第21話 呪われた者たち(2)
ヘルトルーデらは最奥の檻の前に着いた。
中には二人の女性が居る。
鉄格子側に一人。奥の壁側に一人だ。
鉄格子側に座っている女性は、クリーム色の髪に金色の瞳を持ち、白目の部分が物語の中の魔の者と同じで黒い。此方の方を見ているようで、焦点が合っていないようにも感じた。
そして奥の壁側の女性は薄汚れた布を頭から被り、蹲っている。薄汚れた布から覗く髪の色は、酷く汚れてはいるが金髪だ。
二人とも、檻の中の壁から伸びる鎖で繋がれていた。どちらも足首だ。
「(私の魔法で焼き切ってもよいけれど……)」
「それでは無用な音が立つ。―――ラディ、腐食の魔法を使ってくれ。鉄格子と鎖だ」
「……はい」
ヴァルデマルの指示に、直ぐさまラディスラフが詠唱を開始した。
幾らもしないうちにまずは鉄格子が色を変え、形が変容し、砂となって消えていく。
鉄格子の半分が消えると、ラディスラフは鎖の方へと腐食の魔法を放った。
ローデヴェイク、ヴァルデマル、ヘルトルーデ、ミロスラヴァ、ラディスラフの順で、彼女達が居る檻の中へと入る。
檻の中はこれ迄と同様、女性には精神的にも辛い悪臭を放っていた。
最初に彼女達に声を掛けたのはローデヴェイクだ。
「(私の言葉が分かるかな? 呪われた者同士、会話は可能だと此方は思っているのだけれど)」
「……はい、分かります」
応えたのは、鉄格子側に座っている魔の者の目を持つ女性だ。
今度はヴァルデマルが口を開く。
「お前のその目は生まれつきではないだろう?」
「……はい」
「瞳の色は?」
「記憶にある限り、ずっと金色です」
「お前は、ふとした時に声が聞こえないか?」
ヴァルデマルの問いに、魔の者の目を持つ女性が首を傾げた。
汚れて固まってしまっているクリーム色の髪が重そうに揺れる。
彼女の金色の瞳は、やはり焦点を合わせられないでいるようだ。
目が見えないのかもしれない。
「声は聞こえません。ですが、女性の嘆きは時折」
その回答にヴァルデマルが息を吐いた。
「今代の聖女は出来が良さそうだ」
「(聖女?)」
「ヴァル、聖女様は神国スヴォレミデルの総本山に居るものじゃないの?」
「居るとされているのなら偽物だろう」
今度はローデヴェイクが大きく息を吐いた。
「(スヴォレミデルの腐敗は、どうにもならないところまで来ていそうだね。どうするかな)」
「それは後での話だろう。ローデヴェイク、スヴォレミデルに聖女を渡すな」
「(そうだね。今回の
「その人に触るのは注意して下さい。激痛が走るそうです」
ヴァルデマルに聖女と言われた女性が、ゆっくりとした動作で立ち上がった。
動くのに問題は無さそうだ。
ヘルトルーデは上着を脱ぎ、聖女だという女性の肩に掛けた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとうございます」
聖女と聞いたからかもしれないが、何処か慈愛を感じさせる微笑みを彼女は浮かべる。
聖女の手がヘルトルーデの方へと彷徨った。
勿論、直ぐにヘルトルーデはその手を取る。
「すみません。一年程前から目が殆ど見えません。……あの、助けにきて下さったと思っていいですか?」
「はい。そう思って下さい。聖女様」
「……私は聖女では。ただ、簡単なものですが神聖魔法を扱えるので、そこに居る女性に何度も掛けてみたのですが、治癒する事は出来ませんでした」
「(そうだろうね。私も掛けられた呪いを揺らしも出来なかったよ)」
薄汚れた布を被って蹲っている女性に、ローデヴェイクが近づいた。
「(ヘルトルーデ、この布を取ってくれる?)」
「え、うん。分かった」
聖女の手を側に居たヴァルデマルに預け、ヘルトルーデはローデヴェイクの許へ向かう。
そして言われた通りに、蹲る女性になるべく痛みが走らないよう、そっとした手付きを心掛けて薄汚れた布を剥いでいく。
悲鳴のような声を蹲る女性があげた。
「止めてっ! 見ないで! 痛いの! 醜いの! 見ないで! 誰も見ないで!」
「落ち着いて。えっと、私達、助けにきたので」
「嫌……見ないで。助けに来られても迷惑だわ。わたくし、この姿では家に帰れないものっ。家門の恥にはなりたくないの!」
「(家門? 何処の家の者なの?)」
「嫌っ! お父様のご迷惑になりたくないわ! 政敵が居るのよ! 放っておいて! 大勢の前で婚約破棄だなんて言われて、悪役令嬢なんて意味の分からない事も言われて! 挙句にこのような醜い姿にもなってしまったわ! もう、たくさん! 此処で死なせて!」
「(うーん。私が王宮を離れている間に色々とあったようだね。ヘルトルーデ、悪いけれど、身元の分かりそうな物を彼女が身に着けていないか調べてくれる?)」
「分かった。―――ごめんなさい。なるべく痛みが走らないように気をつけるので」
それから少しの間、泣いて暴れる彼女を押さえるのにミロスラヴァの手を借りながら、服の中も含めて全身を確認する。
外から見えるところには何も無かった。耳朶にも、首元にも指にも、アクセサリーの類は無い。けれど―――。
「あった。右の太腿に足環があるよ。家紋じゃないかな、これ」
「(外して)」
「うん」
パチリと足環は簡単に外れた。
環の素材は黄金で、幾つもの宝石が嵌められている。その一つに、緻密な細工で家紋を描いている物があった。
ヘルトルーデは手にした其れを、銀狼の視線の高さに持っていく。
銀狼の目が足環の家紋を映した途端、ローデヴェイクが出会ってから聞いた事がないくらいの深い溜息を吐いた。
「(―――この国の筆頭公爵家ベイエルスベルヘン。公爵の娘は一人。ヴィレミーナ・ベイエルスベルヘン公爵令嬢。……なんで君がこのような所に居るの。もう本当に何で。あー…婚約者か。アイツね)」
「婚約者? ……もしかして、アンシェラの彼氏の一人だったりする?」
「(正解。ホーチュメディング公爵家の愚息セルファースだよ。……光の槍を突き刺してやる)」
更なる面倒を起こしてくれたよ、と嫌そうにローデヴェイクは言って、ヘルトルーデが手にしていた足環を咥え取り、蹲って泣いている女性に向かって放った。
ヴィレミーナの肌は酷い。全身に瘤があり、無数の吹き出物から血が出ているものもある。
顔にも瘤があって、たとえ以前の顔見知りであっても、彼女が彼女とは分からないだろう。
それは王太子であるローデヴェイクと、筆頭公爵家の令嬢であるヴィレミーナの両者に言えた。
「(この場に来てから私は名を呼ばれているから、そこで気づいて欲しいものだけれど、状況が状況なだけに仕方ないと思う事にして―――ヴィレミーナ・ベイエルスベルヘン、いつまで、その醜態を私に晒しているのか)」
「…………え?」
「ローデヴェイク?」
「(君がそのような外見になった事は同情に値するが、同じように呪いを受け、獣になった私からすれば、ただ嘆いているだけの君は見るに堪えない。―――立て。王太子である私を前に、経緯を説明せず、蹲り続ける事を私は許さない)」
「お……王太子、殿下?」
ヴィレミーナが、恐る恐るといった様子で顔を上げた。
本当に酷かった。女性で、しかも公爵令嬢である彼女には辛すぎる容姿だ。
「ローデ、ヴェイク……王太子殿下? 本当に?」
「(君がその成りに変貌したように、私が獣化している事に何ら不思議は無い。もう一度言う。立て。これ以上の私への非礼は、ベイエルスベルヘンの意思と見做す)」
「……あ、申し訳、ございま、せん、殿下」
「ローデヴェイク! 止めて!」
「(どうして? ヘルトルーデ)」
ヘルトルーデは、先程剥いだ薄汚れた布をヴィレミーナに被せた。
瘤と吹き出物がある彼女の顔には、涙が流れ続けている。
その涙すら痛いだろう。吹き出物から出る血と涙が混じりあっているのだ。
ローデヴェイクが放った足環を再び嵌めるのは、今のヴィレミーナには辛いだろうと判断したヘルトルーデは、それを自分の腕に通して持った。
「私には分からない事があるのは知ってる。知らない世界があるのも理解してる。でも、今は止めて。こんな状態の彼女にそれを求めるのは酷い。―――ヴィレミーナ様、立てますか? ゆっくりでいいので、私を支えにして下さい」
「(ヴィレミーナ、痛みはあるのだろうが一人で立て。私のヘルトルーデを煩わせないでくれないか)」
「ローデヴェイク!」
「ローデヴェイク、お前、本性を隠さなくても良いのか? ―――ヴィレミーナとやら、痛みが酷いのなら、一時的にだが、お前の痛覚を麻痺させよう。―――ラディ」
「……はい」
ヴァルデマルの指示にラディスラフの詠唱が始まる。
濃い闇の気配がして、そのほんの一欠片に過ぎない力がヴィレミーナの瘤と吹き出物だらけの体に入っていく。
ヴィレミーナが瘤で本来の輪郭を変えているだろう目を見開き、自身の両手を見つめた。
「―――痛みが」
「上手くいったようだな? ―――ローデヴェイク、片や聖女、片や立場のある者なのであれば、このまま放置という訳にはいかぬのだから、早く此処から抜け出すぞ」
「(……そうだね。皆、行くよ? ヴィレミーナ、ここに至った経緯は後で聞く。ヘルトルーデ、君は此方においで)」
「でも」
「(彼女の痛みはラディが消してくれたよ。それとも彼らの力を疑うの?)」
「そういう訳じゃ……」
「(おいで)」
「……うん」
ヘルトルーデは頷いてヴィレミーナから離れ、銀狼姿のローデヴェイクの側に行く。
もふりとした銀色の毛に触れる位置まで来ると、ローデヴェイクはヘルトルーデの服の端を咥え、牢から出る事を促した。
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