第3話 しゃぶる!?
「あ、あの……聞き間違いだったらすみません……。変態にして欲しいっていうのは……ど、どういうことですか……?」
衝撃的な発言を受けて、俺はただぎこちなくそう問うしかなかった。
意味が分からない上に、脈絡がなさすぎる。
一瞬、俺のことをからかったりバカにしてきてるのかとも思った。
あの冤罪事件以来、そういう「変態」みたいなワードは言われ過ぎてるせいでマイナスな方にとらえてしまうのだ。いや、事件がなくてもマイナスではあるけれども。冗談とかではなく、俺を貶すための純粋な言葉として受け取ってしまうというか……。もう、とにかくよくわからん。
亜月さんは今にも逃げ出したくなるほど勇気を振り絞り、俺にその言葉を投げたのがわかるくらい顔と耳を赤くさせ、目をきゅーっと閉じ、うつむき気味になってる。
なんというか、冗談とかではなく、本当のお願いという雰囲気がビンビン伝わってきた。
「……そ、そこ……改めて聞くの……? さ、察してくれたりとかは……」
「そ、そんなの無理に決まってますよ! 察してくれって言われても、俺は亜月さんの心が読めるわけでもないですし、たとえ読めなくても日々ずっと一緒にいたらわかるかもしれないですけど、行動を共にしてるわけでもないんですから」
俺が率直に言うと、彼女はさらに「うぅぅ……」と悶えて顔を両手で抑え、ゆるゆると小さくなっていく。
しゃがみ込んでしまったのだ。
なんか、誰かがこの光景を見たら、女を泣かせた男ということで問題にもなりそう。
しかも、その男と女が学校一の嫌われ者と学校一の人気者だからな。問題どころじゃ済まない可能性もあるし、何よりも落差がでかすぎる。エベレストとマリアナ海溝くらいのもんだ。
「で、でも……確かにそうだよね……。ごめんね……全然無理なこと言った……。私と暗田くん……今日初めて話したし……察してとか無理だよね……」
「ま、まあ……」
「ていうかね……そもそも、思いを察して欲しいって言う人……私自身嫌ってたはずなの……。けど……言っちゃった……。窮地に立たされすぎちゃって……思わずそう言っちゃった……。自己嫌悪も半端ないし……そうやって自分で言ったことに対して無責任なのも……ほんとに嫌になるよぉ……うぅぅ……」
「……う、うん。人間誰しも強くないし、思ってもないことでも逃げの姿勢で安易な言葉を使ってしまう時もあると思いますよ。わかります。……なんとなく」
「ほんと……? わかってくれるの……?」
涙目で顔を上げ、俺をうるうると上目遣いで見つめてくる亜月さん。
ちょっと反則だと思った。自分の美人具合を自覚してないのか。あざとすぎだろ。天然か? それとも意図しての行為か? とも。
俺は顔を横へ背け、口元を抑えつつ、
「な、なんとなくですけどね……! なんとなく……! 俺は亜月さんと違ってコミュニケーション力だって高くないし、友達もゼロで社交性もない……! だから……そういうときもあるよなぁ、そうなるよなぁ、っていう推測しかできないですから……!」
「……推測でも嬉しいよ……。ほんと、自分の悪いとこだなって……すっごく自覚してるし……」
「は、はぁ……」
「それが原因で……里佳子ちゃんたちからも裏では嫌われてるってわかってるの……。だから……変わらなきゃって思って……」
「え……。クソ……じゃなくて、真中さんたちって、亜月さんのこと嫌ってるんですか……?」
とてもそうは思えない。
……が、目の前でしゃがむ彼女はコクリとゆっくり頷いた。サラサラの髪の毛ははらりと動く。驚きだった。
亜月さんと俺と冤罪クソ女の真中は同じクラスだが、その中でも同じグループに属してる亜月さんと真中はいつも仲がいい風だし、冗談も言い合ってる仲だ。
あれで裏では亜月さんを嫌ってるとは……。女の世界が恐ろしいということは想像に難くないものの、改めて恐ろしい。演技力は女優並みだ。普通に勘違いしてたわ。
「な、なるほど……。詳しくはわからないですけど、変わりたいと願って、それで俺に変態にして欲しい、と頼み込んできたわけですか……」
「う、うん……。里佳子に痴漢するくらい猛者な暗田くんだもん……。その変態スピリットを学ぶなら、多少エッチなことを強要されてでも、暗田くんに頼み込むのが一番だと思いまして……。お、お願い致します……お師匠様……」
「………………」
お師匠様ってなんだよ……。しかも、どういうお願いだよ……。こんなことで土下座しないでくださいよ……。しゃがみ込んだのは土下座するための伏線だったんですか、亜月さん……?
色々とツッコみどころはあった。
が、まず今はこの人だけにでも伝えとくのがいい気がした。
どうやら、話が通ずない人じゃないっぽいし、何よりも俺の言い分を無視して頭ごなしに罵倒してくる奴らとはちょっと違うっぽい。
見た目に反してちょっと変わってる子なんじゃ……? とは思ったが、とにかく誤解を解かなければいけないと真っ先に思ったのだ。
俺は若干亜月さんに歩み寄り、しゃがみ込もうとした。しゃがみ込んで、目線を同じ高さにして話そう、と。
しかし、ちょうど彼女の目線先が俺の股間に直撃したのが悪かった。
亜月さんはギョッとし、それから急激に顔を赤くさせて、切なげな瞳で俺を見上げてき、
「な、なんですかお師匠様……? ……さ、さっそくしゃぶれということなのでしょうか……?」
「は!? ち、違いますよ! ていうか、何言ってんですかあんたは!」
「だ、だって、いきなり私に股間を差し出してくるなんて、そういうことだとしか思えないんですもん! 『ほら、ではこれが貴様を弟子にとってやれるかの試験だ。しゃぶれ』みたいな感じで!」
「くだらん想像はやめてください! ていうか、敬語もやめて! 弟子にした覚えとかないですから! そもそも俺は変態なんかじゃないし、色々誤解だし!」
「へ、変態じゃない……? ご、誤解……?」
「そうですよ! 真中さんに痴漢したとかいうのもすべて嘘! あれは真中さん自身が工作した冤罪事件であって、俺は何もしてないのに痴漢犯罪の加害者ってことにされただけなんです!」
「え……? う、嘘……?」
「ええ! 真中さんが何を企んでそうしたのかはまるでわからないですけどね! 俺は恨みも何も買ってないと思うのに! ……くそっ!」
と、舌打ちした時だ。
不意に向こうの方から「え……!?」と露骨に驚きの色を見せる声が聞こえてきた。
視線をやれば、そこには俺たちと同学年と思われる女子三人。
最悪だ。
が――
「暗田くん、ちょっと私についてきて」
「え?」
「いいから、ちょっと」
「あっ、ちょっ!?」
しゃがみ込んでいたところから立ち上がった亜月さんに手を引かれ、俺はついていくしかなかった。
こんなことしたら、明日亜月さんが周りの奴らに何を言われるか、と思い、申し訳なくなる。
後ろの方で三人はひそひそ言い合ってた。
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