第5話 魔王城跡地がある森





 翌朝、自身と可愛い猫ちゃんの朝食を済ませた人型のローデヴェイクは、ファースの街から観光地化されている方の魔王城跡地へ向かう乗合馬車を使う事にした。

 とはいえ、利用できるのはローデヴェイクが銀狼に獣化する初日の日没前までだ。

 そこからは徒歩での移動となる。


 本来ならヘルトルーデの負担軽減の為に、ギリギリまで乗合馬車を利用したいところではあるが、夜になれば銀狼のローデヴェイクは他の乗客から姿を隠さなければならず、その間、ヘルトルーデが自身から離れ、他の者らと一緒に過ごす事にローデヴェイクが耐えられなかった。まあ要は自分勝手な思考でしかなかったが、ローデヴェイクはその諸々が許されると思っている。なにせ自身はこの国の王太子であり、次期国王である身だからだ。


 また、他者が居る乗合馬車でなく、ローデヴェイクが乗馬しての移動という選択肢は最初から無かった。

 馬が怯えるのだ。かの生き物は呪いの悪臭と狼という獣の気配に敏感すぎた。


 乗合馬車の中で、先頭に位置する馬から出来る限り遠い後方に腰を下ろしたローデヴェイクは、今は膝の上に乗って寛ぐ猫のヘルトルーデに簡易仕様のおやつを少しずつ与えながら、乗合馬車で何処まで距離を稼げるのかを思案していた。

 王宮からの逃亡という形をとって一年と少し。王太子行方不明期間としては長すぎ、帰還後に対処しなければならない事を考慮すると、既に限界が来ている。

 ヘルトルーデに気づかれぬように小さく息を吐くと、向かいに座っていた中年女性に話を掛けられた。


「聖職者様は良い匂いがするねぇ」

「猫と一緒なので弱いものですが香水をつけています。長旅で悪臭がするのも周囲の方に失礼かと思いまして」


 勿論、本当の理由は違う。呪いの悪臭にローデヴェイクが気になるからでしかない。

 しかしその悪臭は獣化の時の言葉同様、呪いを受けた者、掛けた者、魔力量の多い者にしか分からない。

 ローデヴェイクは、同じ香水をつけている猫のヘルトルーデのクリーム色の柔らかい毛に触れた。


「そうなのかい? 聖職者様のような若い男の臭いなんて、私のようなオバチャンからしたら気にならないけどねぇ」

「皆さんがそうだったら良かったのですが」


 手のひらを猫のヘルトルーデに舐められた。おやつのお代わりの催促だ。

 ローデヴェイクは腰のベルトに括りつけていた小袋から、乾燥させた果物の欠片を幾つか取り出して、ヘルトルーデの口元に持っていった。


「聖職者様は魔王城跡地に行くのかい?」

「いえ、魔獣の駆除をする者らから付与の依頼を受けました」

「そうかい。それは難儀だねぇ。あの森の奥へと向かうんだろう? 私しゃ地元の人間だけど、あそこの魔獣は恐ろしく強いのに素材にならず、魔石も取れずで全く金になりゃしない。あの森で魔獣を狩ろうとする連中なんて、力を誇示したいだけの荒くれ者ばかりだよ。気をつけな」

「ええ、ありがとうございます」

「此処まで来て下さった聖職者様に言うのは何だけどね」

「はい」

「教会はもっと末端にまで女神シルフィア様の御加護を下さってもいいと思うんだよ」

「……そうですね」

「私が聞いた話だと、神国スヴォレミデルの総本山がどんどん豪華になっていってるらしいからね。嘆かわしい事だよ。ま、それを力の無さそうな年若い聖職者様に言っても仕方ないね。とにかくあの森は気をつけるに越した事はないさ。ああ、そうそう。私は見た事が無いんだけど、あの森の奥には良い温泉があるらしいよ」


 これまで黙っておやつを食べ続けていた猫のヘルトルーデの耳がピクリと動いたのに、ローデヴェイクは呆れて、そんな猫な彼女の耳の後ろを揉んだ。




*****




 陽が完全に暮れる前に、ローデヴェイクは乗合馬車から降りた。

 降りる時、向かいに座っていた中年女性が再度気をつけるよう言葉を掛けてきたのに、お礼とばかりに、ファースの街の宿を発つ間際に作った幾つかの御守りを渡す。

 それにえらく感謝され、苦笑でもって流すと、ローデヴェイクは走る事を再開した乗合馬車を見送った。

 そしてこれから入る深そうな森へと視線を向ける。


「―――さて」


 先程の中年女性も言っていたように、気をつけなければならない森だ。

 強い魔獣が居るのに、金になる素材も魔石も採れない森。

 当然、其処には意味があるのだ。

 強い魔獣の存在は人を遠ざけ、また金にならなければ、欲を持つ者らも滅多に踏み入れない。

 人を寄せつけたくない理由が此処にはある。


「(解呪の手掛かりがあるといいね)」

「そうだね。でも、それよりも今は、早く森に入って、君の野宿の安全地を探さないと。私の人として動ける時間があまり無い。急ぐよ」

「(うん。いつも火を起こしてくれたり、寝床の設置とかありがとう)」

「ヘルトルーデの為だったら、私は何でもやるよ? 遠慮なく希望要望を言ってね?」


 私は私の猫ちゃんには甘いんだよ、とローデヴェイクはクスリと笑って、移動時は肩に乗る猫のヘルトルーデのモフリとした毛並みにキスを落とした。


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