第31話 決戦(7) 解呪の陣と彼らの会話




 時はほんの少しだけ遡る―――。



「……くっ! まだ足りないかな!? もう相当、光の魔力を注いでいるけれど!?」

「なんだ、もう根を上げるのか! 惰弱な!」

「魔王基準で考えないでくれる!? 私が人間である事を是非考慮に入れてもらいたいね!」

「言い訳に過ぎぬわ!」

「腹が立つ!」

「それは此方もだ! 解呪の陣を構築し、維持し続ける身にもなれ!」

「それこそ魔王が何を言っているのだよね!? 鼻で嗤いながら余裕でやってもらいたいところだよ!」

「面倒なだけで、我は余裕だ! ローデヴェイク、お前、この程度で魔力が枯渇するとかほざくなよ?」

「言わないよ! 私のヘルトルーデの救出に出来るだけ魔力を温存しておきたいのと、早く其れに向かいたいだけだしね! それに加え、解呪して、人の姿で、人の姿のヘルトルーデを思い切り抱き締めて、キスをしてと、やりたい事は色々とあるのだから、私は!」

「ヘルトルーデの気持ちを一度でも確認した事があるのか!」

「大丈夫! 自信はあるよ! 私を誰だと思っているの!? この国の王太子ローデヴェイクだよ!」

「ヘルトルーデは社会的地位で落ちるような娘には見えぬ! 好いている相手はヴィリーかもしれぬだろう!」

「絶対に違う! そうであるはずがない!」

「お前、今、自信が揺らいだだろう? 笑えるな!」

「ヴァル!」

「いいから早く仕上げるぞ! 一刻も早くヘルトルーデのところへ向かいたいのだろう!」

「そうだよ!」


 それまでも相当な量の光の魔力を陣に注いでいたローデヴェイクだったが、眉根を寄せ、歯を食いしばり、更に自身の内なる魔力の放出量を上げた。




*****




 人の最高峰と、魔の者の最高峰であると思われる強大な魔力を持つ二人が、髪と纏う服を激しくはためかせて、解呪の陣の発動に全力で取り組み続けていた。

 王宮を中心に広がる光の花の先端は既に肉眼では見えず、王都を光り輝かせる其れは、緻密で繊細な美しい葉脈ようみゃくのようでもある。

 光と闇、それぞれの魔力を行使しているローデヴェイクとヴァルデマルは、それに無感動な視線を投げながら、慣れてきたのか余裕すら見える様子で会話をし続けていた。


「あと、どのくらい?」

「もう少しといったところだな」

「終わったら、私は直ぐにヘルトルーデの許へ向かうからね」

「好きにすればいい」

「……早く行きたい。大丈夫かな、ヘルトルーデは」

「何も出来ぬ猫の身で、何故、我々から離れたのか理解に苦しむからな」

「そうなんだよね。二人で旅をしていた時から、度々、敵が正体不明な段階で突撃していたから、そういう性格なんだろうけれど」

「では、お前と一緒にはなれぬな」

「どうして、そうなるの!」

「王になる者の婚姻相手が、その者だけにしか分からぬ理屈で突っ走る事が許されるのか? 我々魔の者は、己の欲望を最優先させるものが大半だから問題にならぬが」

「……たとえヘルトルーデが猪突猛進を地で行く性格だとしても、私が彼女の全ての行動を事前に予測して補えば全く問題無いよ」

「束縛ではないか」

「違うよ! 護っていると言って欲しいね!」

「どうだか」

「解呪を成した後、私は中央で失った力を急いで取り戻す。たとえヘルトルーデが私の妃となるには不向きな性格であったとしても、男爵令嬢という低い身分が問題だろうと、誰にも反対意見など言わせない。そういう権力を手中にするよ。私にはその能力も自信もあるからね。ヘルトルーデは誰にも渡さない。手放さないよ」

「ローデヴェイク、お前は教皇に―――」

「ならないよ! スヴォレミデルが腐り膿もうと、私には関係ない! 今後、外側からの改革は促すけれど、内側からなど決してやらない! 教皇になったら、それこそ私はヘルトルーデと結婚できなくなる! 恋愛非推奨の組織なんて、私は願い下げだね! 私がなるのは、この国の国王だよ!」


 王都を光り輝かせている陣の明るさが増した。

 慣れぬ者には、目も開けられない程の煌めきだろう。

 ローデヴェイクの手の中の毛玉も、眩い光を放ちながら端からチリチリと燃えていく。

 解呪の陣である光の花が放つ輝きが、天に吸い込まれるように昇っていった。


「―――あとは一人で大丈夫だ。陣の発動まで、魔王である我が責任を持って行おう」


 魔王ヴァルデマルが、見えない手綱を握って陣の制御をするかのように、拳を右の手に作った。

 赤い瞳は遥か遠くを見渡している。


「行け」

「うん。よろしく」


 燃え尽きた毛玉の残骸を払う為に手をはたくと、ローデヴェイクは直ぐに空中庭園を後にした。




*****




 ローデヴェイクによって空中庭園の扉が閉められると、魔王ヴァルデマルは解呪の陣を注視した。

 光の魔力が隅々にまで行き渡った瞬間に、正しく発動させる為だ。

 失敗するつもりも無ければ、するとも思えないのに、ふと息をついて、ヘルトルーデらに呪いを掛けた者と、長き時を逃げ隠れる愚か者との繋がりを探った。


 ヘルトルーデとローデヴェイクが呪いを掛けられ、魔王城の在る森に訪れたのは、魔王ヴァルデマルにとっては僥倖であった。

 お蔭で、うんざりする程の長い時を探していた愚か者の尻尾を掴めたのだ。

 その礼としてでも、二人の解呪に協力するのは当然と言えるだろう。


 遠い過去、魔王として君臨し、周囲に大勢の魔の者らを従えていた時から、魔王ヴァルデマルは退屈さを酷く持て余していた。

 それに辟易していたし、つまらなくて仕方なくもあった。

 そんな魔王ヴァルデマルにとって、極短い期間ではあったが、あの二人との旅路は一時でも退屈さを紛らわせるのに役に立っていた。


 解呪の陣を制御する為に握っていた右手に、ピリリとした刺激が走る。

 ローデヴェイクの光の魔力が、陣の全体に行き渡った合図だ。

 あとは拳を開き、解放するだけで発動だ。


 その段階になって、魔王ヴァルデマルは、制御するのとは反対の手に、濃く純粋な闇の魔力を纏わせ始める。

 長い金色の髪が激しく巻き上がり、ミロスラヴァとラディスラフでもある紫銀の一対の角が熱を帯びた。


「―――繋がった。其処か。片羽を毟られ、長き時を逃げ隠れる堕ちた愚か者よ。背の傷は未だ癒えていないだろう?」


 魔王ヴァルデマルが赤い瞳に酷薄さを宿した。


「古の光の陣の上にいなかった事が心残りであり、お前にとっては幸運であったな? 鎖を放つ事で今は良しとしよう」


 右に光を、左に闇をと、魔王だからこそ出来る荒業を、魔王ヴァルデマルは繰り出す。

 解呪の陣はより一層の輝きを、そして魔王の濃く純粋な闇の魔力を纏わせた手は、空中庭園の美しい床と花壇に多大な被害を与えながら、巨大な闇の魔法を遠方に向けて打ち放った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る