第2話 私を変態にしてください

「君って……今学校で有名な人だよね?」


「え……あ……う、うぇ……?」


 放課後。なんとなく入った図書室にて。


 俺は目の前で起こってることが現実なのか、それとも夢なのかわからず、ただただ動揺することしかできなくなった。


「も、もちろん名前も知ってるよ。暗田くん。暗田送助くん。一度も同じクラスにはなったことないけど……今言った通り、最近有名っぽいから君」


「え……えぇっと……」


 色素の薄い茶褐色の髪の毛をうしろで一つに束ね、制服の着崩しが一つもなく、アクセサリーも化粧もしていない彼女。


 が、しかし、それでも他の女子に比べてみると群を抜いて可愛いと思えるその容姿は、まさに天から与えられたものとしか思えないレベル。


 近くで見ると、余計に可愛く見えてしまう。まつ毛が長いし、鼻や口などの顔のパーツが整い過ぎてて、俺は目の前に立ってるのが申し訳なくなってきていた。


「あ、とは言ったものの、暗田くんが私の名前を知っとかないとこういうやり取りって成立しないか。ごめん、自己紹介遅れました。私、亜月陽菜(あづきひな)っていいます。好きなものは放課後の図書室です」


 なるほど。だからここにいるのか。


 変に冷静になって納得してしまった。


 ハッとし、俺は首を横に振る。


「い、いや、あ、亜月さんの名前くらい知ってるよ。さっきから有名、有名って言ってくれてるけど、俺みたいに悪い意味で有名な人間と違って、いい意味で有名な方ですので……」


 おずおずと俺が言うと、亜月さんも亜月さんで首と手を連動させて横に振った。

 

「う、ううん! そんなことないよ! 私がいい意味で有名とか、全然そんなことない! 前なんか放課後に一人で隠れて大きいクレープ食べてたら、それをバッチリ撮られてて記事にされたし、なんならその時、私結構大きく口開いてたから、すっごくはしたないところを全校の人たちに見られちゃったから!」


「あぁ……アレ、ですか」


「そう、あれ! ていうか、その言い方はやっぱり暗田くんでも知ってるってことなんだよね? う、うぅぅ……もうヤダ……」


 恥ずかしさに悶え、亜月さんは一人で頭を「きゅ~っ」と抱えてた。


 その仕草もまた可愛い。わざとらしさも感じないし、だからあざとい感じがまるでしないのも、彼女が校内一人気のある女の子であることの所以だろう。


 亜月陽菜はこの学校で一番の美少女であり、人気者であり、また、全男子が虜になってしまう高嶺の花なのだ。


 だから、新聞部にクレープを食べてただけで写真付きで記事にされる。


 一応そのことについてはプライバシーもクソもないな、と思ったりするけど、なんか恥ずかしそうにするだけで、彼女自身それを諫めたりはしようとしてないみたいだった。


 目立ちたがり屋なのか、それとも純粋に優しさから許してるだけなのか、俺は彼女と元々天と地ほどのカースト差があったから、絡みもまるでなく、この子がどういう人間なのかまるでわかっていない。


 ただ、雰囲気的に後者であると思えるのだが……どうなんだろう?


「ねえ、暗田くん」


「……! あ、は、はい?」


「私のこんなとこを見ても、まだいい意味で有名だって言い切れる?」


「それはもう。むしろ、そういうところを知ったことによって『さすがは人気者だな』と思えますね」


「な、なんで!? おかしいよ、それは!」


「だって、人気者じゃない人の記事なんて新聞部は作ろうとしないですよ。しかも、隠れて盗撮って」


 文〇砲かよ、とツッコみたくなった。まあ、うちの新聞部は某雑誌会社よりも些細なことで記事を作ってしまうようだがな。これじゃあ亜月さん《にんきもの》も大変である。


「じゃあさ、その理屈で言ったら暗田くんも同じだよ! ほら、見てこれ!」


 言って、どこから取って来たのかわからない新聞の一部分を広げて見せてくれる亜月さん。


広報誌を文字ってオリジナリティを出そうとしてるのか、【校報誌】と名付けちゃってるところも微妙に癪だ。新聞部の連中は好かん。


「こ、これは……」



『わが校に生まれた変態! 今日も電車に乗って次のターゲットを探してる最中か!』



 こんなクソ記事を出すくらいだしな。


 相変わらず、堂々と俺の通学中の様子を写真に収め、好き勝手書いてるようだった。


 学校へ行くためには朝から電車に乗らないといけないだけなんだよ! ああいう冤罪事件があったのにも関わらず、と思われるかもだけどそうしないと学校に行けないの! わかった!?


 口では言わないものの、自分の記事に向かって心の中で叫ぶ俺であった。


 亜月さんはドヤ顔で記事を見せつけ、ジッとこっちを見つめてくる。


 俺はそれに対してこれ以上何も言わず、ただため息を一つ。


「でもまあ、これでわかったじゃないですか。亜月さんはいい意味で、俺は完全に悪い意味で有名なんです。明らかなんですから。書いてある言葉とかも、なんか俺の方はシンプルな悪口とか書いてあるじゃないですか」


「……悪口は……さすがに私の方にはない、かな……」


「でしょ? てか、そういうことを知ってて俺をバカにしに来たとかじゃないんですか? まだ亜月さんの口からは『変態キモ』とか出てないですし」


「そ、それは違うよ!」


「へぇ。だったら何なんです? 何が目的で俺に近付いてきたんですか? 罰ゲームか何かですか? 嘘告白とかだったら、全然受け付けますよ。もちろん、俺はオーケーって言います。好き勝手バカにしてもらってまったく構わないんで」


「ち、違う! そんなんじゃないから! ねぇ、暗田くん、聞いて?」


 やめろよ。


 心の奥底でもう一人の俺みたいな存在がそう言ってくるものの、俺は止まれなかった。


 変なアクセルがかかった感覚。


「聞きますって。ほら、何でも罵倒は受け入れます。言いたいだけ言えばいいじゃないですか」


「だから、そうじゃないの!」


 真っすぐ見つめられて切に叫ばれた。


 その懸命さが一瞬で伝わり、俺は押し黙るしかなくなる。


 そこで同時に冷静にもなれた。


 バカだ。この人に腹いせなんてしてどうする。


 真中里佳子と仲がいいからって、彼女が直接俺の冤罪事件に関与してるわけじゃないのに。


「……じゃあ、そうじゃないってのはいったい……?」


 問うと、亜月さんは一瞬視線を俺から外し、少しうつむいてしまう。


「……その、こういうことって、私どう言っていいかわからないんだけど……」


「……うん」


「えっと……その……」


「………………」


「……っ」


 しばしの沈黙。


 それから、十秒ほどが経った後、亜月さんは上目遣いで言ってきた。


「わ、私……っ、暗田くんに……変態にしてもらいたいの……」


「……………………え?」


「え、エッチな……女の子にして欲しくて……おおお、お願いしましゅ!」


 瞬間的に、空いていた窓からビュウッと風が入って来た。


 訳が分からず、俺はポカンと口を開けるしかなかった。

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