのこと考えてた。みんな一致団結! って感じで体育祭を楽しんでるのにね」


「亜月さんはいいだろ。その権利があるし、俺としても健全に青春を謳歌して欲しい。健全に生きて欲しい」


 俺がそう言うと、亜月さんはまた「ぷっ!」と笑い、


「何それ。暗田君、親みたいなこと言うじゃん(笑)」


「お、親って……」


「いいよー、別に。そんな願い持ってくれなくても。暗田君は暗田君で、自分のことをもっと考えて。私のことは気に……して欲しいけどさぁ~」


「どっちなんだよ……」


「うーん、なんて言うの? もっと、程よく生きてねって話。最近の暗田君、なんかちょっと思い詰め過ぎな気もするし」


「……」


 思い詰め過ぎ、か。


「何なら、私のせいかなって思ったりもしてる……。ほんと……ご、ごめんね。ここに来て謝るのもズルい気がするんだけど……」


 俺は「いや」と首を横に振った。


「それこそ気にしないでくれ。亜月さんは悪くない。俺が勝手に動いてるだけだから」


「でも、それで暗田君が不幸せになったら……どうしていいかわかんない。もう、私のことなんて気にしないで欲しいくらい」


「……」


「自分のことと同じ……ううん。もう、私の中で暗田君はそれよりも大きくなっちゃってるもん」


「亜月さん……」


「君が不幸せなら、私もそこに付いてく。だから、借り物リレーのこともそうだけど、色々上手くいかなくたって、ずっと亜月陽菜は暗田君の隣にいるからね」


「っ……」


「それだけ。私が言いに来たの」


 胸の鼓動が激しくなる。


 そんなことを言われたら、俺はますますやるしかない思いになった。


 訪れた少しの沈黙の中で、俺は切り出す。


「わかった。そういうことなら、もう吹っ切れることにするよ」


「へ?」


「あれこれ考えない。そうじゃなくて、伝えたいこととか、正直に話すようにする。それで考えてたことが上手くいかなくたって、それはそれだ」


「……うん」


「小細工無し。やれることだけやってみるよ」


 俺がそう言ったところで、体育祭再開五分前のマイク放送がされた。


 持ち場へ戻らないと。


 弁当の小包をしまい、俺は亜月さんと一緒にグラウンドの方へ戻るのだった。

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