第19話 反逆のゴングを鳴らすのは

「……全部それが原因だったってわけか……」


 雨よけ用の屋根があるベンチに座り、俺は独り言のようにそう呟く。


 ようやく過呼吸症状が収まったものの、どこか脱力したように虚空を眺めていた亜月さんは、視線をこちらへやることなくゆっくりと頷いた。


「どうも……そういうことみたい……」


「……なるほど。だからいきなりファミレスから出て行ったのも……」


「……ごめんなさい……。だって、面と向かってあんなこと言われたら……どうしていいかわからないし……そもそも暗田くんに申し訳なくて……」


「………………いや、それは……」


「本当に……ごめんね……。私たちのゴタゴタに巻き込んで……」


「………………っ」


 感情的なことを抜きにしていえばその通りだ。


 真中たちのグループと何の縁もないクラスカースト最底辺な俺は、連中の青春ごっこのために利用された。


 真中は俺を最大の悪に仕立て上げ、そして亜月さんをそんな俺とくっつけさせようとしていた……らしい。


 ぼっちで根暗で陰キャラな事実だけでは足らないから、変態の根暗野郎として忌み嫌われる要素を強引に付与させ、亜月さんを俺に近付けさせようと画策。


 そうなれば、変態の男とつるむ女だと次第に周囲に認知されるだろうし、亜月さんの人気は徐々に下がっていく。


そして、いくら芯の強い進藤だろうと、その流れに乗るしかなくなるだろう、なんて風に考えていたみたいなのだ。


 ……いや、なんとなくこれだけを聞けば、俺としてはどんな恋のキューピッドだよと言いたくなる。


けれど、実際問題そんなおいしいところだけで済む話じゃないのもまたわかってた。


 真中里佳子。あいつは他人の意思をまったく尊重しないクズだ。自分の願いをかなえるためならなんだってする奴だということがよくわかった。


 やはり、類は友を呼ぶという言葉に間違いはない。


 トイレで進藤と二人きりで会話した時、あいつもあいつで恐ろしい奴だと思った。何をしてくるかわからない奴だ、と。


 結局あいつらそろいもそろっては似てるのだ。


ノリのよさげな佐藤だって、ああいうちゃらんぽらんしてるのが人前だけの演技だって可能性がある。大平もクールなタイプで信用はまずできないし、光田と崎岡なんて真中の犬でしかない。


 ただただ頭を抱え、嘆きたくなった。


 奴らに利用されるほど立場の弱かった自分はもちろん、そんな奴らに絡まれ、人気者がゆえに強制的にグループ入ってしまうほど他人のお願いが断れない亜月さんの人の良さが今は悩みの種を生み出してる。


 いっそのこと、ヤケクソ気味に「もう強引にグループ抜けてしまえば?」と亜月さんに言いたくなるが、そんなのは無理なのだ。


 人間関係のしがらみは面倒くさい。


 本当に、本当に。


「……暗田くん……」


 沈黙の中、懊悩していると、隣の彼女からポツリと名前を呼ばれた。


「……どうかした?」


「前ね、暗田くん、私に『なんでそんな奴らと仲を保ちたいのか』って聞いてきたよね?」


「……ん、あぁ、それは、うん」


「その時私、微妙に的外れなこと言って答えをはぐらかしたの」


「だね。期待してた答えとは少し違った」


 意図的だったのか、と思う。


「……うん。でも、今だったらちゃんと教えてあげられる」


「……そうなの?」


 ずっと視線を隣の方へ向けずに受け答えしていた俺だが、疑問符を浮かべたタイミングで亜月さんを見やった。


 その勢いで「なんで今になって?」と続けて聞きたくなったものの、その質問は野暮だろうと本能が察し、ただ俺は亜月さんから返答が来るのを待った。


 彼女は正面の虚空を見つめたまま教えてくれる。


「私ね、ずっと前から……暗田くんのことが好きなんだ」


「………………へ?」


「初めて話しかけたのは、その、変態に……とかおかしなこと言った時だったけど……、それより前から暗田くんのことが好き」


「……え……!? え、え、え、えぇっ!?」


「でも、それは恋愛感情じゃなかった。人として、生き方が好きだったってこと」


「えぇ……」


 ……ま、紛らわしい……。一瞬、羽が生えてその場で浮いてしまうんじゃないかというほどに舞い上がりそうになったというのに……。


「ふふふっ。少年よ、今落胆したなー? もしかして、暗田くんは私のことが恋愛的な意味で好きなのかい?」


「――!!! い、いや、べ、別に!? そんなことないですけど!?」


「ぬふふふっ、ほんとかなぁ~?」


「ほ、ほんと、ほんと!」


 ニヤニヤしながら詰めてくる亜月さん。


 俺は必死に否定するわけだけど、正直好きだという思いがバレてる気しかしなかった。


 そして、しまいには何を考えたのか、こんな反撃に打って出る。


「てか、それを言うならば俺だって亜月さんのこと好きなんですけどもね!」


「へ……!?」


 ……ん?


「も、もちろん恋愛的な意味じゃなく、人として性格がが好きだってことだよ。明るくて、人のお願いが断れないほど優しいから」


「あ、え、う……っ! ふ、ふーん……! そ、ソウナンダー……!」


「……」


 ……なんか、思ってた反応と少し違った。


 これ、亜月さんも俺と同じで動揺してないか……?


「……亜月さん、なんか動揺してる?」


「へっ!? ど、動揺!? そ、そんなわけないよ! ドウヨウシテルワケナイ!」


「では、なぜにカタコト……?」


 シンプルに首をかしげると、彼女は俺に背を向けて、何やらブツブツと一人で呟き始める。


「……び、びっくりした……びっくりした……びっくりした……! 暗田くんが……す、好きとか言ってくるなんて……!」


「……? な、なんて言った亜月さん?」


 問うも、反応はない。どうやら一人の世界に入ってしまったらしい。顔辺りをパタパタ手で仰ぎながら、小さな声で独り言を続ける。


「そ、そもそも……こっちは恋愛感情で好きってわけじゃなかったって過去形で言ったのに……! 言ったのに……!」


「……??? お、おーい……」


 新たな一面だった。


 亜月さんでもこうしてもにょもにょと独り言を呟きながら小声でブツブツ言うらしい。耳も真っ赤だけど、まさかな……?


 しっかりと恋愛感情で好きだって言ったわけじゃないと宣言されたばかりなので、過度な期待はしないことにする。


 俺は咳払いし、話を続けるよう促すことにした。


「へ、変なこと言ってごめん。冗談だから、さっきの話の続き、お願いしてもいいかな?」


「じょ、冗談!?」


 ……なんか、泣きそうな顔で即座に振り向かれたのですが……。


「い、いや、ちょっとした対抗心が湧いたばかりに……すみません。亜月さんが恋愛感情じゃなくて、人として好きとか紛らわしいこと言うんだもの」


「うぅぅっ……! そ、そうだよね! そうだよね! 自分のしたことは自分に降りかかってくるって言うもんね! む、むぅぅっ……!」


 納得したのなら、頬を膨らませて顔を近付けてこないで欲しいのですが……。


 ひたすらに彼女の行動の思惑がわからなかった。さっきまで攻勢だったの、亜月さんの方だよね……?


「ま、まあいいや。今からその辺りはどうにかするし、全然構わない。むしろそっちの方が燃えるまであるもん。うんっ」


「……? 何の話?」


「こっちの話! ……ていうか、今私何の話してたっけ?」


 覚えてないのかよ……。


 なんというか、どこか重苦しい雰囲気だったのが気付かないうちに解けてて、ついつい笑ってしまった。


「亜月さんがなんで真中たちと仲を保っていたいのかって話。前は俺の質問に対して答えをはぐらかして回答してくれたんでしょ?」


「あ、そうだった。それで、私が暗田くんのこと、好きだって言ったんだ」


「そうだよ。そうそう。それで話がこんがらがっちゃったんだ」


 俺がそう言うと、亜月さんは「ふぅ」と一息ついてから、


「私は自分が一人になることを誰にも見られたくないんだと思う」


「つまり、ぼっちなところを誰にも見られたくない、と?」


「うん。過剰なくらいに。だから私は暗田くんに憧れたの。いつもぼっちなのに平気そうだし、自分の机で小説読みながらニヤニヤして楽しそうだったし」


「それ、ディスってるわけじゃないよね?」


「ディスってるわけないよ。本心。素直に凄いなって思うし、羨ましく思ってる。強いなって」


 大真面目に言われると、照れくさいを通り越して申し訳なくなってくる。


 だって、教室でラノベを読んでニヤニヤしてるとこに憧れられたって困るだろ、普通に。


「とはいっても、俺は人と関わるのが下手で、それが原因でぼっちになってるわけだし……」


「でも、楽しそうだよね。私にはそんなことできないもん。里佳子たちのグループから外されたら、それこそ一人だよ」


「人気者なのに?」


「関係ないよそんなの。今は好意的に見てくれる人がいたとしても、ぼっちになったら必ず私のことみんな避け出すと思う。里佳子たちが私と仲良くするな、とか言いそうだし」


「……なんか、うんざりするね」


「……うん。それで、暗田くんも利用しようとしてるしね……。救いようがないよ……」


 言って、二人して押し黙る。


 亜月さん的にはその後に続く言葉として、「何とかできないか」みたいなことを言いたいだろうけど、彼女はそれをしない。簡単にそんな案がポンポン出てくるわけがないから。


 ただ、だ。俺には一つ考えがあった。


「ねぇ、亜月さん」


「? なに? 突然改まって」


「明後日からさ、体育祭の練習始まるよね?」


「うん。それはそうだけど。六月だし」


 だからどうかしたのか、とでも言いたげに彼女は首を傾げた。


「体育祭で奴らに一泡吹かせてやろうかと思ってるんだけど、ちょっと協力してくれない?」


「……え?」


 亜月さんは頓狂な声を出す。


 俺はそんな彼女に一から説明することにした。この一見無謀ともとれる抵抗作戦の内容を。










※作者のつぶやき※

働くってほんとクソだわ(唐突な愚痴)(オタク特有の早口)(約10日ぶりの投稿になって謝りたい人間の図)(社会の歯車になって苦しんでる人間の嘆き)(連日残業の疲労感に溢れた顔)(明日からはまたちゃんと投稿できる開放感)(コーナーで差を付けろ)

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