第37話 嫌われ者はアクシデントに遭った時一番つらい

 そういうわけで始まった体育祭の競技一種目め。


 男子の徒競走ということで、学内にいる男子全員がずらりと各レーンごとに並び、ただひたすらに走っていくだけなのだが、応援席にいる女子の方々は妙に応援に熱が入ってらっしゃる模様。


 まあ、それもそうか。なんだかんだ、一種目めだもんな。


 一番最初は何に関しても力が入るってもんだ。


 徒競走なんて、走る方は絶望でしかないけど、見てる方は他人事みたいで楽しいもんな。あいつ足速かったんだ、とか、意外な一面を知れることもあるし。


「では、位置について……! よーい、ドン!」


 出走を合図する先生がピストルを鳴らし、第一走者目の一年が走っていく。


 二年の出番は、とりあえずこの一年たちが走り終えるまでお預けだ。


 それまで適当にしゃがみ込んで待機なのだが、


「一つ、お手柔らかに頼むよ、暗田君」


 運悪く、なぜか同じレース、隣のレーンに進藤がいる俺は、さっきからこいつに絡まれてばかりだった。やけに話しかけてきやがる。


「言っておくけど、このレース構成を考えたのは俺じゃないからね? 完全に不可抗力だ」


「……それもどこまで本当なもんかね。顔が広く利いてるお前からしてみれば、レース構成なんて思いのままなような気もするけどな」


「それは考え過ぎだな。さすがにあり得ない。俺は全知全能の神ってわけでもないんだから」


 さぁ、どうだかな。


 人間の生きる世界だ。世の中の支配もコントロールも、全部は何もかも結局人間が行ってる。明るくてコミュ力があったり、お金や名誉を持ってる人間くらいだったら、末端の我々庶民なんて、簡単に動かせるだろう。


 そう。進藤歩。お前みたいな存在だとなおさらな。


「……にしても、仇敵と同じレース、隣同士のレーンになった気分はどうよ? 思い切り妨害して怪我させるチャンス! とか思ってんのか?」


「ははっ。いやいや。いくら何でも物騒すぎだろ。そんなことはなしないよ」


「本当かよ? さっきから事実なのか嘘なのか、よくわからんことをずっと言ってる気がするし」


 爽やかな表情を崩すことなく笑う進藤。


 本人は明るさを演出してるのかもしれないけど、俺からしてみればかえってそれが逆効果だった。怪しさとか、そういった類の雰囲気をこれでもかというほどに感じる。


「まあまあ。何度も言うけれど、そういうことだ。今日は色々よろしく頼む」


「ああ。よろしく。って、言えたらいいんだけど――」


 と言いかけていたところで、続々と走者が走っていくため、前に進まなければならなくなった。


 俺は重い腰を上げ、尻部分についた砂を落として前へ。


 で、遂に俺たちの走る番が回って来た。


 立ち上がり、俺は自分のレーンのスタート地点へと歩いていく。


「うわっ! 変態じゃん!」

「あいつだろ⁉ 痴漢した奴」

「マジキモいよな。よくこうして学校に普通に通ってるわ」

「なんか、あいつの親結構ヤバいらしいよ。噂じゃ全裸で町歩いてたとか」


 こういうのがあるから面倒なんだよなぁ、徒競走は。


 スタート地点についた時、妙に目立つし、そもそも走る前のこの緊張感が嫌いだ。

 スタートさせるんなら、早くスタートさせてくれ。


 別に本気で走ろうとか、微塵も思ってないし。


 なんて思いながら、誰一人俺の応援をしていないと思っていた応援席にて、一人の女の子の姿が見えた。


 ――亜月さん。


 亜月さんだ。


 声を出して、大っぴらに応援してくれてるというわけじゃない。


 が、こっそりと誰にもバレないよう、俺の方を見つめつつ、小さく拳を握って「頑張れ」とでも言ってくれてるみたいだった。


 ……そういうことなら仕方ないな。


 ヤジを受けつつ、俺はクラウチングスタートの構えを取り――


「よーい、ドン!」


 ピストル音と共に走り出す。


 本気で走ろうなんて思ってない。


 そう考えていたけど、予定変更だった。


 最初から俺は全速力で飛ばす。


 隠れた陰キャラの能力を舐めるな。


 前へ前へ、風を切りながら、乱れる呼吸を気にすることなく、とにかく誰よりも早くゴールにたどり着くことを目指して、全力で走る。


 けれど、だ。


「はっ! やるな、案外!」


 呼吸を乱しながら言って、俺を追い抜いていく奴が一人。


 言うまでもない。新藤だ。


 こいつ、よく喋る余裕がある。


 長距離ならともかく、短距離で他人に声掛けるとか、絶対に俺なら無理だ。


 ちくしょう……!


 内心、歯噛みしつつも、とにかく俺はとにかく、ひたすらに前を目指す。


 腕を振り、脚を早く動かす。


 ゴールまでもう少しだ。


 やっぱ一位は無理。


 けど、二位ならいけるか。


 二位なら、まだギリギリ褒められる範囲だろ……!


 そう思いながら、なんとかラストスパート、体を加速させようと試みた、その瞬間だった。


「――っ!?」


 突如、俺は動かしていた脚に何かがひっかる感触を覚える。


 や、ヤバい――


 そう思ったところでもう遅かった。


 受け身なんて取れるはずが無く、思い切り前からずっこける。


 刹那、応援席の方から叫び声やら笑い声やらが聞こえた気がしたのだが、そんなことどうでもいいくらいに痛い。


 なんだこれ。こけるのってこんなに痛かったか……? っていうか、誰だよ。俺に足引っ掛けてきた奴……!


 激痛に悶えつつ、前方を見やると、名前もうろ覚えな、けれども同じ二年だってことはわかる奴がこちらをニヤニヤと見ていた。


 あいつか……!


 敵は進藤だけじゃなかったってことか。


 何だよほんと。お前に俺、何かしたか? いくら何でも理不尽だろ。


 泣きたくなるような展開だったけど、ゴールしないわけにはいかない。


 俺は足を引きずりながら、残り少しの距離を走り切り、最下位でゴールイン。


 教師一人が駆け寄って来てくれるだけで、あとの奴らは何食わぬ顔で、何なら面白そうに俺のことを見てる奴ばかりだった。


 はぁ……。こういう時、嫌われ者は辛いな。泣きそうになるよ、ほんと。てか、もう泣いてるかも。


「とりあえず、いったん保健室へ行ってきなさい。次の出場種目はどう? あるの?」


 中年の女教師に問われ、俺は「いや」と首を横に振った。


 だったら、言った通り行ってきなさい、とのこと。


 俺は一つため息をつき、傷を水道水で洗って保健室へ一人で向かうのだった。

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