第26話 決戦(2) ラディスラフとミロスラヴァ
ヘルトルーデらが王城前に到着すると、城門は開かれていたが、大勢の騎士と、幾人かの魔塔の魔術師が居た。
魔塔の魔術師達は、独自の杖を持ち、独特な外套を纏っているから分かり易い。
フードを取り払って顔を見せているローデヴェイクが馬車から降りても、誰も頭を下げなかった。
王都に入る時に居た警備兵達は、職務に鋭い眼光を、またローデヴェイクの存在を知ってからは怯えを見せるというような反応をしていた。
対して、目の前の彼らは何も無い。
王城に詰めている者達だ。王太子であるローデヴェイクの顔を全員が知らないとは考え難い。ローデヴェイクは目立つ容姿でもあるのだ。
通常なら王太子への礼を執るなり、これまでの行方不明理由を聞くくらいはするものだろう。
彼らは一様に無表情だ。それぞれの色味を持つ瞳が、光も無く濁っている。
ヘルトルーデはローデヴェイクの肩の上で、人であれば眉をひそめるところだ。
騎士達が剣を抜いた。中心に居る立場のありそうな赤毛の若い男がそう指示を出したのだ。
側に佇む幾人かの魔術師のうち二人が前に出る。あろうことか詠唱を始めた。
攻撃するつもりのようだ。
「呆れたね。愚弟オリフィエルに全員が従うほど王宮は一枚岩じゃない。では、これは何なのか。許せないよねぇ。騎士達は仕方ない。そもそも魔力値の低い者達だからね。魔法剣を扱う者らも同様だよ。―――私が許せないのは君達だよ、魔塔の者らよ。ラディ、私に向かって詠唱する愚か者を吊るし上げてくれる?」
「……うん、パパ。死と闇の神ゾルターン。其の力の全てを寄越せ―――」
直ぐにラディスラフが詠唱を開始した。
しかし、既に発動への文言を口にしていた魔術師達には間に合わない。
二本の杖の先がローデヴェイクへと向けられる。
杖の先には、火属性と水属性に相性の良さそうな色の魔石が取り付けられていた。
魔術師達から魔力の気配が湧き上がる。同時にローデヴェイクからも濃厚な光の魔力が漂いだした。
ローデヴェイクに向かって―――その肩に猫のヘルトルーデも乗っているが―――勢いのある火炎と大量の氷の礫が放たれる。
ヘルトルーデは猫の目を瞬いた。その行為は条件反射的なものでしかなく、不安や恐怖を覚えた訳ではない。
彼らが放つ瞬間に分かった。この程度ではローデヴェイクを傷つけられない。
ローデヴェイクが左腕に光を纏わせた。そしてそれを煩わしそうに振り払う。
たったそれだけで、火炎も氷の礫も瞬時に消滅する。
直後、ラディスラフが闇の魔法を発動した。
地表から闇色の杭が出現し、ローデヴェイクに魔法攻撃をした魔術師二人を容赦なく突き刺す。
彼らの悲鳴と苦悶の呻きが猫の耳に入った。
「……え、あれは大丈夫なの? 死なない?」
「……ママ、大丈夫。急所は、外した」
「自国の王太子に魔法を放った者の心配をする必要はないよ、ヘルトルーデ。たとえ死んだとしても自業自得だよね」
間違った事を言ってはいないけれど冷たいローデヴェイクの物言いに、呆れ返ったヴァルデマルの声音が続く。
「この国の魔塔の魔術師とはこの程度か」
「そのようだね。私は王太子という地位にあるし、彼らには彼らの自尊心もあるだろうから敢えて深入りはしなかったのだけれど、判断を誤っていたようだよ」
「我を封印した事にしてやった勇者の仲間の魔法を得意気に放っていた阿呆も大概だったが、これも酷いな」
「酷すぎて、精神干渉を受けているよ。本来なら異変に気づき、真っ先に対処しなければならない者達のくせにね」
「お前が先程、魔法防御結界を破壊したから多少は風通しが良くなったと思うが、解除しておくか。―――ラディ」
「……はい。死と闇の神ゾルターン。其の力の全てを寄越せ。対象は闇の精神干渉を受けている者全て。濃く純粋な闇に従え。洗脳解除。思考操作無効。加える。対象はパパとママに魔法攻撃した二人。悪夢誘発」
濃い闇がラディスラフの子供の体から湧き立ち、その闇が急速に王城全体へと広がった。
そして直ぐに、あらゆる物に吸い込まれるようにして消える。
ヘルトルーデは猫の目である一点を凝視する。
地表から出た闇の杭に体を突き刺されて吊るされた、二人の魔術師にだ。
彼らは惨痛の表情を浮かべて呻き続けていた。
「(ラディ、悪夢誘発って?)」
「……悪夢を、見せている、だけだよ、ママ」
「いいね。そのくらいの仕置きは必要だよね。私の肩にはヘルトルーデが居たのに攻撃してきた訳だし」
「……うん、パパ」
「(え、でも既に杭が突き刺さっているし、後々、恨みを買わない? ローデヴェイクが)」
「心配してくれるの? ヘルトルーデ、物凄く可愛―――」
「殿下!」
ヘルトルーデの言葉にローデヴェイクが嬉しそうに微笑んだ時、先程、騎士達に剣を抜く事を指示した立場のありそうな赤毛の男が跪いた。
それにハッとしたように周囲の大勢の騎士達も一斉に跪く。
ヘルトルーデは猫の瞳を其方に向け、その事によって自分から視線が外れた事に些か気分を害した表情に変えたローデヴェイクも彼らを見下ろした。
「記憶はあるの?」
「……はい」
「そう。私が姿を消してからの事は後で聞くよ。―――今は邪魔だ。そこを退いてくれないか」
「殿下、しかしっ」
「サンデル、君が私に忠誠を誓ってくれている事は知っているよ。でもね、今は強い者達に協力してもらっているんだ。悪いが君達は必要ない。対象に近づいて、また精神干渉されるのも私が面倒でね」
「言い訳のしようもありません。ですが、貴方お一人で得体の知れない者達と行動を共にされるのは承服しかねます。それに子供ではありませんか」
ローデヴェイクが溜息をついた。
煩わしそうな態度の彼とは対称的に、立場のありそうな赤毛の男の目は真剣そのものだ。
精神干渉をラディスラフによって解除された後は、本心でローデヴェイクを心配しているのだろう。
何かに耐えるように赤毛の男の眉根が寄った。
「殿下」
「では、この子達の実力を見せよう。魔法はもういいよね。―――ミィちゃん、出番だよ? まずはボキボキしてみようか。あそこの大きい木を倒してごらん? 何本でもいいからね」
「うん! ミィちゃん、ボキボキするね! パパとママの役に立つ!」
「(ちょっと、ローデヴェイク!)」
「大丈夫だから。―――さあ、ミィちゃん」
促すローデヴェイクの言葉に、ミロスラヴァが拳を握り、スンと息を吸った。
そしてタタッと大地を蹴る。
彼女の動きに合わせて流れる淡い桃色の髪が残像を残した。
「うりゃあぁ! ぐるぉあぁ! せいやぁ!」
城門付近といえども綺麗に整備された太い幹を持つ何本もの木が、ボキボキボキと小気味好く折れていく。
それぞれ拳一発、蹴り一発、頭突き一発だ。
ミロスラヴァが今度は掌底打ちで更に木を折ろうとしたところで、ローデヴェイクがミロスラヴァに分かり易いように城門から少し入ったところを指さした。
「ミィちゃん、次はあそこの像をバキバキしてくれる? あの像ね、大昔、魔王を封印した勇者の像なんだけれど、もう要らないから。バキバキしたら、今度はそれを使って、ちょっと遠いけれど向こうに黒い尖塔が見えるでしょ? あれに向かって投げつけてみて? 倒壊させていいよ。役に立たないものは要らないからね」
「分かった! パパ! ミィちゃん、バキバキポイ、頑張る!」
「うんうん、頑張ってね」
「(ローデヴェイク、私、物凄く嫌な予感がするんだけど、あの塔って……)」
バキリとした鈍い音が猫の耳に入った。
ローデヴェイクが言う勇者の像が、膝の辺りからミロスラヴァによって折られたのだ。
ドゴンという大きな音を立てて倒れた勇者の像を、ミロスラヴァは「うんしょ」と子供の小さな手で軽々と持ち上げる。
そしてそれをブンと黒い尖塔に向かって投げた。
直後、勇者の像が的確に当たったのか、遠くで何かが崩れ落ちる嫌すぎる音が響く。
「(ローデヴェイク!)」
「ヘルトルーデの予想通り、魔塔だよ。役に立たないものは要らないからね。あそこは今回の事が一段落したら梃入れをするよ。今後、魔力が殆ど無いヘルトルーデを護らないとならない役目があるのに、これでは話にならないし」
「(魔塔がどうして私を護る役目があるの?)」
「それについては追々ね。―――ミィちゃん、ありがとう」
「ミィちゃん、役に立った?」
「凄く。偉いね。あとで美味しいデザートを一緒に食べようね」
「うん!」
一連の行為で汚れてしまったのか、ミロスラヴァが両掌をパンパンと叩き払った。
誉めて、とキラキラさせて銀色の瞳を向けてきたので、ヘルトルーデも「(偉い偉い)」と言ってあげる。
ミロスラヴァが元気の良い笑顔を見せ、ローデヴェイクは立場のありそうな赤毛の男、サンデルに視線を向けた。
「これで分かったかな? 君達は私についてくるのではなく、精神干渉解除で混乱する城内の者達を収めて。―――では、私達は行こうか。ヴァル、対象を探し出せばいい?」
「いや、真横でやらなければならない訳ではないからな。出来ればそこそこ広く、周囲が見渡せる場所がいい」
「分かった。空中庭園に行こう。城の最上階にあって眺めもいいから。私についてきて」
ミロスラヴァの所業に唖然とし続ける者らを放って、猫のヘルトルーデを肩に乗せたローデヴェイクは、ヴァルデマル、ミロスラヴァ、ラディスラフを引き連れ、城の方へと足を進めた。
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