第35話 体育祭当日

「晴れ、か」


 体育祭当日の朝。自室にて。


 珍しく、朝起きてからすぐに部屋のカーテンを開けた。


 思わず目を閉じてしまいそうになるほどの日光が瞳を突き刺してくる。


 こんなの、冤罪事件に巻き込まれてから、初めてやる行動だ。


 それまでは、朝起きればなんとなく朝日を浴びたい欲が出てきてたんだが、ここ最近はそんな思いもなりを潜め、ずっと部屋を暗くしたまま学校に行ってた。


 それは、自分自身がこれから起こることに希望を抱いてるゆえの行動なのかもしれない。


 他人が不幸になるかもしれないってのに、そんなのが希望の材料だなんて、とんだ最低人間だな、と思われるかもしれないが、紛れもない事実なのだから仕方ない。


 今日、革命が起こる。


 大衆が当たり前だと思っていたことを当たり前じゃなくさせ、混乱を運ぶ。


 そんなのはもう、革命だろう。間違ってないはず。


 別に19世紀のフランスだとかを再現したいわけじゃない。


 俺は別に断頭台のギロチンで~とか、そこまでは思ってないからな。


 ただ、奴の……真中里佳子の精神を少しばかりえぐるだけだ。


 それだけに過ぎない。




●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●




「おはよ、暗田君」


 学校に着くと、まず亜月さんが話しかけて来てくれた。


 もちろん、それは大勢の奴らがいるところで、じゃない。


 あまり人目に付かない、校舎と校舎の間にある暗い通り道を歩いてると、だ。


「おはよう、亜月さん」


 俺が返すと、亜月さんは少しばかり顔をしかめ、


「あれ? なんか今日元気ない? てっきり意気込んでるものかとばかり思ってたんだけど?」


「意気込んではいるよ。意気込んではいるけど……なんというか、ここでテンションを上げて笑えるような人間に、俺はたぶんなり切れてないんだと思う」


「え、そうなの?」


「そう。……っていうか、そうやって聞かれるとなんか色々アレだな。俺のことどう思ってるんだ、とかツッコみたくなってしまう」


「いやいや。別に悪いようには思ってないよ? 今さらじゃんそんなの。暗田君は私のために奔走してくれてるんだし」


 茶化すかのように胸の前で腕をクロスし、ミイラみたいなポーズをする亜月さん。


 俺は苦笑した。


 心の中で思う。


 悪いように思ってないのも、今だけだろうな、と。


 きっと、今日やることで、俺は亜月さんからも反感を食らってしまう。


 それくらいのことをやるつもりなのだ。


 だから、表情も暗めになってたのかもしれない。


 なるべく顔に出さないように、と努めてはいたんだけど、それも努力が足りなかったみたいだ。ポーカーフェイスになり切るのも難しいもんだ。


「……まあ、悪いように思ってくれてないんだったらいいけど。あと、亜月さんのために奔走するのは当然だよ」


「うわ~、イケメン発言また出ましたよ~」


 言いながら、肘でウリウリとつついてくる亜月さん。


 これもまた、何とも思っていないふりをするつもりだったのだが、思わず若干ニヤけてしまう。くそっ。表情筋の緩さよ。


「だって、亜月さん本人に最初言われたんだもんな。助けてくれって。とんでもない発言付きで」


「あー……」


 宙を見て思い出し、やがて「ははっ」と照れ隠しのように笑ってみせる亜月さん。


 その顔がちょっとだけ赤くなってたんだけど、それについては何も言わないことにする。


「なんか、まだそこまで時間経ってないのに、随分昔のことのようにも感じるね~。懐かしい」


「そう? 俺は昨日くらいのもんかなって思ってるけど」


「え~? じゃあ、何? 私と一緒に居られて楽しいってことかな? 時間過ぎるのが早い~みたいな」


「……さあ。そこはご想像にお任せしますよ」


「そういうのぼかすよね~(笑) 照れてるくせに~(笑)」


 その言葉、そっくりそのまま亜月さんにお返ししたいくらいだ。


 今さっき照れてたくせに。


「――とまあ、話してる間に着いちゃったね~、グラウンド」


「……そうだね」


 亜月さんの言う通り、グラウンドが見えてきた。


 ワイワイガヤガヤと聞こえてた声も大きくなってくる。


 そこへ近付けば近づくほど、俺は亜月さんと話していられなくなる。


 戦いのときが近付いてくる。


 ――俺は……歩みをその場で止めた。


「じゃあ、この辺りだな」


「うん」


「亜月さん、今日俺がする競技、ちゃんと見ててくれ。なんなら、動画撮影が望ましいね」


「え~、撮るの?」


「お願いします。決して、何か嫌なことがあっても投げ出さないで欲しい」


 俺は生唾を飲み込み、続けた。


「何をしようと、俺は亜月さんしかいないからさ。心許した人」


 言って、俺は「それじゃ」と手を振った。


 亜月さんはポーっと俺の顔を眺め、ジッと固まっていたが、しばらくしてまた動き出した。


 また動き出した際に顔が朱に染まっていたのは、彼女の中で今後誰にも言わないでおこうと思えるようなものだった。

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