第21話 体育祭イベント執行委員初顔合わせ

 西教室棟へ向かうまでの道のりは慎重に選択した。


 理由は今さら言わなくてもわかると思うが、俺と亜月さんが一緒に行動してるところを誰かに見られないためだ。


 彼女はそれに対して全然気にしないというが、俺は気にする。いや、気にしないといけない。


 いくら冤罪を被って無実であるとはいえ、世間で俺は立派な痴漢犯罪者だ。そんな奴と一緒にいれば、たちまち彼女には悪い影響が少なからず降りかかるはず。だから、たとえ遠回りをしてでも、道中は細心の注意を払った。


 そうして、歩くことおおよそ十分ほど。


 俺たちは一緒に来たのがバレないよう別々のタイミングで会議室へと入った。亜月さんが最初に入り、俺がその後間を空けた、という感じだ。


「おいおい……本当に来たぞ……」

「嘘だろ……。何であいつがイベント執行委員に立候補なんてしちゃってるんだよ……」

「俺だったら絶対学校にも来れねーわ。勇気だけは凄いよな……」


 想像してはいたが、いざこうして対面してみると、結構メンタルにくるものがあるな。


 会議室に既にいた奴ら、おおよそ十五人ほどから一斉に見られ、コソコソと陰口を叩かれる。


 どいつも明らかな嫌悪の色をその瞳に灯して、排斥とまではいかないものの、俺がいなくなればいいのに、と心の中で願ってそうなのが一発でわかった。特に女子委員のそれは、気を引き締めてなかったら一瞬でメンタルブレイクしてしまいそうなものだ。向こうの方で心配そうに見つめてくれてた亜月さんがいなかったら、俺は泣きながらここを飛び出してたかもしれない。危なかった。


「うん。これで今年の体育祭のイベント執行委員メンバーは全員集まったようだね。暗田君、だったっけかな? 来たばかりで悪いけれど、すぐにでも第一回会議を始めたいんだ。どうぞ、空いてる席へ」


「……! あ、はい……」


 一番最前列にあった長机に両肘を付けてる、いかにも賢そうな雰囲気のメガネ男に促され、俺は会釈しながら一つだけ空いていた前列左端の席へと移動する。


 移動するのだが、少々拍子抜けというか、救われた気分にその時俺はなっていた。


 というのも、あの最前列にいる男は見るからに今年のイベント執行委員の委員長なのだが、彼に至っては、俺に対して嫌悪感を抱いてるような印象をあまり受けなかった。


 他の一般生徒同様に扱ってくれてる感が凄い。当たり前のようなことなのだが、その事実だけで軽く泣きそうになった。俺が今こうして席に向かってる中、他の奴らは通夜並みにシンとした空気を作り出し、拒絶の意思をこれでもかというほど醸し出してるのに。


「よし。では、今から第一回会議を始めたいと思います。私、今年の体育祭イベント執行委員の委員長を務めさせていただきます、三年の上利(あがり)といいます。皆さんとは初顔合わせで緊張していますが、どうぞよろしくお願いします」


 やはり委員長だったらしい。


 上利先輩は座っていた椅子から立ち上がり、委員メンバーの前で丁寧に、そして少々はにかみながらお辞儀した。


「一応、副委員長も既に決まってて、会議に参加する予定だったのですが、彼女、今日は体調不良で学校をお休みしてまして、それで私一人ということになってます。軽く紹介しておきますと、副委員長の名前は浅田天音(あさだあまね)といいます。女性の方で、私と同じ三年生です」


 浅田天音、か。上利先輩と同じく三年生で、女子の方と。


 確かによくよく考えてみれば、上利先輩が今いる長机の横には、もう一つ席が用意されてる。そこに本来ならば浅田先輩が座るのだろう。納得。


「何度も言いますが、初顔合わせですのでね。なるべく彼女にも今日は来ていただきたかったのですが……仕方ないですね」


 言って、上利先輩は腕を組み、俺たち一般メンバーを右へ左へと見回す。それから続けた。


「じゃあ、まあ、唐突ですが、それぞれ各自自己紹介からお願いしてもよろしいでしょうか? 私が今行ったみたいに、簡単に名前と意気込みだけでもお願いしたいです」


 拒否する奴はいるはずもなく、皆どことなくぎこちない雰囲気の中、互いを見合う感じで無言の了承。


 上利先輩はそれを見て頷き、一番右端で最前列にいる人から縦に順番に自己紹介するよう言った。


 指名された女子は遠慮がちに椅子から立ち上がり、緊張した面持ちで俺たちの方へと体の正面を向ける。


 俺の自己紹介の順番は……なんと一番最後だ。


「え、えと、二年の――」


 そうして始まった自己紹介は、所々最中に軽い笑いがあったり、メンバーのやる気を引き出すものがあったりと、多様だった。


 亜月さんが自己紹介する時は、男子の目がなんとなく輝いてる風に見えたし、言い終わった後の拍手が一際大きかったように思えるけど、それは全部気のせいだと思うことにした。


 そして、あれよこれよとしてるうちに、俺の番は回ってくる。


 緊張もほぐれ、場の雰囲気もいいものになってきたというのに、ここでまた空気は冷え冷えとしたものに逆戻り。


 それでも、上利先輩だけはやはり楽しそうだった勢いを殺すことなく、俺を見やってくれた。


「最後は君だね、暗田君。よろしくお願いします」


 俺は会釈して立ち上がり、例にならって皆の方を向く。そして、口を開いた。


「二年の暗田送助です。明らかに自分だけは歓迎ムードではないですが、それでも俺は誰かの高校生活と、自分の高校生活がよりよいものになればいいなと思い、今回のイベント委員に立候補しました。短い間ですが、どうぞよろしくお願いします」


 拍手は……ほとんどない。していたのは、亜月さんと上利先輩だけだ。


「みんな、拍手はちゃんとしましょう。彼の時だけしないというの間違ってます」


 先輩が言ってくれたおかげで、仕方ないとばかりに小さめの拍手をする者ばかりだった。


 まあ、こんなもんだろう。今さらどうとも思わない。


「まったく……。皆さん、イベント委員に立候補してくれたのはありがたいですが、そういった差別的感情は今は捨て去ってください。あくまでも私たちは同じ仕事を遂行するための仲間ではありますが、同時にある程度関係が良好でないと、仕事も首尾よくいきません。互いを尊重し合ってくださいね。お願いしますよ」


 呆れ、そして残念そうに言う上利先輩。


 奇跡的だと言っていい。こんな人が同じ委員会にいたのは。


 が、それでも俺に対する姿勢はこれからもこんなものなのだろうな、とは思う。状況は簡単に覆らない。


「では、これから具体的な体育祭イベント企画作成に取り掛かっていきます。皆さん、近くの人とでグループを作り、意見を出し合ってください」


 グループなのか……。


 げんなりしたが、上利先輩の次の指示を受け、俺は近くにいた嫌そうにする奴らと、仕方なく机をくっつけ始めるのだった。

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