第10話 進藤歩の思うこと
「いや~……、それにしてもやっぱすごかったね歩くん……」
「う、うん……。相手も弱くなさそうだったし……控えめに言ってヤバすぎだろって感じ……」
俺と亜月さん、二人して変装した恰好のまま、唖然としながら向こうを眺める。
視線の先には、試合が終わって仲間たちとハイタッチしてる進藤歩の姿。
ゲームはまさに、奴の無双状態と表現するのがふさわしかった。
見た感じ、掛け声とか、応援の数とかから察するに、相手のクラブチームのメンバーもそこそこ強かったはずだ。
が、進藤の実力はそれを踏まえても圧倒的なものがあった。
個人戦で出場した全四試合で、まったく点を取られずにすべて勝ち切ったのだ。
驚異的な完封劇に、相手も最後の方は頭を抱えてたし、ついでに言えば俺も頭を抱えてた。
あいつ、あれで勉強もめちゃくちゃできて人気者で、かつ顔もイケメンなのだ。
神様も不公平だよな、とつくづく思う。天は二物を与えずとか言うけど、二物どころか三物も四物も一人の人間に対してあげちゃってるじゃん。どう考えても不公平だろ。俺にも一物くらいよこせよ。モテモテの権限だけでいいからさ。ほんと。
「ねえ、わかった? あれが歩くん。進藤歩くんだよ、暗田くん」
「……なんでちょっと自慢げなの……?」
俺は金網の向こうを焦点の定まらない目でボーっと見つめながら、亜月さんに問うた。
「別に自慢げに言ったつもりはないよ。ただ、でも、改めてなんでなんだろうなぁ、とは思う」
「あいつが亜月さんを好いてることについて?」
「……うん。里佳子とか、茜とか、美鈴とか、私たちのグループの中には可愛くて、明るい女の子が三人もいるのに、どうして私なんだろ、って」
そりゃ、群を抜いて亜月さんが可愛いからでしょ。
なんてことを真っ先に言いたくなったが、心の中に留めておく。
すぐ傍にいる女の子相手に、面と向かって「可愛い」だなんてセリフはそう簡単に吐けない。言うには、それなりの覚悟と勢いがいる。今はその覚悟も勢いもなかった。だから言えなかったのだ。
代わりに、進藤がこの試合の中で見せた人間性について、個人的に気付いた部分を言うことにした。
「なんていうか、それは進藤なりの思いがあるんだろうし、これは俺の推測だから、不確かだってことを最初に断っておくんだけど、たぶんあいつ、亜月さんがグループの中でひそかに嫌われてることを知ってるんじゃないかな、って思った」
「……へ……?」
「模擬団体戦を最初に軽くやってたじゃん? その時にあいつ、ベンチに座って応援してる時、目の前で試合してる仲間の気遣いだけじゃなく、一緒に座ってる奴らのことを割と横目でチラチラ見てたんだよ」
「え……そうなの?」
「うん。細かく観察してたから、これは本当。要するに、めちゃくちゃ気遣い屋で、一緒にいる奴らのこともよく見てるんだと思う。一緒のグループで会話してて、そう感じたことってない?」
「あるにはあるよ。よく周りが見えてるなぁ、とか、気遣いが上手だなぁ、って思う……というか、そうやって里佳子たちも言ってるしね。『歩は何でも察してくれる』って」
「だろ? 俺はそれに今気付いた。んで、そういう奴ってのは、往々にして集団の輪を平和なものに保とう、保とうとする傾向にあると思うんだ」
「……うん」
「よって、亜月さんに魅力があるという理由の他に、嫌われてる亜月さんと付き合い、自らの人望でカバーしようとしてるんじゃないか、と俺は推測してみた。ちゃんと一対一で会話したことが無いし、あくまでも完全な予想だけどな」
「………………」
俺が意見を言うと、亜月さんは考えるような仕草をし、黙り込んでしまった。
そして、十秒ほどが経過したところで口を再び開く。
「それが本当だとしたら、いらないお世話だなって思う」
「まあ、ちょっとお節介だなとは思うよな。ただ、何度も言うように、これは俺の推測だから、それが本当のアイツの心の内だとは思ってあげないでくれよ」
「大丈夫だよ。そこはわきまえてるつもり。それにね?」
「……?」
「私、歩くんはそこまで短絡的でもないと思うんだ。思慮深い人でもあるし」
「そうか……?」
「そうだよ。だから、それが理由で人間的に面倒くさいところもあるの。もっと考えの根は深くて、複雑なんだよ」
「へぇ」
まあ、それが人間でもある。
進藤の人間性を触りまでしか理解できていない俺には、到底知り得ない部分だ。やっぱり、奴と会話してみないとダメか。
そう思い、今度勇気を出して話しかけてみるか……? なんてことを頭の中に浮かべた矢先だ。亜月さんが俺の顔へ自分の顔をズイっと近寄せてきた。反射的に俺は少しばかり距離を取る。
「でもね、暗田くんも暗田くんで、やっぱりさすがだなって思う」
「なぜにそこで俺が?」
「だって、このテニスの試合見ただけでそんなところまで推測付けるんだもん。歩くんが気遣い上手なのは確かだし、観察能力あるなぁって」
「まあ、よく見てみれば簡単ではあるけど」
「ううん。そんなことないよ。そういうのって、誰にでもできるようなことじゃない気もするし。だから、ありがとね。そこは感謝しとかなきゃだ」
「どういたし……まして? ……いやいやいや、なんか違う気がする。これで感謝の言葉を頂くのはどうなんだ……?」
「どうもこうもないよ。いいの。素直に感謝の言葉もらっといて。私の善意なんだから」
「あ、あぁ……そう?」
「うんっ。あ、あと、そろそろお昼だよね?」
「ん、お昼か」
そう言って、おもむろに俺はポケットに忍ばせていたスマホのホーム画面を見た。
確かにその通りだ。そろそろ十二時十分を指し示そうとしてる時間帯。腹も減る。
減るが……何やら亜月さんは自分の背負っていた可愛らしいリュックサックを下ろし、中から何かを取り出そうとしてる。なんだ?
「もう一つ、善意というわけでもらって欲しいものがあるの」
「もらって欲しいもの?」
「そう。んしょ、んしょ……はいっ。これですっ」
「え……こ、これって……」
リュックサックから姿を現したもの。
それは、巾着袋に入れられた、一つの弁当箱なのであった。
「これ、一緒に向こうのベンチに座って食べよ? あーんしたげる」
マ ジ ?
俺の体の血が途端に騒ぎ出したのがわかった。本当に何なんだ、この展開は。
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