第47話 終わってる二人

 グラウンド内の盛り上がり。


 それは決して競技が白熱するものだったからではなく、進藤歩が放送席に座る俺の元へ来たからだ。


「おい、進藤! お前まで何ここへ来てるんだ! 競技中だろうが! 暗田にせよ、真中にせよ、言いたいこと、主張したいことがあるんなら後でしなさい! 体育祭をめちゃくちゃにする気かお前たちは!」


 生活指導の体育教師は、当然ながら俺たちのことよりも競技進行が優先。


 他の教師たちも意味ありげに俺たちの方を見てるが、どう思っているのかまでは察することができない。


 心配そうな表情の思惑は俺たちを思ってのことか、それとも競技自体、体育祭のことを思ってのことか、わからなかった。


 ――が、少なくとも、応援テントにいる生徒たちは静まり返っちゃいない。


 俺の反逆放送を皮切りに、次々と言いたいことを叫び、もはや体育祭そっちのけでゴシップネタの行く末を見守ってる感じだ。


 でもまあ、気持ちはわからないこともない。


 ずっと性犯罪者だと思われてた俺が、実は単純に騙されてただけで、本当は無罪かもしれず、被害者かとばかり思われてた真中里佳子が加害者かもしれない疑惑が浮上したんだ。興味も沸くだろう。


「先生、すみません。申し訳ないですが、ここは見守っていてはくれませんか?」


 後方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 上利先輩だ。


 遂に動き出した俺を思ってか、ここに来てくれたらしい。


 すみません、ありがとうございます。


「な、何だ!? 何なんだ、上利まで!? お前たち、自分のしてることがどれだけ体育祭の進行の妨げになってるか、理解してるのか!?」


「織り込み済みです。それに、元々こうなることもわかっててこの競技を立ち上げたんです」


「な、何だと!?」


「怒られるのも承知です。反省文ならいくらでも後で書きます。だから、どうか今は見逃してあげてください。勇気ある彼は、この日のためにずっと準備し続けてたんですから」


 言って、上利先輩は俺を真っ直ぐな視線で見つめてくる。


 俺はそんな先輩からの意思を察し、一つ頷く。


 そして、マイクの電源を切って立ち並ぶ二人を見上げる。


「何だ? 二人仲良く俺の前に来てくれて。まあ、願ったりな状況だけど」


「……ざけるな」


「……は?」


 疑問符を浮かべた矢先だ。


 ちょうど放送席の机上に転がっていた一本のマイクを進藤が掴み取り、それを口元まで持って行って主張してきた。


『ふざけるな』


 決して大声なんかじゃない。


 が、その一言は低音で、怒気のこもったものだった。


 応援テントの方から聞こえてくる。「ガチ切れ?」と。ああ、どう見てもガチ切れだ。


『デタラメな音声を流さないでくれ。里佳子が冤罪なんて吹っ掛けるはずがないだろ? これは立派な名誉棄損だぞ』


 バカが。


 苛立った俺は、進藤と同様に自分の手に持っていたマイクを口元へ持って行く。


 そして、あくまでも冷静に切り出した。


『名誉棄損はこっちのセリフだ。今までいわれのない事実無根を擦られ続けてたんだぞ? そこにいる真中のせいで。訴えたいのはこっちだ』


『だから、それこそがデタラメだと言っている。やめろ、お前はもう喋るな!』


『俺が喋らなくなったら、真実はまた闇の中だろうが! ふざけんな! いいぞ!? 何度だって録音音声を流してやるよ!』


 俺の叫びに、進藤は歯ぎしりし、真中は表情だけで「お願いだからやめてくれ」と訴えかけてきた。


 本当は俺の手にでも縋りついて懇願したいところなのだろうが、それをすればもはや自分がその罪を行ったと自白するようなもんだ。そんなことはしてこなかった。


『これぞ、本当の告白放送ってやつだな。無実の証拠を垂れ流し、お前たち二人の関係も今日でハッキリさせる。最高の一日じゃん。なぁ、進藤?』


『っ……!』


『告白に関しちゃ、真中は乗り気だったよな。でも、進藤は乗り気じゃないみたいだ。なんでだろうな?』


『お、お前……!』


 怒りに打ち震えた目で進藤は俺を睨み付けて来た。


 だが、金縛りにあったかのように、奴は俺へ攻撃してこない。


 そりゃそうだ。攻撃なんてできるはずがない。


 俺がわざわざ時間と手間をかけてこの状況を作り出したんだから。


 進藤の一番されて困ることは、真中との関係をハッキリさせるのを迫られること。


 それは、どういう手段を使ってでもグループの平和を保とうとする思いと、それでも亜月さんと付き合いたいと願うこいつならではのものだ。


 進藤は亜月さんを諦めざるを得ない。


 絶対に真中の告白を断れない。


 それを知りつつ、俺は今回のイベントセッティングを試みた。


 結果、それが成功しかかってるのだから、ざまあみろとしか言えない。


 苦労した。本当に苦労した。


 ここまで来るのに俺がどれだけ耐え忍んできたか。


 ふざけるな、は本当にこっちのセリフだ。


 後ですべての審判あの人に下してもらう。


 それでこいつは終わりだ。


「お、お願い……! お願いだから、もうこれ以上はやめて……!」


 で、もう一人情けなく懇願する女。


 真中里佳子に関して言えば、もう処理したと言っても過言じゃない。


 こいつは証拠の音声にマイクを添えて全校生徒へ垂れ流せば、おのずと今まで嘘ついていたことがバレる。


 ――まあ、もっとも、


「真中さんさ、ちょっとないよな」

「あぁ。今まで暗田のこと誤解してたみたいだわ俺」

「な。ヤベーよな、痴漢冤罪吹っ掛けるとか。怖くて近寄れねーよ」

「それ。マジ一番ヤバいのあの女っていうね(笑)」


 もう、ほとんどその嘘もバレ始めてるんだけどな。


 いい気味だ。せいぜい絶望して死ね……とまではいかないけど、裁かれるべくして裁かれて欲しい。


 俺はそのお前のやってきた理不尽に散々耐えてきたんだから。


『……じゃあ、とりあえずもうこれで最後にしよう』


 ぽつり、とマイク越しに言葉を紡ぐ俺。


 すると、入口ゲートのところから、亜月さんと進藤グループの男、佐藤が二人並んでこっちへ歩いてくる。


 亜月さんの手には、指示した通り一枚のボードが持たれている。


「なんだ? 次は何ななんだ?」

「あれって亜月さんじゃん」

「やっぱ今日も可愛いよな」

「その隣に居るのは……佐藤? 何でアイツが?」

「それより、亜月さんは何持ってるんだよ?」


 周囲が困惑する中、二人はグラウンドの中央で立ち止まった。


 俺は待ってましたとばかりに立ち上がり、進藤と真中の脇を通り抜け、彼らの元へと急ぐ。


 そして――


『では、皆さん。この競技、借り物リレーの締めと行きます』

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