第18話 見つけた彼女と新事実

 誰かを見つけるために走るなんてことをしたのはいつ以来だろう。


 中学……いや、小学生時代にまでさかのぼらないといけないかもしれない。


 それくらい、俺は今までの人生で無味乾燥な日々を過ごしてきた。


 ――この時までは。


「はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……!」


 ほとんど全力疾走に近い状態だった。当然ながら息は切れに切れ、額からは汗がにじみ、それと共に焦燥感もどんどんと俺の中で強くなっていく。


 早く亜月さんを見つけないと。


 明確な根拠はないが、不思議と何か直感じみた思いが俺を突き動かしていた。


 ここで早く彼女を見つけないと、取り返しのつかないことになる。


 というか、もう取り返しのつかない状態なのかもしれない。わからない。


 俺が進藤とトイレに行ってる間、決定的な何かが起こった。


 それが何なのか、見つけて話を聞かないと。


「――……!」


 ――なんて、そんな風に思いながら、ひたすら闇雲に亜月さんを探し回っていた俺は、見覚えのある後ろ姿を見つける。


「はぁ……! はぁ……! み、見つけた……」


 小さな公園にあるブランコで、寂しそうに肩を落とし、一人座っている女の子。


 見覚えのある後ろ姿の主は、亜月さんだ。間違いじゃない。黒パーカーに付いているプリントがこれでもか、というほどにおでん好きを強調してるし、あんなダサい恰好をしてる人、今日見た中で亜月さんしかいない。


 俺は立ち止まって安堵し、呼吸をまずは整える。そして、焦燥感に駆られているのがわかるくらいに早歩きし、彼女へ近付いた。呼吸を整える意味があったのかどうかについてはツッコまないで欲しい。たぶん意味などなかった。反射的にしてしまったのだ。落ち着け、自分、と。


「いきなりどこに行ったのかと思った」


「――!?」


 後ろから突如話しかけると、亜月さんは目に見えて肩をビクつかせながら驚き、すぐさま俺のいる方を見やってきた。


「あ、暗田くん……!?」


「俺のトイレ、そんなに長かった? ……まあ、とある奴に邪魔されてたし、短くはなかったと思うけど……」


「ど、どうしてここに……?」


「……。はぁぁ~……」


 とりあえずは一つ息を吐く。そして、ちょうどもう一つ隣にあったブランコへ俺も座った。


 目の前の彼女は明らかに冷静さを失っている。俺のふざけた質問に冗談っぽく返してくれる様子など一つも見せず、ただただ目を見開き、こちらを見つめてきていた。


「どうしてここがわかったかって? そんなの、勘に決まってる」


「か、勘……?」


「そうだよ。俺、別に亜月さんについて詳しいわけじゃないし。いそうな場所なんてわからない。だから、勘。闇雲に走ってたら、見つけられた。奇跡だ。神に感謝」


「………………」


「あ、あと、そのおでん好きパーカーにも感謝だね。一発で亜月さんだってわかった。それが無かったら、気付かずにスルーしてたかも。こんなところで役に立つとは、って感じ」


「………………」


 苦笑気味に喋り、軽く笑いを引き出そうかと思ったけど、それは不発だった。


 亜月さんはどことなく寂しそうに俺をジッと見つめ、やがて自分の足元へ視線を移動させた。


 興味なし、といった風にも感じ取ることができる。他のことで頭がいっぱいだ、と。


「……ねえ、亜月さん?」


「…………なに?」


「単刀直入に聞く。真中になんか言われた? その、喧嘩でもしたとか?」


「……ううん。してないよ」


「嘘じゃん。だったら、なんでいきなりファミレス飛び出すような真似したんだよ? 俺と進藤が席に戻ったら、真中たちの雰囲気も悪かったというか、いかにも何かがあったような感じだったし」


「………………」


 具体的な返答はない。


 何も言いたくないのか、それとも言えないことなのか。


 俺としては、もっと追及したかった。けれど、それも強引にはできないし、何よりも俺が彼女の立場だった場合、そっとしておいて欲しいと思うはず。


 だから、それ以上は聞けなかった。聞けなかったが、


「……暗田くん」


 亜月さんは座っていたブランコから突如立ち上がり、俺の正面へと歩み寄ってきた。


 ギコ……ギコ……と、座り主を失ったブランコが隣で勝手に揺れている。


「……? 亜月……さん?」


 俺は彼女の名前を呟くしかない。


 その後に続く、「どうしたのか」というセリフが出てこなかった。


「……暗田くん……。ごめんなさい……。私……暗田くんに謝らないとだ……」


「え……? 謝る……?」


「……うん。……なんか……変なことに付き合わせちゃったなって……」


「は、はい……? 変なこと……?」


 言われた言葉の意味が分からない。


 頭上に浮かぶ疑問符だが、それらをそのまま浮かび上がらせてるだけで終わらせてはいけない、と瞬時に判断した。


「どういうこと? 変なことって何?」


「……里佳子たちと仲良くなるために手伝うのをお願いしたこと……とか……」


「い、いいよそんなの! 何を今さら! てか、だいたいそれは俺が自分自身で了承したことだし、何よりも俺自身の目的を達成するために役立つことだから手伝ってるんだ! 別に謝らなくてもいいって!」


「……けど……」


「……? けど……?」


 俺がオウム返ししながら問うと、亜月さんは目元を手で覆い、やがて肩を震わせ始める。


 その姿を見るだけで、「どうしてだ」という気持ちが強まっていった。


 どうして、君はあんな奴らとそんなに悲しい思いをしてまで繋がり続けようとするのか、と。


「もしも……もしも、だよ……?」


「……うん……」


「私のせいで……暗田くんが皆に嫌われることになったって知ったら……暗田くんは……どう思う……かな……?」


「…………え…………?」


「私が里佳子たちに嫌われて……恨まれて……それが暗田くんにも飛び火してたって知ったら……腹が立つのは当然だよね……? 私のこと……嫌いになるよね……? だ、だから……ごめんなさい、なの……。ごめんなさい……なんだ……」


「ちょ、ちょっと待ってよ亜月さん! そ、それはいったいどういう――」


 ――と、説明を求めたところだったが、事態はそんなことを言ってる場合ではなくなった。


「あ、亜月さん!? 亜月さん!? だ、大丈夫!?」


 一気に亜月さんの体が俺の方へと預けられ、力なく倒れてきた。


 過呼吸だ。彼女の呼吸は荒く、とてもじゃないが正常とは言えない。


 精神的に限界だったのだ。それが一気に伝わってきた。




〇●〇●〇●〇●〇●





 その後、俺は彼女の過呼吸症状の処置をし、どうにかこうにか近くのベンチへ休ませた。


 症状の落ち着いた亜月さんは、事のあらましを一つ一つ、ゆっくりと教えてくれた。


 ファミレスからいなくなったのは、真中の言ったセリフが原因であること。


 そして、俺が真中にされた痴漢冤罪は、進藤の好意を亜月さんから真中自身へとすり替えるために行われた、最低最悪の企みであったことなど、事細かに。しっかりと。

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