第27話 決戦(3) 二人の距離
城内は騒めいていた。
赤毛の男サンデル率いる騎士達同様、正気に戻り、城の者達は現状に混乱しているようだった。
とはいえ、それらの収拾はサンデルらがしてくれるのだろう。
ヘルトルーデは今、足早に歩くローデヴェイクの腕の中に居た。
落ちぬようにとの配慮だ。
ヴァルデマル達三人は、小走りをしながらついてきている。
パチクリとした猫の目で、ヘルトルーデは王宮内を眺めた。しっかりと目に焼きつける。
このような時だとは分かっていても、興味があった。一度でいいから見てみたかったのだ。
現在、ローデヴェイクが急ぎ足で進んでいるのは、王宮ではただの回廊の一つに過ぎないだろう。
だが美しかった。感動する程に煌びやかで、細部に亘って手が込んでいた。
本当は回廊だけでなく、舞踏会場も見てみたかったが仕方ない。
そもそも王宮に足を踏み入れる事自体、疾うの昔に諦めていた。
男爵の娘という身分では、一生に一度とは言わないまでも、数少ない機会を奪われた時点で、ヘルトルーデは娘らしい華やかな夢を見る事を捨てていた。
「ヘルトルーデ? 歩く振動が辛かったりする? 急いでいるとはいえ、ごめんね」
「(大丈夫よ。綺麗だなって王宮の中を見ていただけだから)」
「そう? 此処が? デビュタント会場の方が華やかに飾り付けられていたでしょ? 毎年、王妃である母上が頑張っていたからね。乙女の夢を壊してはいけないとかなんとか言って。ヘルトルーデの年の時は……もしかして」
「(……うん。私は参加していないの。その時にはもう居たから、アンシェラが)」
キュッと猫のヘルトルーデの躰を抱き締める力をローデヴェイクが強めた。
歩く速度は変わらない。ローデヴェイクは前方を見たままで、懐に収まるヘルトルーデに視線を向ける訳でもない。
けれど、ローデヴェイクが意識を向ける先がヘルトルーデである事は分かる。
デビュタントに参加できない事を理解した時の気持ちを思い出したのと、この話題にしてしまった事への申し訳なさに、ヘルトルーデは猫の目を伏せた。
「王太子である私と男爵令嬢のヘルトルーデとでは、身分的にデビュタントで踊る事は無かった」
「(うん、知ってる)」
「ヘルトルーデがデビュタントに参加していたとしても、会話を交わす事も無かっただろうし、私がヘルトルーデを意識に入れる事も無かった。その他大勢の参加者の一人に過ぎなかったよ」
「(……うん)」
「今、ヘルトルーデから直接聞くまで、私はヘルトルーデが不参加だった事も知らなかったし、気づきもしなかった。私とヘルトルーデの間には、それだけの距離があった」
「(そうだね。それは理解してる。ちゃんと分かってるよ、私。大丈夫)」
「私の言葉は過去形だよ、ヘルトルーデ。そこは間違えないで欲しいかな」
ローデヴェイクが進めていた足を止めた。
回廊と幾つもの階段を上った先に現れた、装飾の美しい扉の前だ。
懐に猫のヘルトルーデを抱えたまま、その美しい扉の取っ手にローデヴェイクが手を掛けた。
「解呪して落ち着いたら、私がヘルトルーデのデビュタントに相応しい場を用意するよ。ヘルトルーデが着るドレスも、身に着けるアクセサリーも、履く靴も、全て私が用意する。ヘルトルーデに似合う最高のものを作らせるよ」
キィとした音を立て、装飾の美しい扉が開いた。
隙間から爽やかさを感じる微風が入り、猫の柔らかい毛並みを揺らす。
ローデヴェイクが扉の外へと足を踏み出す。
それにヴァルデマルらが続いた。
「ヘルトルーデ、その時は私と踊ってね。ヘルトルーデの最初のダンスを私に捧げて。まあ、それ以外にも私はヘルトルーデから貰うつもりだからね。覚悟していて」
「(……ローデヴェイク)」
「なんにせよ、まずは解呪を頑張ろう。―――さあ、着いたよ。此処がこの王宮が誇る空中庭園だ」
そこは遠く王都を見渡せ、綺麗な青空と鮮やかな花々が咲き乱れる、それは美しい場所だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます